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条件反射

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第一章

                       条件反射
 無意識のうちに、いつも。
 私は彼が私と別れて帰る時、姿を消すとに目を伏せてしまう。つい。
 扉の向こうに消えていく時も、私が背中を向けて自分だけになる場所に戻る時もだ、つい目を伏せてしまう。
 彼との別れのその瞬間を見たくないからついついそうしてしまう。
 彼にそのことを話した、すると彼は笑って私に言った。
「それじゃああれみたいだね」
「あれみたいって?」
「一生の、永遠の別れみたいな」
 そうした別れみたいだと言ってきた。
「そんな感じだね」
「そうかしら」
「うん、そう思うよ」
 笑って私に言う、軽い感じで。
「目を伏せるって」
「一生ね」
「それだと別れたら」
 その時にというのだ。
「俺が死ぬとか」
「いえ、それは」
「別にそういうのじゃないよね」
「そうしたことはね」
 私もそう言われると彼にこう答えた。
「考えていないわ」
「そうだよね、だから」
「そうしたことは」
「止めないけれど」
 それでもだというのだ。
「まあ何か複雑なね」
「そうした気持ちになるのね」
「そうなるね、どうにも」
「癖で」
「そうそう、癖だから」
 それでとだ、私に言った。
「止めないけれど」
「そうなのね」
「まあそういう癖もあるってことでね」
 彼はこれでこの話を終わらせた、けれどこの時もだった。
 私は彼が帰って一緒にいた場所から自分の家への道を戻って曲がり角を曲がって姿を消す瞬間にだった。
 目を伏せた、そうして彼が消える瞬間を見なかった。
 何故か彼だけにはそうした、そのことが自分でも不思議だった。
 けれどその私にだ、相談を受けた女友達が言ってきた。
「それ何かあったんでしょ」
「何かっていうと」
「だから。人の別れ際を見たくない様な」
 そうしたことが、とだ。友達は私に話した。
「あったのよ」
「だからなの」
「心当たりない?」
 友達は私の目を見て尋ねてきた。
「そうしたことが」
「私に」
「そう、何かね」
「待ってね」
 友達の言葉を受けてだ、私は考えた。そうして思い出したことがあった。私は彼女にその思い代sたことを話した。
「子供の頃親が離婚しているの」
「そうなのね」
「色々とあってね」
「まあその色々は聞かないから」
 友達はこのことは私を気遣ってくれた。
「とにかくご両親が離婚したのね」
「私は母に引き取られてね」
「お父さんと別れたのね」
「ええ」
 そうなったことをだ、私は彼女に話した。
「父が家を出て行ったわ」
「その時のこと覚えてるのね」
「覚えてるわ、父は私と母に最後のお別れの言葉をとても悲しい、残念そうな顔で言ってね」
 父も母も別れたくなかった、けれど二人は別れなくてはならない状況だった。父が事業に失敗して多額の借金を抱えてしまって。
 私と母に迷惑がかかる、こう言ってだった。
 父は母と別れ私達の前から消えてしまった、父は私達に別れを告げると背を向けて家の玄関を開けて。
 その向こうに出てしまった、そして扉を閉めて。
 父は二度と私達の前に姿を現さなかった、私が五歳の時の話だ。それからもう二十年も経っている。
「それでね」
「お父さんとはもう」
「ええ、死んだから」
「そうなの」
「私達と別れて五年後に」
 このことも覚えている、母は自分が働いて女手一つで私を育ててくれた。私を大学まで行かせてくれたしひもじい思いもさせてくれなかった。 
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