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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第4部 誓約の水精霊
  第4章 惚れ薬

ウルキオラはいつもの椅子に腰かけ、本を読んでいた。

ベッドの上に視線を移す。

昨晩、散々泣きはらしたルイズは疲れたらしく、部屋に帰ってくるなりすぐに寝付いてしまったのである。

あどけない顔で、くーくーと寝息を立てている。

昨日の変わりよう、いったい何事だ?

怒りの矛先を受け止めようとした瞬間、いきなり『どうして私を見てくれないのよ!』と泣き出した。

目覚めたらしい。

ルイズはむっくり起き上がると、ウルキオラの顔を見て、唇を噛んだ。

それから絞り出すような声で、「なんで椅子に座ってるの」と言った。

「俺に睡眠は必要ない」

と、ウルキオラは何回目になるかわからない返事を返した。

それからルイズは顔を赤らめた。

「それでも隣にいてほしい…」

ルイズは聞き取れないような弱弱しい声で言った。

ウルキオラを見ると、ふにゃっと唇を歪めた。

それから、何か言いたそうにもじもじし始めた。

「なんだ?」

「あのね」

泣きそうな声で、ルイズが口を開いた。

「あのねあのねあのね、あのね?」

やはりルイズは変だ。

こちらの様子を伺っているような目つきでウルキオラをじっと見つめている。

いつもはウルキオラをこんな目で見ない。

「どうした?変だぞ、ルイズ」

ウルキオラはルイズの目を覗き込んだ。

ルイズは、もぞもぞとベッドから立ち上がると、ウルキオラの右手を掴んだ。

超速再生能力で、既に傷は治っていた。

「痛い?」

「別に」

「怒ってる?」

「別に」

ウルキオラはいつものように、冷たい態度をとった。

ルイズはウルキオラの右手を離した。

そして、ウルキオラの膝の上にちょこんと座った。

予期せぬ攻撃である。

ウルキオラはどけ、と言おうとしたが、それが無意味だということを悟った。

「見たの」

「何をだ」

「…昨日、夢を見たの」

夢?

「なんの夢だ?」

「ウルキオラの夢」

「どんなだ」

「ウルキオラが夢の中で意地悪するの。私が一生懸命に話しかけてるのに、他の女の子と話してる」

そう言うと、ルイズはウルキオラの左手をがぶっと噛んだ。

痛みはない。

ルイズは甘く噛んだだけだ。

まあ、本気で噛みついてきても、痛みはないのだが。

それから体を反転させて、ウルキオラに向き直った。

「昨日だってそうよ。他の女の子と一緒にいないで。他の女の子見ないで。あなたにはご主人様がいるでしょう?」

ウルキオラは目を見開いた。

なんだ…何が起きている?

困惑せざるおえなかった。

ルイズの態度は引っかかる。

まるで別人。

ルイズは自分がないがしろにされたぐらいで、こんな風にはならない。

まず怒る。

昨日のように。

怒る理由がわからないが。

そして、ルイズは怒ったら手を甘噛みなんてしない。

思いっきり噛む。

そして殴る。

こんな風に媚を売ってはこない。

そう思ったのだが、ルイズが考察を許してはくれない。

「わかった?」

ウルキオラは答えない。

「ねえ、わかった?」

「ああ」

しかたなく答えた。

「だ、誰が世界で一番好きなの?はっきり言って」

胸に顔を埋めて、泣きそうな声で呟く。

ウルキオラはルイズのある言葉に疑問に思った。

「誰が好き…とはなんだ?」

「え?」

ルイズは可愛らしく首を傾けた。

「人を好きになる感情が理解できない」

ウルキオラは率直な疑問をぶつけた。

しかし、ルイズにはそれがいいように言い逃れしようとしているようにしか聞こえなかった。

「うそ!ほんとは理解してるくせに」

「俺が一度でもお前に嘘を吐いたことがあるか?」

ルイズは下を向いて考えた。

ない。

ないのである。

「ほんとに?」

「ああ」

「ほんとにほんとにわからないの?」

「ああ、そうだ」

「そっか…なら許してあげる」

ウルキオラは何を許すんだ、と思った。

すると、ルイズはウルキオラの膝の上から下りた。

そして、ととと、とベッドの向こうに駆けだした。

ベッドの壁の隙間に隠していたらしい何かを掴むと、それを持って再びウルキオラの側に駆け寄ってくる。

「ん、ん、ん」

そしてウルキオラに持ったそれを突き出してきた。

「なんだ、これは?」

「きて」

それは毛糸が複雑にからまったオブジェであった。

どう見ても、着られるような代物ではない。

ウルキオラは受け取ると、はて「キテ」とはどういう意味だ?と頭をフル回転させた。

まさかとは思うが、「着ろ」という意味か?

いや、まさかな。

どこに体を通せばいいのか、さっぱりわからなかった。

ルイズはウルキオラをじっと……、泣きそうな目で見つめたままだ。

ウルキオラは聞いてみることにした。

「一応聞くが、これはなんだ?」

ルイズの顔がふにゃっと崩れた。

「セーター……」

「なに?」

聞き間違えだろうか?

ウルキオラはもう一度聞くことにした。

「セーターだもん……」

ウルキオラは目を見開いた。

さすが異世界のセーターは出来が違う。

ウルキオラの思考回路の右斜めをゆく。

ウルキオラは自称セーターを両手で持ち上げた。

着られ気がしない。

ウルキオラは机の上にそれを置いた。

ルイズはそんなウルキオラの膝に乗って、ぎゅっと抱きしめた。

「どうした?」

「ぎゅーってして」

と、ルイズがウルキオラにねだってきた。

ウルキオラはルイズの頭の後ろに手を回して、自分の胸に引き寄せた。

「あっ…」

ルイズの息が漏れる。

ルイズはお気に入りのぬいぐるみを抱える少女のようにウルキオラを抱きすくめた。

「授業が始まるぞ?」

「いいの。サボる。こうしていたいの」

ますます疑問に思った。

基本的に真面目なルイズは授業をさぼったはしない。

「ずっと今日はこうしてる。だって、あんたを外に出したら他の女の子と仲良くしちゃうもん。それは嫌なの」

どうやら、ウルキオラをこうやって縛っておきたいらしい。

プライドの高いルイズが、そんなことを言うなんて。

よしんばそう思ったとしても、口に出すなんてルイズに限ってありえない。

「なんかお話して」

甘えた口調でルイズが呟く。

ウルキオラは、頭の中がはてなマークでいっぱいになっていた。

仕方なく、自らの生い立ちを語り始めた。




昼過ぎになると、ルイズは寝入ってしまった。

本当にグーグー寝る女である。

今まで誰にも話したことのない話をした。

昔なら話そうとも思わなかった話だ。

ウルキオラはルイズをベッドに寝かすと、ドアに向かって歩き始めた。

こっそり部屋を出た。

ルイズの分の飯をもってこようと思ったのだ。

厨房でいそいそと昼食の支度をしていたシエスタに事の次第を説明すると、シエスタはにっこりとほほ笑んだ。

「モテモテですね」

「いや、違う。様子がおかしいんだ」

ウルキオラが困ったようにそう言うと、シエスタは笑みを崩さずにウルキオラの横に座った。

「ほんと?」

「ああ」

そんな風に話していると、ウルキオラの中に一つの仮説が浮かび上がった。

「人を…心を惑わす薬のようなものはあるか?」

シエスタは真顔になると、考え込み始めた。

「そういえば、心をどうにかしてしまう魔法の薬があるって聞いたことがありますけど……」

「魔法の薬?」

「そうです。私はメイジじゃないからよくわかりませんけど、もしかしたらそれかもしれません」

ウルキオラは昨晩のことを思い出した。

ルイズの態度ががらっと変わったのは、確か……。

そういえば、あの時何かを飲み干していた。

テーブルの上にあったワイン…あれか?

ウルキオラの中で、ギーシュの目の前にあったワインに対しての疑念が膨れ上がった。

「手掛かりが掴めた」

「本当ですか?」

「ああ、邪魔したな」

ウルキオラは立ち去ろうとした。

しかし、昨日呼び出した用件が結局やっていなかったことを思い出した。

足を止める。

「ウルキオラさん?」

急に歩みを止めたウルキオラを心配そうに見つめた。

「シエスタ」

「はい」

「指輪はあるか?」

「え?ああ、ちょ、ちょっと待っててくださいね」

そういって、シエスタは厨房の奥へと消えていった。

暫くして戻ってくる。

「これですよね?」

シエスタはウルキオラから貰った指輪を渡した。

それを受け取る。

ウルキオラは指輪の宝石の部分に人差し指を押し当てる。

緑色の霊力が指輪の中に吸い取られる。

それを見たシエスタはわぁ、と顔を輝かせた。

「確かお前は魔法を使えないんだったな」

「え、ええ、貴族の方しか使えないので……」

ウルキオラは人差し指を離すと、それをシエスタに返した。

「そうだな……」

ウルキオラはあたりを見渡す。

そして、窓の外の地面に転がっている小さな瓶を見つけた。

窓を開く。

シエスタを指輪を握りながら、ウルキオラの行動を黙って見ていた。

「指輪を嵌めろ」

「は、はい」

シエスタは言われたとおりに指輪を嵌めた。

「外にある、あの瓶に指輪を向けて、『壊したい』と念じろ」

「は、はぁ」

シエスタはまたまた言われたとおりにしてみた。

すると、驚くことに、指輪から一センチ程の緑色の小さな玉が放出され、瓶に当たり、砕け散った。

辺りに破片が飛び散る。

シエスタは驚いた。

「な、なんですか!これ!」

「俺の霊力…魔力のようなものを、その指輪に埋め込めた。破壊したいと思う対象によって威力が自動的に調節されるようにした。まあ、上限はあるが人間一人を斃す力はある」

ウルキオラはシエスタに背を向け、歩き出した。

「肌身離さず持っていろ。お前に死なれては困るからな」

厨房の扉を開け、ウルキオラは去って行った。

シエスタは暫し放心状態だったが、踊り場に呼び出した理由がわかって、少しだけ、ほんの少しだけだけど、残念に思った。




食堂から出てきたモンモランシーの進路を妨害するかのように、ウルキオラは立っている。

隣にいたギーシュが尋ねた。

「どうしたんだい?ウルキオラ」

ウルキオラは答えない。

ただじっとモンモランシーを見つめた。

モンモランシーは文句を言うどころかさっと青い顔になった。

いつものモンモランシーなら、こんな顔はしない。

なによ!どいてよ!とルイズに輪をかけて高慢なモンモランシーは騒ぎまくるだろう。

つまり、何かウルキオラに対して負い目があるのだ。

それは、あの豹変したルイズに関係しているに違いない。

「モンモン」

ウルキオラは低く唸った。

「な、なによ……」

気まずそうに目を逸らす。

モンモンと呼ばれて怒らない。

ますます怪しい。

「ギーシュに何を飲ませようとしていた?」

ギーシュがえ?、と怪訝な顔をした。

「モンモランシー、どういうことだい?」

「ギーシュ。ルイズの変わりようを見ただろう?怒ったあいつが、あんな風にしおらしくなるわけがない」

ギーシュは腕を組んで考え込む。

鈍いので、思い出すのに時間がかかるらしい。

やっとのことで昨晩の様子を思い出したギーシュは、うむ、と頷いた。

「確かに君の言うとおりだ。ルイズがあんな風になるなんてありえない」

ウルキオラはモンモランシーに向き直る。

「モンモン。ルイズはテーブルの上にあったワインを飲んだ途端、豹変した。お前、ギーシュに飲ませるはずだったワインに何を入れた?」

そこまで言って、ギーシュはモンモランシーの様子が尋常じゃないことに気付いた。

唇をまっすぐ噛みしめ、額からたらーりと冷や汗を垂らしている。

「モンモランシー!まさか、あのワインに……」

「あの子が勝手に飲んだのよ!」

モンモランシーは痛まれなくなって、大声で叫んだ。

「だいたいねえ!あなたが悪いのよ!」

ギーシュを指さすと、その指をぐいぐいギーシュの胸に押し付ける。

逆切れである。

「な、なんだと~!君、いったい何を入れたん……」

ギーシュが文句を垂れようとした時、体全体に重りが乗かったような感覚を覚えた。

モンモランシーとギーシュは、床に膝をつき、手で体を支えた。

食堂全体が地震に襲われたかのように揺れている。

石でできた壁に亀裂が走る。

ウルキオラが霊圧を開放したのである。

久しぶりにウルキオラの霊圧をその身に受けたギーシュとモンモランシーは恐怖で顔を歪めた。

あの時の記憶が鮮明に、走馬灯のように頭の中に流れ込んでくる。

ギーシュがウルキオラに決闘を申し込んで、負けたときの記憶が……。

食堂内は大騒ぎである。

しかし、そんなことはウルキオラには関係のないことだった。

目の前でひれ伏しているモンモランシーに目線を落す。

モンモランシーの体がびくっと震えた。

「御託はいい…お前、ワインに何を入れた?」

モンモランシーは何とか声を絞り出した。

「……惚れ薬よ」

「惚れ薬…だと?」

ウルキオラは理解した。

なるほど、そのような薬があるのならば、今のルイズの状態も頷ける。

霊圧を抑える。

ギーシュはモンモランシーの腕を掴んで、腰を上げた。

ウルキオラはモンモランシーに近づいて、言った。

「明日までに、ルイズをなんとかしろ。これは願いじゃない。命令だ」




モンモランシーとギーシュは、モンモランシーの部屋で頭を悩ませていた。

モンモランシーは、ギーシュに渋々説明した。

ギーシュに浮気をさせないために惚れ薬を作って、それを飲ませようとギーシュのグラスに入れたら、ウルキオラとルイズが現れた。

その後は、ウルキオラの仮説通りであった。

ルイズはそれを思いっきり飲んでしまったのである。

ギーシュは、頬を染めてモンモランシーの手を握った。

「モンモランシー、そんなに僕のことを……」

「ふんっ!別にあなたじゃなくても構わないのよ。お付き合いなんて……」

モンモランシーは頬を染めて言ってきたが、急に真顔になる。

「今は…こんなこと言ってる場合じゃないわね…」

ギーシュもずーん、と頭を垂れた。

「ウルキオラ…怒ってる。あれ、絶対怒ってるよ!あー、どうするんだい!こ、今度こそ、こ、こ、殺されちゃうよ~」

ギーシュは両手で頭を抱え込み、騒ぎだした。

「うっさいわね!わかってるわよ…でも、解除薬を作るにも、高価な秘薬がないと…」

ギーシュは溜息をついた。

「自慢じゃないが、お金ならないぞ」

「私もないわよ」

沈黙が流れる。

「相談するしかないか…」

ギーシュは、天井を見上げて言った。

二人は渋々といった調子で、頷くと、部屋を後にした。




部屋に戻ってきたウルキオラは、部屋の様子が可笑しいことに気が付いた。

今すぐにでも、換気をしたくなるような、甘い香りがする。

ルイズが部屋の真ん中でぺたりと座って、お香を焚いているのだった。

「何をしている?」

ウルキオラがそう尋ねると、ルイズは泣きそうな顔でウルキオラを見つめた。

「どこに行ってたのよ」

ウルキオラはルイズの格好に気が付いた。

スカートを穿いていないのだ。

「一人にしちゃやだ……」

拗ねて、泣きそうな声でウルキオラを見上げる。

どうやら寂しくなって、お香を焚いていたらしい。

ウルキオラはベッドの上に放置されたスカートを掴み、ルイズの目の前に投げた。

「穿け」

ウルキオラはルイズを見つめる。

さらにとんでもない事実を目にした。

なんと、スカートだけではなく、パンツも穿いていなかった。

シャツの隙間から覗く、腰のライン。

どこにも下着らしきものが見当たらない。

「パンツを穿け」

「は、はかないんだもん」

「なんだと?」

「私、色気ないんだもん。知ってるもん。だから、横で寝ててもウルキオラは何もしないんだもん。そんなの許せないんだもん」

ルイズは泣きそうな声でまくしたてた。

「心配するな。お前に色気がおろうがなかろうが、なにもしない」

「それはダメ…」

ルイズはシャツの裾を引っ張って、前を隠して立ち上がった。

細いルイズの生足が目に飛び込んでくる。

ルイズはウルキオラの胸の中に飛び込んできた。

髪からは部屋に充満する匂いと同じ甘い香りがする。

いつもはつけない香水を、体に振りかけているらしい。

ウルキオラの服に顔を埋めて、ルイズはひくひくと震えた。

「すっごく寂しかったんだから……、ばかぁ……」

ウルキオラは目を細めた。

今のルイズは、俺の知っているルイズではない。

惚れ薬で、自分を失っている状態だ。

ウルキオラはルイズの目を覗き込んで、言った。

「ルイズ」

「ウルキオラ……」

「お前は薬でおかしくなっている」

「くすり……?」

潤んだ瞳で、ルイズはウルキオラを見上げる。

「そうだ」

「薬のせいなんかじゃないもん」

ルイズはまっすぐにウルキオラを見つめた。

「とにかく今日はもう寝ろ」

ルイズは首を振った。

「ぎゅってして?じゃないと寝ない」

「したら、寝るか?」

ルイズは頷いた。

ウルキオラはルイズをベッドに運んでやった。

寄り添うように、隣に寝転ぶ。

ルイズはいつものようにギュッとしがみついてくる。

「どこにも行かないで。他の女の子見ないで。私だけを見て」

呪文のように、そう繰り返した。

「ここにいる」

「ほんと?」

「ああ。だから寝ろ」

「うん……。ウルキオラが寝ろって言うんなら寝る。だって、嫌われたくないもん」




隣では、ルイズが可愛らしい寝息を立てて寝ていた。

ウルキオラはルイズを起こさぬように、ベッドから起き上がると、椅子に腰かける。

本を読もうと、手に取った瞬間、扉を叩く音が聞こえた。

ウルキオラは本を机の上に置き、ドアを開いた。

そこには、ギーシュとモンモランシーが立っていた。

「解除薬は?」

ウルキオラの言葉に、二人は顔を見合わせると、申し訳なさそうにギーシュが口を開いた。

「やや、そのことで相談が……」

ギーシュは事の次第を話した。

「解除薬を作るには秘薬が必要なのだが……」

「なら使え」

「いや、それがなくて……」

「なら買え」

「そのー、お金がなくて……」

ウルキオラは溜息をついた。

「使えない奴らだ」

そう言った後、モンモランシーを見つめた。

「いくらだ?」

「え?」

「いくら必要なんだ?」

「えーっと……、七百エキューくらい」

その値段を聞いて、ギーシュは驚いた。

「そ、そんなに高いのか……」

ウルキオラは、部屋の中に戻ると、机の上にあった、アンリエッタから貰った金貨の入った巾着袋を手に取った。

そして、それをモンモランシーに渡す。

「これで足りるか?」

モンモランシーは巾着袋の紐を緩める。

中を見て、驚く。

「えっ!なんでこんなにお金を持ってるの?」

それを見たギーシュも驚いたようだ。

「すごいじゃないか!二千エキューはあるんじゃないか!」

「出所は聞くな。いいか、これで秘薬とやらを買って、明日までに何とかしろ」

モンモランシーは、わかったわ、と呟くと、ギーシュと一緒にその場を去った。




翌朝の夕方、ウルキオラはモンモランシーの部屋で椅子に座り、溜息をついた。

ぐずるルイズをなんとか部屋に残し、ここまでやってきたが……。

「解除薬が作れないだと?」

ウルキオラはモンモランシーを睨んだ。

隣では、ギーシュが何とかウルキオラを宥めようと必死である。

モンモランシーとギーシュは本日街に出て、闇屋に向かい、解除薬の調合に必要な秘薬を探したのだが……。

「しょ、しょうがないじゃない…売り切れだったのよ…」

モンモランシーはウルキオラの目を見ずに答えた。

見たら死んでしまうと思ったのだ。

「いつになったら手に入る?」

「それが……、どうやらもう、入荷が絶望的なのよ…」

「なんだと?」

「その秘薬ってのは、ガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住んでいる、水の精霊の涙なんだけど……、その水の精霊たちと、最近連絡が取れなくなっちゃったらしいの」

ウルキオラはすくっと立ち上がった。

「モンモン、昨日俺が言ったことを覚えているか?」

「…明日までに…なんとかしろ…よね」

モンモランシーは頭を垂れて言った。

「そうだ。だが、お前はそれが出来なかった…つまり、だ…」

ウルキオラは、腰に差してある斬魄刀に手を掛けた。

それを見たギーシュが、何とか宥める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ウルキオラ」

ウルキオラは答えない。

モンモランシーは、壁際へと後じ去る。

「まだ…まだ、可能性はある!」

ギーシュの言葉に、ウルキオラの手が止まった。

「どういう意味だ?」

「こちらがラグドリアン湖に行くのだ。水の精霊は滅多に人間に姿を見せないが、ゼロではない」

ウルキオラは、少し考えた後、刀身が半分ほど露出していた斬魄刀を、鞘に納めた。

「なるほどな。確かに可能性はある」

ギーシュとモンモランシーはほっとした。

とりあえずは、まだ生きていられる。

ああ、生きているとはなんとすんばらしいことなのだ、とギーシュは思った。

それから三人は出発の打ち合わせをした。

早い方がいいということで、出発は明日の早朝ということになった。

一人にしておくと、何をするのかわからないので、ルイズも連れて行くことにした。

「はぁ、それにしても、授業をサボるなんて初めてだわ」

とモンモランシーが溜息をつく。

「なあに、僕は今学期なんか半分も授業に出てないぞ?ウルキオラが来てからというもの、何故か毎日が冒険だ!死と隣り合わせだ!あっはっは!」

と、ギーシュは満更でも無さそうに大笑いした。




丘から見下ろすラグドリアン湖の青は眩しかった。

陽光を受けて、湖面がキラキラとガラスの粉をまいたように瞬いている。

ウルキオラたちは、馬車を使ってここまやってきた。

手綱は、馬車を借りた所で働いていた者に頼んだ。

もちろん、その金はウルキオラが支払った。

ルイズは、馬車の中でウルキオラの膝の上にちょこんと座っている。

ウルキオラと一時も離れるのが嫌なようだ。

ギーシュはそんなルイズの姿を見て、実際ならこうなっていたのは僕なのか…と思うと、背筋が凍った。

馬車の窓に目線を移したギーシュは、顔を輝かせた。

「これが音に聞こえたラグドリアン湖か!いやぁ、なんとも綺麗な湖だな!ここに水の精霊がいるのか!感激だ!ヤッホー!ホホホホ!」

一人旅気分のギーシュが、馬車から飛び降りて、喚きながら丘を駆け下りた。

湖の中にトウッと飛び込んだ。

「背が立たない!背が!背ええええがあああああ!」

ばしゃばしゃとギーシュは必死の形相で助けを求めている。

どうやら泳げないらしい。

「やっぱり付き合いを考えた方がいいかしら」

向かいに座るモンモランシーが呟く。

「そうだな」

ウルキオラは相槌を打った。

何故かルイズが心配そうな顔でウルキオラを見上げる。

「モンモランシーがいいの?」

「違う」

馬車が波打ち際まで馬を近づけた。

必死の犬かきで、岸辺にたどり着いたギーシュが、恨めし気に一行を見つめている。

「おいおい、ほっとかないでくれよ!泳げない僕を見捨てないでくれよ!」

しかし、モンモランシーはびしょ濡れのギーシュそっちのけで、じっと湖面を見つめたまま、首を捻った」

「どうした?」

ウルキオラが尋ねた。

「変ね」

「何がだ?」

「水位が上がってるわ。昔、ラグドリアン湖の岸辺は、ずっと向こうだったはず…」

「本当かい?」

ギーシュが尋ねた。

「ええ。ほら見て。あそこに屋根が出てる。村が飲まれてしまったみたいね」

モンモランシーが指差した先に、藁葺きの屋根が見えた。

ウルキオラは、澄んだ水面の下に黒々と家が沈んでいることに気付いた。

モンモランシーは波打ち際に近づくと、水に指をかざして目を瞑った。

ウルキオラとルイズも馬車から下りた。

モンモランシーは暫くしてから立ち上がり、困ったように首を傾げた。

「水の精霊は、どうやら怒っているようね」

「わかるのか?」

「私は水の使い手。香水のモンモランシーよ。このラグドリアン湖に住む水の精霊と、トリステイン王家は旧い盟約で結ばれているの。その際の交渉役を、『水』のモンモランシ家は何代も務めていたの」

「なるほどな」

ルイズは話には興味がないのか、ウルキオラの後ろに隠れて、服の裾をついついとつまんでいる。

ギーシュはシャツを脱いで扇いで乾かしている。

その時、木陰に隠れていたらしい老農夫が一人、一行の元へとやってきた。

「もし、旦那様。貴族の旦那様」

初老の農夫は、困ったような顔で一行を見つめている。

「どうしたの?」

モンモランシーが尋ねた。

「旦那様方は、水の精霊との交渉に参られた方々で?」

一行は顔を見合わせた。

どうやらこの農夫は湖に沈んでしまった村の住人らしい。

「私たちは、ただ、その……、湖を見に来ただけよ」

まさか秘薬『水の精霊の涙』を取りに来た、と言うことも出来ずに、モンモランシーは当たり障りのないセリフを口にした。

「左様ですか……。まったく、領主様も女王様も、今はアルビオンとの戦争に掛りっきりで、こんな辺境の村など相手にもしてくれませんわい。畑を取られたわしらが、どんなに苦しいのか想像もつかんのでしょうな……」

はぁ、と農夫は深いため息を漏らした。

「いったい、ラグドリアン湖に何があったの?」

「増水が始まったのは、二年ほど前でさ。ゆっくりと水は増え、まずは船着場が沈み、寺院が沈み、畑が沈み……、ごらんなせえ。今ではわしの屋敷まで沈んでしまった。この辺りの領主様は領地の経営よりも、宮廷でのおつきあいに夢中でわしらの頼みなんか聞かずじまい」

よよよ、と老農夫は泣き崩れた。

「長年この土地に住むわしらにはわかります。ちげえねえ、水の精霊が悪さをしよったんですわ。しかし、水の精霊と話せるのは貴族だけ。いったい何をそんなに怒っているのか聞きたくても、しがない農夫風情にはどうしようもありませんわい」

モンモランシーは困ったように頭を掻いた。 
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