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山下将軍の死

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3部分:第三章


第三章

「よいのだ。わしはよいのだ」
「では閣下は」
「これを受け入れられるのですね」
「それが運命ならばな」
 受け入れる、まさに全てを受け入れた言葉であった。
「そうしよう、わしは」
「閣下・・・・・・」
「お見事です・・・・・・」
 部下達は山下のその言葉の前に泣き崩れた。そうした一幕があった。そしてその処刑の日がやって来た。昭和二十一年二月二十三日であった。
 この処刑の前に一人の僧侶が彼の元を訪れた。穏やかな顔をしたその僧侶が山下の前にやって来てまずは一礼したのであった。
 山下は法衣を着たその僧侶を見て。まずは己の名を名乗った。
「山下奉文です」
「はじめまして、閣下」
 僧侶は彼をまずはこの尊称で呼んだ。
「拙僧は浄土宗の教戒師の森田正覚といいます」
「森田先生ですね」
「はい、そう呼んで下されば結構なことです」
 穏やかな笑みで彼に答えるのだった。
「閣下、間も無くですが」
「はい」
 山下もまた静かな面持ちで彼の言葉を受けた。
「この世が終わろうともまた生まれ変わります」
「それは聞いています」
 仏教独自の輪廻転生の思想だ。彼もそれを知らないわけではなかった。
「ですから罪を犯したとしてもです」
「いや、先生」
 しかしここで山下は。右手を前に出してその言葉を制止したのであった。
「それはいいです」
「いいとは?」
「私のことよりも私の下で死んでいった部下達の為にお祈り下さい」
 こう言うのであった。
「私もこれでもあの者達を弔ってきていました」
「その方々の為にですか」
「私は戦いました」
 それは認めるのだった。
「ですが神仏に許しを乞うようなことはしたでしょうか」
「それはですね」
 森田もここで周囲を見回した。連合軍の目を気にしてだ。しかし幸いにして今いる憲兵達は日本語がわからないようで厳しい顔はしていても何も言わなかった。
「私もまた。ないと思っています」
「日本もですね」
「そうです」
 森田はこのことも認めるのだった。
「我が国は戦っただけです。それだけです」
「戦うことが罪ならばどの国も罪を犯していますね」
「その通りです」
 彼等の考えはここでは一致していた。そうしてそのうえでさらに話をしていくのだった。
「日本だけではありません。それは」
「しかし日本は裁かれる」
 今現在それが進んでいる最中だった。そしてそれは山下自身もその中にいた。現に彼は今まさに処刑されようとしているのがその証拠である。
「全ては負けたからです」
「これは正義ではありません」
 森田もまたこう確信していたのだ。
「悪です。それは存じているつもりです」
「それもまたやがて明らかになるでしょう」
 山下はこのことも静かに述べた。
「ですが今は」
「閣下のことはいいのですね」
「はい」 
 やはり穏やかに頷く山下だった。
「潔く。軍人として」
「そうですか。わかりました」
 森田は彼の言葉を受けて頷いた。そうしてそのうえで最後まで彼に付き添うことになった。話が終わってすぐにアメリカ軍の兵士達が来て彼の両手と左右の腿をベルトで縛った。それからジープに乗せる。それはまるで精肉を扱うかのようであった。
 森田はそうした山下の扱いを見て。無念の顔で彼の横で呟いた。彼もまたジープに乗せてもらいそのうえで処刑の場まで同行していたのである。
「潔く戦った方に何ということを」
「言って下されるな」
 山下はこの時も穏やかなままであった。
 
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