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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~恋慕と慈愛の声楽曲~
  Salty Day

「ふ~んん♪ふ~んんっ♪ふーんっん~♪」

ガトーショコラのみならず、キリト家の食糧庫を空っぽにする勢いで腹を満たした姫のごきげんな鼻歌が背から響き渡る。

「おいしかったぁ~。ねぇレン、またあのケーキ食べたいんだよ」

「……いや、アスナねーちゃんに五種類も違うホールケーキ作らせといてまだ食べたいの?ていうかどれのことだよ」

面倒くさそうにそう返すのは、猫妖精(ケットシー)特有の黄金色の翅を広げて大空の帰路を行く紅衣の少年だ。

「僕も結構食べたけど、さすがに当分ケーキどころか甘いものもいらないよ……。どんな胃袋してんのさ?」

「レンはひ弱すぎかも。甘いものは別腹なんだよ」

「それ女子の間の法則でしょ!そこに当てはめないで!」

ぶーぶーと平和な掛け合いを聞きながら、カグラはそっと嘆息するのを止められなかった。

あの後、何か味方に裏切られた老騎士みたいな顔をしたまま放心状態のレン、マイ、ユイの心をどうにか現実に戻し、明らかに全部分かった上でからかう気満々で絡んでくるキリトをブッ飛ばしてから誤解を解くのに大分かかってしまった。

意図せずしてレンに渡せたのは良かったのか悪かったのか。

肩甲骨を律動させながら重い息をつく巫女だが、その言動とは違って表情にはどこか晴れ晴れとしたものが張り付いていた。

何というか、周囲の人々にそこんところは普通に渡せるとか思われているカグラではあるのだけれど、やっぱりこの巫女であっても緊張することはあるのであって、したがって自然に、たとえなし崩し的であっても渡せたという事実は彼女を深く安堵させていた。

アイテムストレージにこっそり入れていた一切れのガトーショコラのことを思えば、かなりキリキリとした胃痛に苛まれることになるが。

ヒュルッ、と翅の先っぽで風を切りながら、切り裂きながら、レンが宙空で一回二回回転した。

カグラと違ってSTR(筋力値)が壊滅的な彼は、マイを抱えて安定した飛行などできるはずもない。最悪、空中で少女をほっぽり出すことになりかねない。

マイはシステム、運営に認知されていないイレギュラーな存在であり、ユイのようにプライベートピクシーになることもできない。

ようするに、彼女の背に翅は与えられていないのだ。したがって全ALOプレイヤーに支給されている飛行能力をマイは持ち合わせてはいない。空中にぷかぷか浮かぶ家に帰ろうとすれば、誰かにくっついて行かねばならなくなる。

反対に降りる時は、破壊不能(イモータル)属性に任せて飛び降りるという方法が存在するのだが、自殺志願者でもないマイに実施せよというのは少し酷過ぎるだろう。というか、幼女を浮島から突き落とすとかどんな光景だ。

「……レン、おなか減った。何か食べたいんだよ」

「……ホントにどんな胃袋してるの?僕はちょっと心配になってきたよ」

「だから先に行って何か作ってて」

しかもスルーですかい、とブツブツ言いながら、しかし手持ち無沙汰だった感も否定できなかった少年は重いため息を吐き出して、ひらりと手を振った。

「それじゃ先に行って、ありあわせで適当に作ってるよ」

「材料は足りますか?」

脳裏に、プレイヤーホームに保管している多量の食材アイテムを思い浮かべながら、カグラは問う。いや、足りることは分かりすぎるくらいに分かっているのだが、ただの確認事項である。

それを分かっているのか、紅衣の少年のほうもとくに考えた様子もなく即答する。

「んー、たぶん大丈夫でしょ。まぁ最悪、別に水だけでもいいしねぇ」

「レン!その扱いに講義を申し立てるかも!!」

あっはっはー、と適当な笑い声とともに、空気が一瞬揺れた。

数瞬前まで少年がいた空間には紅色の残像を残すのみで、小柄な姿は跡形もなくなっていた。

一昔前までは、ここまでの急加速飛行をすれば絶対に空気を切り裂く鋭い轟音が鳴り響いていたのだが、最近ではそれすらもなくなっている。本人によれば《地走(じばし)り》の応用らしいのだが、もう理屈やロジックがあるのかすら怪しくなってくる。

後ろ姿ももう欠片も見えないし。

「相変わらず速いね~」

きゃいきゃいと背中で騒ぐ少女にそうですね、と返しながら、うっかり落っことしたりしないようにもう一度よいしょと直して、カグラは少しでもレンに合わせるように早めていた飛行速度をゆるやかに設定しなおした。

現実とは日照時間がズレているALOにおいて、キリト家にお邪魔したときにはかなり高く昇っていた陽光の塊も、稜線の向こう側に宵闇の青紫を撒き散らしながら沈もうとしている。

遥か彼方では、プレイヤーに狩られるか虐めるかのどっちかに疲れた数匹の飛行型異形モンスターがゆっくりとコウモリみたいな翼を上下させていた。

背後だからまったく分からないが、どうやらその光景をゆっくり首を巡らせて眺めていたらしきマイは、しばらくの間沈黙を貫いていたが口を開いた。

ふわりと出たのは、どこか面映そうな言葉。

「…………で?」

「で、とは?」

くすくす、と。

背負われた真っ白な少女は、真っ白な長髪をなびかせながら、真っ白な微笑をこぼす。

「バレンタインっていう言葉をどこで仕入れたかは知らないけれど、あなたが贈り物とはね。()()()()()浮上してみれば、なかなか面白いことになっているわ」

それは、誰も知らないマイ。

いや、レンは一時見たことがあるか。そして、カグラはもちろん認識している。

マイの中に住まう《魔女》。

本質。

「…………イヴ、あなたがマイを押しのけて来るとは」

「実際貴重な《チケット》使っているからね。あんまり長居はできないわよ」

もう一度笑い声を響かせた後で、ぐっと首に回された腕に僅かな力がプラスされた。

「せっかく《調整》されたのに余計な色が混じっちゃって。あーあ、また計画を見直さなきゃ。……まったく、『彼』がいないと大変極まりない。非効率極まってるわ」

「調整……?計画……?彼……?」

こっちの話、としっかり言い切ってから、少女に見える何かは言葉を紡ぐ。

「それで?私を私と認めたうえで、再度尋ねようかしら」

少女はそこでいったん言葉を切った。

そして言う。

「ヒトを斬った手でレンに触れて、ヒトを殺した心でレンを思い慕う。それってどうなのかしら?どんな気分なのかしら?どんな気持ちなのかしら?」

「――――ッッ!」

イヴと呼ばれた少女に見える何かはこう言う。

殺人者ごときが、人形ごときが、人が浮かべるような感情を持つんじゃねぇ、と。

遠まわしではなく、直球で言う。

くすくす、と。

もう真っ白にはとてもじゃないが聞こえなくなった笑い声が耳元で破裂する。

「勘違いしないようにあらかじめ釘を刺しておくけれど、私個人としては別にあなたにいじわるをしたいとかの気持ちはないのよ。嫌いとかでもないしね。どちらかというと、よしよしと褒めてあげたいくらい。今回の、感情バロメーターの急増はある程度想定外だったけれど、それでもここまで不純物の混じらない状態を維持してるのはさすがね」

「なに……を…………」

カグラの背筋に、冷たすぎるものが走りぬけた。

全体的に判然としない少女の言葉へ、ではない。それについては、途中から理解を捨てている。

問題なのは、その中に出てきた《感情バロメーター》という単語である。

確かに、カグラは己が人工物だということを客観的に理解している。

いや、そもそも造った者が人間ではない時点で『人』工物ですらないだろう。

しかし、かつて元主と仰いでいた男がポロリとこぼした言葉を参考にするとすれば、自分も含めた人工フラクトライトというものは、いや人工であるにもないにもかかわらず、自己というものを所持しているらしい。

つまり、ヒトは何かアクションを起こす際、必ずフラクトライト内にある自己というフィルターを通しているというのだ。要するに、『これこれを見た時、自分はこうリアクションするだろう』という自己判断のようなものをした上で行動している。

だから人工フラクトライトであっても、心のどこかでは確立された一個人であるということを捨てきれないのである。それを本当の意味で認めてしまえば、自己が崩壊するかもしれないのだから。

それを、その価値観を、その定義を、その理念を、その前提を、真っ白ではなく白濁した少女は壊す。

白熱した鉄棒を押し付けるかのように、なぶる。

嬲り殺す。

《感情バロメーター》という単語はそこまで、どうしても自分自身が人造物であるという認識を、どうしようもなく突きつけてきた。

論破して、壊す。

なあなあで、誤魔化し誤魔化しで、何とか言い逃れをして目を逸らしてきた事実を、突きつける。

「んん?何をそんなに驚いているのかしら。いや、驚いている『ふり』をしているのかしら。造り物のお人形さん?」

「ち、ちが――――ッ!」

スッと首に回された腕の位置が動き、唇が人差し指で塞がれた。

「何が違うのかしら。いったいどこがどう違うって言うつもりだったのかしら。忘れた?私は《チケット》を使わないとこちらに出てこられないけれど、《この子》の感覚器を通してこちらの様子は見聞きしているのよ」

もっとも、ここのところこの子は寝てばかりであんまり分からなくなってきたけど、とため息とともに吐き出しつつ、白濁した少女はさらに言葉を重ねる。

「かつてあなたは言ったわよね。『人にはなれなくても、糸の切れた人形にはなれる』と」

「そ、それがどうしたというのですか」

「どうもこうもないでしょう。どうもこうもあるわけないでしょう」

ぬるり、と。

心の、精神の致命的な隙間に、ナイフのように言葉の羅列がねじ込まれる。

「あなた、自分が何者かもう一度考えてみたら?人形が自分から糸を切れるわけないじゃない。だって、そう思う機能そのものがないんだから。あなたは人ではないのだから」

「…………ッ!」

心が冷え切っていく。

精神が、汚染されていく。

《魔女》の毒で。

()()()()、穢れていく。

「あなたがレンにどんな感情を抱いているかは……いや、抱いていると思っているかは知らないけれど、それは嘘よ。幻よ」

人形なのだから。

あなたは――――《Managemental Artificial Interface 02》は、あくまで創造物なのだから。

そう言って彼女は、イヴと呼ばれる純白ではなく白濁した少女は。

夢魔のように。

妖艶に。

(つや)やかに。

(あで)やかに。

魅せるように。

魅せいるように。

嗤ったようだった。










目的地の、ホームの建つ浮遊島の縁にへたり込んでいることに気づいたのは、飛んでいないと気付いた時からずいぶん経った頃だった。

いちいち確かめるまでもなく、全身に気持ちの悪い汗が噴き出しているのを感じる。それらを吸って肌に張り付く白衣と緋袴が異常に鬱陶しい。

ぜッ、ぜひゅッ、とイヌ科動物のような喘息を肩で吐き出しながら、カグラは両手を丈の低い草地につける。さわさわ、という感触が手のひらを伝ってくるはずだが、今限りは何の感覚すら帰ってこない。

だが麻痺した五感の中でも辛うじて、背中に軽い重みが加わっていることには気付く。

首を巡らそうとして、ギチリと止まる。

胃が、仮想の胃が、不気味に痙攣する。

「…………ぅぐッ。……ッか…ァ!」

数回えずいたあと改めて背後を見ると、だらんと肩からブラ下がる細い腕が一本。くーくーと可愛らしい寝息を立てる真っ白な少女の寝顔が、眼前にあった。

「…………」

その、うっすらと桜色に染まる頬にかかる一房の純白の髪を払ってやりながら、カグラは微笑む。

地獄のような微笑を、浮かべる。

夢だったのだろうか、というのが最初に浮かべた現実逃避(しこう)であった。

だが、浮かべた端からさっさと否定する。

悪夢によって寝汗をかくというのはよく聞く話だが、しかしそれは人間の話であってカグラにはそもそも汗腺が存在していない。感情モーションの一環で冷や汗を掻くこともあるっちゃあるのだが、しかしここまでの発汗量は生まれてこの方始めて視認した。

こんな現象が、夢などというあやふやなもので発現するとはとてもではないが思えない。

「……マイ、着きましたよ」

「…………ん、ふにゅ。……あと五分」

奇怪な寝言とともに放たれた返事にもう一度、今度は心の底からの笑みを口元に浮かべながら、カグラはよいしょと立ち上がった。多少足がふらつく感はあるが、どうにか歩くのには問題なさそうだ。

しかし立ち上がったはいいが、その場に留まったままでカグラはしばらく静止した。時間が停止したように、瞬きすらもせずに。

秒針が二回ほど回った後、唐突にカグラは左手の人差し指を先を真下に振る。

目線は現れたメニューウインドウに向いてはいるが、しかしその目は何も映してはいない。何かに、糸にでも操られているかのように、機械のような正確さをもって画面をタップし、アイテムウインドウの中の《ソレ》を取り出す。

そう、アスナの手を借りて作ったガトーショコラの、最後の一片を。

「………………………………」

その、焦げ茶色の上に粉砂糖で化粧が施された塊を、永遠にも思えた数十秒をかけて眺め、そして――――

喰った。



甘さと苦さがミックスされたほろ苦さは、ほんの少しだけしょっぱかった。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
マイ「前回に引き続いて来たよ」
なべさん「まだ拗ねてんのアイツ」
マイ「何度も、この短編の主人公はカグラだって言ったんだよ」
なべさん「……アナタも充分メタいッスね」
マイ「それで?この短編はこれでおしまい?」
なべさん「はいこれでおしまい。多少の尻切れ具合はあるけどね」
マイ「尻切れっていうか、ブチ切れじゃない?これ」
なべさん「うんまぁこれはあえてというか、これでこそというか」
マイ「では次回からはいよいよGGO編なんだよ!」
なべさん「うん、キミの出番ほとんどないけどね」
マイ「んなッ!?今スゴいネタバレを聞いたかも!!」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださ~い」
マイ「ちょっと!説明するんだよッ!!それっていったいぜんたいどーゆーことーッッ!!!」
――To be continued―― 
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