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無理心中

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第一章

                   無理心中
 明治の話である。大阪の船場で油問屋をやっている家の息子徳兵衛は曽根崎心中を観た、そして共に観た幼馴染みであり親同士が決めた仲でありまんざらではない金物屋の娘美代吉にだ、こんなことを言った。
「ええなあ」
「心中やな」
「ああ、ああいうのこそや」
 まさにというのだ。
「ほんまの愛ちゃうか」
「そうかも知れんなあ」
 美代吉もこう言うのだった。
「そもそもうち等ってな」
「ああ、名前がなあ」
「まだ幕府あった頃の生まれやしな」
 明治になって暫く経った頃だ、陛下もまだお若かった。
「まだまだ古い感じやな」
「最近生まれた子供は皆名前ちゃうな」
「そやな、何かな」
「まあそこも気になるけれどや」
 徳兵衛は美代吉と最近出来た珈琲なるものを出す店でその珈琲とやらを飲みながら相手に言った。
「とにかくや」
「心中やな」
「好き合った同士が一緒に死ぬ」
「それでずっと一緒になることはやな
「やっぱり最高の恋愛やろ」
 こう言うのだった。
「あれこそがや」
「死んでも一緒になることが」
「それからずっと一緒になることがな」
「ほんまの恋愛っちゅうんやな」
「ええやないか、この世でも結ばれんでもな」
 それでもと言う徳兵衛だった。
「あの世でってのはな」
「切ないけれどな」
「その切なさがかえってや」
「ええんやな」
「そやろ、だからわい思うんや」
 ここでだ、徳兵衛は美代吉に顔を向けてこう彼女に言った。
「わいと御前は許嫁や」
「小さい時に決まったな」
「そや、ほんまに一緒のな」
「何や、それで死んでからもって言うんかいな」
「そう思うけどどや」
 こう美代吉に言うのだった。
「死んでからもってな」
「確かにええけどや」
 それでもと言う美代吉だった。
「わて等は一緒になるで」
「もうすぐ結婚するさかいな」
「それで何で心中するねん」
 その必要があるかというのだ。
「ないやろ」
「ないな、わい等の場合は」
「そやろ、一緒になれるんやったらな」
「そやな、身投げとかして一緒に死なんでもな」
「その必要は全然ないで」
 きっぱりと言い切った美代吉だった、難波の町、船場のすぐそこの二人にとっては実に馴染みのその町の中の店の中で。
「むしろ心中する位ならな」
「それ位なら?」
「駆け落ちやろ」
 美代吉が言うのはこちらだった。
「こっちの方がええやろ」
「駆け落ちかいな」
「その方がええわ」
「この世でも一緒になるんか」
「わてはその方がええわ」
「この世でもあの世でも一緒か」
「欲張っていlくんや」
 団子を食べつつだ、徳兵衛に言った。
「そうせなな」
「その方がええか」
「そやろ、生きてても死んでからもな」
 そのどちらでもというのだ。 
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