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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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始まりから二番目の物語
  第五話




時夜side
《???・???》


気が付けば、俺はその場所に佇立していた。
瞼を刺す光の刺激に、閉じられていた空を連想させる蒼穹の瞳を開く。

―――ザアァッ……

耳に届く、途切れる事のない波飛沫の心地良い音色。
そして波の飛沫に混じる、僅かに香る潮の匂い。

見上げるだけで気の遠くなる様な蒼い上天に、視界を覆い尽くすほど大きな、白亜の積乱雲。
そしてそれとは対照的である、まるで燃え滓の様な、焼け焦げた炭色の土壌。


「……ここは、何処なのだろうか?」


不意に、そう言葉が洩れた。だってそうだろう。
自身は夢の中でリアと会い、別れた後にその意識は現実へと帰った筈だ。

ならば、此処はどこなのか…?倉橋時夜は見覚えのない場所に立っていた。
まるで、世界から切り離されたかの様な印象を受ける孤島。

ふと、気まぐれな突風が吹いた。視界に緋色の花弁が映る。
風が何処か遠くへとそれを運んでいく。心の中で生まれた言葉も、攫われた。

視線を不意に地表へと移す。
蒼と白の対称に彩られた頭上とは真逆に、燃え滓の様な灰と黒炭の様な石が混じり合った奇妙な地肌。

一本の木も、一本の草花さえ生えることのない淀んだ大地。
だがそこに、不自然な程に辺り一面に咲き乱れる緋色の花があった。

これは何という花であっただろうか?花弁にそっと触れる。
生憎と、時夜はそこま花に詳しい訳ではない。故に、答えは出ない。

そう考えていると、唐突に…。


lu……w……i……lis……ber………


「……これは」


風に紛れて、微かにだが詠が耳に届いてくる。

……これは讃来歌?

その詠は、前世で研究されていた技法、“名詠式”を用いる時のソレに酷似している。
そのぽつぽつと聞こえる言葉は通常の言語ではない。セラフェノ音語と呼ばれる言語だ。

自分が望む物を心に描き、自身の下へと呼び招く転送術、それが名詠式。
その術式の過程で、詠び出す対象の名前を賛美し、詠う事からその名が付いたとされている。

その荘厳で神秘的な音色に、耳を澄ます。思わず心が奪われてしまう。
聞き入り、俺は静聴する様に瞳を閉ざして佇立する。


「……誰か、いるのか?」


……詠が終わった。
それと同時。俺はそう声に出して、その美しき旋律の詠い手を探す。
だが、此処には俺しか存在しない。独り言。そう、返答など返ってくる筈もない。だが―――


「―――初めまして、倉橋時夜」


その声は風に流されて、唐突に聞こえてきた。
自分の、よりにもよって真正面からだ。その声に思考が停止する。


「……君は」


自身より幾歳か年上の少女が、数メートル先に立っていた。
足元に咲き乱れる花とまるで一緒の色。輝かしい緋色の髪をした少女。


「…倉橋時夜……いえ、“暮桜霧嗣”。貴方を―――」


くすりと、微笑む様に、懐かしむ様に少女が目を細める。
その瞳には、我が子を愛しむ様な感情が秘められていた。


「私は、貴方の事を待っていた…」






1







「私は、貴方の事を待っていた…」

「……待っていた?」

「そう、私は貴方と相対する為にこの地へと呼び招いた」


俺の目の前に立つのは、俺よりも幾歳か年上の少女。
年齢にして、十代の前半頃。思春期の入りたて頃だろうか。

透き通る様な輝きを放つ緋色の髪の少女。
その肌は真珠の様に白く、また瑞々しい。顔形に至っては、一つの芸術品を思わせる。

……だが、そんな容貌などは言うなれば、どうでもいい。
今危惧するべき事は他にあるのだから。


「そう、そんな姿の是非などどうでもいいでしょう?所詮この姿も“あの子”に借りたものだもの」


俺の心情を見透かした様に、足元の花を愛でていた少女が口にする。


「……君は、誰だ?」


攻撃的な声音で、そう訊ねる。
俺の前世の名を知っている事。それだけの事に意識を警戒させられる。

その青紫色の瞳に、何処か自身の総てを見透かされている様な錯覚に陥る。
それは嘗て、諧調と相対した時の感覚に似ている。


「あら、あの時にもちゃんと教えたじゃない。私の名前」


……あの時?

胸の奥でその言葉を反芻する。だが、澱んだ記憶の中に、それらしき名前はない。
生まれてこの方、この様な場所を訪れた事はない。

まるで自分の記憶ではないのに“思い出す”様に、ただ一つの名前が自然と思い浮かぶ。

―――■□■□■。


「それとも、貴方には“始まりの女-イブ-”の名前の方が大切かしら?」


……イヴ?その名にも、覚えはない。…だが不思議と、その言葉は胸の中を温める。
まるで懐かしい人を想起させる様で。

―――夜色の鐘を鳴らしましょう。

脳裏に詩の一節の様なモノが過る。
まるで幼少の頃に語り聞かされてきた子守歌の様に、懐かしく、柔らに抱擁された記憶を思い出す。

……ああ、それは嘗て前世の母が詠ってくれたものであると。

だが何故、この少女はそれを知っている?
母がその子守歌の様に聴かせてくれた詠は、本当に稀にしか詠う事はなかった。

それは家族である俺でも、幼少期に数度聴いた程度だ。
母はその詠をとても大切にしていて、その美しい声で人前で詠う事はなかった筈だ。


「私は全てを知っているから。全ての過去と全ての未来を知っている」


自らを抱きかかえる様に両手を胸元で交差させ、少女はそっと瞳を閉じた。


「でも貴方は、彼等同様にその予定運命の外側にいる」


予定運命。元来は発生学の単語だった筈だ。
細胞が将来どの組織、器官に分化するか決定する事。

……うろ覚えだが、確かその様な概念だった筈だ。


「……彼等?」

「そう、“始まりの女-イヴ-”。“勝者の王-カンピオーネ-”そして、“真の敗者の王-シャオ-”」


少女はそう淡々と言葉にする。


「予定運命とは云わば定められた世界の定律音。予め用意された、未知なき道。“全ての約束された子供達”が通るべくする道」


それが誰を指しているのか、俺には理解出来なかった。
だがそれを意にも返さずに、少女は言葉を詠う様に諳んじる。


「ねぇ、霧嗣。…いえ、cori toge sheza?」


俺の名前を、母親が付けてくれたセラフェノ音階での名を口にする。
それも、両親と親しき者しか知らないものであるのに。

セラフェノ音語において、俺の名は始まりの集う羽根という意味を成す。

coriは始まり、togeは集う、shezaは羽根。
それらを縮め、日本語読みにして霧嗣と読む。


「“虹色”同様、世界に色を宿し、可能性を生み出した“夜色”の後継者よ」


虹色、夜明。
それもまた何を指しているのか、俺にはさっぱり解らない。


「ねぇ霧嗣、始まりはいつだったと思う?」


瞳を開き、彼女はそう俺に問いを投げた。






2







「…始まり?」


あまりに抽象的な問い掛けに、時夜はその言葉をそのまま繰り返した。


「そう、始まり」


感情を映さない虚ろな表情で虚空を見つめて、緋色の髪の少女もまた繰り返す。


「答は決して一つじゃない。けれど、最も古い時間、全てのヒトが忘れた過去に埋もれた答が一つある」


まるで昔話を聞かせる様に、少女はゆっくりゆっくりと告げてきた。


「ねぇ霧嗣、ヒトは生まれた時は何色だと思う?」

「…色なんて、つけようがない」


生まれた時から何もかもが決定づけられている。
現実はどうか知らないが、少なくとも、自分はそんな定められた運命の様なものはご免だ。


「そう、その通りよ。貴方はそれが分かってる」


にこりと、あまりに無垢な表情で彼女は微笑んだ。


「全ての目覚める子供達は、生まれた時は空っぽの色。“空白-空っぽ-”を抱いて、この世界に生まれる。だから―――始まりの色は空白。透明ではない、無色と呼んでもいけない」


両手を広げる少女。それはまるで虚空を抱き寄せるかの様に。


「けれど、決して空っぽのままではいられない。全ての子供達が自らの道行きを決め、自らの色を決め、自らの時の中で自らの律を知らなければならない。……無限とも言える選択肢から常に一つを選び自らの故とする。それが生きるという事だから」


虚空を抱き締めたまま、少女の瞳の色にゆらぎが混じる。
青い双眸に混じる、七色の混合色。


「だけどその中で―――限りなく空白に近いながらも真逆の色と、全ての有色を内包した色が生まれた。一つの“空白-はじまり-”と、そこから生まれた二つの異質な色。」


瞳の色を七色から青紫に似た冷色へと変え、少女は真摯な眼差しで時夜を真正面から見据える。


「全ての始まりから途方もない時を経て、未知の道を示した二つの色の担い手に私は“彼女”を託そうと思っていた」

「……彼女?」

「私が姿を借りている一人の“緋色の少女”。その子を救える可能性を持っているのは、今は貴方と虹色を司る勝者の王だから。だからこそ、私は貴方をこの世界へと呼び招いた」


よくは解らないが、その少女に何か災厄が近づいている。
言葉からはそう読み取れるが、憶測の域を出ない。


「正確には、災厄ではない。でもその子にとっては何よりの苦痛となる。その苦しみからその子を解放出来る人間を、私がそれを託せる人間を私はずっと探していた」


とめどなく。
さながら泉の水が溢れて地中に染み込む様に、少女の声が島の最端にまで深々と浸透していく。


「その為に、私はこの島で全てを見続けていた。総ての子ら(神剣)と生命(人)を。私は“旧約”に背く者、“その約束に牙?く者(アマリリス)”。あの子に相応しい相手を探す為に、全ての世界の事象と経過を記録する存在」


強い光を瞳に灯し、少女が力ある言葉を告げる。


「そして漸く、私は彼女を貴方という人に託す事が出来る」


霧嗣、私は貴方を求めている。
貴方があの子を支える代わりに、私は自身の全てを賭して貴方の願いを叶えてあげる。
それが、貴方が前の世界で失った物だとしても。


「……そこまで俺に期待してもらって悪いけどさ。生憎と俺はそこまで大きなモノを背負って行ける程強くはないよ。ただ、今あるものを大事にするだけでも、それがどれだけ大変か身に染みているから」


その眼差しと想いの乗った言霊に、時夜はそっと肩をすくめた。

静流との思い出。交わした約束。決して失ってはいけない想い。
それこそが、自分にとって深い夜の中で輝くものなのだから。


「それに、俺は君のその言葉の意味を半分も理解出来ていない。今も、夢の中での出来事の様に俯瞰している」


そうだ。あまりに難解で、難しい話に思わず現実感を感じられない。
目の前の、アマリリスと名乗った少女の必死が必死なのは解る。

それに一つだけ、俺でも理解している事がある。


「その子を守る事の出来る人物がいたとして、それは俺じゃないよ。…もっと、その子自身が想う大切な人がきっといる筈だ」

「……貴方も、勝者の王と同じ事を言うのね」

「それでも私は、彼を、ネイトを認めない。あの子を守る者として認めたくないの」

「…ネイト?」

「そう、貴方の弟よ。愚かな夜明け、あの子では到底叶えきれない願いだというのに」


俺が思い描いたのは、前世ではもう数年も会っていない実弟の姿。
それに、アマリリスは肯定の意を示す。


「それは何故?」


少女の返事は微笑だった。
その微笑みを見た瞬間、不意に俺に異変が生じた。


「―――時間ね」


意識が、何かに引きづられる様に浮上してゆく。
少女の言葉が、まるで意識の外側から聞こえてくる。


「一つ、貴方に教えておくわ。“敗者の王”にお気を付けなさい」


朧気な意識の内側から、聞こえ難いながらも少女は大切な何かを伝えようとしている。


「貴方と彼女の“始まり”、そこに総ての答えがあるのだから」


少女のその意味深な言葉を最後に、俺の意識はそこで途切れた。


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