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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第111話 試合開始直前

 
前書き
 第111話を更新します。

 次回更新は、
 3月18日。『蒼き夢の果てに』第112話。
 タイトルは、『失点』です。
 

 
 耳に心地よい……。野球が好きな人間ならば間違いなく心が騒ぐ音。しかし、これから試合をする相手が発して居ると考えると、背筋に冷たい物が走る打球音が響く校庭。

 通常よりもかなり後ろに守る外野の頭の上を軽々と越えて行く打球。
 通常の投手よりも一メートルほど前から投げている打撃投手の速球は、何処からどう見てもハルヒの投じるソレよりも早い。

【この学校に理数系の特別進学コースのクラス。一年九組など存在してはいない】

 どう低く見積もっても、甲子園常連校レベルの野球部でしょうが、ここは。……と言う一年九組の練習を見つめる俺たち一年六組のメンバーたち。
 左のバッターボックスに立つイケメンがバットを一閃する度に、打球が外野手の頭の上を越し、その向こう側に立つ球拾いたちが右に、左にと走らされる事となる。

 尚、当然のように、有希の【念話】を聞いた後、無駄に時間を潰して居た訳ではない。

 存在しないはずの生徒を一クラス分作り出す。そして、それを誰にも異常を感じさせていない状況など真面な状態ではない。
 こんな事が出来るのは因果律を歪める事の出来る存在。いや、歴史すら書き換えられる神に等しき存在が関わって居なければ不可能。

 流石にそんな危険なヤツが関係している事態に一般人……ハルヒ以下のSOS団の面々を巻き込む訳には行かない。
 そう考えて――

 試合の中止を俺たちのクラスの担任で、水晶宮から送り込まれた人間の綾乃さんに進言。具体的には誰かが怪我をした事にしての放棄試合を目論んだのですが……。
 しかし、その程度の浅知恵は既に有希や万結。そして綾乃さんの間で実行に移されて居り、それでも、代替選手のルール。流石に決勝戦を放棄試合で優勝するクラスが決まるのは問題があると言う事で、特別に代替選手を出す事を大会運営委員会より提案され……。

 ――あっさり失敗。

「ちゃんと相手の練習を見て置いてね」

 左側……。何時も俺の右側に立つ紫の髪の毛の少女は、ウチのチームのエースのキャッチボールの相手を。彼女の代わりに、何時も左側に居る蒼い髪の毛の少女が右側に立ち、空いた左側の方には――

「私が調べた限りでは、今、バッティング練習中の男子生徒」

 手にしたメモ帳に瞳を動かしながら、そう話し掛けて来る蒼髪の委員長朝倉涼子。
 その彼女の視線の先には俺と同じぐらいの身長。服装に関しては、何処かで見たような縦縞のシンプルな野球のユニフォームを着込んだ少年……以上、青年未満の男子生徒が、かなり自然なフォームで左バッターボックスに立って居た。
 柔らかそうな黒髪。落ち着いた雰囲気のある黒の瞳。細い顎に、とても男性とは思えないような肌理の細かな肌。これで進学用の特別クラス所属で、スポーツも万能と言う、こう言う人間が現実に存在しているのなら、神に二物も三物も与えられた人間だと言う事に成る相手。

「オーストラリアからの交換留学生ランディと――」

 朝倉さんがそう言った瞬間、件のイケメン。ランディくんがバッティングピッチャーの投じたストレートを軽く一閃。
 乾いた金属音を響かせた白球は、そのままライトの遙か頭上を越えて行った。
 ここの校庭で打球を外野が処理出来なければ間違いなくランニングホームラン。何故ならば、ここは公立の総合選抜制を行う普通の進学校。野球部の専用球場など公立の総選高には通常は存在していない。

 つまり、打球が外野の後ろを転々とする間に、打ったバッターランナーの足が余程遅くない限り、あっさりと一周回って来て仕舞いますから。

「もう一人。エースで同じくオーストラリアからの留学生リチャードくんが中心のチームかな」

 そう言いながら視線を三塁側のベンチ……。単にパイプ椅子を幾つか並べただけの簡単な物なのですが、そのベンチの前で試合直前のピッチング練習に熱が入る男子生徒に移した。
 小気味よいミットの音。但し、ここから見た限り、球速はハルヒのソレに毛が生えた程度。ハルヒが中学生のエースが投じる速球と考えると、こちらは地方大会がやっとの高校球児程度。
 まぁ、一般の……と言うか、進学校の高校生に簡単に打ち崩せるとは思いませんが、凡百の高校球児ならば打ち崩せる程度と見るべきレベル。

 但し……。

「なぁ、朝倉さん」

 視線をグラウンド側に向けたまま、自らの左隣に立つ少女に話し掛ける俺。その二人の間を真冬に相応しい風が吹き抜ける。
 そう、()()に相応しい冷たい風が……。

「俺にはそのランディ&リチャードの二人組は日本人にしか見えないんやけどな」

 出来るだけ軽い……何の問題もない普段通りの雰囲気を維持させながら、そう続ける俺。
 但し……。

「よく知らないのだけど、おそらく片親の方が東洋人なんじゃないのかな」

 こちらも普段通りの彼女の口調。しかし、彼女の声音の中には微かな緊張のような色が混じる。

 ランディとリチャード。身長に関しては俺とそう変わらないように見える。体型に関しても、服の上から見てスリムな雰囲気。
 髪は共に黒髪。かなりの美少年と言うべきランディと、まったく特徴のないリチャードと言う違いはあるけど、後姿だけを見て俺と、そしてランディ&リチャードの見分けを付けるのは難しいかも知れない。
 俺の髪の毛が黒髪ならば、なのだが……。

 まぁ、何にしても――。俺は少しそう考えてからもう一度、件の二人を見つめ直す俺。
 今度は能力を籠めて。

 俺と同じような体型と、雰囲気を持つ少年たちを……。
 そう、確かに雰囲気――神気を纏う気配と言う物も似ている。俺と()()()二人は。

「ねぇ、武神くん」

 ハルケギニアでも見覚えのある二人組の練習に気を取られていた俺。その俺に対して呼び掛けて来る蒼髪の委員長。その声は普段の彼女の声と比べるとより深く、そして、暗い色が着いて居た。
 しかし――
 しかし、その様に考え掛けてから、その思考の中に少しの違和感を覚える俺。
 そう、彼女の発して居るこれは暗さではない。これは……おそらく覚悟。彼女……朝倉涼子も何か。守りたい()()が存在し、それを守ろうと心に誓っている、と言う事なのかも知れない。

 その瞬間、彼女の発して居る雰囲気を感じた俺。そして、俺の考えて居る内容に気付いて居る……可能性のある彼女が更に言葉を続けた。
 先ほどよりも更に強い覚悟を滲ませた言葉を。

「お願いだから、私を試合から外さないでね」

 彼の二人が登場した以上、この状況は異常事態が発生した、と言う事なのでしょう?
 ()()()()。この言葉はおそらく、オーストラリアからの留学生と称している二人組の事を指し示しているのだとは思います。
 ただ、何故彼女が、あの二人が現われた事によって、現在が異常な事件が進行している最中だと判るのかが不明、なのですが。

 微かな疑問。その疑問に対する明確な答えを見付け出せない内にも、ヤツラの練習は続き、次の決勝戦が真面に正面からぶつかれば、こちらに勝ち目が薄い事を実感させるだけの能力の高さを示して行く。
 魔法に類する小細工なし、では。

「私たちは普通の人間とは記憶の方法が違う。そうでなければ、度重なる歴史改変の際にそれまでの記憶……記録の一切を失う事となるから」

 俺が答えを見付け出せず、ただ練習を見つめるのみと成って居る状況の中、喜びも哀しみもない、ただ淡々とした口調で言葉を続ける朝倉涼子。この彼女の言葉に因り、彼女が歴史改変……。いや、俺たちの側から言わせて貰うなら、ハルヒと名付けざられし者との接触が起こらない、()()()()()に戻る前の狂わされた歴史の記憶を持ち続けている事に、水晶宮が気付いていないはずはない、と言う事がはっきりしたと思う。
 それでも尚、彼女が信用されているとするのなら、それは――

 実際に彼女。朝倉涼子を瞳に映す事もなく、そう考え続ける俺。視界の中では、試合前の一年九組のバッティング練習と、ピッチング練習が徐々に熱を帯びて行く。

「私はヤツラが嫌い」

 規定通りに私を操り、規定通りに私を消し去り、そして、また必要になったからと言って復活させる。
 そんな活動を永遠と続けさせられ、それらをすべて記憶させられる。

「こんな地獄にもう一度戻りたいとは思わない」

 私は人形じゃない。私には守りたい子が居て、守りたい今があるから。

 独白とも、告白とも取れる内容。ただ、彼女がそう考えて居るのなら、再び揺り戻しを狙って歴史改変を企む可能性は低い。
 但し……。

「多分気付いて居ると思うけど、今のトコロ、代わりの人間を参加させる企ては成功していない」

 内容は深刻。しかし、口調は普段通りの何の緊張感も持たない口調でそう答える俺。
 そう、試合放棄の企てを阻止されるのなら、選手すべてを俺たちの側の人間に置き換えて仕舞えば良い。ただ、それだけの事。
 そう考えてから第二の案として、綾乃さんに相談したのですが……。

 急場に動かせる戦力はなし。更に、一時間でも良いからこちらに増援として送られる戦力がないかと問うたのですが……。
 それも今のトコロはなし。何と言うかトホホな現状を知らされる結果と成りました。

 但し、これは異常。そもそも急場に動かせる戦力がない、……などと言う事はあり得ない。何人かは水晶宮の方に予備戦力として用意してあるはず。それが存在していないどころか、一時間でも良いからと言う申し出も、今は無理と言うのは最早異常事態としか言い様がない。
 転移や瞬間移動系の仙術は幾つも存在しており、その術が行使出来るのは、生まれてから二〇〇三年の四月まで俺が暮らして居た世界では、当然のように俺一人ではありませんでした。俺の師匠や、綾乃さん。その他にも俺が知っている範囲内で何人も存在していましたから。

 それでも尚、急場に動かせる戦力がないと言う事は、それ即ち因果律に対して何らかの介入が為されていると言う事。一番簡単なのは、陽動として別の場所で大きな事件が起きて居るなどと言う事が考えられる状態。ただその程度の事で、水晶宮関係のすべての人材が完全に出払う事は考えられないので……。
 おそらく、ここ北高校以外でも何かかなり異常な事件が複数進展していると言う事なのでしょう。

 故に、

「そもそも何の意図が有って、高々平均的な高校の球技大会程度に介入して来るのか、その理由は判らないけど……」

 現在の状態が絶対に安全、とは言えないし、皆を必ず守るとも確約出来ない。
 俺としてはかなり辛い内容。しかし、現在の自分たちが置かれた状況を正直に包み隠さず口にする。

 僅かな隙間。バットが産み出す金属音が、キャッチャーミットが鳴らす小気味よい音が、冬の乾いた風に乗り二人の間を過ぎ去って行く。
 そして、三本目の打球が、今度はレフトの頭を越えて行った後、

「問題ないわよ、武神くん」

 ここに居る女の子たちは、貴方が思って居るよりも強い子ばかりだから。
 そう口にした彼女が右手で、俺の左肩を嫌と言うほどどやしつけた。御丁寧な事に、おもいっきりバックスイングを取った形で。

 もっとも、彼女の方も本気で殴ったとも思えないのですが。
 何故なら、彼女は目標物しか見えていないハルヒを押さえ付け、そのまま引っ張って行けるほどの力を発揮出来る存在。もし、彼女が本気で俺の肩をどやし付けたとしたら、一般人なら軽く数メートルは吹っ飛ばされる事となるはず。流石に其処までのパワーを秘めた一撃を真面に貰えば、いくら俺でも、こんな余裕がある態度では居られないでしょう。

 但し、

「おいおい、イタイやろうが」

 大して痛がる様子も見せず――他人から見ても口先だけで痛いと言っている事が丸分かりの態度で文句を言う俺。一応、ワザと少しよろけるような真似をして、一歩分だけ左脚を前に出して見せたのは単なるお茶目。本当はそんな事さえする必要がない程度の威力でしかありませんでしたから。
 当然、そんな事は判って居る朝倉さん。

 本当は痛くない癖に。……と小さな声で前置きをした後に、

「しっかりしなさい。男の子なのでしょ」

 貴方には期待しているんだからね。
 彼女から本気でそう言われたのなら、十人中八人までの男はシャンとするだろう、と思われる台詞を口にする朝倉さん。
 もっとも、今の彼女が発して居る雰囲気は半々ぐらいの感覚。半分ぐらいは叱咤する感じなのですが、残りの半分は少しからかうような雰囲気。

 そんな蒼髪の委員長の様子を見つめた刹那、後方より感じる殺気。
 いや、これは殺気ではない。これは活性化した精霊の気配!

 半歩、右脚を前に踏み出し、朝倉さんとの距離を三十センチ以下に。その一瞬後に、先ほどまで俺の身体が占めて居た空間を、光を帯びた華奢な左腕が淡い尾を引くように通り過ぎ、直後に巻き起こった旋風が俺の背中を叩いた。
 しかし、こいつは、どんどんと精霊を自分の意志に従わせる術を覚えつつあるな。

「何で躱しちゃうのよ」

 涼子が入れる喝は受け入れるのに、あたしのは躱しちゃうってどう言う事!

 空しく空を切った左腕を所在無げに振りながら、俺に対して普段通りのアヒル口で問い掛けて来るハルヒ。もう俺に対して笑い掛けてくれるとか、逆にデレてくれるとかと言う、普通の少女の対応を行う事もなく、常に不愉快な表情しか見せてくれない彼女。
 ただ、心の底から不機嫌かと言うとそんな事もなく――

「朝倉さんの喝は手加減されているけど、オマエの喝は間違いなく手加減されて居ないからな。そんなモンを真面に受けたら、怪我をして決勝戦に出られんように成るやろうが」

 もしも本当にそんな事に成ったのなら、全国三千万の俺のファンが哀しむ事になるからな。

 もう何処からでもツッコミオッケーと言う答えを返す俺。その三千万と言ういい加減な数字も去る事ながら、そもそも俺にファンなど居る訳がない。何故なら、俺は無名の一高校生。元の世界で暮らして居た時には、水晶宮でも下っ端其の一程度の実力しか持ち得なかったのですから。
 もっとも、その水晶宮に所属して居る術者と言うのが上を見たら果てしない……それこそ天仙と言うべき、歴史上に名前を残した仙人が関わっている組織なので、其処の下っ端と言う人間でもかなりの術者と言う事になるのですが。

 例えば、この高校の教師をしている綾乃さんは、日本の裏を支配している術者養成用の特殊な学校で彼女が所属した年度の首席だったのですが、水晶宮の関係者としてはそれほど上位の人間と言う訳では有りませんから。

「あんたに手加減する理由なんてないわよ。そもそも、初めから躱されると思って全力で叩きに行っているんだから」

 先ほど、何故躱すのだ、と問い掛けた口で、その直後に躱されるのが前提で、全力で叩きに来ている、などと言う矛盾を平気で口にするハルヒ。ただ、おそらくはコッチの方がホンネ。流石に彼女が本気で叩きに行く相手は選んで居ると思います。
 当然、その程度の事で人間関係が崩れない相手。更に、明らかに自分よりも強い相手。そして何より、突然そんな事をしても怒らない相手。
 少なくとも弱い者イジメをして喜ぶような下衆ではないはずです、彼女も。

「そもそも、決勝戦を前に気合いが足りないみたいな顔をしているあんたが悪いのよ」

 こいつの言い方だと、電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも全部俺が悪いのだ。……と言う事に成りそうなのですが。
 ただ、それも本心からそう思って居る訳ではない……と思う。おそらく、そう言うコミュニケーションの方法しか知らないのでしょう。生物学的な女の子以外の存在との付き合い方と言う物を。

 まぁ、いくら彼女が本気に成って叩きに来たとしても、俺に触れる事さえ叶わないはずですから好きにさせて置けば良い。ただそれだけの事。まして、俺の方だって、女の子との適切な距離感と言う物が判って居る訳ではないのだし……。
 などと呑気に――。先ほど、朝倉涼子と話して居た時の緊張感を一瞬忘れ、呑気にそう考えを纏める俺。少なくとも気分転換と言う観点から言うのなら、コイツ……ハルヒの話し相手に成るのも悪くない。

 そう考えた瞬間、

「何か悩み事。……心配があるのなら、最初にあたしに――」

 僅かな。本当に僅かな隙間から時折垣間見せる本当の彼女。闊達で奔放な仮面の下に見え隠れする素の涼宮ハルヒと言う名前の少女が顔を覗かせ……。
 しかし、自身で言葉を切る事によって、直ぐに消して仕舞った。

 そして、

「さぁ、今度はウチの練習時間よ。ぐずぐずしてないで、あんたは何時も通りにバッティングピッチャーをしなさい!」

 今度は軽く背中を押しながら、そう言うハルヒ。
 そう、目の前のグラウンドでは何時の間にか一年九組の練習時間が終わり、俺とハルヒ以外のメンバーが、それぞれの守備位置に散ってキャッチボールなどを始めて居たのでした。


☆★☆★☆


 横一列に並ぶ両チーム。
 普通に男子生徒だけの一年九組と、
 片や、何故か女子生徒だけが目立つ一年六組。人数に関しては十五人のメンバーがいる九組に比べて、九人ギリギリしかいないウチの方が、寄せ集め感が強い。

 まして、六組の方は北高校指定の体操着に普通のスニーカー履きでの登場なのですが、九組の方はユニホームに関しては統一感がない感じ……。おそらく、それぞれが以前に所属していたチームのユニホームなのでしょうが、そのユニホームと、靴に関してもちゃんとした野球用のスパイクを履いた状態。
 これは試合に対する入れ込み具合からして大きな違いがある、と言う事なのでしょう。

 目の前に並んだ男子生徒たちの姿に、憧憬……野球が好きな人間ならば必ず持つであろうと言う感情と、そして、高が進学校の時間潰し的意味合いの濃い球技大会に、何本気になって挑んでいるんだよ、と言う呆れにも似た感情がない交ぜになった視線で見つめる俺。
 そんな俺に対して、

「よお、久しぶりだな、忍」

 正面……。九組の、向かって左から二番目に並ぶ男子。オーストラリアからの交換留学生リチャードと言う名前の青年が話し掛けて来る。
 かつての友人に対する口調そのもので……。

 その青年。いや、見た目から言うと身長などから青年と言う雰囲気なのでしょうが、高校一年生設定と言う事から考えると、年齢的には少年と言うのが相応しい相手。
 取り立てて特徴がある顔立ちと言う訳ではない。身長は俺と同じぐらい……よりは多少低いかな、と言う感じだから、高一としては高い部類の百七十センチ台中盤ぐらいですか。そして、やや猫背気味なのも俺と同じ。理由もおそらくは俺と同じで、あまり背が高い事を周囲に印章付けたくないのでしょう。
 ハルヒが傍に居たのなら、しゃんとしなさい、と言って直ぐに背中を叩きに来るに違いない立ち姿。
 雰囲気は何処か茫洋として居て……。何と言うか無害な草食動物か、もしくは日なたでのんびりとして育った……やや育ち過ぎた感のある植物と言う感じですか。どう考えても、この正面に立つ青年からは、覇気だとか、気概だとか、熱血だとか、そう言う熱く迸るようなものを感じる事は出来ません。

 但し――
 但しそれは、普通の人が感じる事が出来る表面的な感覚だけ、ならば。

「やれやれ。俺は日本語が通じる相手にしか知り合いはいないはず、なんやけどな」

 少し肩を竦めてから、この世界に来てからの設定に矛盾しない答えを返す俺。そう、()()()()の俺の知り合いに、ヒアデス星団のハリ湖出身者や窮極の門の向こう側からやって来た存在などは居ません。
 ――少なくとも、俺以外には。
 まして、俺の知っているコイツのそっくりさんの手の甲には、ナイフか何かで刻まれたかのような、かなり角ばったルーン文字が刻まれていたはずなのですが、今のコイツにはそんな物は一切存在してはいない。

 もっとも、完全に別人。今俺の目の前で妙に空っぽな笑みを浮かべる青年が、ハルケギニアで自らの事を名付けざられし者だと名乗ったヤツの異世界同位体だとも思えないのですけどね。
 何故ならばコイツは、俺の偽名の方は知って居ましたから。

「やれやれ。昔馴染みに対するとは思えない程の冷たい態度だね、こりゃ」

 北から吹いて来た冷たい風が、ヤツのあまりクセのない……。この部分だけは俺のかなり硬い、寝癖で直ぐに爆発したようになる髪の毛と違い、かなり柔らかめの髪の毛を右手で整えながら、そう嘆息するかのように、やや芝居がかった台詞を口にする自称リチャードくん。

 但し……。

 矢張り、感情が籠って居ない――。いや、周囲の普通の人間の目で見つめて居る分には、薄い苦笑にも似た笑みを浮かべて俺と会話を続けている自称リチャードくんの姿を認める事が出来るのでしょう。……が、しかし、気を読む事が出来る俺の目……見鬼で見つめると、今のヤツが発して居るのは無でしかない事が判る、そう言う状況。
 楽しいから。面白い事があったから。何か嬉しい事があったから笑って居るのではない。前後の状況から判断して、ここは微苦笑を浮かべるのが相応しいと判断したから、機械的に顔の筋肉を動かして笑顔を形作っただけ。
 そう言う事が判ったと言う事。

 有希や万結とは違う。彼女らは人工生命体に発生して間もない心……と言う物の表現が苦手なだけ。俺には表面上は無と言う表情を貼り付けた彼女らの心の動きが、ある程度理解出来ます。まして、自らの望みの成就を願って笑みを他者に見せる事を拒み続けているタバサに至っては、表面上は無を装っているけど心の方は間違いなく動いている。
 その三人に比べると、俺の正面に立つ二人……。見た目は日本人そのもののランディ&リチャードの二人組は明らかに――

「おいおい。何時までそっち側の振りを続けるんだ、兄弟」

 ――人外の存在。背筋に走る冷たい感覚と共に、そう結論付けた俺に対して、更に会話を続けて来る自称リチャードくん。ただ、俺の耳には、そっち側の、と言った部分が、何故か『普通の人間の』と言ったように聞こえた。

「気付いて居るんだろう、オマエはこっち側の存在だって言う事に」

 人外の化け物のクセに、そう言う嘲りさえ聞こえて来そうな雰囲気で続ける自称リチャードくん。
 成るほど。これは低レベルな()()と言う感じですか。確かに、俺は生物学的に言うとヒトと言う種族の枠からは多少外れた生命体かも知れませんよ。その部分を否定する心算は毛頭ありませんし。
 但し、一応、両者の間にはハイブリッドが誕生する以上、完全に別の種と言う訳などではなく、割と近い種族である事は間違いないとは思いますけどね。

 しかし――

 しかし、それイコール、奴らと同じ側に立つ存在と言う訳ではないでしょう。
 少なくとも同族……人間を殺した事もなければ、平気で武器を向ける事さえ出来ない人間ですから、俺は。戦う時は常に自衛の為、殺意や害意を俺に向けて来た相手に対して反撃する時にのみ己の能力を振るって来た心算。
 故に、俺の剣は後の先。術に関しても相手が先に放った術を返す技。呪詛返しと言う系統の術を最初に覚えて行ったのです。

 己の目的の為に、無辜の民。ゴアルスハウゼン村周辺に住む翼人の村を壊滅させたり、その他の町や村を魔獣に襲わせたりするようなヤツと同じ側に立って居る、などと言われるのは言いがかりも甚だしいでしょう。
 三文小説の主人公じゃあるまいに、その程度の揺さぶりで自分の立ち位置が揺らぐような精神的にヤワな人間ではありませんから。

「ちょっと、あたしの子分に何、言いがかりを付けてくれるのよ」

 こいつは間違いなしにバカで無能だけど、あたしの子分なんだからここに居て良いのよ。
 あまりのアホ臭さに俺が答えを返せないで居た事を、何か別の理由で答えに窮して居ると感じたのか、将又(はたまた)、友達を取られて仕舞う、と言う、妙に子供じみた独占欲から発した言葉か。俺が何らかのリアクションを行う前に、何故か答えを返して仕舞うハルヒ。
 ただ、バカで無能は余計だと思うのですが……。

 横合いから口を出して来た闖入者の答えに、相変わらず表面上だけの微苦笑の後、肩を軽く竦めて見せる自称リチャードくん。そんな仕草のみが、彼が外国籍の人間だと思わせる要因で、その他の部分……。例えば、顔のパーツや流暢な日本語などから、母国語を日本語とする民族に属する人物だとしか思えない存在。
 そうして、

「やれやれ。あの我が儘が服を着て歩いているようなハルヒさんが、他人の心配ですか」

 世も末だね、こりゃ。そう言う心の声さえ聞こえて来そうな言葉を発する自称リチャードくん。もっとも今回に限って、と言わせて貰うのならば、表面上は同意出来る意見。
 ただ、俺がこの世界に帰って来て、再び出会った涼宮ハルヒと言う名前の少女に関しては、その一言だけで表現出来るほどの単純な人間ではないような気もするのですが。

 試合……いや、もしかすると死合い直前のあいさつで整列した状態での舌戦。もっとも俺としては、こんな舌戦など受ける心算もなければ、仕掛ける心算もなかった……はずなのですが……。
 それでも――

「あたしの何処が我が儘だって言うのよ! あたしはあんたみたいな、他人がどう考えて居るのか無関心なヤツは大嫌いなのよ!」

 本当の事を指摘されたから怒った……と言う面もなきにしも非ず、と言う感じなのですが、彼女にしては珍しく声を荒げるハルヒ。
 いや、大きな声を出す事はあるのですが、今までの彼女が本当に不機嫌な時は声を荒げた事はなかったはず。

 それに……。

 僅かに眉を顰めて記憶の奥深くを掘り返す俺。
 それに確か、彼女が因子を植え付けられたとされているシュブ=ニグラスに関する古の書物の中には、自分の事ばかり考えて居て、他者には無関心のヤツラはキライだ、と言う一文が有ったような記憶があるのですが……。

「確かにハルヒは、ただ我が儘なだけのヤツではないな」

 ただ、このまま傍観者になって仕舞うのは問題ありか。そう考え、話の主導権がハルヒに移り掛けた状況を、無理矢理にこちら側に引き戻そうとする俺。

 確かに表面上の彼女の行動はやや強引で、我が儘と称されても仕方がないようにも見えます。が、しかし、それでも有希や万結。それに、弓月桜などはクラスで孤立しそうな性格ですし、さつきにしたトコロで、別の意味で孤立するタイプの人間でしょう。その人間たちをすべて自分の保護下に置いてクラスで孤立しないようにした、と好意的に考えると、意外に面倒見が良い人間の可能性も有ります。
 まさか、大人しそうな娘ばかりだから自分の言う事を聞くだろう、などと言う非常に人間臭い……と言うか、低レベルな思考の元に彼女らをSOS団に巻き込んだとは思えないから、なのですが。

「ただ我が儘なだけって、その言い方じゃあまるで、あたしに我が儘な一面があるみたいじゃないの!」

 かなり不満げな様子のハルヒ。もっとも、これで先ほどまでの話が一度リセットされる事となるはず。その後は普通の野球の試合に進んで貰えたら問題はないのですが……。
 不満の矛先を自らの方に変えさせた事で、少し混沌としてきた状態を、自らがコントロール出来る状態へと引き戻せたと安堵する俺。
 確かに現状は異常事態が進行中なのですが、それ即ち死者が出る可能性がある状態だ、などとは言い切れませんから。

「人間誰しも我が儘な面は持って居るモンや」

 それをのべつ幕なしに続けるか、場所や状況を考慮する。相手を限定する等を行うかで印象は変わる。
 口ではテキトーに爆発寸前のハルヒを宥めるような言葉を続ける俺。しかし、思考の部分は別の懸案。先ほどまでの思考を更に進め続ける。

 そう、少なくともこの世界――。水晶宮やその他の組織がかなりの能力者を有するこの世界にヤツラ二人が顕われて、無事に逃げ去りたいと考えるのならば長時間の滞在は危険だと判断しているはずです。更に、ハルケギニアで行ったような巨大な術式の行使。例えば、ダゴンの召喚や、クトゥグァの召喚。魔獣や狂獣などを操って都市を混乱させるような真似を為すには、準備にそれなりの時間が必要なはず。それでなくても、一年九組と言う、本来ならば存在しないはずのクラスを丸ごとひとつでっち上げるような非常識な事を為した以上、今までにもそれなりには時間を費やしてきたはずです。この上、更に時間が掛かるような大規模な術式を使うのならば……。
 ヤツらがもっとも恐れているはずの封印をされる可能性が高く成る一方ですから。

「涼宮さんも相変わらずみたいで安心しましたよ」

 それまで俺たちの会話をただ見つめるだけで有った今一人の留学生。一年九組のキャプテンの位置に並ぶイケメンが、会話に割り込んで来た。
 しかし、相変わらず――か……。

 西洋人の男性として表現されがちな骨太さや汗臭さとはまったく無縁――完全に正反対とも言うべき容姿。優しげな目元。柔らかい黒髪。その涼しげな面立ちと相まって、如何にも凛々しく感じる立ち姿。野暮ったい……と表現されるタイプの野球のユニホームを着ているはずなのに、周囲の連中と比べるとヤツだけは清潔で、より洗練されているように見えるのは不愉快、としか言いようがない。

 ただ……。

 ただ、こいつも先ほどの自称リチャードくんと同じ。十人中八人までが好意を寄せるであろう容姿。そして明晰な頭脳。高い運動能力。神が二物も三物も与えたかのような容姿や、表面的に垣間見える能力の向こう側に何故か感じる深き闇。
 そんな底知れぬ恐怖のような物を感じさせる相手。
 確かに闇の向こう側に存在するモノが確実に敵とは限らない。まして、絶対に危険なモノだとも決まっている訳でもない。
 しかし、ヤツから俺が感じているのは、非常に危険な敵の香り……。

「それなら、涼宮さん。ひとつ賭け(ゲーム)をしませんか?」

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『失点』です。
 
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