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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第22話 一蓮托生

「何を……言ってるんですか―――」

 震える唇でどうにか問う、
 唯依には忠亮が口にした言葉の意味が判らなかった。いや、理解するのを拒んだということかもしれない。

「言葉通りの意味だ。お前の適当な婚姻相手、それは俺ではないのか?―――そう、お前は言った筈だ、俺とならば摩擦なしに篁の次代を紡げると。」

 膝枕から上半身を起こして自分を見つめる少女に忠亮は淡々と答える。
 二つの点が一つの線で繋がった。
 そして、その線を中心にいくつもの小さな疑念という点がつながり、像を紡ぎだす。

「そうであるのなら、お前のお節介も納得できる―――あれは、お前なりの義理だったのだな。」
「それは……」

 言葉に詰まる唯依、正直なところ忠亮には疑問で仕方がなかった。
 あの出雲奪還作戦後の北九州奪還作戦、数々の激戦が一応の終息を見せ日本がその国土を回復したころだ。
 あの重傷からどうにか状態が安定した自分のところに彼女は再び現れた―――失地回復の報告と同時に帝都の開発部隊に転属になったからだと言っていたが。

 その後も彼女は足繁く通い、障碍者となった自分の身の回りの世話を焼いてくれた。

 右足と両目を疑似生体に置き換え、血反吐を吐くリハビリを乗り越えてどうにか幾らかの事務仕事ができる程度に回復してからもその献身は変わらなかった。
 が、その前提であれば彼女の性格と合わせ説明がつく。

「だからこそ、己はそんなお前の為になら死ぬ事が出来る。」

 揺れる唯依の黒真珠の瞳を真っ向から見つめて、忠亮は告げる。

「なんで…そんな事を――」

 疑問を投げかける唯依、どうして何故。彼は死にたいなんて言うのだろうという疑念。
 そして同時にやはりか、という得心を得る。

 そう、初めて見た時から唯依は直感していた。彼は生そのもの意味を見出していない。
 どう生きたかのみを追い求める求道者であると、そしてそれは同時にどの様に死ぬかを求めているということでもある。


「――お前は、命を懸ける理由に値する女だからだ。」

 彼がそう告げた瞬間であった、不意に唯依は顔を捉えられた。
 その薄茶にも見える薄い黒眼がまっすぐに、まるで抜身の刀のように唯依を見据えている。

「唯依、(オレ)は時代の流れなんぞという流言によって己を変えることのできない人間だ―――(おれ)に命令できるのは(おれ)(こころざし)のみ、己の力のみが全て。
 そういう不器用な人間だ、故に(おれ)と共に歩む路は生易しい路ではない。多くの人間の屍で作られ、流血で舗装された路となるだろう――――最悪、お前は(おれ)と共に在れば罪人として死ぬこともあるだろう。」

 自分の為に死のうという青を纏う青年、彼はその言葉とは裏腹に『自分の傍によるな。』そう言わんとするかのような、脅迫にも似た言葉。
 その二つの言葉は一見矛盾するようで、その実何一つ矛盾はしない―――が、そこまでの事をする真意がわからない。


「忠亮さんは……貴方は何を求めているんですか――――」
「己が求めるものはたった一つだ……ただ一度の勝利と、それによって齎されるたった一つの笑顔(けっか)――――俺は、守り抜けたのだという結果だけが欲しい。」

 ああ、そうか。―――きっと、彼は守りたかったものを守れなかった経験があるのだろう……何度も、何度も
 そう、何度もだ――――そうやって、苦渋と辛酸を舐めさせられ続けた末に、心を頑なにした、嘘や傲慢や楽観や偽善が人を殺す様を見せつけられ続けたのだろう。
 しかし、その本質は――愛しき存在をその腕で守りたい。その純粋にして強烈な渇望こそが彼の本質。
 ……世界の優しさなんて不確かなものを信じ無いがゆえに彼は誰よりもやさしい。

 他力に頼らず、己の願いは己の力で完遂するという気概と覚悟―――だからこそ彼は孤高だ。

 だけども、彼もまた――――光射す未来を望んでいる。

「大層な理想も、耳触りがいいだけの綺麗事も、見せかけの平和も要らん―――俺は、俺の全てを燃焼させて疾走させたい。」

 戦いを求める修羅―――だが、無暗な破壊も闘争も剣鬼は望まない。
 それでは獣にも劣るから、修羅の矜持はそんなに安いものではない。

 戦う理由、戦う本能に突き動かされるままにそれを探していた。無意味な闘争も、無意味な平和も要らない……求めるはたった一つ、愛しき者の笑顔が咲く未来をつかみ取る為の戦い。

 ――きっと、それは有り触れた願望。
 愛しき者の微笑む未来、自らの全てを出し切る事。きっと、それは誰しも必ず一度は抱く渇望だろう。
 だが、彼のそれは――――純粋に思いの質量が違う。願いと渇望が混じり合って、引火直前の火薬に成ってしまっているかのように見える。

 唯依はそんな蒼を纏う青年に、まるで花火のように一気に燃え尽きてしまいそうな危うさを感じた。

「―――勝手を言わないで下さい!」

 語気強く、唯依は衝動を口にしていた。初めて逢った時と同じ憤りを彼女は今、胸裏に抱いていた。

「貴方は勝手に走り抜いて、燃え尽きて満足かもしれません―――だけど、私は…そんなことをされても全然嬉しくありませんっ!
 死ぬことなんて目的にしないでください、生きることを目的にしてくださいっ!!」

「分かってないな、勝つのと生きることは別なんだ。―――俺が望むのは勝利、ただそれだけだ。」

 勝つこと、生きること。この二つは似て非なる存在だ。
 共により良き明日を望むために必要なこと、だが何方に比重を置くかでこうも相容れれない―――互いに、それが大切だと知っているというのに。

 生きるためには勝利を捨てねばならない場合もある。
 勝利するためには、生きることを捨てねばならない場合もある。

「俺は止まれない―――藪蚊の如く潰された犠牲を犬死で終わらせないために、此処での選択が真に意味ある事にする為に……愛しき者たちの未来を手に入れる為に。
 それには、この戦いに勝つしかない。俺たちは戦争をしているんだ―――戦争は勝ったやつこそが正義だ。
 俺たちは……日本は、悪だから負けたのではない。弱かったから負け、悪とされたのだッ!!!その結果が今の日本だ――――なぁ、あの三年前のあの日から、何人死んだと思う?」
「それは……」

 嘗ての惨劇の戦場を思い出したのか唯依の表情が悲痛にゆがんだ。


 第二次世界大戦―――真珠湾攻撃により非難を浴びた日本だが、それは極めて偏った見方でしかない。
 自国は強大な軍事力と、植民地を所持したままで他者にそれを制限する暴理を敷いた欧米諸国という下地。
 日本と戦争状態であった中国に対しての武器の供与と、中立海域でのアメリカ軍による日本帝国軍への攻撃、そして経済封鎖とABCD包囲網とハルノート。

 アメリカはその軍需産業を潤し、世界恐慌を脱しニューディール派が実権を維持するために戦争を望み、ありとあらゆる悪劣な手段を用いて日本を戦争へと駆り立てた。
 そもそも真珠湾基地は軍事施設だ。攻撃を受けることが前提の設備だ―――敵対行動をとったのだ、その相手から攻撃を受けて非難するなど、なんと浅ましい行為か。

 そもそも、第一として宣戦布告をしてから戦争をせねばならないという国際法は無い、“宣戦布告とは第三国に放つ”ものであるのだ。
 非難の根拠としてハーグ陸戦条約を上げる者もいるが、当時条約は形骸化して久しく、連合国側の大抵の国は宣戦布告なし開戦の常習犯だったのだ。

 なのに、日本はあげつらった証拠なき戦争犯罪を含め、平和に対する罪なんぞという己の行為を一切の顧みない破廉恥な行為、東京裁判を含め様々な汚名を着せられ悪とされ、その牙を抜かれた。

 自衛戦争に負けた結果がこれなのだ――――勝利の伴わない生なんぞ悲劇の種でしかない。
 鳥が飼われ鶏という家畜に、猪が豚という家畜に落ちるのと大層な違いはない。

 その結果、4000万人がBETAに食われたのだ。
 これで、アメリカに負けてよかった?一千万を空爆で殺され、戦犯国と自虐史観と張り子の平和主義を押し付けられ、そして今度は奴らの勝手の結果で4000万を殺された―――殺された彼らは何の為に生まれ来たのだ。

 ただ苦しみ悶えながらBETAなんぞという糞虫共に食われるためかッ!?
 それで本当に負けてよかったなんぞよく言える奴がいる、脳に蛆がわいている。


「失くした者は戻らない、大切なモノほど元に戻っては駄目なんだ。―――だからこそ、俺はそれを失わない為には命の一つや二つ、喜んで燃やし尽くすさ。」
「私も……貴方にとって失くしたくないモノという事なんですか。」


 真剣そのものである、突き刺すような質量を乗せた言葉。
 それにおずおずと戸惑いを主成分とした表情の唯依の問い返しに、凪のように静かな笑みで忠亮は答える。

「ああ、お前こそ俺が探し求め続けてきた戦う理由だ。……いや、この言い方では誤解を生むな。」

 憂いていた、餓えていた、飽いていた。
 如何に乱世の世とはいえ、国は政治も誇りも何もかもが腐り誇れぬ程に朽ちていた。そんなモノの為にどうして必死に戦える。
 日本人が日本人である事を誇れないようにされて、その中で腐りきった糞虫どもが保身と我欲の為に国を食い荒らしてきた。
 その中で、心の底から満足の往く戦いとその勝利を求め続けていた―――我武者羅に。

 そして、やっと見つけたのだ―――この陽だまりを、輝きを。
 命を燃やし尽くすのに足る理由、戦う者の心が還る場所にして拠り所。
 彼女こそが俺にとって如何な宝石よりも勝る至高の宝石なのだ……もう、この激烈な思いを抑えられない。まどろっこしい真似なんて出来ない。


「ただあ……ッ!?」

 忠亮が動いた。

 咄嗟のことで驚いた唯依、伸びた手に反応すら出来ず捉えられる。
 そして、直後に唇を重ねられているという事に一瞬遅れ気づく――行き成りのことで身を強張らせ悲鳴を上げそうになるが、唇は塞がれているためそれは出来なかった。

「…………」
「…………」

 思ったよりも優しい口づけ、引き伸ばされた刹那の中でそんな場違いに呑気な感想が唯依の胸裏を占めた。
 ―――初めから、多分この人に捧げることになるだろうと思っていた物だが、こういう形で奪われるとは少々意外だった。


「―――ひどいです。」
「すまんな、俺は身勝手な男なんでな――――お前はどうか知らんが、俺はお前を愛している。」

「篁となるというのですか―――この私を、篁家の頭領を妻にする意味を分かっているんですか。」

 まだ、この目の前の蒼を待とう青年を愛しているかと言われれば断言が出来ない。
 けれども、惹かれ始めている自分がいるのも確かだった。

 だけども、唯依という一人の少女としての個は篁唯依という公よりも優先順位は低い。彼が篁の人間として生きないというのなら―――ここで縁を切らねばならない。

「ああ、分かっている。俺の理念は場合によっては篁の理念に反するという事もな―――(おれ)が篁の名を背負うことに成ろうとも、(おれ)は俺の理は曲げない。」
「その信念は―――貴方は、私の夫として相応しくないという事を分かっているんですか。」

「分かっているさ……だがな、変化しないモノに未来なんて無いんだ。同じに見えてちょっとづつ変わらねばならない。
 だからこそ、(おれ)(おれ)のままで篁の名を背負おう―――」

 返ってきたのは否定の言葉、だが続けて忠亮の口から発せられた言葉の意味が唯依の理解の範疇を超えてしまっていた。


「どういう意味ですか。」
「武道の神髄、守破離を知っているか?」

 ただ聞き返した唯依に、返される問。
 それはある程度武道に通じるものなら知っていて当たり前ともいうべき理念だ。教えを忠実に守るだけでは進化する事がなく、他流の武術に対し弱点さえも修復しない古いだけの武術は駆逐される。
 また、それぞれの武術はそれぞれの始祖が己の独自の戦術理論によって構築したものをその弟子たちが、自分用にアレンジを繰り返した結果体系化されていった物だ。

 故に、ただ一つとして同じ武術はなく、同じ流派もない。
 似てはいても別物なのだ―――しかし、その変化こそ進化。
 そうやって過去の先人の戦術理論を学び、検証し、付け加えていき自分だけの流派を作り上げることこそが武術を極めるという事だ。

「はい、技術を真に自分のモノとするための三工程―――それが、なにか関係あるんですか。」
「お前は篁の“守”だ。だからこそ(おれ)は篁の“破”となろう。」
「では、篁の離はどうなるんですか……?」

「二人で作って往けばいい。」

 家はただ継承されて往くだけの物ではない。
 彼はそう言っていた、ただ受け継いだものを後生大事に抱えるだけでは何も変わらない、それを続ければ軈て取り返しの付かない破滅が待っているだろう。
 改正不可能な憲法が欠陥品であるように、環境に適応できない生命が駆逐されるように。
 自然淘汰の原則はいつの世も永久不変かつ絶対の法則、即ち節理だ。

「ふふっ……まったく、変な求婚です。」

 お互い環境が特殊だという事もあるが、武術の理と家名を絡めて自分が強制したはずの婚姻で逆に求婚されるとは夢にも思わなかった唯依が苦笑零す。

 そして、息を吸い込み意を決し、告げる。

「私も武家の女です、夫となる男がどのような結末を辿ろうともそれを見葬(みおく)るくらいの覚悟はしてました。」

 父が横浜に果ててからの母を知っていたから。どう在るべきが武家の妻の義務なのか十二分に知っている。
 自分で切り捨てる覚悟は持てなかったが、漠然と受け入れる覚悟だけはしていた―――いや、それは覚悟という名の諦めだった。

「私は、改めて貴方を選びます―――貴方を選んで良かった。
 之は間違いなく私の意思、己を通して後悔する事なんてあり得ません………例え、それがどのような結末と成ろうとも。」

 安堵の微笑み、そして目を開いた唯依がまっすぐ凛とした力強い眼差しで忠亮を見つめた。

「そうか、これで(おれ)たちは一連托生という奴だ―――篁の家名も使命も、お前だけが背負う必要はもうない。(おれ)にも背負わせろ、一緒に背負ってやるから。」
「頼りにしています―――でも、それなら途中退場だけはしないでくださいね。」

「責任重大だな。約束をしよう、(おれ)は生きる―――とまぁ、そもそもお前を守ると決めたのなら死ぬわけにはいかんのだがな。」
「忠亮さん…ひょっとして私を試しました?」

 誰かのために死ぬという事は、誰かのために生きるという事でもある。
 また、守りし者の死はその後ろの人間の死と直結だ―――真に他者を守らんとするのなら、絶対に死ぬことだけは許されないのだ。

 つまり、最初から生き抜く意思を持っていたのだ。それを忠亮の言葉から察した唯依は一人必死だったのが馬鹿らしくなってきて非難めいた視線を忠亮にそそぐ。

「さてな……まぁ、口にした言葉に嘘はない。お前を愛しているってのは紛れのない(おれ)の本心だよ。」
「なんか、そんな風に言われた言葉ってすごく軽くなると思うんですけど?」

 誤魔化しが返って事態を悪化させてしまった。

「しまった、藪蛇だったか……なら、本気だということを見せないと駄目だな。」
「た、忠亮さん……!?」


 唯依の頬に忠亮の手が添えられる、そして二人の視線が交わり、その距離が徐々に短くなる。
 もう、互いの吐息が掛かりそうな程に――――

「んっ……!」

 そっと触れ合うだけの軽い口づけ―――だが、その次の瞬間だった。
 唯依の背中に手が回され彼女の華奢な体を一気に抱き寄せ、深い深い口吸いへと変わる。

 まるで貪るような口吸い―――唯依はそのまま押し倒される。

「唯依、俺を全部お前にやる―――だから、篁唯依ではない唯依という女を一人、俺にくれ。」

 篁の資産も、摂家直系という血筋も、譜代武家の家格も……唯依という女の付録は要らない、所詮それは付録に過ぎず唯依という女の真価ではない。
 押し倒された唯依に覆いかぶさった忠亮の降ってくる声―――その意味が分からないほど彼女は子供ではなかった。

「今更ですよ……私たちが出会ってすぐにはもうこの婚姻は決まっていたのですよ。だから、私の覚悟はとっくの昔に出来ています。
 でも、初めてなので……その、やさしくしてください………?」
「―――――っ!」


 刹那、脳天を金槌(ハンマー)でぶん殴られたかのような衝撃が走った。
 気恥ずかしさに耳まで真っ赤に染めて、視線を逸らしながらか細く懇願する唯依、それはどこか小動物のようで、雄の本能を完全に呼び覚ましてしまう。

「―――すまん、唯依。それちょっと逆効果だ。」
「え、忠亮さん!?―――あ、ちょ、ま――――


 獅子の皮を被った兎は、蒼き虎に捕食されたのだった――――。
 
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