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歪んだ愛

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序章

殺意も血も証拠も全てを洗い流す程の強い雨だった。犯人は其れを見越しての事なのか、大木の側にある青いビニールシートに覆われる遺体を見た捜査一課の木島(きじま)和臣(かずおみ)は、白目の中で矢鱈主張する黒目を上に受けた。
「足跡も凶器も、血痕さえも無い。嗚呼、面倒だな。」
一見しただけだが、首から耳に掛けてざっくり開いた傷がある。
「自分より背の高い奴から後ろからざっくり、ハイ終わり。」
此れ以上雨に濡れたくないと木島はビニールシートを被せ、鑑識からタオルを奪い取った。肩から腕に掛けタオルを滑らす木島に、三ヶ月前からコンビを組む事になった加納(かのう)(かおる)が頼りないビニール袋傘を頭上に掲げた。
「御前が濡れるぞ。」
「いいえ、ワタクシは構いませんので。」
云って、チタンフレームの細い眼鏡を少し上げ、木島の持つタオルで背中を拭いた。
「其処の水も滴るいい女の名前は?」
「多分強盗目的でしょう、財布、身分証、鞄も御座いません。」
「靴も片方無いな。」
本当だ、と、木島に傘を渡した加納は足元のビニールシートを剥がし確認した。ビニールシートの上からでも、雨で余計に判る尖った靴先、裸足の方はゆるりとしたカーブを持って居た。
「おい。」
「はい。」
鑑識に足の裏を確認させた。木島の読み通り、足の裏には裂傷が見られた。
「こっち向きに足が向いてるって事は…」
背中側から走って来たのか、いや然し、此処で縺れ合った可能性も高い。なんせ雨だ、靴跡が無い。なので此の遺体が何処を如何走り、此の場に倒れ、絶命したのかが未だ判らない。
雨を一身に受ける大木の青々とした葉を見上げ、木島は聞いた。
「此処は公園か?」
「でもありますし、唯の緑地地帯かとも。真っ直ぐ行けば展望所が御座います。」
公園にしては休憩を目的としたベンチが無い、人工的に作られた緑の真ん中にコンクリートの細い道があり、其の先は加納言う通り展望所で行き止まりだ。入り口は確かに住宅街に続くが、展望所側から来る道は無い。
詰まり、通り抜けが出来ない。
妥当に考え、帰宅途中追い掛けられ、慌てて此処に踏み込んだのだろう、身を隠すには充分過ぎる程緑がある。
此れがベンチの一つでもあれば、ベンチに座り、夜景を眺めて居た所…と考えるのだが。
「身形が整ってる、強姦は無いな。」
「最近、此の近辺で変質者の目撃証言が相次いでおります。」
「其奴に追い掛けられたんだろう。」
変質者…?
だったら何故殺す。
騒がれたから?
だったら何故追い掛けた。
遺体には大きな殺傷痕がはっきりとある。其れ以外は足の裏のストッキングが破け、小さな裂傷しかない。手も比較的綺麗だった。
「綺麗なネイルだな。似合うぞ。」
ビニールシートの中から真っ白い手を掬い、小さな爪に綺麗に施されるネイルアートを木島は見た。
「…折れてる…」
「おやまあ、勿体無い。」
「高いのになぁ。」
折れていたのは、左の親指だった。
「木島刑事。」
「んー?」
ネイルアートを眺める木島に鑑識が、泥塗れの鞄を差し出した。中身は……すっからかんだった。ゴミの一つも無い。だったらもう鞄ごと持ち帰れば良いのに、そう思う。
「被害者の物なのか?」
「あ、木島さん、此れ、タグが付いておりますよ。」
加納の言う通り、内ポケットに安全ピンで半分切られたタグが付けられていた。
「新品。…袋は。何処のブランドだ。」
「コーチ、ですね。ほら。」
拭われた泥の下から見慣れたマークが現れ、コーチならもっとコーチらしくあの模様にしとけ、と泥塗れの元はサーモンピンクの鞄を木島は叩いた。
然し身元に近付く物ではある。都内にあるショップを一店一店回って行けば良い。大概はカード決済の女が多い、其れで身元は判る。現金だったら時間は掛かる。然し、何十万とする鞄を現金一括で買うとは、失礼だが此の被害者では考えられない。
全身に金が掛かり過ぎてる。
だからと云って、水の匂いはしない。
此れは刑事の勘だ。
其れに此処は戸建ての多い住宅街、マンションもあるが、とても若い娘が出せる金額では無い。大方実家暮らしのOLだろう、だから全身に金が使える。
「ま、死んだら意味無いけどな。」
木島は鑑識に鞄を渡し、首を鳴らした。
雨が酷い。 
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