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君は僕に似ている

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5部分:第五章


第五章

 俺も昔はこうだった。憎しみばかりだった。けれど他のものを見られれば変われる。だから見せたかった。見てくれるかはわからないがそれでもだった。
 俺達はヴェネツィアに来た。水の都にだ。
 その水の中に浮かぶ街をゴンドラで巡りながらだ。俺は彼に尋ねた。
「楽しいか?」
「はい、とても」
 ここでも爽やかな笑顔だった。
「こうした場所ってクロアチアにないですからね」
「そうだな、ないな」
「けれどここにはありますね」
「ああ」
 その通りだとだ。俺は答えた。
「銃声も聞こえないですし」
「全くな」
「いいですね、本当に」
 暖かい顔になっていた。俺はその顔をはっきりと見た。
「こうしてずっと平和だったら」
「いいな」
「はい、そう思います」
「その為には何が必要かだな」
 俺はここでこう言った。
「それを考えていくか?」
「何がですか?」
「そうだ。何が必要だと思う?」
 そしてだった。俺は目の前の彼が言った言葉をだ。自分で言った。
「戦いがない、これ以上はない幸せな世界の為には」
「だからセルビアの奴等が」
「ここにはセルビア人はいないさ」
 俺はここでこう言った。ここはイタリアだ。セルビア人はまずいない。少なくとも俺達の周りにはだ。クロアチア人にしても俺達だけだ。
 その中でだ。俺は彼にこう言ったのだった。
「一人もな」
「一人もですか」
「セルビア人はいないんだ。じゃあどうすればいいんだ?」
 彼等がいない世界をだ。話してみせてだった。
 また問うてみせた。するとだ。
 彼は言葉を失った。呆然となっている。そこから先は考えていなかった。むしろ全く考えられなかった。それも昔の俺と同じだった。
 その昔の俺が呆然としながらだ。こう言ってきた。
「わかりません」
「わからないか」
「平和な国になりますよね」
「ああ、これからはな」
「けれど。セルビアの奴等がいないと」
 彼の中ではセルビア人を殺すことこそが平和の実現だった。だからそのセルビア人がいなくなるとどうなるか。それを言ってみせた。
 するとだ。返答に困ってだ。言葉を失った。
 黙ってしまった。俺はその彼にここでこう声をかけた。
「見つけていくか?」
「見つけていく?」
「ああ。これからな」
 俺は自然と穏やかな笑顔になっていた。自分でもそれがわかった。
 そしてだ。あらためて彼に言った。
「考えて。見つけていくか」
「平和な国をですか」
「そうしていくか?俺達で」
「俺はわかりません」
 当然だった。今言ったばかりだからだ。わからなくて当然だ。
 けれどその中でも。彼は俺に言ってくれた。
「けれど」
「けれど?」
「何とか見つけてみます。その平和な国を」
「ああ、そうしような」
 俺達は頷き合った。俺と昔の俺、もっと言えばこれからの彼と今の彼がだ。ゴンドラの中で頷き合った。
 青い水の中を進んでいるゴンドラは左右をイタリアの建物に囲まれている。そこからはあまり多くのものは見えない。
 だけれど上には空があった。青い空が。それが何処までも澄んでいてだ。果てしないものを見せてくれていた。今の俺達に。


君は僕に似ている   完


            2011・2・5
 
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