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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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追憶の惨劇と契り篇
  47.祭典の真実

 


 空には暗雲が立ち込めている。いや、あれは雲ではない。漆黒の夜空を覆い尽くすほどの蛇の群れだった。

「……死ね、第四真祖!」

 その声を合図にまるで蛇たちが豪雨のように古城へと降り注ぐ。
 直感が知らせる。あの攻撃を受けてはならない。しかし数が多すぎる。
 どうする?

「──先輩!!」

 その声とともに古城の前に小柄な影が舞い降りた。
 制服のスカートと黒髪を翻して現れたのは銀色の長槍を構えた女子生徒だった。

「姫柊!?」

 雪菜は銀色の槍を構え頭上に掲げて、祝詞を唱え出す。

「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 その響きに呼応して、刃が眩い輝きを放つ。

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 純白の輝きが消えるとともに雪菜たちの周囲に直系四、五メートルほどの半球状の空間が出現した。“雪霞狼”の神格振動波の防御結界だ。
 結界が容赦なく飛来してくる蛇の大群を消し去っていく。魔力で作られた蛇は結界に触れれば消滅する。

「大丈夫か、姫柊!」

「ええ、わたしは大丈夫ですから」

 彼女が強がっていることはすぐに分かった。先ほどの少女との戦闘を終えてから助けに来たのだったら雪菜の魔力もかなり減っているはずだ。それに加えて真祖並みの眷獣の攻撃を相手しているのだから彼女の負荷は相当なものだ。
 古城は雪菜の肩を抱き寄せてから左腕を突き上げて鮮血が迸る。
 雪菜が驚いたように目を見開くがそんなことなどお構いなしに爆発的な魔力は眷獣の形を作り出した。

疾く在れ(きやがれ)、“水精の白鋼(サダルメリクリ・アルバス)”──!」

 水妖の眷獣が爆発的な激流へと姿を変え、降り注いでくる蛇たちを消滅させていく。それは消えていくのではなく生まれる前の魔力の塊へと戻しているのだ。

「先輩は強引なんですから」

「仕方ねーだろ」

 全ての攻撃を防ぎきった古城の目に映ったのは、憎々しげにこちらを睨みつける立上だった。彼も先ほどの蛇の群れを召喚するのに相当な魔力を消費しているはずだ。
 前に彩斗から聞いた話によれば“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣は強大すぎる力ゆえにその魔力の消費量は尋常ではないものらしい。同時に二体を召喚するだけでも体への負荷は計り知れない。
 その上で立上は彩斗との戦闘でかなりのダメージを負っている。
 普通の状態で戦えば実力の差は歴然だった。しかし今なら彼を止めることができるかもしれない。
 すると立上が不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

「まさか勝てるとか考えてんじゃねぇだろな……第四真祖」

「「…………!?」」

 古城と雪菜が同時に身を震わせる。
 先ほどまでが嘘だったかのように彼の体から大量の魔力が大気へと放出されている。その量は計り知れないほどだ。

「気をつけてください、先輩!」

 銀の刃を立上に向けた雪菜だった。しかし彼女の体は小刻みに震えている。今まで同じような魔力を感じたことはあった。現に彩斗の魔力と立上の魔力量はほぼ互角であろう。
 しかしそれを隣で受けるのと真正面から受けるのではわけが違いすぎる。

「さァ……覚悟しろよな。……第四真祖、剣巫」

 容赦ない魔力とともに真紅の眼がこちらを睨みつけるのだった。




 次の日の学校だった。何事もなかったのように平和に暮らしている柚木が彩斗の前にはいた。昨日あんな事件があったことなども自分の正体が知られたことも何もなかったようだった。
 それはそれで彩斗としてはいいことだった。
 彼女には普通の人間として誰もが送るような日常を送ってほしい。
 彩斗は平和な光景に笑みを浮かべるのだった。

「またその変な笑い方して」

「うるせぇ。こっちだって別に好きでこんな笑い方になるわけじゃねぇっつうの」

 柚木はいつものように俺の笑い方が変などと言っておちょくってくる。

「まあ、彩斗の笑い方が変なのは昔からだから勘弁してあげて」

 なにかの匂いでも嗅ぎつけてきたかのように神崎志乃がこちらへと現れた。

「また変なのがきやがったな」

「誰が変なのよ!」

「また夫婦漫才してんのかよ、お前らは」

 すると不敵な笑みを浮かべた倉野木綾までもが彩斗の机へと来たのだった。これでいつものメンバーが勢ぞろいだ。
 突っ込もうとも思ったのだが、それすらめんどくさくなって机に突っ伏した。

「夫婦じゃないわよ!?」

 律儀にも志乃は突っ込むようだ。

「あんたからも言いなさいよね!」

 声とともに彩斗の背中に衝撃が走った。危うく机に鼻を強打するところだった。机に突っ伏している状態で背中を叩くとか非常識にもほどがあるだろ。
 そんなことなど気にせずに彩斗は睡眠にはいる。結局昨日の事件のせいで体は疲れているはずなのに考えることが色々ありすぎて眠りにつこうとしたらいつの間にか朝になっていた。

「まあ、こいつが眠そうなのはいつものことだから気にすんなよ」

 綾のナイスフォローによって彩斗の安眠は保たれそうだ。
 辺りの声が徐々に聞こえなくなっていく。意識が遠のいていく。そして彩斗の意識は現実世界から夢の中へと引きずりこまれていくのだった。




 空には暗雲が立ち込める。大地は砕け、燃えさかりそびえ立つ建物は原型をとどめないほどに崩れてしまっている。
 崩壊した街の中に彩斗は一人立っていた。いや、目の前に誰かがいる。燃えさかる建物の前に人が立っている。しかし、炎が逆光となって姿が明確に見えない。
 それでも彼がただの人間ではないことはわかる。なぜわかるかと言われても答えられない。しかしわかるからわかるのだ。
 目の前のシルエットは不敵な笑みを浮かべたと思うと瞳が真紅へと染まっていく。その瞬間、身体中の産毛が逆立っていく。
 恐怖、怖れ、絶望。ありとあらゆる負の感情が一気に襲いかかってくる。
 足が竦む。逃げなければいけない。だが、体は全くというほどに言うことを聞こうとしない。
 彼が右手を上空へと掲げるとそ鮮血が迸る。
 鮮血が大気へと流れ、徐々に形を形成していく。それは美しい肉体の女性の体の形へを変えていく。眷獣だ。吸血鬼が従える膨大な魔力の塊。この眷獣がどれだけ恐ろしい眷獣なのかというのは、ただの人間である彩斗にもわかる。
 逃げたい。今すぐにでも背を向けてこの場から逃げたい。しかし逃げれない。いや、この感覚は違う。どこかで彩斗は彼に立ち向かおうとしている。

「行ってこい、彩斗!」

 その響きとともに背中へと衝撃が走った。体が押され、足が前へと出る。自然と次の足が前へと出た。そして彩斗は目の前の絶望へと向けて足を進めていく。手にはいつの間にか近未来系の刀が握られていた。
 そしてそれを彼めがけて突き立てた。
 嫌な感触が手に伝わってくる。人の体を刺した感覚だ。しかしこれで終わったのだった。何もかも終わったのだった……

「え………」

 彩斗の唇から漏れたのは声にすらなることのない言葉だった。
 銀色の刃は確かに彼に当たったはずだ。だが、現実はそうではなかった。刃は彩斗のよく知る少女へと……必死で守ろうとした少女の胸へと突き立った。
 視界が光に包まれて歪んでいく。荒れ狂う魔力の奔流の中で少女は笑顔で何かを言っている。
 しかし、その声は彩斗に届かない。
 そして少女は最後に満面の笑みを浮かべて彩斗の首筋に牙を突き立てたるのだった。

 この光景を彩斗は知っている。しかし今の彩斗は知らない。そんな矛盾な夢幻だ。
 そしてまた未来の記憶の扉が一つ閉じたのだった。




 夢を見ていた気がする。しかし先ほどまで見ていたはずなのにその断片すら思い出すことができない。それほど必要がないということなのだろうか。
 しかしとても大事な夢だった気がする。
 起きたての怠い気分を吹き飛ばすために大きく伸びをする。

「あれ? 結構早かったね」

 隣の席の前で立っている志乃が珍しそうな顔をしている。
 結構早かったね、とはどういうことだろうか。彩斗はかなりの時間眠りについていたはずだ。しかしまだ志乃が隣の柚木の席にいるということは、放課中なのだろう。一応教室の前に備え付けられた時計を確認してみると眠りについてから五分しか経っていなかった。体感時間としては、放課が終わって授業ぐらい始まっててもおかしくないはずなのにだ。
 夢の中で経過した時間と現実の時間はイコールにはならない。それはわかっているつもりだった。しかしいざ自分の身に降り注いでみると少し気持ち悪い感覚が襲う。

「そういえば、彩斗って誕生日いつだったっけ?」

 目の前の席に座っている綾が突然訊いてくる。いや、違うか。彩斗にとっては突発的な話だが綾たちには普通に流れとした会話なのだろう。

「俺は、十二月二十日だよ」

 大きな欠伸をしながら答えた。

「結構私と近いんだね」

 反応したのは綾ではなく柚木だった。

「そうなのか」

 この流れなら誕生日を訊くのが普通なのかもしれない。しかし別に人の誕生日をわざわざ祝うような性格ではない彩斗なので適当に話を流す。

「柚木ちゃんは誕生日いつなの?」

 代わりに志乃が問う。

「私は十二月二十五日だよ」

 それは言わずとも知れたクリスマスだ。とても覚えやすい誕生日だな。しかしながら誕生日と何かしらのイベントであるお正月やクリスマスなどと被っている子供は、誕生日プレゼントなどを一緒にされがちである。かくいう彩斗もクリスマスに近いということで小学生などの頃はプレゼントを一緒にされたものだった。

「なんかめでたいな」

「そうだね。じゃあ今年のクリスマスにクリスマスパーティーと柚木ちゃんの誕生日会やろうよ」

 なぜかテンションが高くなっている志乃にどんな顔をしていいのかわからずに動揺している柚木。
 すると彼女を助けるように授業の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。志乃と綾は自分の席へと戻っていった。
 彩斗は再び授業を聞かずに眠りにつこうとすると隣の座っている少女は、小さな声で呟いた。

「今日の放課後付き合ってちょうだいね」

 彩斗は、少し動揺したが彼女の真剣な表情を見て頷いた。




 太陽が水平線の彼方へと沈む準備をすべく徐々に高度が下がっていた。それでも太陽の光は眩しく彩斗には忌々しいものだった。
 少しでもその陽光にあたる時間を避けようと建物の影を通る。しかし建物がない区間では受けることしかできずに本当に嫌になってくる。
 だが、家への帰り道なのだから仕方がないことではある。

「この辺りでいいかな」

 前を歩いていた柚木が突然立ち止まった。
 彩斗も無言で立ち止まって彼女と向き合った。そこからどれだけの時間が経過したのだろうか。
 いいにくい話なのか中々口を開こうとしない。その間がこれから彼女がどんな話をしようとしているのか言わずともわかる。きっと昨日聞けなかった吸血鬼に関することであろう。

「別に無理に話さなくてもいいぞ」

「え……」

「俺は吸血鬼のことなんてよくわかんねぇけどお前がピンチになれば助けに行くだけだからな」

 彼女の横を通りすぎながら彩斗は不器用な笑みを浮かべた。

「そうだったね。彩斗はそういう人だったね」

 柚木がここに来て初めて口を開いた。その顔は嬉しそうにも同時にどこか悲しみを堪えてるようにも見えた。

「それじゃあ帰ろうぜ」

 柚木は横に首を振った。そしておもむろに口を開きだした。

「やっぱり彩斗には知っててほしいんだ。私たちのことをね」

 そして彼女は語り出した。
 《真祖殺し》とまで呼ばれる伝説の吸血鬼たちのことを。




 “神意の暁(オリスブラッド)”───真祖さえも上回り、不老不死の吸血鬼を殺せるほどの力を持つ眷獣を従える吸血鬼。しかしその存在は突如としてこの世界から消滅した。よって人々の記憶には残らず、伝説上に存在した吸血鬼として語られることとなった。

「それが柚木たちの正体だっていうのか」

「うん……そういうことになるね」

 言いにくそうに柚木は呟いた。その表情からは打ち明けることができた安堵と何かに怯えるような恐怖の二つが見えた。
 彩斗はあまりにも現実味がないことに天を仰いだ。わかってたことではあるがさすがにスケールがでかすぎて頭が混乱してくる。

「それじゃあ、柚木は元々吸血鬼だったってことなのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ」

「そうなのか?」

 あれから少しだけ吸血鬼について調べてみた。吸血鬼になるには、いろいろな手段があるらしい。両親がどちらも吸血鬼でもある場合は子供は吸血鬼。片親が吸血鬼である場合は確率としては半分くらい。真祖から血を直接分け与えられるケース。または血の従者と呼ばれる吸血鬼の体の一部を与えられた擬似的な吸血鬼などもいるらしい。
 つまり柚木の場合は途中から吸血鬼へとなったということは、直接的に血を与えられたか血の従者になったということだろう。

「私たち“神意の暁(オリスブラッド)”になった経緯が吸血鬼の中でも特殊すぎるんだよね」

「特殊?」

「正直言っちゃうと私自身もいつ吸血鬼になったかっていうとわからないんだよね」

 予想外の答えに困惑する。元より魔族などの知識に疎い。柚木がわからないのであれば彩斗にわかるはずなどない。

「多分だけどアレイストさんや京子さん、彩斗のお母さんに聞いても同じ答えだと思うよ」

「なんだそりゃ……」

 本格的にわけがわからなくなってきた。突如として人間の肉体が吸血鬼へと変化することなどありえるのだろうか。そんなことができるなら全人類を完全吸血鬼化させることだって可能になってしまう。だが、現実にそれは起こっているのだ。

「それじゃあ、なんでお前たちは同族同士で戦ってんだよ」

 話題を変えて聞いてみる。これが正直な話で一番気になっていたことだった。同族同士で戦う意味が彩斗にはよくわからなかった。それが人同士の喧嘩のような感覚だというのであればそれで納得するしかないが、昨日の海原という男との戦いはそんな風には見えなかった。確実にあれは柚木を殺すために戦っていた。
 今度はかなりの間を空けてから柚木は答えた。

「それが私たちの運命なんだよ」

「……運命?」

 戦うことが運命。そんなことが運命などとは彩斗には理解することができない。

「元々“神意の暁(オリスブラッド)”っていう吸血鬼は一人しか存在しないはずだった。それがいつの間にかより強力な魔力を持つ者を選別するために一人一人に一体ずつの眷獣を植え付けた」

 彩斗は黙ってそれを聞き続けた。

「そして最強の吸血鬼になれる存在を決めるために互いの眷獣を奪い合うための祭典……それが《神意の祭典》。今この街で行われている戦いのことだよ」

 それが彩斗の聞きたかった答えだった。しかし全くというほど予想だにしていなかった回答にただ黙り込むことしかできなかった。
 突如として吸血鬼の力を手に入れて変な戦いに巻き込まれた。柚木はこんな過酷な運命を背負い続けながら今まで生きてきたというのだろうか。そんなこと自分の身に降りかかってきたとしたら耐えられなかっただろう。
 だが、先ほどの答えの中に一つの引っ掛かりが彩斗にはあった。

「眷獣を奪い合うってどういうことだよ? そう簡単に奪えるようなもんでもねぇだろ」

「うん……普通は奪えるわけもないよ。眷獣は宿主の寿命を代償にしてるからね。それだけ眷獣と吸血鬼っていうのは強い契約関係にある。……それでも“神意の暁(オリスブラッド)”は例外なんだよ」

 俯きながら彼女は語る。

「……私たちは殺した吸血鬼の眷獣の所有権を奪い取ることができるんだ」

 その言葉が彩斗の中にあった疑問を答えへと導いた。
 つまり柚木たち“神意の暁(オリスブラッド)”は《神意の祭典》と呼ばれる宴の中で互いの眷獣をかけた殺し合いを行っているというわけだ。最強の吸血鬼の器になれる存在を見つけるためにだ。

「そんなふざけた宴を止めるために私たちは、協力し合ってるの」

「それが柚木や母さんの集まりだってことか」

 柚木が首を縦に振った。

「“神意の暁(オリスブラッド)”同士が戦わないように眷獣を持っている人たちを説得してるんだけどなかなかうまくいかなくてね」

 それが昨日の起きた事件のことを意味しているのだろう。柚木らは眷獣を持つ者たちを説得しながらも街の人に被害を及ぼさないようにしているのだ。
 つまりは全員が協力し合えば、誰も死なすことなくすませることができる。しかしそれはできないことなのだろう。結局人であっても吸血鬼であっても力を求めてしまうものだ。
 それが世界の均衡を揺るがしかねない真祖と同等の力を持った吸血鬼の力ならばなおさらかもしれない。

「多分だけど今夜も彼は動きだすと思う」

「……彼?」

 誰かはわからないはずだ。しかし彩斗はそいつを知っている。記憶のどこかにそいつはいるはずだ。

「だから今夜の外出は控えてね」

 柚木は立ち上がりながらこちらに顔を向けて笑う。
 今夜も昨夜のような戦いが起きるということは、彼女は危険な目に合うということを意味する。ならば何としても止めなければ行けない。
 だが、彼女を止めれるような言葉が出てこない。声に出そうとしても何かがそれを阻む。
 結局彩斗の口から出たのは、ああ、という二文字だけだった。

「それじゃあ、帰ろっか」

 そんな何気ない言葉でさえも彩斗にはなぜか虚しく感じた。このとき改めて自分の無力さが嫌になってしまう。もっと自分に力があれば、ここで止めることができたのかもしれない。協力することができたのかもしれない。
 だが、それは結局かもしれないだけであって実際のことなど誰にもわからないのだ。
 そんな気持ちを抱え込んだまま彩斗は家へと帰っていくのだった。
 いつの間にか日は完全に落ちようとしていた。




「どうしたの、彩斗くん?」

 その日も何も変わらない唯と二人だけの兄妹水入らずの夕食だった。昨日に引き続いた茹でるだけでできる即席のパスタ麺にお湯で温めるだけのソースをかけただけの簡単な夕食だ。
 昨日と違うところと言えば彩斗の頭は目の前の夕食を美味しく味わえるよう状況ではなかった。

「……いや、なんでもねぇよ」

「そうなんだ」

 フォークにパスタを巻きつけながら唯は興味なさげに呟いた。

「今日も美鈴ちゃんはいないんだね」

「そうだな」

 彼女がいないということは、やはり今夜再びあの戦いが行われるということなのだろう。

「やっぱり何かあったんだね、彩斗くん」

 どこか不機嫌そうに唯は彩斗を睨みつけている。やはり兄妹というのは何かを感じとってしまうものなのだろうか。確かに唯が不機嫌な時や悩みを抱えてる時はなんとなくだがわかってしまう。それはやはり逆の場合も然りなのだ。
 それでも柚木のことや美鈴のことを話したとしても彼女は信じないだろう。仮に信じたとしても唯の性格を考えれば助けに行くなどと言いかねない。だから話すことはできない。

「……何かあったと言ったらあったかな」

 彩斗は苦笑いを浮かべながら皿へと目を落とした。

「なぁ、唯。仮の話だけどさ。……自分が守りたいと思ってる人が自分よりも強いんだ。それでもその人を守りたいと思うのってダメのなのかな?」

「別にいいじゃない?」

 即答だった。それもパスタを啜りながらというなんとも適当な答えだった。こいつに訊いたのが間違いだった。
 そう思ったが唯は続けて口を開く。

「だってその人を彩斗くんは守りたいんでしょ? だったらその人がどれだけ強いとか関係ないよ」

 そうだった。唯の言うとおりだった。
 柚木がどれだけ強かろうと傷ついていいという理由にはならない。それを彩斗が守ってはいけないという理由にもならない。
 それがわかっていたから彩斗はあの時、彼女の元へと向かったのだ。自分がどれだけ無力な人間だとわかっていたのにだ。

「そうだな……」

 だったら答えは決まった。あとはそれを実行するだけだ。
 彩斗は目の前に盛られたパスタの山を平らげて立ち上がった。

「唯! 今夜は冷えるから外出は控えろよな!」

 彩斗はテーブルの上に置かれていた携帯を手に持って急いで玄関へと向かった。

「戸締り頼むぞ!」

 そして彩斗は外へと足を踏み出した。

 結局、緒河彩斗はこの扉を開けるように運命(さだめ)られていたのだ。しかしそれは決して間違いではなかった。
 これこそが緒河彩斗というニンゲンの分岐点だった。ここで全てが始まって全てが終わるのかもしれない。
 
 

 
後書き
過去編もようやく終盤あたりへと突入しようとしています。
次回は、本格的に《神意の祭典》へと突入していく予定です。
何の力も持たない彩斗が宴を生き残ることができるのか?
そして柚木たちは、生き残ることができるのだろうか?

例のごとく、誤字脱字、気になるところ、意見などがありましたら感想でお伝えください。
また読んでいただければ幸いです。 
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