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たまには違うことも

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第一章

                     たまには違うことも
 ブライアン=マードックはアメリカンフットボール界において若きスターと言われている。そのオフェンスはまさに猛牛と呼ばれている。
 その突進の勢いは凄まじく大柄な筋肉質の身体でのそれは誰も止められぬまでだった。その彼の前途は遙々だった。
 だがシーズンオフにだ、彼はチームのマネージャーのジャック=ミラーに暗い顔でこうしたことを言ったのだった。
「何かな」
「どうしたんだい?」
「いや、ちょっとな」
 青い細い目を顰めさせての言葉だった、岩の様なごつごつした顔にしっかりとした鼻、金髪をオールバックにしている。二メートルを優に超える巨体に山の様な筋肉質の身体だ。
 その彼が自分と同じ位の背だが痩せたアフリカ系の褐色の肌と黒い目と縮れた髪の彼にだ、こう言ったのである。
「ずっとアメフトやってるがな」
「それでもかい」
「何かな」
 これが、というのだ。
「飽きたって訳じゃないけれどな」
「アメフトばかりだからか」
「それこそスクールの時からな」
 プロになる前からというのだ。
「だからな」
「それでか」
「ちょっと何かしてみようってな」
「思ってるのか」
「一応趣味はあるぜ」
 ブライアンはマードックにこのことは断った。
「読書に音楽鑑賞に釣りな」
「その三つのうちどれかじゃなくてか」
「何かをだよ」
「気分転換にか」
「しようと思ってるんだけれどな」
 こうマードックに言うのだった。
「何かいいのないか?」
「そうだな、そう言われるとな」
 マードックは自分に問うたブライアンに深く考えている顔で答えた。
「少し悩むな」
「少しか」
「まずドラッグはアウトだぞ」
「そんなの誰がするかよ」
 ブライアンも即座に返した。
「あんなのしたら終わりだろ」
「人間としてな」
「そうだよ、だからそれは絶対にしないからな」
「当然だな」
「深酒もな」
 酒についてもだった。
「フットボールに影響が出るからな」
「しないに限るな」
「たらふく食わないと動けないがな」
 巨体でしかもフットボールをしているからだ、格闘技と言ってもいいアメリカンフットボールは食べないと動けない。 
 だから食べることはいい、しかしそれでもというのだ。
「けれどな」
「食うことは別だな」
「それもまた仕事の一つだからな」
 スポーツ選手としてはだ。
「だからその仕事を忘れることをな」
「したいんだな」
「何かあるか?」
「そういえばあんた音楽な」
 マードックはまた少し考えてからブライアンに答えた。
「結構昔のも聴くよな」
「ホリディとかチャーリーな」
 ビリー=ホリディにチャーリー=パーカーである。
「マイケルも古いって言われたな」
「マイケル=ジャクソンもレトロになっていくんだな」
「あとプレスリーもな」
「それだよ、プレスリーだよ」
 まさに彼のことだとだ、マードックは返した。
「プレスリーはどうだよ」
「プレスリー?あの格好になって腰振って踊るのか?」
 プレスリーと言えば腰を振る、だから骨盤を意味するペルプスという仇名がついたりもして色々と問題にもなった。
「俺には似合わないだろ」
「リーゼントは似合ってもな」
「リーゼントに凝れっていうのかよ」
「違う違う、プレスリーがデビューするまでの仕事は何だった」
「トラックの運転手だよ」
 そこからスターになったのだ、彼もまたアメリカン=ドリームを体現した人なのだ。 
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