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軍楽

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5部分:第五章


第五章

「本当に」
「この程度の傷で死ぬものか」
 言葉は堂々と、いや傲然とさえしていた。
「俺がな」
「ですが無理はなさらずに」
「無理はしないが命は賭ける」
 こう言い返しさえした。
「命はな」
「左様ですか」
「そしてだ。俺の手で捧げたい」
 今度は服部が持っているその封に目をやったのだった。
「それだな?あの曲は」
「はい、これです」
 服部は正直に答えた。
「この曲が。先生があの時燃える家から持って来られた」
「そうだな。本当に危ないところだった」
 彼はその時のことを自分の脳裏の中で思い出していた。その時彼がいつも執筆に使っていた部屋はもう畳まで燃え盛っていた。家のあちこちが紅蓮の炎に包まれる中曲もまたその中に覆われようとしていたのだ。
「あの時はな」
「本当に死ぬかと思いましたよ」
 服部もその時のことを思い出していた。自然と困った顔になる。
「無茶をされるんですから」
「無茶をした介があった」
 彼はまた言うのだった。
「違うか?」
「それはそうですが」
「それでだ。その曲は」
「わかりました。先生が持って行かれるのですね?」
「そうさせてくれ」
 是非にというわけだった。
「俺のこの手でな」
「はい。それでは」
 服部は彼の言葉に頷き前に出た。そうしてその封を彼に対して今手渡したのだった。
「どうぞ」
「ああ」
「これは是非先生の手で」
「そうか」
 そこにいたのは森宮だった。彼は強い決意の顔でそこにいるのだった。靖国の前に。怪我をしながらもしっかりと立ったうえでであった。
「そうさせてくれるか」
「そうでないと納得されませんよね」
 服部の言葉は苦笑いになっていた。
「やっぱり」
「当然だ」
 そして森宮の返答もこれしかなかった。
「それはな」
「ですよね。先生だから」
「そういうことだ。俺は」
 森宮の言葉もまた強いものだった。
「この曲は英霊に捧げる為に作った」
「英霊の為にですね」
「そうだ。だからこそだ」
 言葉には有無を言わせないものもあった。
「俺に捧げさせてくれ。いいな」
「わかりました」
 服部もまた強い言葉で頷いて応えたのだった。
「それでは。是非」
「うむ」
 ここでその封筒を受け取ったのだった。そして。
 足を進めた。まずは一歩。
「行って来る」
「はい」
 服部は森宮のその言葉を受けた。
「是非。行かれて下さい」
「この戦争だけではない」
 彼は足を進ませながらまた言った。
 
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