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パパ、タバコ。

作者:浜川悠
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 どのタイミングでそうなったのか分からない。制服を着て中学校に通うようになってから、私の中でずっと眠っていた何かが急に目を覚ましたように、私はパパの吸うタバコの煙が急に嫌になった。それと合わせてパパの事も嫌いになった。パパの何が気に食わないのだろう......。私の中にはそんな疑問がずっと浮かんでいたけれど、そんな理由などどうでもよくって、”とにかく”パパが嫌いになった。

 あまりにも突然だったから、パパが嫌いな事に気付いた自分を少しばかり褒めてあげたいくらいだ。

「家の中でタバコ吸うのやめてよ!」

タバコを吸っていたパパに対して言った言葉は、まるでパパ自体の存在にも言っているようだった。私はその境目を見失って、だけど、それでもいいやという簡素な考えで、そのもやもやを消し去った。とにかく私は”パパ”に言ったのだ。

「それは......無理だ」

私の方をちらりと見てから、パパはそう言った。無理という言葉と、その態度に余計腹が立って、私はその怒りをそのままパパにぶつけるように言い放った。

「無理じゃないでしょ!外で吸えばいいじゃない!」

でも少し感じていたのは、パパが吸っているタバコに対しての怒りなんてあったのだろうか、という事。私はきっとただパパにぶつかっている事に満足していたような気もする。

 私がそう言い放つと、パパはまた私を少しだけ見てから黙りこくってしまって、吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。

 次の日から、パパはベランダでタバコを吸うようになった。真冬の凍り付きそうな時期に、パパは相変わらず退屈そうな煙を弄びながら、ゆらゆらと夜空に消えて行く煙を吐き出していた。



 どのタイミングで変化が起きたのか、ずっと分からないままだけど、いつの間にかパパはまたリビングで煙を吐き出していた。それは真夏でも真冬でも肌を伝う風が気持ちいい季節であろうと、そんな事は関係なく、パパのタバコを吸う位置が、数年前のあの位置にぴったりと戻っていたのだ。

 私だって、もう何も言わなかった。あれだけ爆発しそうだった感情が嘘のようにすっかりなくなり、許すと言えば聞こえがいいかもしれないけれど、許すって言うよりは、”気にならなくなった”という方が正しいのだと思う。パパの吸うタバコの煙も、パパという存在も。

 考えてみれば、部屋がタバコ臭いのも、パパがタバコを吸っているのも、生まれた時から当たり前の事で、むしろその方が自然だった。こんな言い方は可笑しいかもしれないけど、それらは私の人生の一部だった。 
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