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変化球

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1部分:第一章


第一章

                         変化球
 正念場だった。まさにここがであった。
 松本隆博は困っていた。彼は今マウンドにいる。
「どうすればいいんだよ」
 彼は思わず呻いた。今バッターボックスにいるのは相手チームきっての技巧派バッターである。その彼に追い詰められていたのである。
 とにかく何を投げてもカットされる。それだけでも辛いのにであった。
 しかも今はシリーズ第七戦、彼のチームが一点差で勝っている。しかしそれでもであった。ツーアウトながらランナーは二塁と三塁にいる。一打逆転の状況だ。
 勿論相手もそれがわかっている。だからこそだった。
 彼がどんなボールを投げてもカットしてくる。それでもう十球であった。
 隆博は小さめの目に黒く短く刈った髪をしている。そし四角くややエラの張った顔をしており口元もしっかりしている。小さめの目はややくぼんだ感じで身体つきは野球選手らしくしっかりとしている。チームきっての変化球投手として知られている。
 その彼がだ。今明らかに追い詰められていた。既に十球投げてツーストライクツーボール、彼にとっては苦しい状況であった。
 それを察してか監督がマウンドに来た。キャッチャーの須長栄一も来た。そのうえで彼に対して言ってきたのである。
「おい、ここはだ」
「はい」
「御前に任せるからな」
 監督はこう隆博に言ってきたのである。
「いいな、任せるからな」
「任せてくれるんですね、俺に」
「ここまで来たら腹を括るしかないしな」
 だからだというのだ。
「そうするさ」
「すいません」
「謝ることはないさ。今七回だ」 
 終盤である。まさに正念場である。
「ここで御前以外の奴に任せても仕方ないしな」
「じゃあ俺が」
「抑えろ」
 監督は今度は一言だった。
「いいな」
「はい、それじゃあ」
「御前が防いだら勝てる」
 監督は言い切ってもみせた。
「うちのチームが日本一だぞ」
「日本一、うちのチームが」
「なりたいな、日本一に」
 キャッチャーの須長がここで言ってきた。
「それならだ」
「抑えます」
「とにかくここはだ。御前に任せた」 
 須長もこう彼に告げた。
「全部だ。いいな」
「投げるボールもですか」
「ああ。いつもは俺がリードするがな」
「はい」
 須長の方が年上である。しかも彼は球界屈指の頭脳派キャッチャーとして知られている。チームの頭脳とさえ言われてきている。だから隆博もリードは今まで彼に素直に従ってきたのである。
 しかしだ。彼は今こう言ってみせたのだ。それは決して責任逃れではなかった。
「今はですか」
「思いきりいけ」
 また言う彼だった。
「御前が一番いいと思うボールを投げろ」
「わかりました。それじゃあ」
「よし、これでいいな」
 監督もここで言った。
「御前の持ち球は多い。やれよ」
「やります」
 監督と須長が彼の肩と背をそれぞれ叩いてそのうえでマウンドを降りた。こうして話を終えてそれぞれの場所に戻った。試合再開であった。
 隆博はあらためてバッターを見た。そして相手のランナーもだ。
「二人だよな」
 それを確かめる。一旦二塁ランナーに牽制球を投げる。
 無論それはアウトには取れなかった。向こうもすぐに戻った。
 彼にしてもただのリズム崩しだ。相手バッターの緊張を解いてそのうえで勝負を有利に進めようという考えがあった。しかしそれは言うならば小細工にもならないものだった。
 彼はそれもわかっていた。だからすぐにバッターに向かった。
「さて」
 改めてバッターを見る。しかしであった。
「今まで投げたボールは」
 それについて考える。投げてきたボールはだ。
 
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