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歪んだ愛

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第2章
  ―8―

「時一さんの分析通りでしたよ。」
あの後夏樹は依頼人と会う為喫茶店を出、残った和臣達は、夏樹から聞いた話と加納が書いていた手帳の内容を書類に起こした。加納のタイピングの速さだと二十分も掛からず仕上がり、其の隣で和臣は昼食を取り乍らゲームをする妹の相手をして居た。
お兄様、妖怪の名前が判りませんわ。
そんなの知るかい、と思いつつ、家から出ない妹にはゲームが唯一の友人、二次元が唯一の拠り所、送られた情報を元に妹が望む妖怪を検索した。
多分此れ、と答えを送り、出来ましたわ、と着た返信、そうしていると加納の打ち込み作業は終わった。
そして其の侭科学研究所のドアーを開いた。
研究所のプリンターで印刷した書類を見た時一は一言、判り易いなぁ、と加納を褒めた。
「加納刑事は規則的論理的に物事を進めるタイプですね。此れは知能指数が高い証拠です。IQ高いでしょう?」
「ええ、まあ。」
「良いなあ、僕も知能欲しい。」
あるのは自己愛だけだ、と天井を見た。
「ほあぁ、何此の書類。むっちゃ綺麗。」
肩に猫を乗せる斎藤が時一の手にある書類を見、そうして秀一に見せた。
「長谷川さん、書類てね、こうやって書くんですよ?」
「ふん。俺の書類を理解出来ない御前等が馬鹿なんだろう。」
「そんな次元ちゃうねん!」
口頭でも素早く要点と要点を線繋ぎし話す事しかしない秀一は、文章になるとまさに理系の頭で書類を書く。此れは、時一や橘、斎藤の文系脳には理解し難く、もう少し細かく書いて貰えませんか?となる。此の要点から此処にこう、そしてこう、と要するに図解にしたら判り易いが、文章、になると怪しい。要点を纏める傾向、自分が判って居るんだから周りも把握する、と第三者の脳の構造と自分の脳の構造を同じだと見做し、悪く云えば“アバウト”な文章を作る。要するに、答えだけをポンポン並べ、詳細が乏しい。
此処で一番の文系脳を持つのは時一と云える。
人の心は、決して数値で測れない事を知っている。感情豊かで且つ論理的、繊細で、真髄を求める。
時一を見てると和臣は、太宰治や三島由紀夫っぽいなと思う。不安定で繊細な自己愛者。
一方で加納や和臣自身は夏目漱石や福沢諭吉と、論理的な知的さと絶対的な信念を見せる。
そして其の中間派、論理的であり乍らも自己主張の強い芥川龍之介タイプが秀一だ。自ら変人だと認め、其の事に異議を唱えない、寧ろ其れを武器をする。
太宰治タイプの時一は、悪いのは周り、僕は少しばかり周りより繊細なだけ、と保身し乍ら他者を攻撃する、少し嫌な奴。時一本人がそうだとは、会ったばかりでなんとも云えないが、和臣のこうした直感が外れた事は無い。
夏目漱石タイプの加納と和臣は、自分の意見が一番であるはが、一応はまあ君達の意見も聞いてあげるよ?呑むとは云わないけど、と視線が高い。
此の世の何よりも本が好きな和臣に、誰が好きかと聞いたら即答で“夏目漱石”と答える程心酔して居た。
斎藤の名前で真っ先に反応したのは他でも無い和臣だった。
斎藤の“八雲”と云う名前、聞いた瞬間思い浮かんだ人物が居る。
小泉八雲、というギリシャ人の作家で、日本民俗学者。和臣はそう認識する。其の彼の大学での後任を任されたのが夏目漱石だ。
と云うのも、小泉八雲と夏目漱石、関係が余り宜しく無いのだ。確執…と云うのだろうか、小泉八雲が年期で大学を去る事になった時、後任に夏目漱石、此れに先ず小泉八雲が「なんであんな変人が後任なの…?」と夏目漱石の奇行を知る為云った。小泉八雲は学生からかなり慕われ、そんな学生達が彼を大学に残そうと抗議と云うか、デモをした。夏目漱石自身も、良く良く自分の性格を知るから、「あの先生の後で果たして俺が通用するのか…」と伝家の宝刀…神経症を持ち出し、結果は知るどころ、夏目漱石の不安は的中し、神経症と胃潰瘍を悪化させたのだ。
此れが所謂“小泉八雲と夏目漱石の因縁”だ。
そんななので、斎藤の“八雲”と云うのに和臣は反応した。
小泉八雲が嫌いな訳では無い。和臣の読書中毒は母親の遺伝で、其の母親の一番好きな作家が小泉八雲な為、何方かと云うと好きである。
「斎藤さんの八雲って珍しい名前、若しかして小泉八雲から来てる?」
顎で猫の柔らかさと温かさを楽しむ斎藤は破顔する。
“八雲”と云う名と云い“猫”と云い、此れで本職考古学者では無く民俗学者だったらまんまでは無いか。
「そう!小泉八雲!嬉しい!気付いてくれたん!?」
「やっぱり。八雲とか珍しい名前だと思ったんだよ。普通は考え付かない。」
「ほんならさ、木島さん。わい、兄貴居てんねんけど、其の名前当ててみて。因みにわいの八雲、“八百万ノ神”からも来とる。」
八雲、八百万ノ神、に深く繋がる“雲”が付く名前。寧ろ、斎藤の“八雲”という名前は、兄が此の名前だったから。
思考を巡らす和臣は、はっと顔を上げた。
「出雲。」
猫に向けられる斎藤の視線が和臣を捉えた。
「八雲立つ出雲…、小泉八雲が和名を付ける時に決めた冗句。八百万ノ神…詰まり、出雲大社。」
「一寸木島さん凄い…ほんま凄い!吃驚した。…いやほんま…」
寧ろ凄過ぎて怖い、と数歩離れた。其の斎藤の姿に、斎藤が警戒しよる…、と菅原が驚いた。
滅多な事では斎藤、警戒も臆病も動揺も見せないのだ。爆弾が落ちて来ても、なんか落ちたな、位の、真後ろで大規模な交通事故が起きても、なんかでっかい音したぁ、で終わる。実際斎藤、駐車場で車に跳ねられた時、あ、なんか当たった、と思ったらしい。幸い、車も鈍かったので大事には至らなかったが、漸く自分の身に何が起こったのか把握した斎藤はドライバーに向かい、何で轢くねん!痛いやないか!と“憤慨”した。
因みに此のドライバーは、秀一だ。ぼーと歩いてる方が悪い、と又喧嘩を始めた。
斎藤が持っている感情、時一曰く其れは、“好奇心”と“憤怒”だけ。
そんな斎藤が和臣に警戒心を猫みたく見せたのだから、周りは驚く。秀一迄も、ニヤニヤして居る。
「木島さんの推理力って凄いですね。ポワロみたい。」
関心する時一に、今は探偵では無く刑事ですがね、な、と突っ立つ“外科医”の菅原の肩に腕を回した。一瞬何の話か判らなかったが、“探偵と医者”…シャーロックホームズか、と理解し、そうだな、ホームズ、所で何時から刑事になったんだ?と言い返した。
「其処は僕に来て欲しかった!僕だって医者なのに…」
「俺は元軍医でね、…軍医って外科医っぽいやん。知らんけど。…しっかし木島さん、ほんま知識凄いな。」
「俺、出歩くの好きじゃなくて。休みの日は昔から家に居たんです。後図書館。」
「友達居らんの…?」
「友達位居ます。」
「俺がそうだよなー?」
聞いた秀一に、嗚呼そうだね、と暗く答えた。
加納が作った書類を見乍ら時一は、此れでもっと深層迄行けます、と自分の席に座り、しっかりヘッドホンをした。変わる様に橘が和臣の袖を引き、ファイルを差し出した。
「音声の分析結果です。」
小さな指先で両こめかみを押さえる橘、垂れた目のは隈が張り付いて居る。
「お疲れ、橘。」
「嫌い!もぉ、嫌い!」
労う菅原、ヘアトリートメントの匂いか、人工的な鼻を刺激する甘い匂いが、橘が首を振る度辺りに放漫した。
「頭痛い!耳痛い!どんだけ大昔のボイスチェンジャー使ってんのよ!化石か!キンキンガーガー、煩いんよ!三叉神経が如何かなりそう!あー、あかん、自律神経がおかしい。説明したいんですけど、先に愚痴云わせて下さい。」
人が変わった様に橘は喚き、其れに菅原は手を立て謝罪する。
聴覚神経をやられると人間は、精神的に異常な行動を起こす。此れは、脳に一番近い神経であり、又、聴覚神経を刺激されると不愉快を覚える為。
長時間、日常生活では他の音に消される高音或いは低音を長時間聞いて居ると人間は神経がやられ発狂する。特に高音は其の速度が速い。
高音…蚊の音、と云えば判るだろうか。
あれを長時間、一匹でも聞いて居ると発狂しそうにはならないか?
低音…蝿の音。
ブンブンブンブン、あの分厚い羽が空気と反発する音。
其れ等を五日間ずっと、蚊と蝿交互に聞かされる。
聴覚神経が麻痺を起こすと、平行感覚がなくなる。常に目眩を起こした状態になり、頭痛を覚え、メニエール症に近い状態になり、最悪、平行感覚無くした身体は目眩で吐き気迄覚える。
昨日会った橘がフラフラとして居たのは、此の末期の状態で、斎藤曰く終始吐いて居た。隈は自律神経が乱れ、不眠を発症したからである。
「此のボイスチェンジャー、自作かって位粗末です。今の時代、パソコンでさえ自分で作る方が多いですが、粗悪にも程がある。」
何かを支えにしないと歩けないと云わんばかりに橘はデスクや壁を伝い、休憩室の椅子に座った。カチカチとパソコンを操作し、和臣に向いた。
「現代のボイスチェンジャーは、パソコンにソフトを読み込ませ、調律し、其の音源を流します。現代の歌手や、ボイスチャットで良く使われる声が其れです。此のボイスチェンジャーは、極端な話ですよ、木島さん、電子歌手、と云うものを御存じですか?」
「嗚呼、初音ミク、とかだよな?」
「そうです、初音ミクは、人間の声を読み込ませたソフトです。“マスター”と呼ばれる人が、如何に人間らしく聞こえるか、を重点に調律し、歌を歌わせる娯楽音楽ソフトです。優秀なマスターであれば、其の初音ミクとやらは、まさに人間が歌っている様に滑らかに歌わせる事が出来ますが、そうでないマスターの初音ミクの歌声は、如何にも機械染み、一語一句を淡々と出します。此のボイスチェンジャーは、其れにも劣る粗悪品です。大昔過ぎます。」
云って橘は、テーブルに置かれるパソコンを操作した。
「此れは、パソコンにインストールした、音声変換フリーソフトの音源です。ワンオクターブ落とした音域で、俺の声で申し訳無いのですが。」
パソコンから聞こえた低い声、元が橘の声だと聞かされ無ければ、普通に重低音な声の持ち主だと思う。
「そして此方が、変声前の高音女性音域に合わせた声音です。俺の音域が女性のアルト音域に近いので余り違いが判らないと思うのですが…」
低音域と全く同じ言葉だが、其の音声は小学生或いは修学前児童の様に甲高く、キンキンと耳に残る。
妹を毎日幼稚園に送り迎えして居た和臣だから、此の幼児特有の甲高い声が本物と大差無い事に気付いた。極端な話、此の音声変換ソフトで変換した声で、変な人云々の知らせを受けたら、信じてしまう。
「俺は、生憎機械に疎いですが、現代の声音変換ソフトを舐めたら駄目です。俺みたく音声分析をする人間ですら、プライベートで此の変換された声をボイスチャットで聞いたら、先ず相手の性別は判らないでしょう。其れ程現代の電子は進化しています。“ボイスチェンジャー”“高性能”“フリー”で検索し、一番評価の高かったフリーソフトを使用して、此の性能です。一万も出せば買えるソフトでやれば…お判りでしょう。現代は其れ程、電子に関して進化して居ます。だのに、犯人の使用したボイスチェンジャーは。」
十年前の秋葉原でも見付からないであろう粗悪品、橘はそう云った。
「唯犯人は、意図的にそんな粗悪品を使ったとも取れます。言い難いんですが、現代って、便利な様で、不便なんです。パソコンのOSを変更しますよね?そしたら、其れ迄に使ってたソフトや機材が使えなくなった事ありませんか?逆もしかりです。」
「嗚呼、ある。」
大昔、十五年近く前だろうか。ウィンドウズ95で遊べてたソフトが98で使えなくなった思い出がある。其のソフトの対応OSを見ると95と96で、何の為に父親に泣き縋って迄最新パソコンを買って貰ったか判らない。神を呪った。父親のパソコンは対応パソコンで、然し、父親が居ない夕方に父親の書斎でするのか…?作家の商売道具とも云えるパソコンを無断で使用し、見付かったらただでは済まない。其れで無くとも業界から“鬼”と畏怖されるのに。ソフトがソフトなだけに洒落にもならない。と云うか、作家だから常に家に居る。和臣の方が自宅に居る時間は少ない。
唯、神様って奴はそう悪い奴では無く、父親がノート型に変えるから此れを棄てると云った。
棄てる神あれば拾う神あり…、頂戴!と云った所、変な奴だな、と云われたが、此のゲームが出来るなら、変人だろうが変態だろうが何にでもなれた。然し、此の父親、かなり勘が鋭いのだ。獣並みの臭覚と洞察力を持つ。
全く使われた形跡の無いパソコンを見た瞬間、理由を云え、と云った。
云える訳が無い。
腰痛と不眠症、編集者と戦い出来た貴方の金で、私はアダルトゲームなんぞ買ってます、とは。
其の時和臣は十六歳で素直に云えない事もあった。無言の和臣に父親は、不眠と頭痛で出来上がり、刻み込まれた眉間の皺を掻くと、其の侭部屋から出た。そして業者に、済まんが其の侭息子の部屋で繋いでくれ、と頼んだ。
思い出したくない記憶を思い出した和臣は頭を抱え、どうせ俺は変態だよ、と呟いた。
「で、其れが何なの…?」
「ええと…、嗚呼、そうです。此処にある機材はほぼ最新です。だから、型が古い物になると、パソコンだと、其の何十年も前のパソコンを読むのに時間が掛かるんです、古過ぎて此方のパソコンが混乱するんです。若者が耄碌を相手する様な物で、話が噛み合わないんです。だから、此の音声、時間が掛かりました。現代のボイスチェンジャーだと数時間で分析出来ますから。」
「そういうもんなのか…」
機械に疎い和臣は何と無く理解示した様頷いたが、実際余り判って居ない。最新だからこそ、何にでも対応出来るのでは無いか。
煮え切らない表情をする和臣に菅原はこう云った。
「中学生位が憲法第九条に付いて話してたら、いきなり知らん九十、百位の爺が、ビルマに居た頃の話をする様な感じ。」
組んだ足を組み直し、ゆったりと背凭れに背中を愛撫させた。
「俺達位なら、ビルマが今のミャンマーやって事も判るし、祖父母がまんま戦時やろ?俺は理解出来るけど、中学生からしてみたら、何此のジジイ…ビルマって何、でポカーンやろ。で、Google先生に、ビルマってなんですかね?て聞く次元。で、ミャンマーか…ミャンマーって何処だ…先生何処ですかね?、流れ流れてジジイが何でそんな事を言い出したのかに繋がる。ジジイは耄碌でも無いし、支離滅裂でも無い。自分が戦争を、目の前で、あの惨事を見てるから、戦争を知らん総理大臣の憲法第九条改正が何れ程影響を持ってるか、ジジイは子供に教え様とするんだ。だけど、歴史の授業もまともに聞いちゃない子供達からして見れば、支離滅裂の耄碌ジジイにしか見えない。ビルマなんて云われ一瞬で理解出来るのなんて昭和生まれだぞ。…こんな感じ。」
「うわぁ…」
其れなら時間が掛かって当然だ。
其処で加納が一言、たった一言、突然に、「ワタクシの曽祖父は大和に乗っておりました」と云った、すると、祖父母から嫌と云う程戦時中の話を聞かされて居た菅原は、泣きそうな顔で真っ直ぐ加納を見詰め、敬礼した。橘からして見れば、ポカーン、である。和臣では、嗚呼そうなんだ、になる。
古い記憶や情報、プログラムが進化す度、時代が変わる度忘れ去られる、電子でも人間でも、起こっている。
目の当たりにした和臣は、橘に向いた。
「其の粗悪品の結果は?」
「相手は男性で、喋り方にやや特徴があります。」
パソコンを操作する橘は、電話を掛けた相手本来の声を画面に映した。
「訛り持ち?」
「いえ、訛り…では無いです。なんと云うか、変な所を強調してます。ゆりか、愛してるよ……此れなんですが、ゆり、か、“か”で一度上がります、そして、愛してるよ。区切るとしたら“愛”“して”“るよ”。此の単語で強調されるのが“い”と“る”です。電話の相手は、ゆり“か”、あ“い”して“る”よ、と云って居ます。此れは、脅迫された感じを覚える話し方です。例えば、木島さん、俺の話を聞いて下さい、と単調で云うのと、木島さん、俺の、話を、聞いて、下さい、こう単語単語で区切られ、語尾の一つ手前の言葉も強調された場合、より話を聞こうと身構えるのは何方ですか?」
「後者…」
「そうですよね、洗脳宗教教祖に多く見られる話し方をします。世界一有名な人物で云えば、A・ヒトラーです。彼は如何に言葉で人を洗脳出来るか…語弊かな、演説を通行人に足を止め、聞き入らせる事が出来るかをずっと考え、錯誤し、結果、あの独特な演説口調になりました。其れを応用させたのが、宗教教祖です。此の口調ですと、より強烈に耳と印象に残ります。逆に、語尾を強めると、相手に高圧的な印象を与えます。怒鳴っている様に脳が捉えるからです。人は怒ると無意識に、例え静かに話したとしても、一番最後の言葉が強調されます。木島さ“ん”、俺の話を聞いて下さ“い”……不愉快を覚えますよね?」
「嗚呼。」
「此の語尾の強い特徴は、警察に良く見られます。要するに、相手より“優位”な立場。逆の“洗脳口調”…」
警察の対局に位置し、言葉で人を動かす職業。
まさか…
「そう、“弁護士”です。そして、“精神的職業”を持つ。時一先生の様な精神科医や、心理カウンセラーです。時一先生の話を聞いて居ると、ふわぁっとした気持ちや、何でも話そうと思う時、ありませんか?」
「ある…」
「精神科医やカウンセラーは、患者の気持ちを引き出すのが仕事です。其れには“自分が一番の理解者”だと洗脳するのが早いですから。弁護士も同じです、法廷に立った場合、弁護士が納得させるのは目の前の検事では無く、双方のやり取りを公平に聞く“裁判長”。弁護士が語尾弱く、なよなよと話してたら、裁判長の気持ちは検事に向きます。最近では全く無知の一般人迄居るではないですか。其の意識を引き留める為、自分に引き寄せる為、裁判長や裁判員を“洗脳”します。裁判長、と単調に云うのと、さ“い”ばん“ちょ”う、……もう、お判りですね?」
一枚のCD-Rを橘は和臣に渡した。
「此方が、相手の肉声です。お渡しします。」
全身を埋め尽くす鳥肌、十グラムにも満たない其れが手の平でずっしりと鉛の塊と化した。気を抜けば、其の重みで手の甲がテーブルに激突しそうだった。
嘘だ、だって……。


だって、彼奴は目の前に居ただろう…?


父親が死んだと云った口、其れは魔物に見えた。 
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