| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第1章 群像のフーガ  2022/11
  9話 頼りない壁

 壁際まで後退したキリトがソードスキルを判別して、それを理解しやすい動作に言い換えて前線に叫び伝える。俺にとっては然程意味のないものではあるが、B隊の六名及びヒヨリとアスナには命綱に等しい。さらにキリトの助言を忠実に守り、無理に相殺を狙わず盾や大型武器でガードするといった手段を以てコボルド王の攻撃を捌いていた。もともと(タンク)構成(ビルド)のプレイヤーだけあって防御力やHP量は高いが、それでもやはりダメージを完全に抑えるというわけにはいかないらしく、微々たるものではあるが着実に減少しているのが分かる。

 俺とB隊が合同でコボルド王の攻撃の処理を受け持つ間を、ヒヨリとアスナが舞う。決して正面と背後には回らず、イルファングの僅かなディレイも見逃さずに渾身の《リニアー》を叩き込んでゆく。当然、ダメージを与え続けていればヘイトも溜まって攻撃に晒されるが、壁役であるB隊が《威嚇(ハウル)》などのヘイトスキルを適宜利用することで、ダメージディーラーである二人を守っていた。

 しかし、本来ならばレイドで挑むべき相手に対して、その半数にも満たない人数で戦闘を行っているわけであり、現状の均衡はある意味で奇跡といって差し支えない。どれか一つでも欠けようものならばたちまち瓦解する危うい状況であることは言うまでもない。だが、それでも、支えられているという安心感が確かにあり、先程までのキリトと二人でコボルド王の攻撃の全てを捌かねばならないという状況から考えれば精神的な余裕が出来たという実感もある。このまま行けば、倒せるのではないだろうか。そう思った矢先のことである。壁役の一人が、足を縺れさせたのだ。


「………早く動け!」


 キリトが、鋭く叫んだ。しかし、彼の踏みとどまった場所がコボルド王の背後だったことで《取り囲まれた》と認識した獣人の王は獰猛に吼える。打開策を探して脳を働かせる最中、踵に当たるものに気付いて下を見る。それは、錯乱したプレイヤーの誰かが落としたであろう両手槍だった。刹那、ある可能性が脳内を高速で駆け、一つの選択肢を構築すると同時にメニューウインドウを操作してレイジハウルを地面に落とし、足元の槍を手に取った(装備した)

 慣れない柄を握り、既に跳躍したコボルド王めがけて青いライトエフェクトを纏った穂先を突き放つ。基本技の《ペネトレイト》ではあったが、それでもうまく決まれば長物のスキルが持つ高い遅延効果によるスキルの妨害が見込める。片手剣のソードスキルで一か八かの博打に出るよりは確実なはずだと思いたい。槍の鋒はコボルド王の膝を穿つ軌道を進むが………


「くっそ、浅い……!」


 だが、付け焼刃のスキルでは到底使いこなすわけにはいかなかった。空中で捻るようなモーションがそのまま回避動作の役割を果たし、脛を掠める程度にしか用を為さなかったのである。僅かに軸をぶれさせた程度で、一瞬だけ呻いて硬直したものの、結局のところスキルの妨害には至らなかった。
 しかし、スキルの発動を遅延させただけでも十二分の活躍だ。当然、このままでは為す術もなく壁役を担った俺達、いや、俺は何とか回避できるだろうが、敏捷ステータスを犠牲にしているB隊の面々は《旋車(ツムジグルマ)》の餌食となることは言うまでもない。現にコボルド王のスキルの発動が迫る中で場違いな考察ではあるかも知れないが、実のところ既に《どうにかなる》という確信があるのだ。
 その刹那、期待に応えるが如く、キリトが横を猛スピードで通過した。黄緑のライトエフェクトを纏って剣を肩に担ぐように構え、コボルド王に向かって一気に跳躍して接近する。どうにも俺は、出会って間もないあのプレイヤーを心底信用しているらしい。
 

「届……けェ――――――――ッ!!」


 右手を限界まで伸ばしつつ振るわれたアニールブレードはコボルド王の腰を深く裂き、クリティカルヒット特有の激しいライトエフェクトを撒き散らすと、巨体は空中で大きく傾かせて《旋車》の発動が中断され、地に墜ちるや否や短い悲鳴を漏らして立ち上がろうと手足をばたつかせた。人型モンスター特有のバッドステータス《転倒(タンブル)》だ。
 遅れて、ふらつきながら着地したキリトはボスに向き直り、凄まじい声量で叫ぶ。


「全員、――――全力攻撃(フルアタック)!! 囲んでいい!!」
「お…………オオオオオ!!」


 B隊メンバー全員が怒号の如き叫びをあげ、コボルド王を取り囲んで縦斬り系のスキルを叩き込んでゆく。槍持ちの俺はスキルの阻害の要因となりかねないのでレイジハウルを回収して後方に下がり、メニューウインドウを操作、武具スキルを戻して槍を捨てる。
 これでボスのHPを削り切ればいいのだが、もし僅かでも残って《転倒》から復帰されてしまうようならば即刻《旋車》によってB隊が斬り倒される。あるいは、これまでの変更に則って刀スキルに新たなソードスキルが出現している可能性だって否定はできない。何があってもおかしくはないのだ。
 幾度目かのソードスキルの技後硬直を終えたエギルたちが、次のスキルの予備動作に移る。色とりどりの光が無骨な得物に宿るなか、その渦中でもがいていただけのコボルド王が途端に上体を起こした。


「…………間に合わないか!!」


 押し殺した声で叫ぶキリトは、続いて声を張り上げる。


「アスナ、最後の《リニアー》頼む!」
「了解!!」


 まるで長く連れ添ったパートナーであるような二人の意思疎通は一秒にも満たないような短時間で交わされ、即座にボスに向けて疾走する。
 ボスのHPは残り少ない。しかし、やはり不確定要素の多い現状において彼等だけ向かわせるのは、PTメンバーとして心苦しい。最後まで背中を守るのも俺達の責務だろう。


「ヒヨリ、あの二人を援護するぞ」
「分かったよ!」


 ここまでの戦闘を経ても変わらず元気に頷くヒヨリに思わず笑みが零れるが、それもすぐに消して右手の剣を引き、獣の如く伏せる姿勢を構える。視線の先には、エギル達のソードスキルを耐え抜いたコボルド王が鋭く吠え、野太刀の刃を指先でなぞりながら胸の前で水平に構える動作を行っている。これまでの、それこそベータテスト時代の記憶を総動員しても該当するモーションは思い浮かばない。しかし、発動に時間の要するモーションというだけで俺の勝ちだ。


「貰ったァ!!」


 薄橙の光に包まれ、地面を蹴ると同時に右手を突き出す。砲弾と化した全身は、B隊の合間を縫ってコボルド王の右の大腿部を深く突き刺し、その衝突のインパクトでスキルを強引にキャンセルさせる。
 次いで二人のフェンサーが両の脇腹に《リニアー》を叩き込み、そのタイミングでレイジハウルを引き抜いてヒヨリと同時に後退すると、遅れてキリトがアニールブレードに蒼の光芒を纏わせながら右の肩口から腹までを斬り裂き――――


「お……おおおおおッ!!」


 気勢とともに剣閃が跳ね上がり、左の肩口から抜けてV字の軌跡を刻む。片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》――――
 二連撃技を余すことなく受けたコボルド王は後方へとよろめき、天井に向けて細く高く吠えると、その巨体にヒビが入る。次いで両手から力が抜けて野太刀が零れ落ち、第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》はガラス片となって散っていった。


 ボス部屋の光源であった松明の火も色彩を変え、フィールドを覆っていた薄闇も払われる。しかし、ボスは倒されたにも関わらず誰一人として声をあげるものはいなかった。後方に取り残されたE隊G隊は立ち尽くし、A隊C隊D隊F隊は回復を続行し、最後に前線を維持してくれていたB隊はその場に腰を落として周囲を呆然と見回し、そしてLAを決めたキリトは最後の一撃のまま右手の剣を上げた姿勢で止まっている。
 俺は剣を鞘に納めてヒヨリに向き直った。未だにボスがいた場所を見つめているが、こちらの視線に気づくと呆けたような表情で顔を向けてくる。


「終わったの………?」
「ああ、お疲れ様」


 俺の言葉でようやくヒヨリも状況を認識し、システムが見計らったかのように獲得経験値や配分されたコルなんかがメッセージとして表示され、戦いの終わりを告げた。同じものを見たレイドメンバー全員が歓声を弾けさせる。
 思い思いの方法で喜ぶプレイヤーの向こうで、キリトとアスナの元にエギルが歩み寄り、労っているような会話をしている。張りつめた空気が弛緩していくのを感じながら三人を眺めていると、ヒヨリが真横に並ぶように立っていた。


「行かないの?」
「俺は碌なことしてないからな。ああいうのは結果残したヤツの為の舞台なんだよ」
「でも、燐ちゃんは………」

「――――なんでだよ!!」


 突然の叫びに、驚いて竦んだヒヨリが言葉を途中で切る。泣き叫ぶような声に周囲は再び静まり返り、俺も咄嗟に声のする方向へと視線を向ける。
 そこに立っていたのは、ディアベルと同じPTのシミター使いだった。ただひたすた憎悪の籠った瞳で、射抜くような視線を俺に向けていた。この場においてそれほどの感情を溢れさせる要因となったのは一つしか思いつかないし、いつかはこうなることも覚悟はしていた。シミター使いは歪んだ口から続けて言い放つ。


「――――なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」
「見殺し………?」



 シミター使いを見てキリトが呟く。ディアベルの死を看取りはしたものの、彼は当事者ではないので状況がわからないのだろう。だが、このシミター使いは俺に向けた憎しみの籠った視線をキリトにも向けて叫ぶ。


「そうだろ!! そいつが途中でスキルを止めなければ、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!! お前だって最初からあのスキルの事を伝えていればこんなことにはならなかったのに………!!」


 悲痛な糾弾に、周囲も同調するようにざわめき出す。新規プレイヤーが知り得る事前情報を逸脱した内容変更に加え、しかもそれに対する対応を知っていたとなれば、もう言い逃れはできない。ここにいる誰もが気付いていることだろう。俺とキリトが、彼等において最も唾棄すべき存在であるということを。

――――そして、こうなるのを待っていたかのように一人の男が前に歩み出てきた。


「せやで………こいつらは知っとったんや。攻略本やいうて餌ばらまいて、終いには嘘情報掴ましてディアベルはんを殺して、ジブンらだけ旨いことLA盗りおった。ホンマ上手やなぁ………ベータ上がりっちゅうのはよぉ」


 キバオウの言葉を聞くと、シミター使いは瞳により一層の憎悪を滾らせ、何かを叫ぼうとした。周囲の空気もまた刺々しい色を帯び始める。後ろでヒヨリがコートの袖を掴んでいるのを感じながら、今にも口を突いて出そうな言葉を堪えていると、アスナとエギルが声をあげようとするのをキリトが手で制して、一歩踏み出した。それまでの困惑した表情からは想像もできない傲岸不遜な表情で。


「キバオウ、それとアンタも面白いな。傑作だよ」
「な、なんやと………?」


 無感情な、それでいて予想外の言葉にキバオウは尻込みするものの、態度は崩さない。しかしキリトは笑いを零しながら続ける。



「解らないか?本当におめでたい頭してるんだな。元ベータテスター? ………俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」
「素人、だと?」
「いいか、よく思い出せよ。SAOのC(クローズド)B(ベータ)T(テスト)はとんでもない倍率の抽選だったんだぜ。受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーは何人いたと思う。ほとんどはレベリングも知らないような初心者(ニュービー)だったよ。今のアンタ達の方がまだしもマシさ」


 レイドメンバー全員が沈黙する。

 この場に居合わせた全員の認識が崩れようとしているのだ。それまで膨大な情報と莫大なリソースを独占していたはずの悪が、その概念が、未知のスキルを経験を以て看破したという一人のプレイヤーが口にする言葉で崩されようとしている。反論も否定もできない。それほどに新規プレイヤーはベータテスターを知らなかったし、そう思い込んできたのだから。

 キリトのこの発言は、恐らくベータテスターに対する新規プレイヤーからの偏見を少なからず取り払うことだろう。だが、それは根絶ではなく集積だ。自身一点にのみ憎悪を向けて、他のベータテスターを救おうとしている。新規プレイヤーのヘイトを全て背負う覚悟で、壁役に徹するつもりだ。
 本当にそれでいいのかと、自問自答を脳内で繰り返す。キリトだけに背負わせて、それでいいのか。だが、キリトの肩を持てば、今後一切どの集団にも属することはできなくなる。圏外における闇討ちを受ける可能性だって本格的に考慮せざるを得なくなる。そうなれば、ヒヨリはどうなる?


「――――でも、俺はあんな奴等とは違う」
「俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知っていたのは、ずっと上の層で刀を使うMOBと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいにな」

「…………なんだよ、それ………」


 誰かが掠れ声で呟くと、そこから一斉に糾弾が湧き起こった。ディアベルを見殺しにしたという名目は既になく、ただキリトに感じた得体の知れない感情を吐き出すように、ただひたすらに罵声と暴言と蔑称を述べ猛る。三十人を超える人数の声に晒されたキリトを呆然と見ていると、ヒヨリの手が右のグローブに重ねられている事に、そして、俺の手がいつの間にか爪が食い込むくらいに拳が握っていることに気付いた。


「大丈夫だよ。私はいつでも燐ちゃんと戦うから」
「………ありがとう」


 流石は幼馴染といったところか。付き合いが長いだけに心情など容易く読み通されてしまう。感心しながらも単調に礼だけ告げ、迷いを払って一歩前に出る。
 投げかけられる蔑称が混ざり合い、奇妙な単語を形作るのを耳にしながら、ありったけの肺活量を振り絞って叫んだ。


「クソ共が!! 助けてもらった分際で文句垂れてんじゃねぇぞ!!」


 自分でもこんな声が出るのかと若干驚きを禁じ得なかったが、キリトに向けられた罵声は止み、全員が呆気にとられたように視線を向けてくる。その中にはキリトやアスナやエギルなんかも含まれていたが、構わず俺はそのまま叫び続けた。頼りない壁に向けられた筋違いな憎悪を雪ぐために。


「さっきから聞いてりゃ、見殺しにしただの情報隠してただの好き勝手言いやがって………てめえらに聞くけどよ、ベータテスターで何が悪いんだよ?現に今いる奴等はそこの()()()()の助言に助けられたんじゃねえのか? 命救ってもらってお礼の一つも言えねぇのかよ? それにLA欲しくて誰か見殺しにするってんならもうちょっと(プレイヤー)減らすだろうが。前線に女を立たせておいて、自分達はガタガタ震えてた癖に今更群れて辻褄合わねぇ御託吠えだしやがる。気に入らねぇんだよ腰抜け共が………少しは足りねぇ脳味噌でモノ考えて喋れってんだよ!!」
「………くッ!」
「言いたいことあんならハッキリ言え! お行儀良く他人面してるてめえらもだ! 俺が間違ってるってんなら堂々と聞かせてみろ!!」


 唇を噛んで言葉を探すシミター使いの襟を掴んで顔面の至近距離で追撃し、さらに全体を睨んで吼える。既に誰も声をあげようとするものはなく、再び沈黙が立ち込める。キバオウが何か反論でも唱えてくるかと身構えたが、ただ恨めしそうに睨むだけで無言のまま。俺はシミター使いを突き離し、肺に籠った熱を押し出すように大きく空気を吐くと、キリトの襟を引っ張って回収しながら主を失った玉座の裏、二階層へ続く扉へとヒヨリと共に向かう。
 その途中でアスナとエギルと目が合った。俺はとくに何かするわけでもなく視線を逸らしたが、キリトはバツが悪そうに微笑んで返すのを視界の端で見つつ、ボス部屋の最奥の扉を押し開けてキリトを離すと、その先の螺旋階段を登ってゆく。


「………あのまま知らないフリをしていれば、リンは何も負わなくて済んだんじゃないか?」


 申し訳なさそうに、キリトが訪ねてくる。恐らくは自分に向けられるべき憎悪(ヘイト)が少なからず俺に流れたことによる自責か。


「元は俺に吹っかけられた因縁だ。誰かに壁役なんかやってたら笑い話にもならないだろ。だからヘイトを分散させただけだ。………それに、ましてや女の子に壁役やらそうとしてたキリト君だからな。荷が重いだろう」
「そ、それ、まだ言うのか!? だったら、リンだって得意げに長物使ったわりには外してたじゃないか!」
「外してねえよ。第一、そのおかげで《ソニックリープ》がクリティカルヒットしたんだろうが」


 しかし、キリトが前に出て憎悪を受け止めたことこそが本来あってはならない事態でもある。《ディアベルを見殺しにしたプレイヤー》として、キリトがしたように俺に憎しみを向けられるように仕向けるべきだった。だが、前に出ることが出来なかった。押し寄せる害意からヒヨリを守る自信がなかった。ヒヨリに背中を押してもらえなければ、俺は未だに燻っていたかも知れない。


「でも、燐ちゃんが怒鳴ったからみんなちょっと反省してたみたいだったよ? ………怖かったけど」
「まあ、さっきのリンには迫力があったな………」
「あれは自分でも驚いている」


 脳内で自責しつつ、口では他愛もない会話を交わしながら階段を登り切ると、再び扉が現れた。
 今度はキリトが押し開けると、視界が絶景に覆われる。様々な地形が複合した第一層とは異なり、テーブル状の岩山が端から端まで連なっている。今いる扉の位置でさえ岩山の中腹だ。山の上部に茂る草原を大型の野牛型モンスターがゆったりと歩いている。
 そして、第二層主街区である《ウルバス》はこの地点からおよそ一キロメートルほど先にあるテーブルマウンテンを掘り抜いて築かれた街だ。そこの中央広場にある《転移門》に触れれば施設として有効化(アクティベート)され、第一層のはじまりの街との道程(みちのり)を省いた往来が可能となる。だが、この記念すべき偉業はLAを獲得した英雄にでもくれてやるとしよう。


「さて、ヒヨリ。街に行って宿を取ろうか」
「うん! 広くて、お風呂が広くて、お店が近いところがいいな!」
「欲張ったな………あるにはあるけど………で、キリトはどうする?」
「俺はもう少しだけ、ここでゆっくりするよ」


 そう言いながら、キリトはテラスの端に腰を下ろした。
 どうやら、このPTからも離脱する頃合いらしい。ヒヨリが――――自分は簡単操作で済むように頼み込みつつ――――手早くキリトとフレンド登録を済ませるのを確認して、階段を下ってフィールドに降り立つ。

 第一層ボス攻略。レイドという集団の中に身を置いて、様々なものを見た。
 新規プレイヤーとベータテスターとの間に生じた軋轢や偏見。欲望と人の弱さ。しかし、その中でも危険を顧みずに戦おうとする者の勇気もあって、なにより傍で支えてくれる相棒の存在を強く感じることができた。それらの要素が綯い交ぜになったそれを形容する言葉を俺の薄っぺらい人生観や語彙力では導き出すことは到底できない。ただ、漠然とだが、それが《人の本質》を投影したものなのではないかと思った。
 そして、その中で行動した者たちは、それぞれの見る現実に基づいて動いたのであって、誰が間違っているとか、正しいとか、そんな尺度で決められるようなものなど何一つないのだと思う。そこに他者との差は生じない。いや、違い過ぎて比較など出来ないのだと………


「燐ちゃん、難しいこと考えてる?」
「………人なんて、違いを探したらキリがないのにね。って考えてただけ」
「あ、ごめん……難しいことはちょっと………」
「じゃあ聞くな」


 ヒヨリとの会話で終わりそうにない問答を止め、今後の目標に思考を巡らすことにした。
 第二層ではやるべきことが幾つかある。隠しダンジョンや隠しクエストもそうだが、とあるエクストラスキルの習得も急務だ。そのためには少しでも時間が惜しい。とにかく先ずは拠点を確保した後にヒヨリを置いて全速力で行動する。


「あ、そうだった。燐ちゃん」
「どうした?」


 振り向くと、腰の後ろに手を組んで笑顔を覗かせるヒヨリがいた。
 第一層のボスを討伐したにも関わらず、暗澹とした幕締めとなったなかで、一際の温もりを持った相棒の表情は、やがて一つの言葉を俺に投げかけた。


「お疲れ様!」
「………助かった。ありがとうな」
「え? なにー? 聞こえなかったよー?」
「………晩飯は牧草だな」
「私、頑張ったよね!? 酷いよね!?」


  労いを掛けられた後、しっかりと後ろについてくる足音を聞きながら、やや照れくさい謝意を当人に告げることなく、仮想世界の空気に紛れ込ませつつ、足早にウルバスを目指し歩を進めた。 
 

 
後書き
第一層、終了。


《イルファング・ザ・コボルドロード》のラストマッチと、キリトさんのヘイトコントロールをぶち壊す燐ちゃんの《威嚇(ハウル)》が、今回の要約となります。普段は落ち着いた(!?)ツッコミ役の燐ちゃんですが、怒るときは怒ります。そして、激怒時の燐ちゃんのキャラクターはかつて別のサイトで執筆していた自分の小説の主人公を応用してみました。



時間が空くかもしれないという前回の前置きに反しての公開となりましたが、次こそは未だ出来ていないプログレッシブの読み込み作業もあるので確実に遅れます。今月中に出来れば御の字です。そのくらいやばいです。ということでまたお会いしましょう。失踪する気はないので多分大丈夫だと思います。



ではまたノシ 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧