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勉強は駄目でも

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第六章

「グラウンドでね」
「じゃあ高校での妹さんの活躍も」
「それも」
「ええ、見ていくわ」
 そうするというのだ、そしてだった。
 千代子は自分と同じ高校に入った勝恵の活躍を見守るのだった、勝恵は一年の時は控えだったが二年でだ、
 レギュラーになってだ、その豪腕で。
 チームを甲子園に導いた、そして甲子園でもだった。
 活躍した、その彼女にだった。
 千代子は強い声でだ、こう言った。
「肩と肘は大事にね」
「お姉ちゃんがいつも言ってる通りに」
「ええ、故障したらね」
 それこそ、というのだ。
「アウトだから」
「私怪我しないわよ」
「幾ら頑丈でもよ」
 それでもとだ、千代子は妹に言うのだった。
「人は怪我する時は怪我するから」
「投げ過ぎには注意ね」
「あと試合前はね」
「練習前もよね」
「準備体操は忘れないでね」
 このことも言うのだった。
「身体はほぐしてからよ」
「動かさないといけないっていうわね」
「そう、それが怪我の元よ」
 身体をほぐさず温めずして動かすことがというのだ。
「それとあんた変化球も投げるでしょ」
「スライダーとシュートね」
「変化球は肘に注意よ」
 厳しい声での言葉だった。
「特にシュートはね」
「肘に負担がかかるから?」
「そう、あんたシュートで三振に取ることもあるけれど」
「投げ過ぎ注意なのね」
「シュートに頼りすぎたら駄目よ」
 くれぐれもという口調での言葉だった。
「ストレートを主体に考えて投げなさい、そういうことも考えてね」
「野球しないと駄目なのね」
「そういうことよ、いいわね」
「うん、じゃあ甲子園でも」
「ここで終わらないことよ、甲子園は」
「三年生になっても阪神に入っても」
「先に阪神に入っていなさい、どうせあんた大学には進まないでしょ」 
 これは勝恵の学校の成績から考えての言葉だ、何しろ勝恵は高校に入ってから教科書とノートを開いたことがないのだ。
「入試で名前を書くだけで合格出来ても」
「うん、卒業したらね」
 高校をとだ、勝恵も答える。
「ドラフトにかかればね」
「即刻入団よね」
「阪神に入るから」
「じゃあ阪神に選ばれることを期待しなさい」
「ドラフト一位でね」
「私はおお医者さんになってから入るから」
「待ってるわね、お姉ちゃん」
 勝恵は笑顔で姉に応えてだ、そしてだった。
 甲子園でも思いきり投げて男達を次々に三振に取った、そうしてだった。
 数年後だ、勝恵は一塁側ベンチでだ、白衣の眼鏡の女を見て笑顔で言った。
「待ってたわよ」
「ええ、待たせたわね」
 千代子もにこりと笑って応えた。
「お医者さんになってね」
「しかもよね」
「球団に雇ってもらったから」
「球団職員になるわよね」
「そうよ、これからは身体のあちこちをじっくりと診てあげるからね」
「今のところ大丈夫だけれどね」
「油断大敵よ、高校の頃からいつも言ってるでしょ」
 千代子の言葉もその頃から、いや小学校の頃から変わらない。
「怪我をしたらそれでアウトって」
「だからよね」
「それにこの前の試合であんたホームラン打たれたでしょ」
「いや、浜風を使われたわ」
 勝恵はベンチの三塁側を見て姉に応えた、彼女がいる一塁側も三塁側もだ。もう球場は黒と黄色で目がちかちかする程だ。
「逆にね」
「ホームグラウンドの利点を使われないの」
「敵もさるものね」
「あんた被本塁打は少ないけれどここぞって時に打たれてるから」
「そこも油断するなってことね」
「そう、じゃあ今日からね」
 千代子はユニフォーム姿でベンチに座っている勝恵に微笑んで言った。
「宜しくね」
「こっちこそね」
 勝恵は黒と白のユニフォーム姿で千代子に応えた。そうして千代子が差し出した野菜ジュースをお礼を言ってから飲んで練習に向かった。勝恵は今も勝恵だった。そして千代子も千代子だった。


勉強は駄目でも   完


                              2014・8・20 
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