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シュミットさんちの日常

作者:hyuki
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シュミットさんちのおおみそか

 
前書き
またも新シリーズを始めてしまった・・・

このお話の時期:新暦76年12月 

 

暮れもいよいよ押し迫った12月31日、大晦日である。
クラナガン郊外の閑静な住宅街の一角に建つシュミット邸では、
家族総出での大掃除が行われていた。

「ママー! おトイレとお風呂の掃除は終わったよー!」

「ありがとー! じゃあ、次はリビングの窓ふきをお願いね!」

「はーい!!」

シュミット家の長女であるヴィヴィオはタオルで手を拭きながらリビングに
入ってくると、キッチンに向かって大きな声で呼びかける。
するとキッチンからは彼女の母親であるなのはから次の作業についての指示が下り、
ヴィヴィオは了解した旨の返事を返してからリビングと庭に張り出した
ウッドデッキを隔てるガラス戸の拭き掃除に必要な道具を取りに行くべく
再びリビングを後にしようとしていた。

彼女がリビングと廊下を隔てる扉をくぐろうとしたとき、ちょうど廊下の方から
リビングに入ろうとしていたゲオルグと鉢合わせする。

「おっ!・・・とぉ」

思わずたたらを踏んで立ち止まるゲオルグとヴィヴィオがお互いの顔を見合わせる。

「あっ、パパ。 ごめんなさい」

「ううん、大丈夫だよ。 ヴィヴィオの方こそ大丈夫か?」

「うん、平気だよ」

しゃがみ込んで心配そうにヴィヴィオの顔を覗き込むゲオルグに対して、
ヴィヴィオはにっこり笑って応じる。

「そりゃよかった。 お互い気をつけような」

「うんっ!」

ゲオルグがヴィヴィオの頭の上に手を置きながら声を掛けると、
ヴィヴィオは大きく頷いた。
そしてゲオルグは立ち上がり、窓ふきの道具を取りに行くヴィヴィオを
先に通してからキッチンへと向かう。

「おーい、なのは?」

ゲオルグがキッチンの中に顔を出しながらなのはに声をかけると、
換気扇のフードの掃除をしていたなのはがその手を止めてゲオルグの方を振り返る。

「どうしたの?」

「2階の掃除は終わったけど、他にやることあるか?」

「ふぇ?早いね。 トイレもやった?」

「もちろん」

ゲオルグに2階の掃除全てを割り当てていたシュミット家大掃除の指揮官たる
なのはにはゲオルグの報告が意外だったようで、目を丸くして驚きの声をあげる。

「うーん、早すぎない? ちょっとチェックさせてもらうね」

そして疑わしげな眼をゲオルグに向けると両手に付けていたゴム手袋を外して
キッチンを出ていく。
階段を上がって2階にたどり着いたなのはは、どこから見て回るか思案しつつ
廊下の掃除が行き届いているかをチェックしはじめる。

(えーっと、階段の窓ガラスはちゃんと拭いてあるし床もすみっこまで綺麗。
 あとは・・・・・)

なのはが廊下の突き当たりにある寝室に向けて足を踏み出したとき、
ゲオルグが階段を上がって追いついてきた。

「どうだ?」

「うん、今のところは・・・いいね」

周りの様子を見ながら独りごとのような口調でゲオルグに答えると
なのはは廊下を夫妻の寝室がある奥に向かってゆっくりと歩いていく。



ここでシュミット邸について少し紹介しておこう。
シュミット邸はクラナガン西部郊外の閑静な住宅街にある。
外観は白を基調にしており、2階建てだが屋根裏に納戸がある。

1階は玄関を入ると一番奥にある風呂場まで真っ直ぐに廊下が伸びており、
その右側には玄関側から応接間、2階への階段、トイレの順に並んでいる。
そして廊下の左側にはリビング・ダイニング・キッチンへとつながる扉が
1枚あるのみである。

そのリビングは南側に大きく窓が開けており、ガラス戸の向こうには先述のとおり
ウッドデッキが張り出している。
ひと続きのリビングとダイニングを合わせれば、20人でパーティが開けるほどの
広さがあり、シュミット夫妻は生まれたばかりの長男ティグアンにもう少し
手がかからなくなったら、ホームパーティを開くことを密かに計画している。

階段を上がった先の2階には1階の廊下と直交する方向に廊下が伸びており
その一番奥に夫妻の寝室、その手前には廊下の両側に2部屋ずつ、計5部屋あって
そのうちの一つ、廊下右側の奥側の部屋をヴィヴィオが使っている。
そして、将来その隣の部屋がティグアンの私室になる予定であるが、
現在のところティグアンは夫妻の寝室に置かれたベビーベッドで寝起きしている。

廊下左側の2部屋は来客用のベッドルームであるが、うち1部屋は何も
置かれていない空き部屋である。

なお、2階の廊下の天井には屋根裏に上がるための階段が仕込まれている。

廊下突き当たりの夫妻の寝室には大きなダブルベッドが置かれていて、
ゲオルグとなのははそのベッドで共に眠る。
寝室の奥には2つの小部屋があり、なのはとゲオルグがそれぞれ
プライベートスペースとして使っている。

以上、間取りとしては6LDK+納戸というのがシュミット邸の全貌である。



閑話休題。

なのはとゲオルグは廊下をつきあたりまで進むと扉を開けて2人の寝室に入った。
2人が眠るベッドは綺麗にメイキングされ、南側に面した窓から差し込む太陽の光が
部屋の中を明るく照らしていた。

「うん・・・ここも問題なし、だね」

そのあと、なのはは来客用のベッドルームと空き部屋、そしてトイレを次々と点検し
階段のところまで戻ってきた。
その間、ゲオルグは自信ありげに微笑みながらなのはの後をついて歩いていた。

「うん、合格。 お疲れさま、ゲオルグくん」

「そりゃどうも。 他にやることあるか?」

「んとね、ヴィヴィオにリビングの窓ふきをお願いしたんだけど、
 ヴィヴィオじゃ上の方は届かないから手伝ってあげてほしいの」

「了解しました、1尉どの」

おどけた様子で崩した敬礼をしながらゲオルグがなのはに返事をすると、
なのははクスッと笑ってゲオルグの顔を上目づかいに見上げた。

「お願いしますね、シュミット2佐」

そしてゲオルグとなのはお互いの顔を見合わせ声を上げて笑った。





それから1時間ほどかけてシュミット家の大掃除は終わり、
リビングでのんびりお茶を飲みながらシュミット一家は家族団らんの時を過ごした。
途中、リビングの床に敷かれた布団の上で眠っていたティグアンが目を覚まして
泣きだし、なのはが授乳するといったこともありつつ、年の瀬の午後は過ぎていく。

「大変だったねぇ、大掃除」

秋まではソファに合わせた洒落たテーブルが置かれていた場所に、
現在鎮座しているのは日本の冬の風物詩、こたつである。
なのははこたつにすっぽりと収まって緑茶を啜りながらしみじみと言う。

この家を新築するにあたってなのはがもっとも強く主張したのが
この、リビングへのこたつの設置だった。
床に直接座るという生活様式に抵抗のあったゲオルグであったが、
掘りごたつにすることでなんとかなのはが説き伏せたのである。

「だなぁ~。さすがに疲れたよ」

だが、いざこたつが設置されるとゲオルグもその魅力のとりこになってしまった。
その証拠にほっこりした表情でお茶を啜りながら、ゲオルグは大きく伸びをする。

「でも、ヴィヴィオは楽しかったよ。 お部屋もきれいになって気持ちいいし」

それはヴィヴィオも同じようで、みかんを食べながらニコニコと笑って
両親の顔を順番に見る。

「そうだね~。 家じゅうきれいになってよかったよね~」

なのはは隣に座るヴィヴィオに向かって優しく笑いかけると
その金色の髪に覆われた頭をゆっくりと撫でた。
ヴィヴィオはなのはに撫でられるのをくすぐったそうに身をすくめるが
その目は気持ち良さそうに細められていた。

「あっ、そろそろお夕飯の準備をしなきゃ・・・」

やがて日も傾き、なのはは夕食の準備をするべくこたつから・・・

「なのは、夕飯はつくらないのか?」

「う~ん。そうなんだけどねぇ・・・」

・・・出なかった。

ジト目を向けるゲオルグの台詞に対して、なのははバツが悪そうな表情で
頬をかきながら応じる。

「だって、このぬくぬく感を手放さないといけないんだよ。
 腰が重くなっても仕方ないと思うの」

「それは判るけどなぁ。でも、夕飯はどうするんだよ?」

「えっと・・・ゲオルグくんが作るっていうのは、ダメ?」

なのはは胸の前で両手を組み合わせて上目づかいにゲオルグを見ると
甘えた口調で尋ねた。

「別にかまわないけど何か準備してたんじゃないのか?」

「それは、まあ。 年越しそばをするつもりで準備はしてるんだけどね」

「それってアレだろ? 去年の年末になのはの実家で食べさせてもらったヤツ。
 でも作り方なんか判んないぞ、オレ」

「だよねぇ~。じゃあ、いっしょに作ろうよ」

「はは、そう来たか。 まあ、いいよ」

なのはの提案に対してゲオルグは苦笑しつつも頷き、こたつを出て立ち上がる。

「だったら、ヴィヴィオもいっしょにやる!」

ゲオルグに続いてなのはも立ち上がりかけたとき、ヴィヴィオが勢いよく
立ちあがって自分も料理に参加する声をあげた。
だが、なのははしゃがみこんでヴィヴィオと目線を合わせると
その頭の上にポンと自らの手を乗せた。

「ヴィヴィオには他のことをお願いしたいんだけど、ダメかな?」

「ほかのことって?」

なのはの言葉に首をかくんと傾げるヴィヴィオ。
そんな彼女の頭をゆっくりと撫でながら、なのはは優しく微笑む。

「あのね、ママとパパが2人ともキッチンに入ってる間
 ティグアンのことをみててあげて欲しいの。
 で、何かあったらママに教えてね。 できそう?」

なのはの問いかけにヴィヴィオは数度目を瞬かせると、
ニコッと笑って首を縦に振った。

「うんっ! だって、お姉ちゃんだもん」

「そうだね。 じゃあ、よろしくね」

なのははそう言ってもう一度ヴィヴィオの頭をゆっくりとなでると
立ちあがってゲオルグとともにキッチンへと向かった。

キッチンに入ると何をしてよいものか途方に暮れて立ちつくすゲオルグを尻目に
なのははてきぱきと調理の準備作業を進めていく。

両手鍋に水を入れ、揚げ物鍋を油で満たし、その両方をコンロに乗せると
次に冷蔵庫を開けて生蕎麦を取り出して調理台の上に置いた。
そしてゲオルグの方に向き直る。

「ゲオルグくんはお蕎麦を茹でて欲しいの。 こっちのお鍋でお湯を沸かして、
 沸騰したらそばを入れる。 ゆで時間は10分。
 茹であがったらざるにあげて水洗い。作業内容はこれだけ。 質問は?」

「沸騰したらそばを入れて10分茹でる。 茹であがったら水洗い、だな?
 何か分からないことができたらその都度聞くよ」

淀みなく続いたなのはの言葉をじっと聞いていたゲオルグは、
なのはが語った工程を復唱する。
なのははそれに対して頷くと自分が担当する天ぷらの準備に取り掛かった。





30分後。
こたつのそばに敷かれた小さな布団の上に寝転んでいる幼い弟の柔らかい頬を
指でつついては、その反応を見て楽しんでいたヴィヴィオの頭にポンと
誰かが触れた。

その感触に驚いた彼女が勢いよく振り向くと、そばの入った大きなざるを持った
ゲオルグが彼女を見下ろしていた。

「だめだぞ、ティグアンにイタズラしたら」

「イタズラなんかしてないもん」

ニヤニヤと笑いながら声を掛けてきたゲオルグに向かって、
ぷくっと頬を膨らませたヴィヴィオが不満げな声をあげる。

「わかったわかった。 それより、夕飯ができたから食べような」

ぽんぽんと2回、ヴィヴィオの頭に優しく手を置いたゲオルグが踵を返して
こたつの上にざるを置こうとした瞬間、ヴィヴィオは自分の頭の上にあった
ゲオルグの手を掴んだ。

「あやまって!」

こたつの上にざるを置いたゲオルグはヴィヴィオの方に振り返って
"はぁ?"とわけが判らないという顔をする。

対してヴィヴィオは鋭い目で父の顔を見上げていた。

「パパはヴィヴィオにいつも"悪いことをしたら謝りなさい"って言うでしょ?
 今、パパはヴィヴィオに悪いことをしたんだから謝って!」

ヴィヴィオが声を大にして言った言葉に、ゲオルグは得心がいったというように
大きくうなずくと、ヴィヴィオの前に屈みこんでヴィヴィオの目をじっと見た。

「確かにヴィヴィオの言うとおりだな。 パパが悪かったよ、ゴメンな」

そう言ってゲオルグがヴィヴィオの頭をゆっくりとなでると
ヴィヴィオはニコッと笑って頷いた。

「さあ、できたよ! って、2人とも何してるの?」

そのとき、3人分の天ぷらを乗せた大きなかごを持って現れたなのはが
2人の様子を見て不思議そうに首を傾げながら尋ねる。

「んとね、今ヴィヴィオがパパにおせっきょうしてたの」

ヴィヴィオが自慢げな笑みを浮かべ、胸を張って母に向かって答えると
こたつの上にかごを置いたなのはが、驚きで目を見開きながらヴィヴィオを見る。

「ヴィヴィオが? 逆じゃなくて?」

そう尋ねながら彼女がゲオルグの方に目を向けると、
ゲオルグは苦笑しながら頷いていた。

「何があったかは後で話してやるけど、ヴィヴィオが言ってることは
 間違ってないよ」

「そうなの・・・。ま、いいや。 それより2人とも食べよ!」

なのははそう言ってつゆの入った器と箸をゲオルグとヴィヴィオ、
そして自分自身の前に並べると、こたつの中にすっぽりと収まった。

「よしっ、じゃあ食べようか!」

ゲオルグがにっこりと笑ってもう一度ヴィヴィオの頭を撫でながら声をかけると
ヴィヴィオも満面の笑みとともに”うんっ!”と頷いてこたつの中に収まる。

3人は揃って”いただきます!”と声をあげ、ヴィヴィオは真っ先にそばに
箸を伸ばした。
だが、薬味をつゆの中に入れている両親の姿を見て彼女は箸を止めた。
そして隣に座る母親の袖を引く。

「ん? どうしたの、ヴィヴィオ?」

なのはがヴィヴィオの方を振り返るとヴィヴィオは不思議そうな表情を浮かべて
なのはのつゆが入った器を指差していた。

「ねえ、ママ。 さっき入れてたのってなに?」

「さっき入れてたのって・・・ああ、これのこと?」

なのはが刻んだネギやすり下ろしたわさびの乗った皿をヴィヴィオの前に
差し出すと、ヴィヴィオはこくんと頷いた。

「えっとね、これは薬味っていってそれぞれの人の好みに合わせて
 おつゆに少しだけ入れるものなの。 ヴィヴィオも入れてみる?」

なのはの問いかけに対してヴィヴィオがもう一度こくんと頷いて応じると
なのはは”じゃあ入れてあげるね”と、ヴィヴィオのつゆに少しネギを入れ、
薬味の乗った皿を置いた。

「・・・コレは?」

だが、皿の上にネギとは別にもう一つ乗っている緑色のものに
なのはの箸が触れなかったことに疑問を覚え、ヴィヴィオは首をかしげつつ
母親の顔を見上げて尋ねる。

「あー、わさび? これ、かなり辛いけど・・・大丈夫そう?」

「ん~、食べたことないからわかんない・・・」

「だよね~。じゃあ、少しだけ食べてみよっか。
 それでおつゆに入れるか決めようよ」

ヴィヴィオは母の提案に頷くと、恐る恐る皿の上に鶯色の山を作るわさびに
箸をのばした。
自分の箸先にほんの少しだけのったわさびをじっと見つめると、
意を決したように目をつぶって、それを口の中に入れた。

経過すること数秒・・・。

「んんん~っ!!!」

ヴィヴィオは左右で色の違う瞳を見開き、両手で自分の鼻を押さえながら
苦悶の表情を浮かべて、悲鳴ともうなりともつかない声を上げた。
その双眸にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「か、からいよ~!! おみずっ!!」

「はい、大丈夫?」

なのはがヴィヴィオに水の入ったグラスを差し出すと、
ヴィヴィオはその中身を一気に呷った。
そのせいで水が気管に入ったのか、ヴィヴィオは派手に咳きこんだ。

「おいおい、大丈夫か?」

咳きこむヴィヴィオの背中をゆっくりと撫でながら、ゲオルグが声をかける。
しばらくして咳が収まると、ヴィヴィオは手で涙をぬぐってゲオルグの方に
顔を向けた。

「ありがと、パパ」

「どういたしまして。 ほら、これで鼻をかみな」

ゲオルグが微笑みながらちり紙を手渡すと、ヴィヴィオは"ずびー"と音を立てて
垂れかかっていた鼻水をかむ。

「ヴィヴィオにはわさびは早かったみたいだね」

「うん・・・」

苦笑いとともになのはが声をかけると、ヴィヴィオは唇をとがらせて
不満げな顔をつくりつつ、ゆっくりと頷いた。

「まあ、もうちょっと大きくなれば平気になるし、わさびの良さも
 判るようになるさ。 それまで我慢だな」

続いてゲオルグのかけた慰めの言葉にもヴィヴィオは頷くと、
不満げな表情をしまいこんで海老の天ぷらに箸を伸ばした。

その様子を見ながらなのはとゲオルグはお互いに笑い合うと
彼らも夕食を再開し始めるのだった。





夕食も終わり時刻が午後10時近くになると、さすがにヴィヴィオは眠そうに
あくびをし始め、それからすぐに自分の部屋で眠りについた。

そしてリビングには静かな寝息をたてるティグアンとこたつに並んで座りテレビを
ぼんやりと見ている夫妻が残された。

「みかん食べる?」

「ん、もらう」

彼の右腕に抱きつくようにしてもたれかかってくるなのはの問いかけに
ゲオルグはテレビの方を向いたまま返事を返した。
すると、肩にもたれかかるなのはの重みが少し軽くなり、右腕に巻きついていた
なのはの両腕も解かれた。
ほどなくみかんの皮をむく音とともに柑橘系の甘酸っぱいにおいが漂ってくる。

「ひゃい、どうぞ」

「うん」

若干おかしな発音であったなのはの言葉を気にすることもなく、ゲオルグは隣に座る
なのはの方に顔を向けた。

そして、自分の顔を見上げるなのはの姿を見てゲオルグは苦笑を浮かべた。
そこにはみかんを一粒咥えて甘えるようにゲオルグを見上げるなのはの姿があった。

ゲオルグはしばし考えてからニヤリと笑うと、なのはが唇に挟んで咥えていた
みかんの粒に手を伸ばして、素早く抜き取って口の中に放りこんだ。

数度咀嚼してみかんを飲み込んだゲオルグは悪戯っ子のような意地悪げな顔を
なのはに向けると、"ごちそうさま"とこれまたわざとらしい口調で言った。

その言葉になのはは"不服です"というのがありありと伝わってくるような
頬を膨らませた顔でテレビの方に向き直った。

「・・・ゲオルグくんのいじわる」

そしてなのはは横目で恨めしげな目線をゲオルグに向けながら呟く。

対してゲオルグは素知らぬ顔でなのはが皮をむいたみかんの残りを平らげると
皮をゴミ箱に向かって放り投げてからなのはの肩に手を乗せた。

「ねえねえ、そこのかわいい奥さん」

ゲオルグが声をかけるとなのはは頬を膨らませたままゲオルグの方に顔を向ける。
次の瞬間、彼女の唇はゲオルグのそれと触れあっていた。
驚いた彼女がゲオルグの肩を押すよりも早く、ゲオルグの両腕は彼女の背中に
まわされ、同時に彼女の口内にゲオルグの舌が侵入してくる。
そこでなのはは抵抗することをやめた。

時間にして1分ほど、夫妻は互いの舌を絡ませながら互いの唇をむさぼった。
そしてゆっくりと名残惜しげに唇を離す。

「よければ上の寝室でいっしょに寝ませんか?」

「ふふっ・・・いいですよ」

ほんのりと赤く染まった頬で見上げるなのはに向かってゲオルグが声をかけると
なのははそのわざとらしい口調にクスリと軽く笑ってから頷いた。
そして2人はこたつから出て立ち上がる。

「じゃあわたしはティグアンを連れていくから、ゲオルグくんは戸締りと
 火の元の確認をお願いね」

「了解」

そんな短い事務的なやり取りのあと、なのははティグアンを抱き上げると
リビングを出て2階へと上がっていった。
一方ゲオルグはこたつのスイッチを切ってからリビングのガラス戸と
キッチンの脇にある裏口、そして玄関の施錠を確認すると、リビングの
明かりを消して2階へと上がっていった。

寝室へと向かう途中、"ヴィヴィオのへや"と書かれたプレートのかかった扉の前で
足を止めると、音をたてないようにそっとドアを開けてゲオルグは暗い部屋の中に
その身を滑り込ませた。
部屋の奥に置かれているベッドの脇まで歩いていくと、その上ですやすやと眠る
ヴィヴィオの寝顔を見下ろして優しげな笑みを浮かべて彼女の金色の髪を
ゆっくりと撫で始めた。

そして小さく"おやすみ"と声をかけるとゲオルグは入ってきたときと同じように
静かに部屋をあとにして、なのはが待つ寝室へと向かった。

寝室に入るとベビーベッドの柵に頬杖をついたなのはが慈愛に満ちた笑みを浮かべて
ティグアンの寝顔を見ている姿がゲオルグの目に飛び込んできた。
ゲオルグは気配を殺してなのはの背後に忍び寄ると、その背中に覆いかぶさるように
そっと抱きついた。

「きゃっ! って、ゲオルグくん?」

「お待たせ。寝るか?」

「そだね。 寝よっか」

ゲオルグに突然抱きつかれて驚きの声をあげるなのはであったが、
耳元でささやくゲオルグの声を聞いて、我が子を優しく見守る母の顔から
愛する男に抱かれるのを待ちかねたオンナの顔へと表情を変え、
ゲオルグの言葉に頷いた。

自分の背中から身を離して先にベッドに入ったゲオルグの後を追うように、
なのははいつもと同じゲオルグの右側にその身を滑り込ませた。
そしてゲオルグの右腕に抱きつくと潤んだ瞳で彼の顔を見つめた。

「ん? どうかしたか?」

「ふふっ・・・どうもしないよ、ゲオルグくん」

「ふーん・・・」

妖艶な顔で笑うなのはの心中を知ってか知らずか、ゲオルグはなのはの言葉に
鼻を鳴らして応じる。

「じゃあ、おやすみ」

そう言ってゲオルグが目を閉じると、なのはは不満げに唇をとがらせて
低いうなり声を上げながら、ゲオルグの方に恨めしそうな目を向ける。

「なんだよ?」

「・・・しないの?」

ぼそっと小さな声で発せられた自らの問いに対するなのはの答えを聞き、
ゲオルグは小さく意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「何をだよ?」

「・・・えっち」

「はぁ?」

なのはの声が小さくてよく聞き取れなかったゲオルグが訊き返すと
なのははほんのりと赤く染まった顔をゲオルグに向けて甘えた声を出した。

「今年最後のえっち、しよ?」

その直後、ゲオルグは急になのはに抱きつくと彼女の耳に口を寄せる。

「あーもう! なんでお前はそんなにかわいいんだよ!!」

「ふふっ・・・。そんなにかわいいかな、わたし?」

「世界で一番かわいいよ、なのはは」

「そっか・・・ありがと」

囁き声で自分を褒めそやすゲオルグの言葉に、なのははうれしさ半分
恥ずかしさ半分といった照れ笑いの表情を浮かべる。

「じゃあ、しますか? 今年最後のセックス」

「うん、しよ。 今年最後のえっち」

「なら、これから押し倒しますがよろしいですか、奥さん?」

「いいですよ、ご主人」

最後には半分笑いをこらえながらそんな冗談を交わした2人は
しばし互いの額をくっつけて笑い合った。

そして、おもむろにゲオルグがなのはに覆いかぶさり、
2人の影はひとつに重なっていった・・・。





1時間後・・・。
なのはとゲオルグは2人とも一糸まとわぬ姿でベッドの上で布団にくるまっていた。
しばらく荒い息をついていた2人であったが、呼吸が落ちついてきたところで
ゲオルグがなのはに声をかけた。

「なあ。 なのはにとって今年一年はどうだった?」

「うーん、そうだね・・・。 幸せな一年だったんじゃないかな?
 ゲオルグくんと結婚して、ヴィヴィオが学校に入って、ティグアンが生まれて。
 もちろん大変なこともあったけど、すごく幸せな一年だったよ」

「だな。 俺もそう思うよ。 来年もいい年にしたいな、今年みたいにさ」

「そうだね。 家族みんなで力を合わせて・・・ね」

「もちろん」

それからしばらくして、寝室には2人の若夫婦がたてる寝息が響き始めた。

こうして、シュミット一家が初めて迎える年の瀬は、
ゆったりと過ぎていったとさ・・・。
 
 

 
後書き
お読みいただきありがとうございます。

いろいろ進んでないにも関わらずはじめてしまった新シリーズ

"シュミットさんちの日常"

です。

本シリーズは短編集という形ですのでお話の設定時期と執筆順序は
ばらばらで進んでいきます。

で、1回目はゲオルグとなのはが結婚して初めて迎える年の瀬の姿を書きました。

原稿チェックのときに思ったのは、”かゆい~!!!”ですね。
これを自分が書いたかと思うとちょっと赤面・・・w

しかも、3月になろうかという時期におおみそかネタという季節外れ感。

いろいろあったとはいえ、スイマセンとしか言えない・・・。

とにもかくにも、ほのぼのしたなのはさんの姿に萌える人にはオススメです!
よろしくお願いします。

PS
つぶやきにお返事を頂いた foreyes様・ジョニーK様
御心配をおかけしましたが、わたしは元気ですw
遅くなりましたが、お気づかいいただきありがとうございます。
 
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