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戦闘城塞エヴァンゲリオン

作者:三十六路
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第1話Bパート『負け犬にウイルス』

それは、彼が第三新東京市を訪れる前日のこと。


  ◇  ◇  1  ◇  ◇


死のう。いや、死ぬのだ。死なねばならぬ。

四畳半の部屋の天井から垂らしたビニール紐をみつめる。
彼の身長より高い位置に、輪にした先がある。

適当な箱に載って首を輪に通し、箱を蹴る。


…ビニール紐は強度に難があったようだ。
落下した際にぶつけた向こう脛を押さえて
のた打ち回りながら思う。

川村ヒデオは、今年20歳になる。
高校卒業を機に就職活動のため上京、新東京の片隅のこのアパートに引っ越して来た。

履歴書を送った会社は三十数社にのぼるが。その、すべてに書類選考での不合格を言い渡された。

彼はこの2年、
職に就いておらず、就職に向けた活動をしておらず、また当然、学生でもない。
つまりは、ニート。


彼の生活を支えていたのは、
家を出るとき父親に渡された彼名義の通帳。

彼の血縁上の父親から振り込まれていた養育費から、
学費などを支払った残りを貯蓄してきたものだという。
それなり、まとまった金額になっていた。

しかし、その残額は0になった。
享楽的な生活を送ったわけでも、不測の事態で失ったのでもない。

ただただ、収入のあてもなく使い減らしていったのだ。
2年持ったのは上出来なほうだろう。


いまさら、両親に頼ることはできない。
18歳まで不自由なく育ててもらった恩がある。

血縁上の父親は、もう他人だと割り切っている。

であるから――

死ぬのである。


しかし、困った。
確実かつ、あまり苦しくなさそうだと選んだ手段が潰えた。

途方にくれた、朝。


彼の朝はニートにしては早い。

夜は電気代をケチって早く消灯する。
夜が早いから朝も早いのだ。

また平日の昼間から出歩けば、彼の容貌では悪目立ちしてしまう。
職務質問を受けること数え切れず、
子供連れの親、年頃の婦女子にあからさまに警戒されると
心を圧し折られる。

自然、早朝あるいは日が落ちて以降にしか外出しない。


死ぬ方法を求めて特に当てもなく、部屋を出た。
平均的な出勤時間帯より早い時間で人通りは少ない。

徒歩5分以内のコンビニにふらりと立ち寄る。
この時間なら、ヒデオの顔を見知った深夜早朝バイトの店員が居るので
過度にビビらないで対応してくれるのでよく利用していた。
今は懐に余裕がないので、雑誌をぱらぱらと立ち読みするにとどめる。

もちろん、よりよい自殺の方法だとか最新自殺トレンドのような情報は見つかるわけがない。

雑誌に掲載された広告ページに目が留まった。
ヒデオ自身、興味がそそられるわけでもないが、
この一年ばかり、さまざまなメディアでみられ大きな話題も呼んだ。
それは、次のような内容で――

  ***参加者募集***
  大会名:『聖魔杯』
  会場  :第三新東京市 市内全域
  優勝賞品:『聖魔王』の称号
  副賞  :聖魔杯
  大会期間:優勝者が決定するまで
  優勝資格:勝利し続けること
  勝負方法:問わず
  **********

なにより、『参加資格』が
『人間と、自立した意思を持つ人間以外の者の、ペア』という現実離れした内容。
広告主が不明ということもあり、ゲーム会社の度を越した悪ふざけCMと判断されている。

ともかく、今の彼には一切関係のない話。


店員の視線が痛くならないうちに、そそくさと店を出た。

来た道と別ルートでアパートに戻る。
同じ道を何度も通ると、不審者として通報されかねない。いやな学習結果だった。

ふと、違和感を感じて目を向けた先。
ゴミ集積場に1台のノートパソコンが転がっていた。

何の気なしに近づいてみる。

ビニールの緩衝材にくるまれた、やや旧式だが
見た目上大きな傷は見当たらない。
付属のケーブル類が一緒に収まっている。
――箱・保証書は無いが。

売ったらわずかなりとて金になるかと、
周囲に人の目が無いことを確認してから
手を、伸ばした。

ぞくり、と常にはない寒気を感じた。
まだ3月、風邪でもひいたのかもしれない。

帰って布団に包まるか…いや、
悪性の風邪にやられて病死してしまうというのも、楽な死に方かもしれない。

彼は、拾ったパソコンを抱えて足早に部屋に戻った。


  ◇  ◇  2  ◇  ◇


部屋の片隅にノートパソコンを放置して、敷きっぱなしの布団に包まる。
パソコンの買取をやっている店はそこそこの距離があるし、
今はもう彼が外出しない時間帯に差しかかっている。
室内で息を潜めてその時間を過ごす。それだけだ。


「いや。何故、寝るですか!?」
目を瞑った彼の耳に飛び込んできたのは、耳慣れない少女の声。

頭まで被っていた布団を剥ぐってみると、目の前に少女が立っていた。
…いや、浮いていた。

まるで舞台衣装のようなドレス。アイドルがライブ中の格好のまま外に飛び出したような。
場違い。あるいは勘違い。という言葉しか浮かばない。

「せっかくノーパソ拾っておきながら放置ってっ。やるべきことはいっぱいあるのですよー!!」
口を挟む暇も無く捲くし立てられる。

「まずは充電、バッテリーがあったまったところでおもむろに電源オン。
前の持ち主の個人データを漁るとか、ムフフなファイルを開くとか、
削除したぐらいで消えたと勘違いするなよ、ふははっHDDからサルベージだ-っとか。
あるですよ!?JKっ」

いや、そこまで詳しいわけでもないし。JKって何だ、女子高生?

あまりの一生懸命さに、なぜか少女を虐めているような気がして
言われるままに電源ケーブルを繋ぎ、コンセントに刺した。

「ウィル子はこのパソコンの精霊なのです。そんなウィル子からいいお知らせなのです。
バッテリーにはまだ若干の電気が残っていたのです。よって
即電源オンしておkなのですよっ」

つまり、電源も入れろということか。
精霊という自称はともかく、いやまあ浮いてるし。

画面を開いてぽちっと電源ボタンを押し込むと、モニタのバックライトが点灯する。

「Will.CO21を起動します。しばらくお待ちください」
起動音がしないと思ったら、少女がアナウンサー然とした顔で宣言した。

HDが景気よく回る音が、しばらく続いた。そして。

「Will.CO21が起動しました。
…にははははっだまされましたね。ご主人様(マスター)
このノーパソにはWIND-OSなんて無粋なものは入っていません。
いるのはウィル子だけなのですよーっ」
気がついたら浮いていた少女は居らず、画面内に映っていた。いや移っていた?

「…」
反応に困る。

「…うわ、目つきワルっ」
さっきから顔を合わせてたのに、気づいてなかったのか。
それとも自分は困ったときほど目つきが悪くなるとでも。

「ともかくっ。じ・つ・は・ウィル子の正体は超愉快型ウイルス、Will.CO21。だったのですよーっ
驚きましたかー。せっかく拾ったノーパソがウイルス感染してて残念だったのですよーっ!」

まぁ、これ以上感染する機器が周りにあるわけでなし。とか思ったら。

「ついでに言うと、マスターもウィル子に接触感染してしまったのですよーっ
人間にも感染るなんて、ウィル子ったら極悪っ!! NDK?NDK?」

つまり、先刻の悪寒は風邪ではなく――

Q:ねぇ、どんな気持ち? A:何故か、自殺したくなった。

「っちょ、自殺はイクナイのですよーっ。
ご主人様(マスター)にはこれから電源と高速光回線を貢ぐ奴隷になってもらうのです。
勝手に死ぬとか、ウィル子は許可しません」

矛盾したことを。というかあれ、自殺とか口に出したっけ?
画面から再び出てきていたたウィル子に訊いてみると、

「マスターが考えたことは、マスターに感染したウィル子にも伝わるようなのです。
特に強く意識したことは筒抜けなのですよー」

それは、厄介だ。

「さしあたり、テラ単位の外付けHDDを用意するのです。ギガ単位なんてゴミです。
光回線は我慢します。近くに無防備なポケWiFi使ってる人いたですし。
ウィル子はマスター思いのウイルスですねー」

愛想よく笑顔を見せておねだりのつもりなのだろうか?
それより人に迷惑をかける行為はいけない。

「そんな。金は、無い」
「ダウトですっ。どんな貧乏学生でも今時1テラ、2テラのHD位買えないことは…」

最後フェードアウトしたのは、通帳の残高と財布の中身を強く思い浮かべたからか。
意外と便利だ。ははは、少しだけ気分がいい。

「しくしくしく。とんだマスターに拾われてしまったのですよー」

じゃあ、他をあたってくれ。

「そういうわけにも、いかないのですよ。
マスターは、ゴミ捨て場に捨てられて
そのままスクラップになりかねなかったウィル子を拾ってくれた命の恩人なのです。
うーん、うーん」

現状を打破する方法を考えているらしい。
そんなものがあれば、だが。…いや?

「ぴんぽーんっ。運がよかったですねマスター
ウィル子は義理堅いウイルスですので、マスターのために一肌脱ぐのです」

つまりは。

ノートパソコンの画面が切り替わる。

  ***参加者募集***

  大会名:『聖魔杯』

  優勝者には、世界を律する権利として聖魔王の称号と、その証である聖魔杯が与えられる。

  参加資格:人間と、自立した意思を持つ人間以外の者の、ペア

  会場  :第三新東京市 市内全域
  優勝賞品:『聖魔王』の称号
  副賞  :聖魔杯
  大会期間:優勝者が決定するまで
  優勝資格:勝利し続けること
  勝負方法:問わず
  付帯事項:武器・防具・その他アイテムの持ち込みは自由とする

  受付期間:告知開始より一年
  受付場所:会場内に受付を複数設置しております別途マップ参照のこと

  ※その他詳しい内容は受付会場で配布の『聖魔杯の手引き』を参照ください

  **********



これか。


  ◇  ◇  3  ◇  ◇


人間と、人間以外のペア。ヒデオは人間で、ウィル子はウイルスだから参加資格を満たす。
この大会で優勝したからといってどうなるのか?はっきりしないが、これに参加する方向でまとまった。


しかし、先立つものがない。第三新東京市までの足代だ。
しかも、受付期間である一年。実は大会告知から今日でちょうど365日。
つまり今日から明日にかけての深夜12時が締め切り。

「マスター。何か手はないのですかーっ」

ウィル子は先程からインターネットで格安チケット情報などを検索中だが
今日中に辿り着けて、予算に収まる方法は見つかっていない。


ふと、思い出したことがある。

「何なのですかーっ」

口にしなくても伝わるのはすごく便利だ。いや、そのことを思い出したのではなく。

「実は、肉親が第三新東京市に住んでいるらしい」

「ではでは、入場券だけ買って目的地まで行くですか?
駅の改札まで迎えに来てもらって。乗り越し分扱いで支払わせるとか」

否。忙しそうな感じだし、たぶん無理。

「そうではなく、数年ぶりに手紙らしきものが届いていたな。と。」
「らしき…て、手紙では無かったですか?」

開封もせず、放置していたのだ。

「実は、届いた封書を開かず溜める畑の人でしたか。マスター」

そんなことは無い。あの人、何か苦手だというだけの話。
それはともかく『親展』、『折り曲げ不可』との注記とか、手紙以外も入ってる感じの封筒だった筈。


物の少ない部屋だから探せばすぐ見つかった。
ピザ屋のチラシなどの古紙の束に挟まっていた。

封筒を無造作に破くと、保護用の厚紙ではさまれた中に
A4のプリンタ用紙1枚と、それにクリップで留められた、カード類?

一番前に、目つきの悪い若者の顔写真が印刷された、ICカード。だろうか?
よく見たら印刷されているのは自分の写真だった。就職活動時に撮ったものだろう。
なんだこりゃ。

ともかく、クリップをはずし他を確認する。

「それロンですよ。マスターっ」
ウィル子の声が弾む。

最寄駅から、第三新東京市中央駅までの切符だった。しかも特急券つきだ。

「しかし、明日の便の指定席券のようだが」
彼の戸籍上の氏名と、列車と座席の指定が記載されている。

「切符の変更ぐらい駅の窓口で受け付けてるのですよーっ。
記載氏名どおりの身分証の類があればノー問題なのです」

まあ運転免許くらいなら、ある。
ともかく、目処が立った。


一応、残りを確認しておく。有価値なものをいままで見逃していたわけだし。

なんだこりゃ。Part2。
女性の写真があった。客観的には美人に分類していいだろう。
薄着であり、厚み(ボリューム)のある胸部をさらに強調するポーズでピースサインしていた。
さらに『駅まで迎えに行くから待て』という意図の手書きメッセージとキスマーク。

そしてトドメの、なんだこりゃ。Part3。
A4の紙はミスプリントを転用した保護紙のように見えていたのだが、実は手紙だったようだ。
端に手書きでメッセージがあった。

『来い。碇ゲンドウ』

頭が悪いのか、オカシイのかは分からないが。まともな人間はいないのだろうか。


ノートパソコンも収まるバッグを見繕って少ない荷物をまとめ
件の手紙も一緒につめると、それを背負って部屋を出た。



無事、切符の交換を済まし、一人とパソコン一台は列車に揺られた。
座席のコンセントに電源ケーブルを繋ぎ、ウィル子は画面に姿を映す。
切符をもたない身で姿を現して、余計なトラブルを起こす必要はあるまい。

「窓口の駅員、不審そうだったのですよー」
窓口で一悶着あったのは、まあどうでも良い、ことだ。
見た目でどれだけ怪しまれようと、公的な身分証がある以上結局は通ったのだから。

ところで、さっきからウィル子はモニタ内にウィンドウを作ってその中に納まっている。
さらに、声にをわずかに電子的なノイズを被せている。
ネットを介したテレビ電話を装っているのだろう。器用なことだ。


「どこの受付に行きます?全体的に第三新東京市の外縁部に散らされているようですが。
移動経路上では箱根湯本?とかいう駅近くがヒットしますねー。
あと、市街地中心――センタービル、という所にもあるようです。
こっちなら目的駅の最寄ですねー。もっとも大会本部を兼ねるそうですから
混んでる可能性もありますが」

日の高い内には着く。センタービルとやらでもいいだろう。
そもそも、なぜそんなに外縁部に多くあるのか。外から集まった人間にとっては
特急車両の停まるような中央駅付近の方が便利だろうに。


「飽くまでアングラなネット情報ではありますが、どうも、『付帯事項』の絡みのようですねー。」

『武器・防具・その他のアイテムの持ち込みは自由』というやつだ。
そうはいっても、日本国は法治国家であり、また銃やら刃物の所持に関してはそこそこ厳しい。

大会本部がそれらの持ち込みを認めたとしても、未来の首都との触れ込みの都市においては
受付を済ませる前に銃刀法違反でしょっ引かれる恐れがあるらしい。

規制の薄い場所で受付を済ませることで、市内で通用する
銃の所持ライセンスのようなものが発行される仕組みだという。

なるほど。とは思うが、それだけ武器の持込みが多いということでもあるのか。
…本当に、そういう大会。なのだな。あまりの前途多難さに眩暈を感じる。


元の切符よりはグレードの下がる車両のはずだが、座席はふかふかで眠気を誘う。
普段の睡眠時間は多いほうではないが、そもそもの摂取カロリーが不足しているのだろう。
少し遠出しただけで体は休息を求める。

「着いたら声をかけるので、マスターは寝ててもいいのですよー」

否、それは。流石にそこまで甘えるのはどうだろう。しかし…


  ◇  ◇  4  ◇  ◇


不覚にも寝入っていたらしく、気がついたら
すでに第三新東京市に到着していた。

列車を降り、改札をでる。
すぅっと目立たないようにウィル子が姿が現す。手には地図らしき紙切れを握っていた。
はじめてきた街で、土地勘は一切無いので。あらかじめ車内WiFiサービス経由でダウンロードしておいたデータらしい。

「マスター、センタービルはこっちの方らしいのですよー」
背格好的に中学生ぐらいに見える少女に先導されて、後ろをついて歩く男とか、怪しい光景だ。
ウィル子の格好がドレス姿の美少女という目立つものなので、かえってヒデオに目は行かないのは幸いだろう。


センタービルの受付で『聖魔杯』の参加希望者である旨を伝えると、奥まった別の受付に通された。

「ようこそ、『聖魔杯』参加受付へ」
制服らしきスーツをまとい、可愛らしい顔立ちの女性だった。
日本人離れした顔つきと髪色だったが流暢な日本語で話しかけられる。

「先ずは、氏名と種族をお聞かせください」

種族。現代日本の、それもこんな近代的なビルで、大真面目に聞かれるとは。
いやゲームや何かのイベントでないことが、はっきりした気もする。

「川村ヒデオ。と、言います。人間です」
「はい、ありがとうございます。私は受付担当のラトゼリカと申します。お気軽にラティと呼んでください。
大会開催中は大会運営スタッフとして参加者の皆さんをサポートしますので、よろしくお願いしますね。」
さらにウィル子に目を向ける。

「ウィル子はウィル子、ウイルスなのですよー」

一人称が自分の名前なので、分かりにくい自己紹介だな。とか、考えていたら

がたたたっ

受付嬢――ラティが、青褪めた顔で椅子ごと後ろに身を引く。

「にひひひっ。マスター、ウイルスと聞けば普通こーゆーリアクションをとるものなのですよー」

「え、えー、ウイルスさん。ですか?私もいろんな種族の方を見てきましたが
ウイルスという方は初めてですね…」

恐々ながら、元の位置に戻ったラティは、
受付の卓上のパソコンに情報を打ち込んでいく。

最新機種らしき超薄型で高性能そうなパソコンで。


「じゅるりっ」

はっ。まさか。

「にひひ。侵にゅ」がしっ
すんでのところで襟首を捕まえる。ラティもその意味にようやく気付いたのだろう。

「不許可!不許可です!
侵入しないでください。感染しないでください。大会進行に支障がでますので!」

「それは、いけない。」
ウィル子に注意する。噛んで含めるように。大会参加前から失格になるわけにはいかない。


まあなんとか、失格にはならずに済んだ。
結局、ウィル子の種族名は『電子ウイルス』、彼女の強い希望で『電子の精霊』と併記された。

さらに、武器の提示を求められる。事前情報どおり、ここで申請すれば銃や刀剣類の所持ライセンスがもらえるらしい。
大会中に追加で武器を得た場合も、ここで追加申請可能だという。

もっとも、ヒデオらはまったくの徒手空拳。とりあえずは関係の無い話だった。

あとは、『聖魔杯の手引き』という冊子と、チケットという紙幣を数枚わたされる。

「これは?」

チケットとは、第三新東京市、市内でのみ通用する擬似通貨であるとのこと。
本来は、大会期間中、参加者のみに使用させる目的で準備したらしいのだが、
現在では第三新東京市の一般市民にも浸透しているという。

小売商店から公共料金の支払いまで、広く使用可能だというからなかなかの利便性。

世界中からの参加者が持ち込む外貨が思わぬ影響を与えないようにと設けられた措置らしい。
基本的に日本銀行券との交換しかできないとのこと。


渡されたのは5万チケット、日本円換算で5万円分。

当座の生活費としてはわずかなものだが、住居は大会本部が借り上げたマンション・アパートが無償で利用できるとのこと。


参加費も不要で大盤振る舞いにも思えるが、長い期間をこの都市で生活する以上
結局、渡されたチケット以上の金銭が都市内で消費される。

大会本部がこの都市の経済と結びついているとすれば、特に損もしないのかもしれない。


そのあたりを詳しく聞いている内に日が暮れていた。

受付を出た際に長居したことを詫びると、最終日で暇だから気にしないでくださいとの返事。
複数ある受付すべてあわせても、今日受け付けたのは10ペアにも満たないらしい。

箱根湯本の受付では、受付手続き前の参加者同士の私闘というトラブルが発生したらしい。
そちらで参加受付をやって、巻き込まれたりしなくて、よかった。


なにより、受付嬢が可愛かったし。


  ◇  ◇  5  ◇  ◇


センタービル内いくつかの窓口をまわり、残っていたアパートを新たな住処として確保したりといった雑務をこなす。
日付がかわる前後、大会の開会セレモニーが行われるというから、一応顔をだすべきだろう。



23:30(フタサンサンマル)
花火が打ち上げられた。


『皆さん、聖魔杯へようこそ!』

明朗快活な女性の声が響く。
自らの名乗りによれば、“霧島レナ”、大会実行委員の責任者にして司会者であるらしい。

つづけて参加者数の発表。1512組、それぞれがペアであるから総人数は3000人を超える。
さらに、大会の手引きに記載されていないような注意がいくつかあるらしい。

『まず第一に…』
『勝負に際し、力に訴える場面が多くあるでしょう。しかしその際、大会本部として殺人はを認めません。
人間以外の参加者に対しても、殺人に相当する行為を認めません。これに抵触したペアはその時点で失格とします』

殺傷力ある武器の持ち込みを認めながら、それは…と参加者の間から不満の声が上がる。

『確かにそのとおり!
しかし大会の答えはこれです』
携帯電話にも見えるデバイスを取り出し、掲げる。

『実はこの都市の地下には、N2地雷が埋まっています!
これはその起爆スイッチ、なのです』

ざわめき、あちらこちらから不安そうな声が漏れる。

『あれあれー?
この世界にはN2の直撃にも耐え得るような常識の外の存在がいるんですよ。
とはいえ、多くの参加者にとって
N2以上の殺傷力もN2以上の攻撃に耐えられる防御力も持ち得ないものでしょう?
――であれば、その程度の殺傷力や殺人技術を競ってどうすると。馬鹿馬鹿しい』

たしかに。殺し合いで決着というのであれば、先ずN2地雷を起爆してここを更地にし、生き残った極少数の参加者で優勝者を決めれば良い。大会は一日とかからないだろう。
そう。その、道理。だ。

しかし、大会主催者はそんなことは望まないらしい。
武装も認めるからには、武力の有無も重要なファクターであろうが、それを含めた総合的な力を見たいということか。

『…まあ、N2が埋まっているというのは嘘なんですが。
これも単なる私のガラケーですし』

何だそりゃ。という脱力した空気が漂うが、ツッコミが入ることも無かった。


以降、勝負についての説明があった。曰く

・大会開幕以降、参加者はいつでも戦いたい相手に対して勝負を申し込むことができる。
・勝負を申し込まれた相手は、それを受けることも拒否することもできる。
・勝負を受けた場合、何を以って勝敗とするかを決めてジャッジに申請する。
・なお、どこで誰と、何組のペアが参加しようと、勝負の参加者全員の同意があればルールは問わない。

何組でも。つまり、ここに居る全員が○×形式のクイズに参加したりすれば。
いきなり半数が脱落する、…ということもある。ということか。


・勝負方法が未確定な状態で勝負が成立し、勝負の参加者同士では勝負方法が決定できない場合、
 自動的に戦闘(バトル)となる。これはジャッジが判定する。
戦闘(バトル)は、片方のペアが、①明らかな戦闘不能をジャッジが判断するか、
 ②戦意喪失を宣言するか、③捕縛されジャッジに引き渡されるか、いずれかで決着となる。

・脱落せず勝ち残った参加者が、一定数を切った時点で決勝トーナメントを開始する。
 逆算して勝負を避けることは大会本部の意図するところではないため、
 決勝トーナメントに進めるペアの数は非公開情報とする。

・勝負を拒否しても特に罰則(ペナルティ)は無いが、大会の経過情報に
 どのペアから勝負を申し込まれ拒否したという情報が掲載される。

勝負拒否の情報が。思わぬ損失となることが、ありうるだろうか?

いや、愚かな。
優勝条件は『勝ち続けること』ではないか。逃げ回った先に他者の敗北を待つなど。

勝たねば。勝つのだ。


『さて皆さん。私からの話は以上です。今述べた情報はセンタービルのインフォメーション、聖魔杯公式Webでも確認できます。
第三新東京市ローカルTVとラジオでは公式番組“今日の聖魔杯”を放送予定ですのでぜひ視聴ください。
…さあ、まもなく日付が変わり、聖魔杯が開幕します。』

5!、4!、3!、2!、1!、…
スピーカーから流れるカウントダウンに参加者の唱和が被さって。


『聖魔杯、開幕です!』

セレモニー開始以上の規模で花火が打ち上げられ、拍手と歓声が上がる。

和やかなムードに包まれ、セレモニー会場に設置されたテントでは飲食物が提供されはじめる。
さらにサプライズのビンゴ大会が始まる。

大会はこれから長い戦いとなるだろう。とりあえず、今は楽しむべきということだろうか。

しかし。


会場の一角に大会スタッフ達が集まって、何やら話しあっている姿があった。
かなり切羽詰った様子に見える。

そして、スタッフの一人が司会に近づき何やら耳打ちする。

『えー、申し訳ありません。ビンゴ大会を中断して、急遽連絡事項が発生しました。』

『政府筋から、日本付近に巨大な生命体が接近中との情報が届いています。
国連軍はこれを“使徒”と呼称しているそうですが、その進行先がまさにここ、第三新東京市であるとのことです』

巨大な生命体。…つまり、怪獣みたいなものだろうか。

『大会本部はこの状況に対し、小大会(イベント)の開始を宣言します。』

小大会(イベント)とは、大会本部または聖魔杯参加者によって主催されるもので、聖魔杯参加者から希望者のみが参加する。
小大会ごとに特殊ルールが設定され、勿論敗者になれば大会自体でも敗北になるが、
一気に勝ち星を稼げる機会にもなるし、規模によっては大会本部からボーナスの類の支給が検討されるとのことだ。


『小大会の目標は、“使徒”の脅威から“生き残れ。”
不参加の方は、どうぞこの都市内に設置されたシェルターに避難してください。
第三新東京市の外への退避は基本許されず、失格となりますのでご注意を』

『小大会参加者には賞金とし1人当たり10万チケットが支給されます。
また、見事“使徒”の撃退に成功したペアにはさらに10勝分の勝ち星が贈呈されます』

腕に自身のある参加者は奮って参加をとのことだが。
そもそも、“使徒”とやらの情報が少ない。
姿を確認して無理と判断すれば、諦めてシェルターへ退避という手段もあるか…?

『第三新東京市への到達予測は明日の午後とのことですから、時間は十分にあります
参加の検討をお願いします』



結局、夜明けまで参加者同士の勝負は行われなかった。
皆、未知の“使徒”なる脅威に対しどうするのか?他の参加者の動向を探り合っているようだった。


ウィル子がネット上で情報を探したものの“使徒”についてのものはみあたらず、
ただ、10年ほど前から第三新東京市に兵器群の配備が進んでおり、
それはまるで怪獣にでも対抗するような特殊な配置だという
怪しげな情報がみられた。

そして、政府機関のデータベースに忍び込んだ結果
第三新東京市には国連の外部機関があり、何らかの権限が集中してることが分かった。


機関の名は“ネルフ”、総司令の名は“碇ゲンドウ”。

彼、川村ヒデオの血縁上の、父親だった。




[続く]

 
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