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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第19話「Uへの道/奥義と恐怖と謎の男」

 
前書き
…どうにもこうにも、プライベートでゴタゴタしていたもので。申し訳ありません。 

 
宙空に出現したその車両は、高速道路の事故がそうであるように、

ミスリルの体毛を持つ熊に一直線にぶち当たり、そして爆砕した。

ズバアアアアンンッ!!

弾けるような音が立ち、時速100kmの速度がもたらす

運動エネルギーに寄って車が叩き潰れる。

そして緑色の車が持つ運動エネルギーは高々30kg程度の畳とは異なる結果を齎した。

ミスリルベアーよりも遥かに重い車は、

人間ならば粉々のミンチに変えてしまう鋼の猛獣たる威力を存分に発揮するのだ。

それも多くの事故のように、制動などかかってはいない。

制動なく衝突した車がどうなるか、それを我々は凄惨な事故の現場写真や映像で

何度も何度も見ているはずである。

車と時速100kmで衝突するということは、39mものビルから落ちてきた車に潰されるに

等しい衝撃だ。

しかもイダの召喚した日産マーチは宙空に出現した。

つまり、地面に逃がされる分の運動エネルギーもまとめてミスリルベアーに

直撃した、ということである。

衝突したのは、頭を中心とする上半身。

車の全長が約三分の二まで圧縮された時点で、運動エネルギーは全て開放された。

ズ、ズウゥゥン…!

車に押しつぶされるカタチで仰向けにミスリルベアーは倒れる。

バラバラと割れたガラス片が辺りに飛び散り、シドが咄嗟にそれから目を保護したのが

イダの目にも見えた。

「…すごい。まさか、こんな…ものまで?鋼の戦車?前世の持ち物?貴方は、いったい…」

フェーブルが恐る恐るイダに聞いてくる。

「いや、その…前世の世界では、多分一般的なものじゃなかったかなあ…って」

イダは瞳を熊から一瞬も離さずに、照れ笑いを浮かべてそう答える。

「…異世界、すごいですね」

―――そんなすごいもんじゃない。あんなのと戦うなら、ロケットランチャーがほしい。

イダは昔、友人の家でプレイした某有名ゾンビゲームのことを思い出し苦笑する。

あのゲームをナイフだけでクリアする友人に、何をそれほどそのゲームに

熱中できるのかはよくわからなかったのだが。

…レ*ン萌えとか、クリ*最高!とか言っていたことは思い出したくもない。

彼女は元気だろうか。イダはその後疎遠になったその友人を少し懐かしく思った。

―――ううん。まだ油断する訳にはいかない。コイツが死んだって…確認しないと。

「…し、死んだの…かな?」

シドと同じように腕で目を守っていたストランディンが、

確かめるように車と熊の融合物、のようになっている塊に歩んでいこうとしたが…

「ダメ!近づかないで!!」

イダはその行為を全力を持って止めた。

…事故を起こしたばかりの車は、往々にして漏れたガソリンによる火災を引き起こす。

それが故にイダは彼女の肩を掴んでその行為を止めたのだ。

エンジンが動いてないとはいえ、甘く見る訳にはいかない、と思った。

―――それは絶妙の判断だったと言わざるをえない。

熊が意識を取り戻したのだ。

「ガオオオオオオ!?!?」

ダメージは決して小さくはない。それは痙攣するように震える熊の四肢をを見ればわかる。

だが…それでも熊は吠える。緑銀の体毛にベッタリと血を張り付かせながら。

顔面にも胸板にも無残な衝突痕を残し、更に己の体重の倍はあろう重量物に押しつぶされ、

それでもまだ吠えた。その声には、まだ生命力が感じられる。

「操られているせい…か!クッ!」

回りこんでイダの方へ近づこうとしていたリックは、そう言って身構えた。

そうだ。この怪物はまだ死んではいない。死んではないなら、彼女にはもう打つ手がない。

後は、逃げるだけだ。だが、逃げるにしろ、方法がない。

熊から逃げる際の成功率を跳ね上げる下り坂はこのあたりには存在しない。

そして、たとえ下り坂があろうとも、この熊のような生き物が下り坂を苦手と

しているかどうかは全くわからなかった。

その逡巡を感じ取ったか、リックはひとつ頷くと

「全員、全力で逃げるぞ!!手負いの魔獣相手にこれ以上は危険だ!!」

と叫んだ。

それはイダの逡巡を打ち消し、ストランディンとフェーブルの腕を掴んで走り出した。

すぐに彼女たちも掴まれた腕を振りほどくように走り始める。

リック、グウェン、シドも同じだ。一目散に駆ける。

イダは一瞬振り向くと、弱々しくものしかかる車を退けようとするミスリルベアーを

一瞥した。

―――ためらってる、場合じゃない。やるしかない。

心のなかで僅かな逡巡を打ち消す。そして最後っ屁とばかりにあるものを投げた。

霊波バッグから出したそれは…ジッポーライターだ。

米国ジッポー社製の「最強のライター」。

かつては米軍兵に「GIの友」と呼ばれ親しまれたオイルライターである。

前世でもタバコを吸わなかった彼女だが、実の祖父のように慕った大叔父の形見として

それを所持していた。それに着火すると、心のなかで謝ってから、

猛風の中でも消えない炎を放つ物体を投げつける。

引火を期待してのことではあったが、そもそもガソリンはこういった開放空間では

引火しにくい可燃性液体である。

やはり、すぐに引火することはなく、炎が上がったのは、

イダたちが300m以上走った後のことだった。

おそらく、漏れ出て気化したガソリンにジッポーの炎が運良く触れたのだろう。

―――運がいいね、私。ありがとうおじいちゃん。

「グオオオオオオオァァァァァァァァ!!」

すぐに天を突き穿つような絶叫が上がった。

それは断末魔のように聞こえ、だがそれでもなお走る足を止めることは出来なかった。



―――4時間後。

夜が白む頃、イダたちはようやく走ることをやめた。

休みながら、長い距離を走り続ける。戦いに使う道具以外は全て置いてきてしまった。

それでも、あの化物に追いつかれるよりはマシだ。

死んだのかもしれない、生きているのかもしれない。

なら、可能性は悪い方に考えるべきだ。イダはそう思いながら足を動かす。

隠れる場所のない草原。黒月は既に地平に消え去り、蒼月が優しく大地を照らす。

その時間も、後四半刻もしないうちに終わるはずだ。

「こ…ここまで…くれば…だ、大丈夫…かな…」

ストランディンが息絶え絶えにそう漏らす。

「…たっ…たっ…多分…あの『戦車』の爆…発で…死んだと思う…!」

フェーブルがストランディンにそう答え、地面にへたり込んだ。

「ヒュー…ヒュー…もうらめえ…死ぬぅ…」

普段の理知的な印象に似合わない言葉を出しながら。

「だっ…大丈夫…ッ…ぐはっ!」

「にゃあ!?イダが倒れたし!?」

…イダも限界が来ていたのだろう。同じように地面にへたり込んでしまう。

森の戦士として、或いは冒険者として鍛えられたグウェン、リック、シドとは

比べるまでもなくイダの体力はまだ普通の少女に*****ブートキャンプ

数十回分を加えた程度である。

倒れこんだ彼女は、そのまま草むらに仰向けに横たわった。

「…疲れた…りんご食べたい…」

呆然と呟いたその言葉は、虚空に消えて行く。

しまった、と思う間もなく…

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!

「にゃあああ!?なんじゃこりゃあああ…!!」

グウェンの叫びはもっとなもの。

イダの言葉に反応したかのように、宙空からズタ袋が現れ、そこからりんごが

それこそ滝のように溢れでてくる。

「ちょ…ちょっと待てイダ!止めろ!どれだけ出す気だ、お前!!」

慌ててリックが叫ぶが、イダはもう聞いてはいなかった。

「ごすぅ…すぅ…」「くひゅふぅ…すぅ…」

目をつむり仰向けになり、そして先に倒れていたフェーブルとともに、

気持ちのよさそうな寝息を立てながら寝てしまう。

…それが止まったのは、眠りに落ちた彼女の意識が最も深い極地まで達して後、約100分。

つまり、イダがノンレム睡眠からレム睡眠に入った時であった。

「…どうするんでしょうねえ、これ」

「さあ…私、しーらない」

…寝こける二人を避難させる父親と少女を横目に増え続けるりんごを見つめながら、

オークの僧侶と貴族の拳士は深く深くため息を付く。

…この場所に、街道から外れたこの草原のど真ん中に、

時ならずたくさんの林檎の木が生えていることが話題になるのは

それから数年後のことである。



―――その頃。

「ウグォォォォ…」

…緑銀の体毛を持つ巨熊は、己を押しつぶし燃え盛っていた鋼の猛獣を

押し返そうと躍起になっていた。

炎は今は消え、何度も爆発したのであろう、全身はガソリンの燃焼により焼け焦げて、

酸素も不足していたのであろう。その息吹は鈍い。

…驚くべきかな。乗用車の無制動衝突による衝撃も、ガソリンの燃焼による熱傷、

そして炎がもたらす酸欠からも、この怪物は生き残っていた。

恐るべき生命力である。苦しげに、なお復讐を誓う呻きを上げながら、

獣はもがき続けていた。

「―――やはり侮れぬな」

…それを見下ろす男が一人。目深にフードを被った酷く疲れた風の男だった。

「間一髪、か。意識をこやつから離さねば、私が…ショック死、だったか。

死ぬことになっていた。やはり、侮れぬ…」

ぶるり、とその腕が震える。

「…まさか、臭水…それも、あのように錬成されたものが潜むとは。

あの方々の言っていたことには…」

男はそこまで言って息を吐く。長い長い息を吐く。

「―――この戦車の一撃で、死んでいてもおかしくなかった、と思えば安いか」

ひとりごちると、巨熊に向けて手に持っていた大仰な形式の杖を向けた。

「…ふん。まあ、上出来だ。私は死なず、彼女も死なず。彼女は十分…」

冷たい目でミスリルベアーであることをもう少しでやめてしまう

焼け焦げた獣の肢体を睨めつけた。

その瞳には、巨熊の姿は写っていない。その向こうに何かを見据えていた。

「…全ては権能たる王たちのために。彼女が僭主ではなく新たな王となるかを」

暗く歪んだ笑いを含んだ声。

「彼女がDominaであるか、Dynamisであるか。それを見届けよう。

…Aπōκάλυψις の日まで」

言い終えると、その杖からマーチの爆発にも劣らぬであろう火球が生まれる。

『腐れよ、病え、葬れや、怨めよ、魔を呼ばん』

火球が呪の如き祝詞と共に野に放たれ、その炎は巨熊を包み、そして消える。

―――ボン。

酷く小さな音がして、そして地面が一瞬爆ぜる。

…後には、何も残ってはいなかった。

焼けたのでもなく、熱のために消滅したのでもなく、ミスリルベアーであることを

辞める前にそれは『消失』した。

それを満足気に見つめると、男は先程の祝詞を繰り返す。

『腐れよ、病え、葬れや、怨めよ、魔を呼ばん』

ああ、それは聞き覚えのある言葉。

Dominaも、Dynamisも、Aπōκάλυψις も。

男は確かに、あの軍服の男と同じように、我々の世界の言葉を使ったのであった。



…気がつくと、辺りは一面の赤、赤、赤。

熟れた林檎の色で満たされていた。

甘い香り、甘い香りが漂う。むせ返るほどの果実の甘い香りも。

禁断の果実、蛇の誘惑、楽園からの追放を暗示するその色と香りに囲まれて

イダは目を覚ました。

「…ええっと、おはようございます」

ゴン。

ポリポリと頬を掻きながら起きた娘に対して、無造作にリックが拳骨を放った。

「―――痛い。何すんのお父さん」

「痛いようにしたんだ」

「ごめんなさい…」

…概ね、自分が何をしたか、うっすらと気づいていたイダは、バツが悪そうに抗議して

それから小さく謝罪の言葉を紡いで父親の腕にしがみついた。

「バカ野郎。最後にとんでもないことしやがって。どうするんだ、この林檎の山…」

「あ、あはははは…」

甘えるようなしがみつきに、リックは強くは怒らず、イダの頭をなでる。

イダはそれに対してバツが悪そうに、乾いた笑い。

「よくやった。怖かったろう。あんなものが間近にいたら、生きた心地しないよな。

もうちょっと休め。あいつは、もうこないから。安心してな」

優しく、優しく諭すように父親は娘に語りかけた。

その言葉にイダははっとする。

―――そうだ。私だ。あいつは、私を狙ってたんだ。

…それが合図になる。堰を切ったように、体の震えが止まらなくなる。

ブルブルと全身が恐怖に震え、そして…言葉も制御できなくなっていた。

「どうしよう…どうしよう。怖いよ、お父さん、グウェン…わけわかんない」

どうしよう、どうしよう、わけわかんない、怖い。

震えが止まらない。涙までこぼれてきた。どうしよう。もうどうしようもない。

転生前、会社の別部署の大嫌いだった女性みたいだ、と思ったけど、

それでも涙も震えも止まらなかった。

そうだ。彼女は前世と今、あわせて50年生きた人間ではある。

だが、彼女の前世はただの旅行好きの女性で、今は宿の娘にすぎない。

…狙われるなど。それもあのような化物に狙われるなど、あるはずがない世界で

細々と生きてきた女なのだ。

盗賊たちに狙われている、というだけでも彼女の奥底には

ストレスが溜まっていたはずなのだ。

リックは気づいていた。気づいていたが、彼女が自覚するまで待った。

…恐怖を自覚できなければ、彼女に自分と同じ道を歩むことは出来ないと知っていたから。

グウェンも気づいていた。でも、それは言うべきことではないと思っていた。

気づいたとしても、きっとどうしようもないことも理解できていた。

…最初に霊波バッグを使った時、彼女はずっと泣き続けていた。

それを見ていたから、言うべきではないことと思っていた。

そうだ。彼女はやはり、ただの15歳の少女なのだ。今は、まだ。

リックはイダが泣き止むまで、ずっとイダの頭と頬を撫で続け、

そしてグウェンはそれを見つめながらまんじりともせず立ちすくんでいた…

シドも、ストランディンも、フェーブルも。

化物は、あの巨熊は現れなかった。

赤い赤い海の中、父親と仲間は、娘が泣き止む時を待ち続ける。

―――その時間は永遠のようにも思えていた。



続く。
 
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