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一言も漏らさずに

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第三章


第三章

「少し溶けてはいるがな」
「それでもまだ動けるのか」
「何て戦艦だ」
 アメリカ軍の者達はその長門について忌々しげに述べた。だが彼等とはここでも正反対に日本軍の者達は口々にこう言うのであった。
「そうか。頑張ってくれているんだな」
「最後まで意地を貫くのか」
 その長門に対して感激すらしていたのだった。
「まさにな。日本の艦だ」
「ならば貫き通してくれ、その心意気を」
 そんな彼等の言葉はアメリカ人達にはわからなかった。その話を聞いて首を傾げてこう言うのだった。
「戦艦に心があると思っているのか?」
「まさかとは思うが」
 キリスト教では心があるのは人間だけだとされている。その彼等が戦艦に心があるとは考えられなかった。だからこう言うのだった。
「日本人の言うことはな」
「わからないな」
「全くだ」
「戦艦に心なぞあるものか」
 ある意味で非常に合理的な言葉であった。
「日本人は何と非合理的だ」
「そんな考えだから戦争に敗れるんだ」
 こんなことまで言う者もいた。しかしそれでも日本軍の者達は長門をそういうように見ていた。あくまで長門の心を見守っていたのだ。
「そのまま最後まで頑張ってくれ」
「日本海軍の戦艦として」
 祈るような目で長門を見ての言葉だった。
「何があろうとも」
「我等が見ている」
 その最初の実験では長門は沈まなかった。海に残り続けていた。だがまた実験が行われた。今後も極めて大きな核爆発が起こったがそれでも長門はまだ海に残っていた。
「嘘だろ・・・・・・」
「まだ残っているのか」
 アメリカ軍の者達もいい加減呆れてきていた。
「原爆を二度も受けて」
「それでもか」
 しかし今度のダメージは相当なものだった。沈むのは時間の問題と思われた。しかしそれでも長門は沈まず残っていた。一日経ってもそれでもだった。
「もう沈んでもおかしくはないんだな」
「ああ」
「その通りだ」
 日本軍の者達はまた長門を見ていた。長門はやや傾きだしていた。それを見ると今まさに沈まんとしているのがわかるものだった。
「もう何時でもな」
「しかし。まだ見せてくれるんだな」
「その心を」
 ここでも長門の心を感じ取る彼等だった。
「なら。頑張ってくれ」
「俺達が見守っているから」
「最後までな」
 長門を涙を流しながら見ていた。まだ何とか海に残っている長門を。
 それから二日経ったが長門はまだ残っていた。そして三日目も。残っていた。長門はそのまま海に残りその姿を人々に見せ続けていたのである。
「流石にもう終わりだと思うが」
「まだ。沈まないのか」
 アメリカ軍の者達の苛立ちはさらに高まっていた。
「さっさと沈んですっきりさせてもらいたいものだ」
「全くだ」
 彼等はそんなことを言いながらこの日を過ごした。彼等は長門をただのものだと思っていた。だが日本軍の者達は全く違っていたのだった。
「もう終わりだとは思うが」
「それでも。少しでも長く耐えてくれ」
「頑張ってくれ」
 こう言うのだった。
「少しでいいから」
「最後まで見守る」
 彼等はそのつもりだった。長門を見ながらその死を見届けようと決意していた。だがその次の日の朝に海を見ると。もう長門の姿はなかった。
「去ったか」
「そうだな」
「夜の間に」
 日本軍の者達は昨日まで長門がいたその海を見て言うのだった。
「誰にも告げずか」
「逝ったのだな」
 見届けるつもりだった。だがそれは適わなかった。しかしそれでも彼等はそこに見ていたのだった。
「静かに」
「最期まで看取るつもりだったが」
 そのつもりでここにいた。しかしそれは適わなかった。だがそれでも。彼等は思いそうして言うのだった。
「それもまたよし」
「死ぬ姿を見せないというのならな」
 長門のその気持ちを受け取ったのである。彼等にはそれがわかったのだ。長門の最後の心を。
 その彼等は今静かに並んだ。横一列に海を前に並びそのうえで。
「敬礼!」
「敬礼!」
 長門が眠るその場所に敬礼した。誰もが涙を流していた。こうして長門に別れを告げたのであった。
 長門は核実験により海に沈んだ。そして今も眠っている。長門は確かに沈んだ。だがそこには確かに何かがある。それが何かというと感じ取る人もいれば感じ取らない人もいるだろう。しかし長門という戦艦がこの世にあったこと、それを涙して看取ろうとし別れを告げた人達がいたこと、この二つは書き留めておきたい。歴史の一幕になれば幸いだと考える。


一言も漏らさずに   完


                 2009・8・17
 
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