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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第四章 誓約の水精霊
  幕間 白妙菊

 
前書き
 これで、幕間は終了です。 

 
目を開けると、そこは赤く染まる荒野と、そこに突き刺さる剣が広がる光景

「え?」

 戸惑いながらも、ざらつく乾いた荒野に手をついて立ち上がると、風が頬を撫で、髪が揺れる
 顔にかかる髪に思わず目を瞑ると、その風の中に、甘い香りを感じ、風の吹く方向へ顔を向ける

「お花?」










 赤、赤、剣、剣、剣、赤…………

 変わらない光景に、いったいどの位の距離を、そしてどれだけの時間歩いたのか、全く分からないでいた。太陽も月もなく、ただ赤が広がる空では、時間の経過を知ることは出来ず。自分の感覚でも、何時間も歩いているようであり、まだ一時間も歩いていない気もしていた
 そんなあやふやな感覚が支配する中、座り込むことなく、黙々と歩く理由は、自分でも分からないでいた




「はぁ……ふぅ……ふぅ……う~……もう一体、ここはどこなんですか」

 ついに足を止め、瞳を涙で潤ませながら、唸り声を上げると、腰を曲げ、膝に手をついた状態で、周りを見渡す

「いつまでたっても同じ光景だなんて、もしかして同じところをぐるぐる回っていたり……」

 不安と怯えが潤んだ瞳に宿る
 
「花の香りを追ってきてはみたものの……う~……どうしよう」

 歩けど歩けど変わらない光景に、自分が本当に進んでいるのかという不安と疲労に、思わず足を止めてしまった
 立ち止まっている内に、呼吸は整ってきたが、どうしても足が前へと進もうとはしなかった

「……はぁ……何してるんでしょう、わたしは……」

 足を止めていると、次から次へと不安が胸に押し寄せてくる

「歩いても歩いても変わらない光景……」

 ……この赤く染まった荒野は何?

「花の香りを追いかけてみても、花の姿は見つからない……」

 ……この数え切れない程の剣は何?

「ここは……どこ?」

 ……花の香りはどこから?




 

 次々と沸き上がる不安に思わず座り込みそうになるが……

「……でも」

 曲がりそうになる膝に力を込め、勢いよく背を伸ばすと、

「行かなきゃ」

 両手で頬を強く張り…………歩き出した

「行かないと」

 何故歩くのか分からない

 不安を紛らわせるため?

 この赤い荒野から脱出するため?

 風に混じる花の香りの元を探すため?





 ……違う

 ……そんなことでは 




 
 何故か、そうではないと確信を持って頷ける。何かにせかされるような焦燥感を感じながら、赤い荒野を歩く


 目を開け、この赤と荒野と剣の広がる光景を見た時から、何故か胸が苦しい
 最初それはただ、見知らぬこの光景に不安を感じているからだと思っていた
 けど……



「……悲しい」



 ……小さく呟く



「……苦しい」



 ……湧き上がるものが溢れるように



「……寂しい」


 ……小さく声が溢れる


「……辛い」


 いつしか頬を流れる涙……

 それは一雫ずつ目尻から溢れ、柔らかな頬を伝い……

 乾いた荒野に滴り……

 ゆっくりと染み込んでいった……



 






「……あっ」

 視界の先に、剣ではない、荒野から突き出している影に気付き、小さな声が上がる

「丘」

 その影に向かって歩いていくと、それが小さな丘であることが分かった

「あれ? ……シロ、ウさん?」

 丘の先には、男が背中を向け立っていた
 丘に近づいていくと、その男が想いを寄せる男であると気付き、呆然とした声を上げるたが、すぐに辛そうに歪んでいた顔を破顔させると、男の下に向かって駆け出し

「シロウさん……シロウさんっ! ……シロウさっ――……え?」

 咲き誇る花畑に

「……おは、な、ばた、け」

 立ち止まる









 赤……白……黄色……薄紅色……黄緑……

 田舎育ちで、山や草原に咲く様々な花を見たことがあったが、今目に映る花は、どれ一つ見たことも無かった

「はっ……はっ……ぁ」

 駆け出していた足は、その速度を段々と落ちていき……止まった

「……綺麗な花」

 荒野が突然様々な花が咲き誇る花畑に変わり、思わず立ち止まり、一時呆然と立ちすくんでいたが、花畑の端に、まだ花開いていない花が視界に入った瞬間、立ち止まっていた足が自然と歩みだした

「……これは」

 そこには、今まさに花開こうとしている花が三つ、蕾が一つ、そして芽が出たばかりのものが一つ。足を曲げ、花に顔を近づけていくと、白い繊毛により、茎や葉が白銀色に見える花から

「このお花から?」

 風に混じって薫った花の香りを感じた

「可愛いお花」

 それは特に綺麗な花ではなく、周りに咲く花を引き立てさせるような地味な花ではあったが、何故かその花に惹かれ、自然と手が花に向かって伸びていく

「不し――あ……?」









  

 花に触れると、堰を切ったように涙が流れ出した  

「あ? え? ええ? あ、あれ?」

 突然溢れ出した涙に、戸惑いの声を上げていたが

「どうして? え? あっ……」

 急に、理由が分かった   

「……そうな、んだ……」




 感じたのは……   



 痛み……


 苦しみ……


 悲しみ……





 それは……


 ある男が今まで感じてきた……


 耐えてきた感情……


 それの小さな欠片……



 しかし、それでも……それは……



「痛い……です」

 思わず蹲る程の痛みを伴っていた

「辛い……です」

 止めれない程の涙が流れるほどの辛さがあった

「苦しい……です」

 息が出来ない程の苦しみがあった 











「シロウ……さん」

 顔を上げ、背中を向ける男を見つめる

「……痛かったんですね」

 男を見つめる瞳からは涙が流れている

「……辛かったんですね」

 震えながらも、ゆっくりと立ち上がる

「……苦しかったんですね」

 ゆっくりと男に顔を向ける

「……シロウさん」

 丘に立つ男に向かって両手を広げる

「シロウさん」

 気を抜けば倒れ込みそうになる身体を、気力だけで支え

「もっと、寄りかかってきても――」

 優しく笑いかける





「――大丈夫ですよ」




 
 
 花のような笑みが浮かべると





 背後で小さな黄色い花が





 花を咲かせた



 
 

 
後書き
 次から本編です。
 それでは、感想ご指摘お願いします。 
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