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ルドガーinD×D (改)

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三十六話:最強の骸殻能力者


ヴィクトルの正体、十年後のルドガー・ウィル・クルスニク。その衝撃の事実の前に声を失う黒歌達。そして、そんな黒歌達の元に援軍に来たリアス達、グレモリー眷属もまた、同じようにヴィクトルの顔を見て驚愕の表情を浮かべている。そんな様子に対してヴィクトルはこれほどまでに反響を呼ぶとは思っていなかったとばかりに面白そうに微笑みを浮かべている。

反対にルドガーは見たくもない、自分があの時選ばなかった選択の果てに居る自分の姿に嫌悪してこれ以上無い程苦痛に顔を歪めている。
そんなルドガーの様子も気になるがとにかく今はヴィクトルの方が先なので無理にでも話を聞こうとリアスがルドガーに詰め寄る。


「ルドガーあの男は……“ルドガー”なの?」

「違う。俺とあいつは違うんだ!」

「いいや、同じさ。“エル”という『アイボー』に会った“俺”に変わりはない」


必死に自分と違うと言うルドガーだったがその声はいとも簡単にヴィクトルに否定される。
ルドガーとしては、本物であろうと偽物であろうと目の前に存在する者こそが全てなのだ。そこに同じ存在はこの世のどこにも存在しないという信念を見出している。しかし、ヴィクトルの言うように二人は“エル”と旅をしたルドガーという人間であることにも変わりがない。ルドガーとヴィクトルの違いはただの一つだけだ。

過去に決別し、今を取り、そして未来へ進もうとする思いと。今を……未来すらも捨て、過去へ、幸せだったあの頃へとやり直そうとする思い。けして交わることの無い二つの思いではあるがどちらもルドガーという人間が選ぶ機会を与えられ選択した結果でしかない。“今”を選んだか“過去”を選んだか、その違いだけだ。故に二人は最も近く、最も遠い存在なのだ。


「俺はお前とは違う選択をした! 同じ俺であっても一緒じゃない。お前と俺の愛している人は違うだろ!」

「……彼女がお前の愛する人か。確かに私はラルしか愛していないし、愛する気もない」


黒歌に少しだけ目をやってまるで自分の妻の方が何倍も魅力的だと言わんばかりに鼻を鳴らすヴィクトル。その様子に思わず場の空気が和みかけるがヴィクトルの表情を見るとそんな物は一瞬で消えていってしまった。

妻の事を思い出すヴィクトルのその表情はどこまでも物悲しく、尚且つ、ゾッとするような狂気に満ちていた。ヴィクトルは妻を失った、彼が妻と娘を守る為に兄と父、そしてかつての仲間達を殺したことが原因で。失ってもなお彼は妻を愛し続けている、
それこそ―――狂ってしまうほどに。


「確かに、細かい所では違うかもしれないが……大まかな点では同じ道を通ってきたはずだ。
 例えば、ユリウスを―――兄を殺したように」


「え?」


黒歌はヴィクトルの言葉を聞いて思わず呆けた声を上げてしまう。ルドガーが、自分の愛する人が、誰よりも優しい人が兄を殺したということが信じられなかったのだ。例えそれが真実だとしても自分は彼から離れる気はない、というよりも離れられない。それほどまでに彼女はルドガーに依存していたが、だからと言って事実確認をしなくてもいいと思えるほど人間というものは出来ていない。だからこそ、隣にいるルドガーに問いかけた。


「ルドガー……その、本当なのかにゃ?」


「………ああ、兄さんは、たった一人の肉親は俺が殺した」


「嘘…だろ? なあ、嘘だろルドガー……」


黒歌の問いかけにルドガーは肯定の意を示して頷きながら、何かずっと溜め込んでいたものを吐き出すように告白した。その告白にイッセーが信じられないように否定の言葉を求めるがルドガーは黙ってうつむいているだけだった。そこには言い訳も何もない。ただひたすらに事実を受け止めている姿だけがあった。ルドガーの罪は何よりも重く、何よりも尊いものだ。全てを犠牲にしてまでもただ一人の少女を守り抜いた結果なのだ。

守ることを選べば相手を傷つけ、傷つけることを拒めば守れない。この言葉は何も敵に対してだけ使われるものではない。自分の大切な者を傷つけなければ一番大切な者を守り抜けないこともあるのだ。そのことをイッセー達はまだ知らない。ルドガーもそれを教える気はない。それはイッセー達の成長を促すためではなく、ただ、罪は背負い続けるものだと思っているからこそ何も言わずに抱え込んでいるのだ。同情や、信じて貰えるように自分から話すことを彼は是としない。それが間違いだという事を理解していてもだ。


「長話もここで終わるとしよう。……纏めてかかってきなさい」

「私達は八人、黒歌と後の三人を足せば十二人よ。本気で言っているの?」

「君はルドガー・ウィル・クルスニクという人間を舐めすぎている。
 それに私は以前、兄と父、そしてかつての仲間達を―――纏めて殺したのだぞ」


次の瞬間、ヴィクトルの双銃が火を噴いた。放たれた弾丸の先にいた朱乃は何とか間一髪のところで横に飛び去り難を逃れたように見えたがそう簡単に逃すほどヴィクトルは甘くはない。
骸殻を一瞬だけ足に発動させ、まるで瞬間移動のように移動し朱乃の横に立ち、驚愕する朱乃の左腕を撃ち抜く。


「くうっ!?」

「なに、私が殺したいのはルドガーだけだ。君達を殺す気はない、少し眠っていろ」


そう言い放つと、朱乃の腹に強烈な蹴りを入れて校舎の壁まで吹き飛ばすヴィクトル。朱乃はなすすべなく校舎の壁に張ってある結界に衝突し、結界に罅を入れてからゆっくりと崩れ落ちそのまま気を失ってしまった。そのことにリアスは激しい怒りを覚えるものの、むやみやたらに突っ込めば次は自分達がああなると判断したためにギリリと歯を食いしばり残った眷属に指示を飛ばす。


「イッセーと小猫、祐斗とゼノヴィアで二人組になりなさい! 一人じゃ相手にならないわ!」

「「「「了解!」」」」

「統率は取れているようだな…っと、そう言えば君達もいたな」

「いいねぃ…お前が本当にルドガーだっていうなら、良い戦いが出来そうだぜぃ」


リアスが眷属に指示を飛ばしそれに的確に従っているグレモリー眷属を見て少し感心したような声を出すヴィクトルだったが不意に後ろに気配を感じて後ろ手に持った双剣で振り返りもせずに如意棒を受け止める。その如意棒の持ち主、美候はヴィクトルに対して好戦的な笑みを浮かべてはいるが同時に本能的な恐怖も感じ取っていた。

ヴィクトルの強さの底が見えないのだ。ルドガーと戦っていた時でさえ、まだ何かを隠している風であったのだ。故に美候は最初から全力で立ち向かう。一端、武器を打ち付けていた状態から引き下がり自分の髪の毛を引き抜き、それを一気に吹き飛ばしある術を使う。するとその髪の毛が三体の美候の分身へとなり替わる。

これは初代孫悟空がかの有名な西遊記の旅の際にも使っていた技である。孫悟空の子孫である美候も初代までとはいかないがその技を使うことが出来る。分身を三体としたのは現状、四人で連携をとって戦うのが美候の限界だったからである。数が多くなりすぎれば逆に隙を生み出してしまう。そして相手はその隙を見逃すような軟弱な相手ではない、それ故の三体である。


「面白い技だが……所詮は“偽物”だ」


ヴィクトルは四人の美候が繰り出す、一切の隙の無い連撃を全て最小限の動きで躱し、防ぎ、いなしていく。そのことに美候は焦りを感じ何としてでも一撃をいれようとするが力を入れた所で絶妙な加減で軌道をずらされ分身の如意棒の攻撃を邪魔するのに利用されてしまう。そしてそのことでほんの一瞬だけ生まれた空白の時間をヴィクトルは逃さずに大きく一回転しながら宙に飛び上がり双銃を構える。


「レクイエムビート!」

「つうっ!? この野郎、分身を全部やりやがった!」


ヴィクトルは宙から地上の美候達に向けて激しい銃撃の雨をお見舞いする。そのせいで本体よりも遥かに強度の低い分身は消え去り、本体である美候にも銃弾が当たり体中から血が流れ出る。そのことを確認したヴィクトルが地面に着地すると同時に背後から聖魔剣とデュランダルがヴィクトルの頭のあった場所を通過する。

そのことに祐斗とゼノヴィアは驚きの声を上げるがヴィクトルにとってはバレバレの動きであったために特に労せずしてしゃがんで避けられたのだ。そしてその状態から横に一回転するように足を切り裂いて動けないようにしてから二人を吹き飛ばす。


「……あなたが兄様なんて認めません」

「どんな理由でお前が兄貴を殺したのか分からねえけど……ルドガーとは違うだろ」

「……いいや、同じ理由だ。“俺”達は同じ理由で愛する兄さんを殺した」


小猫の拳を躱し、イッセーの左の拳を双剣で受け止めながらヴィクトルはそう返す。
そして受け止めていた、拳を一気に押し返し、素早くハンマーに持ち替える。そのまますぐにハンマーを大きく回し、ハンマーの柄を強く地面に叩きつける。するとイッセーと小猫の足元から巨大な岩石の棘が噴出してくる。


「デストリュクス!」

「……つっ!?」

「くっそ!?」


ヴィクトルの技の前に血をまき散らしながら吹き飛んでいく小猫とイッセー。そんな様子を見ていたヴィクトルの元に銃弾が飛んでくる。ヴィクトルはその銃弾を軽々しく双剣で跳ね返し、それを放ってきたもう一人の自分の元に返す。そしてすぐさま剣を戻し迫って来ていたアーサーのコールブランドを両手で防ぐ。そこから激しい鍔迫り合いの末にヴィクトルが押しきりアーサーを下がらせ、怒涛の嵐のような剣捌きでアーサーを追い込んでいく。


「まさか、これほどの使い手とは……。不思議だ、本来なら心が躍る戦いが、どうもあなたが相手だと物悲しい」

「戦いなど、本来はそう言うものだ。戦いが楽しいなどという戯言は愛する者をその手にかけたことのない人間の言う事だ」

「愛する者を何故、手にかける必要があるのです!?」

「より愛する者を守る為だ! 舞斑雪!」


アーサーの言葉にまるで血を吐く様に叫び、アーサーの体をすり抜ける様に胴を切り裂くヴィクトル。アーサーは何とか深手を負わないように刃が当たる瞬間にほんの少し体を引かせて致命傷を負うのを避けるがダメージを負ったことには変わりがなかった。

ヴィクトルはそんなアーサーにさらなる追い打ちをかけるために一気に踏み込もうとするが横から巨大な槍が現れたためにそれを中断してバックステップを使って避ける。そしてかつての自分と同じ姿をしているルドガーを見て何かを思い出すように僅かに眉をひそめるがすぐにそれもなくなる。


「ハーフ骸殻か……その程度で今の私に敵うとでも思っているのか? 生身でも十分に相手に出来るレベルだぞ」

「………………」

時歪の因子化(タイムファクターか)の影響を心配しているのか……。確かにこの世界で未来に生きていく上では時歪の因子化(タイムファクターか)しては困るな。だが過去を取り戻す私にとっては願いを叶えさえすれば何の問題もないことだ」


ヴィクトルの話に対してルドガーはただ黙って聞いているだけだった。ルドガーの頭の中には圧倒的に不利だということしか入っていなかった。ビズリーであってもそうであったが、生身であるにもかかわらず骸殻能力者を倒せたり、クロノスを相手取れる敵には何か圧倒的に出力で上回れる物で勝負を挑むしかない。

もし、自分のフル骸殻がビズリーのフル骸殻よりも出力が劣っていれば自分は技量の差で負けていただろう。だが、今回はそんなものではない、骸殻の力は同じ、もしくは上で尚且つ技量が上の相手なのだ。しかも、自分の持ちうる技術の全てを彼は知っている。不意を突くことすら難しいのだ。そんな状況故にルドガーはただ黙っている事しか出来なくなっていた。そして、長い沈黙が流れていき、ルドガーの額に冷たい汗が流れ落ちた時、不意にその空気を破る。子供のような声が聞こえてきた。


「我、ヴィクトル見つけた」

「っ! ……こんな所で何をしている―――オーフィス」

「「「「オーフィス!?」」」」


オーフィスと呼ばれた存在は黒い髪、黒い目、黒い服と肌以外の全ての部分が黒づくめの少女だった。一見すればただの少女に見えるかもしれないが、その実その小さな体には無限の力が宿っており、世界を壊す事すら容易い。

なぜ、このような少女がと思うかもしれないがこの少女姿は仮の姿でありその真の正体は
無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』という世界最強の一角を担うドラゴンであると同時に『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップでもある。そして、なぜ、そのような彼女がこんな所にヴィクトルを訪ねに来たのかというと―――


「ヴィクトル、我、お腹空いた」


お腹が空いたのでヴィクトルに料理を作って貰う為である。それを聞いたヴィクトルは少し困惑したような顔を浮かべるがやがてフッと息を吐き出し優しげな―――エルに向けるような顔を見せる。そんな顔を見た黒歌はヴィクトルがルドガーであるという事を否応なしに納得してしまう。
ヴィクトルとしては『禍の団(カオス・ブリゲード)』に余り深く関わる気などなくそのトップがどんな人物であってもよかったのだが。

試しに会ってみるとオーフィスは純粋無垢な子供の様な性格で尚且ついつも一人で居るような孤独な少女でもあったのだ。本来であれば見過ごしてもよかったのだがやはり腐ってもルドガーと言うべきか、それとも一児の父親としての本能が働いたのか、ついついそんなオーフィスに対して甲斐甲斐しく世話を焼いてしまったのだ。その結果凄まじく懐かれたのである。そして拒絶するわけにもいかずに今のような関係を続けているのである。そのことに関しては他の団員はオーフィスの力にしか興味がなかったために知らない。そしてオーフィスに向けてヴィクトルが返事をする。



「待っていなさい。すぐに終わる」



「逃げるんだ! 早く!」


そう言ってルドガーたちの方をヴィクトルが再び振り向いたとき、その顔には先ほどまでの温かさは欠片も残っておらず能面のように無表情であった。そして黄金の時計を取り出し構える。それを見たルドガーは直ぐにまだ、傷を負っていない仲間達に逃げるように伝える。ヴィクトルは無力化した敵までは攻撃しない。

そうでなければ確実に息の根を止めているはずだ。それは相手が自分だからこそ分かることだった。そしてルドガーが最も恐れていることは自分の最愛の人、黒歌が傷つけられることだ。下手をすれば死んでしまう、ヴィクトルがやろうとしていることはそれほどの事だ。



「無駄だ……最強の骸殻能力者から逃れられると思うな」



ヴィクトルの体から溢れ出る炎と強烈な光が辺りを照らし全てを飲み込んでいく。
そして、全ての光が失われた後に立っていたヴィクトルの姿は頭に至るまでの全身が鎧の様な骸殻に包まれ、本来であれば金色であるはずの部分はまるで殺してきた兄と父、そして仲間達の血のように赤く染まっている。

かつてルドガーと戦った時は幾多の戦いの果てに骸殻はボロボロになっていたが
今のヴィクトルの骸殻には傷一つ、付いていない。一切の能力の劣化は無い。
そこにいるのは名実共に―――最強の骸殻能力者(ヴィクトル)なのである。


「なんて力……こんなの勝てるわけがないわ」

「こ、怖いです」


ただ立っているだけにもかかわらず、まるで大気を揺るがすがごとく伝わって来る力の波動に恐れをなすリアスとアーシア。恐れをなしているのは何も二人だけでない、アーサーや美候、さらには魔法使いの相手をしているためにこちらに来たくても来れないので遠目で見ているヴァーリなどの戦闘狂でさえ、あれは戦ってはいけない存在だと本能が警鐘を鳴らしているのだ。そして全員がまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている中ヴィクトルが動き始める。


「ゼロディバイド!」

「にゃっ!? 体が!」

「ひ、引き寄せられていきます!」


警戒してヴィクトルから距離を取っていた黒歌とルフェイは突如放たれた紫色の重力弾によりルドガーのいる一か所に寄せ集められていく。黒歌とルフェイだけではない、未だに傷を負っていなかったリアスとアーシアもだ。ルドガーは次にヴィクトルがしてくることを察知してゼロディバイドにより身動きがとりづらい中、懸命に四人の前に出て盾になる。
そうでもしなければ間違いなく四人は死んでしまうからだ。


「知れ!血に染まりし…完全なる…骸殻の…威力を!」


無数の槍がルドガーとその後ろにいる四人に降り注ぎ、その肌を切り裂いていく。
ルドガーも必死に撃ち落とそうとしているが相手の方が、圧倒的に威力が高くそれも出来ない。それどころか、骸殻の力を上げる暇すら与えられない。そのことにルドガーは出し惜しみなどせずに自分もフル骸殻になっておけばよかったと後悔するが後の祭りである。
そして、ヴィクトルが先程よりも巨大な槍を持ち止めに入るのが見える。


「マター・デストラクト!」


一直線にただ、自分の心臓を目掛けて突っ込んでくる一本の槍にルドガーは最後の抵抗として自分の槍で防ぐが、それはあっさりと弾き飛ばされてしまい、そのまま貫かれ後ろの四人諸共吹き飛ばされ倒れ伏してしまった。ルドガーはその中で何とか顔を上げ声を出す。


「がはっ! ……く…ろか。……無事か?」

「私は……大丈夫、傷はあるけど…致命傷じゃないにゃ。それよりも…ルドガーが!」

「無事なら……いい。ゴハッ!?」


吹き飛ばされた衝撃で肋骨が折れて肺にでも刺さったのか荒い息で吐血しながらも黒歌の無事を確かめるルドガー。そして黒歌が無事であることを確認するとホッとしたように笑いまたも血を吐き出す。そんなルドガーにまだ、動けるアーシアが自分も傷を負っているのを無視して治療しに行こうと這うように動き出すが途中で動けなくなり止まってしまう。

そんな様子にこの中では比較的軽症で済んだリアスが立ち上がろうとするがこちらも挫折してしまう。ルフェイも倒れてはいるが声は聞こえるので生きてはいる。全員が生きてはいるが満身創痍の状態である。だが、相手の事を思えばそれだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。そしてその相手であるヴィクトルは骸殻を解き倒れているルドガーに話しかける。



「どうやら、後ろの彼女達が死なないように手加減したのが幸いしたようだな」



衝撃の事実にリアス達は言葉を失う。あれで全力でないというのはどういうことだと黒歌は呆けた顔で考え、リアスは未だに底を見せない強さに恐怖する。
ヴィクトルとしては初めに言ったように今回はルドガーを殺すだけで他の者を殺す気はなかったので絶妙な手加減をしたのだ。実の所、まだ骸殻の出力は上げられるのだ。

フル骸殻に至り、長年がたったヴィクトルは骸殻の様々な使い方を見つけ出していた。例えば部分的に骸殻を発動して生身の状態で空中戦を成し遂げたり、瞬間移動まがいの事を行ったりや、同じフル骸殻であっても出力を抑えてエネルギーを温存するなどだ。これは常に時歪の因子化(タイムファクターか)の危険が身近にあるフル骸殻能力者だからこそ見つけられた方法だ。恐らくはビズリーも同様の事をして時歪の因子化(タイムファクターか)を抑えていたのだろう。

「……止めを刺さないのか?」

「オーフィスがお腹を空かせて待っている……今はそちらが優先だ。
 それにお前など―――いつでも殺せる」


ルドガーの止めを刺さないのかという質問に対し、それだけ答えて自分の実力に自信があることを見せつけるヴィクトル。そして未だに待っているオーフィスの元に行きながら背を向けて最後に言い残していく。


「今回は殺す気はなかったが……次からは君の大切な者に対しても容赦はしない。
 よく考え“選択”をするんだな。ルドガー・ウィル・クルスニク」


それを聞き終えるとルドガーの意識は闇に落ちていった。





ふと、目を開けるとそこには見知らぬ天井があった。そのことに覚醒しきらない頭は中々答えを出してくれなかったが、しばらくしてここが病院だという事に気づく。そして、ふと横に目をやると椅子に座ったままコクリコクリと舟をこぐ黒歌の姿があった。時計を見ると夜の三時を指していた。……俺の事を心配してずっと見ていてくれたんだろうな。

俺はそのことに嬉しくなりながら自分の体の様子を確かめる。少し痛むけど特に動かせない所があるわけでもないし、不自由な所は特にないな。本当に悪魔の医療技術っていうのは凄いな。そんなことを考えながら俺はそっとベッドから降りて服を探す。

すると綺麗に折りたたまれた制服があったのでそれを取り出して着る。取りあえずはこれでいいよな。他の服は後で家にでも行って取ってくればいい。そして服を着替えてから黒歌の方に優しく毛布を掛けてやる。


「次からは黒歌を殺しに来るか……まあ、嘘じゃないだろうな」


黒歌の寝顔を眺めながらヴィクトルに言われたことを思い出す。目的の為なら容赦しないのは俺もあいつも一緒だ。今回はあいつに余裕があったから殺されなくて済んだだけだ。
次は間違いなく邪魔する者は全員殺しに来る。その確信が俺にはある。

だからこそ……ヴィクトルは黒歌から離れるか離れないかを選択するように言ったんだろうな。
俺が離れれば黒歌があいつに狙われることはまずないだろう。あいつも大切な者を狙われた身だ。リドウみたいな手を使ってくることは無いだろう。
つまり俺と黒歌が離れれば黒歌は安全だ……でもなあ―――


「ずっと……傍に居たいよな。愛して欲しいよな。……離れたくなんかない」


それが俺の嘘偽りの無い本心だ。ずっと傍に居続ける約束だってしたんだ。本当の本当に離れたくなんかない。でも……君が何よりも大切なんだ。絶対に失いたくない。君がこの世界から消えてしまえばここはもう俺の世界じゃなくなる。君が笑って生きていてくれることが俺の幸せなんだ……だから―――


「俺は……君から…離れる」


ずっとってわけじゃないんだ。君には寂しい想いをさせてしまうだろうけど少しの間離れないとダメなんだ。全てが終わったら……ヴィクトルを俺が倒すことが出来ればまた君と一緒に居られる。だからそれまではお別れだ。本当はあいつが俺を狙うのをやめてくれれば良いんだけど……あいつの正史世界に対する憎悪は本物だ。

あいつが願いを叶えたって俺が生きている限りはダメだってのは俺にも分かる。……俺ってあんなに面倒くさい性格を持っているんだな。まあ……思い出してみると過去を選ぼうとしていた俺はあんな感じだったかもな。俺はそこまで考えて立ち上がり最後に優しく黒歌に口づけをする。



「愛しているよ……黒歌。だから―――君は生きていてくれ」



それだけ言い残して病室から出て行く。本当は分かっている。ヴィクトルは俺がフル骸殻になったとしても倒せる可能性は低いんだ。まともに戦えば間違いなく俺が死ぬ。だからもう、黒歌とは会えないかもしれない。でも一緒に居れば黒歌どころかみんなも死んでしまう。

それだけ、“ルドガー”って人間は出鱈目なんだ。今のみんなじゃ手も足も出ない。
そう言えば、みんなには色々と伝えないといけないことがあったけど……しょうがないか。
俺と関わらなければ特に必要のない知識だ。俺の過去なんてその程度のものだ。

少し感傷に浸りながら病院の外に出ると月光に照らされるダークカラーの銀色の髪が見えた。隣には中華風の服を着ている男と紳士的な風貌の眼鏡をかけた男もいる。
………全部お見通しってわけか。


「ルフェイちゃんはどうしたんだ? アーサー」

「これ以上危険にさらすわけにはいきません。私が置いてきました」

「それは、お前もだろ」

「あいつは確かにヤバいけどよぉ。戦うのが俺っち達の生きがいなんだ。
 それに……ダチを見捨てるほど薄情じゃねえよ」

「美候……」


美候の言葉に思わず胸が熱くなる。俺って……本当に周りの人間に恵まれているよな。
ちょっとばかり不幸でも気にならないぐらいいい奴らばっかりだ。


「あなたこそ、いいのかしら? 辛いんじゃないの、彼女さんと離れるのは?」

「辛いけど……大丈夫だよ、ヴァーリ。それに……」

「それに?」



「約束より……大切なものがあるんだ」



だからこそ、俺は黒歌から離れる。それが彼女を傷つけると知っていても。

 
 

 
後書き
またヴィクトルさんと戦わないといけません(ゲッソリ)

それと次回の章でルドガーの過去を完全に明かします。 
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