| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

外伝:色褪せぬ過去よ

 
剣を振るう。突く。薙ぐ。抉るようにソードスキルで切り裂く。
視界に入った敵を出鱈目に斬って、斬って、斬り続けて。
右を切ったら左を斬り、左を斬ったら後ろも斬る。後ろにいなければ獲物を探してフィールドを駆ける。獲物を追う猟犬のように、ただそれだけを追求する。

効率も洗練もあったものではない粗雑な戦い方こそが、今の自分の心をそのままに反映している。
爆発した感情の治め方を知らずに、八つ当たりのように敵と呼ばれる存在を斬り飛ばした。それでもなお胸の奥にこびり付く、爛れるような疼きが消えて無くならない。それが余計にもどかしくて、更に力任せに剣を振るい続けた。

やがて、周囲の敵が枯渇するほどに戦い続けた私は――ひどくぼやけた曇天を見上げる。
空の光を遮る濁った灰色の下には、激しく呼吸を乱す自分だけ。静かな森の中に、荒い息だけが響いた。
晴れない空は雨を伴い、ぽたぽたと足元の草に雨粒が触れる。その滴の一つが、頬を伝った。

「……やっぱり、駄目なんだ」

忘れたい笑顔があった。
忘れたい出来事があった。
忘れたい現実を目の当たりにした。

だから、忘れようとした。纏わりつく茨を振り払おうともがいた。
でも何時間の時を暴れても、何日の夜を越えても、気が付いたらその思い出を手放せないままで。
だからいつもいつもこうして憂さを晴らすように暴れ続けている。
本当は分かっているのだ。こんなものはただ悪戯に疲労を溜めるだけなのだと。さっさと過去に区切りを付けて未来に目を向け、建設的に生きた方がいいのだと。

それでも――忘れられないから。

「忘れたい……あの人の事も、何もかも。全てを忘れて生きられるなら……」

何をやれば忘れられるのだろうか。
美味しい食べ物をたくさん食べたら忘れられる?
新しい仲間と交友を深めれば溝は埋まる?
それとも新たな出会いがいつか忘れさせてくれる?
いつになるかも分からない願望が頭の隅に浮かんでは消える。もう自分がどうすべきなのかも分からなくなるほどに沈んだ心は、答えを導き出せるのかさえも分からない。

ふと、町で誰かが口ずさんだ歌を思い出す。

何もかも思い通りにならない人生の中で未来を掴もうとする、このデスゲームの応援歌。

そんな歌ならば、この思い出を忘れさせてくれるのだろうか。
剣を仕舞い、町へと足を進める。
もう心は疲れ切っていた。重しとなって圧し掛かる過去という名の荷を、誰でもいいから忘れさせてほしかった。ただそれだけを願って、私はその歌を聞きに行った。


 = =


随分久しぶりにこの手の客が来たな、と俺はギターをかき鳴らしながら思う。

ふらりとやってきた女性。おそらくは既に成人しているだろう。装備や身なりは整っている所を見るとそれなりに戦い慣れているだろう。周囲より一回りほど大人びたその目には、俺にとっては見慣れた影が見え隠れしていた。
ある種で独特の、狭間に揺れる感情なんだろう。
ゲーム開始から暫くは特によく見た表情。

あれは、今と過去を隔てる巨大な落差を乗り越えていない顔だ。

ゲームの始まりと共にプレイヤーたちは現実世界に帰れなくなった。それまでは当然ながらみんな日常生活を送っていたのだ。それが、一転して死の危険性が大きいゲームに無理やり参加させられる。昨日までの幸せや日常の積み重ねを基にした行動が、突然受け入れがたい現実によって足止めさせられる。
そうして今と昔が余りにも明確に隔たれると、人はより幸せだった後方に後ろ髪を引かれる。

心理学者じゃないが、俺にはなんとなくその気持ちが理解できる。それは恐らく、俺もそれの同類だったからだろう。楽しかった学生時代の現実は、このSAOの世界に入ったことで決定的に切り離された。ついこの前まで確かに存在したものが、決して手の届かない場所へと。

だが理屈の上でそちらに戻れないのは分かっている。だから無理にそこから目を逸らして前を向いているふりをするのだ。そうして強がって過去など知らないと言い張ることで、今にも倒れそうな心を支えている。これは大切な人を失ったプレイヤーにも時々見られる。

はっきり言えば、無理をしているのが見え見えで痛々しい。
行動は理性的なのに、過去を思い出す弱さを振り払えない。そんな人は何かに全てを注がないと自分が自分でいられなくなってしまう。俺にとってのギター、アスナちゃんにとっての攻略……形は人それぞれだ。――そして、誰もがそのように物事に全力を奉げられるわけじゃない。

だからこそ、デスゲーム開始から暫くはそんな顔を嫌と言うほど見てきた。

もう完全に定番になってしまったいつもの曲を歌い終える。女性はどこか虚ろな顔で曲を聞いていた。いや、それは聞いていると言うよりは、聞くことで別の何かから気を逸らそうとしているようだった。彼女はよほど弱い自分や過去から逃れたいらしい。

でも、俺はこうも思う。
別に逃れる必要はないんじゃないか、と。
誰にだって悲しい事はある。でもその悲しいことや自分が心に負った傷は、その一つ一つが経験として人生の糧になる。それに、思い出はいつだって後ろを振り返れば見えるものだ。その過去に確かに存在した暖かさや楽しさは、きっと失ってはいけないものだと思う。

「……次はちょっと別の曲を弾かせてもらうわ」

断りを入れて、俺はある歌を歌った。
あの人にこれを聞かせたいんじゃない。あの人に俺の考えを俺なりに伝えたい。そのために歌を借りながら、ギターを激しくかき鳴らす。


深く心を抉った思い出は、出来れば消えないで欲しいな――

あのときの事は、認識した全てがまるでさっきの事のように思い出せる――

それは辛いことだったかもしれないけど、同時にかけがえのないもの――

夢か何かと見間違えるほどに克明(こくめい)で、かえって疑ってしまいそうなほど――

それでもあの瞬間に込めた思いは、伝えた言葉はきっと――


あの二人と一緒に馬鹿をやっていた記憶は、今となっては少し辛い記憶だ。二人は既に俺の元を遠く離れ、今はたった一人で語り引きを繰り返すだけになってしまった。
でも、あの頃に一緒に笑いあったあの思い出だけは嘘偽らざる真実なのだ。

あの頃の自分やあいつらの笑顔を、俺は否定したくない。
例えそれが思い出すたびに胸を締め付ける物でも――それでも、あの瞬間は俺にとっての本物なんだ。


ごちゃごちゃになった頭の片隅でもいつも忘れない想いがある――

もう戻ってこないし、二度と伝わらないかもって分かっているけど――

それでもいい。それでも忘れない。それでも私は待っていたい――

だって、あの時私に微笑みかけてくれた貴方の顔は今でも――

鮮明で眩しいほどに、私の中であなたは生きているのだから――


曲を終えて、ひと息つく。我ながら、歌わないと自分が辛くなるというのだから女々しいものだ。他人に聞かせているようで、その実この曲は自分を励ます物でしかない。
だが、それでも――そう考えてる自分に苦笑しそうになりながら、俺はギターを弾く手を止めて女性の方を向いた。

「そこのお姉さん。俺の歌はまだ必要か?」
「………いいえ、もう十分」

あの暗い影を落としていた女性は、どこか憑き物が落ちた様な顔で小さく微笑み、その場を後にしていった。強い人だ。しょっちゅう歌で自分を鼓舞する俺なんかよりもずっと強い人だったんだろう。
彼女はもう俺の歌を聞きに来ないかもしれない。でも、きっとそれでいいのだ。

心細くなった時、弱気になった時、辛いことがあった時――そういう時に聞ける曲が、俺は大好きだから。だから、俺はそういう存在でいい。時々心に余裕がなくなった時に駆けこむ場所でいい。
周囲の客に「ナンパに失敗した」だのと不名誉なことを言われながらも、俺は女性を見送った。


 = =


一緒にこのゲームをクリアしようと誓い合った仲だった。
出会ったきっかけなど、もう些細なことでしかない。ただ彼の隣にいて、彼をサポートし、サポートされながら持ちつ持たれつでこのゲームの道なき道を切り開いてきた。肉体関係も持っていた、最高の相棒で恋人だった。

でも、どれほど深く想っていても、死と言う最期は平等に訪れる。
彼は、戦いの中で勇敢に散った。名前も知らない、その日にたまたま出会っただけのプレイヤーを守るために、彼は散った。彼らしいと言えば、らしい最期だったかもしれない。それでも悲哀は噴水のようにとめどなく溢れた。

そんな彼の遺書が共有ストレージに入っているのを思い出したのは、それから数日後だった。
彼は生き残ることを第一に考えていたが、自分が死ぬ可能性も排除していなかった。録音結晶を遺書として共有ストレージに入れていると、前に聞いたのを思い出したのだ。

結晶の中の彼はこう言った。

『俺が死んだら……自惚れじゃなきゃ、お前は凄く悲しむと思う。いや、悲しんでくれると思う。でもその悲しみに負けないで欲しい。勝たなくてもいいから、生き残るっていう俺達の目標を正しく継いでほしい。……無責任な言い方だよな、こんなの。でも、乗り越えて。俺の我儘を一度だけ聞いてくれ――』

泣きながら私はそれに頷いた。
そして、乗り越えるために彼との思い出を風化させようとした。
幸せだった頃があるからこそ、前へ進めなくなる――そう思っていたからだ。

でもそんなのは間違いだった。きっと彼が生きて隣にいたら、ドジな奴だと笑いながら肩を叩いたに違いない。それほどに単純で馬鹿馬鹿しい思い違いだった。抱え込んだそれは重荷ではなく、受け入れるべきを受け入れていなかっただけだった。

忘れる必要など無いのだ。負けないために彼を切り離すのではなく、彼と生きてきた過去に支えられていることを忘れなければそれで良かったんだ。だってその遺言を言った彼も、思い出の中の彼も、確かにあの時は生きていたのだから。

生きた証を消す必要などない。想うことを止める必要などない。

「私は彼が大好きで、愛していた。それは真実だから……」

彼と交わした約束はもう守れないけれど、それでも一緒に生きようとしてくれた彼の姿は、今も私の心の中で生きている。それが全ての答えだ。



「……という感じで、私もまた彼の歌に救われてしまったわけ」

ALO内で旧知の友人にからお茶会の招待を受けた私は、それに参加しながらもそのように話を締めた。
聞いていた女子達は、少々重い話だったのもあってか聞き入っていた。その中の一人――友達の友達であるユウキちゃんが口を開く。

「……聞けば聞くほど、お兄さんの選曲って絶妙なことろを突いてくるよね」
「ええそうね。そう、本当絶妙な所をついてくるのよね……!」

失恋直後に失恋ソングを歌われるという追い打ちをかけられたらしいリズベットは結構ご立腹なようで、紅茶の入ったカップを怒りでカタカタ震わせている。

「まぁまぁリズ、ブルハも悪気があった訳じゃないんだから……」
「分かってるわよ!っていうかアスナ!前から思ってたんだけどアンタちょっとブルハに甘くない!?実は浮気してんじゃないでしょうね!つーかしろ!」
「しないわよ!!というかあの人は甘やかさないと死んでしまう性質だったし、私よりアルゴさんの方が圧倒的にブルハに甘かったわよ!!」
「むぅ~、やっぱりあの人お兄さんを……!?お兄さんの隣はボクの物なんだからぁー!!」
「突然の大胆発言!?」
「あらあら……ブルハくん大人気ねぇ」

元はユウキがブルハの過去話を更にに穿り返そうとアスナに根掘り葉掘り聞いていた結果呼ばれたのが自分だったらしい。周りよりかなり年齢が上なのでちょっと場違いな感じはあるが、こうしてあのブルハが色恋沙汰方面で話題に上がっているのを見ると面白い。

何せ彼はそっちの方面とは無縁だと周囲にささやかれるほど男女の接し方に別け隔てが無かった。故に女性関連でのトラブルを起こしたことは一度もない。だが――長く生きていれば、そういうタイミングが巡ってくることもあるのだろう。

かつて攻略組の一人かつ彼の一ファンであった私としては、今後の展開を知るためにまたこのお茶会に招いて欲しいものだ。
  
 

 
後書き
JUDY AND MARYより「あなたは生きている」を基に、モブ姉さんのショートストーリーを。
感想でJAMが好きだ―というメッセージがあったので、独断と偏見でこの曲をチョイスさせて頂きました。

ちなみに。ブルハにとってユウキが妹のような存在であるように、ユウキにとってもブルハはどこか兄のような存在という思いがあります。でも彼に対する独占欲は、ひょっとしたら単なる好意(ライク)ではないのかもしれません。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧