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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十九話 運の悪い男



帝国暦 488年  9月 24日  レンテンベルク要塞  ナイトハルト・ミュラー



早朝、ローエングラム侯から会議室に召集がかかった。と言っても集まったのは俺の他にビッテンフェルト提督とロイエンタール提督だけだ。メックリンガー提督とケスラー提督は出撃している、通信回線を開いてスクリーンでの参加となった。

会議の内容はおそらく、いや間違いなくキフォイザー星域の会戦の事だろう。昨夜遅くだが辺境星域平定の任に就いていた別働隊が敗れキルヒアイス総司令官が戦死したとの一報が入った。戦闘の詳細は分からない、ただ敵に援軍が有ったとは聞いている。そして総司令官が戦死したという事はかなりの損害を受けただろう。

ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯がキフォイザー星域での会戦に勝利した事を宣言した。宣言では他に辺境星域に対してローエングラム侯に服従しない事、貴族連合に味方をするか、或いは中立の立場を取る事を要請している。そして貴族連合軍は不実なる君側の奸、リヒテンラーデ公と冷酷で傲慢な野心家であるローエングラム侯を討ち帝国を安定させると表明している。

気になるのはブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯が共同で声明を出した事だ。二人は反目していると思っていたがそうではないのかもしれない。ブラウンシュバイク公への反発からリッテンハイム侯は辺境星域へ出兵したと見ていたがそれが誤りだとすると援軍というのはブラウンシュバイク公爵家の艦隊の可能性も有る。我々は騙されたのかもしれない……。

これからどうするのか、その対策がこの場で発表される、或いは討議されるのだと思う。……しかしローエングラム侯は大丈夫なのだろうか、腹心ともいえるキルヒアイス提督を失って平静を保てるのか……。会議室は重苦しい沈黙に沈んでいる。ロイエンタール提督は目を閉じ、ビッテンフェルト提督は腕組みをして座っている。スクリーンに映っているケスラー提督、メックリンガー提督は沈痛な表情だ。

ローエングラム侯がオーベルシュタイン総参謀長と共に会議室に入って来た。皆起立して敬礼で迎える。侯が正面に立ち答礼する。顔色は良くない、いつもよりも色が白いような気がする。礼の交換が終わり皆が席に着いた。会議室の空気は重いままだ。

「既に知っているとは思うが辺境星域平定を行っていた別働隊がキフォイザー星域でリッテンハイム侯に敗れた。総司令官、キルヒアイス上級大将は戦死。ワーレン提督、ルッツ提督も軽傷とはいえ負傷している。別働隊は約五割の損害を受け撤退した」
淡々とした口調だった。いや、むしろ虚ろだろうか。ローエングラム侯の持つ覇気が感じられない、当然あってしかるべき悔しさもだ。

「敵には援軍が有りその援軍に後背を突かれた。援軍を率いたのはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将、ブラウンシュバイク公の部下だ」
会議室は静かなままだ。誰も喋らない、スクリーンの二人も微動だにしない。予測していたという事だ。
「我々は欺かれたという事だ。他の貴族は分からないが盟主であるブラウンシュバイク公と副盟主であるリッテンハイム侯の間には緊密な協力関係があると見て良い。今後はその辺りも考えなければならない」

「この際辺境星域の平定は一旦中止する。ワーレン、ルッツ両提督には本隊への合流を命じた。先ずは目の前の敵、ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯に集中する」
妥当な判断だな。兵力の減じたルッツ、ワーレン両提督だけでは辺境星域は平定出来ない。そして本隊も戦力に余裕は無い。今は戦力を集中して貴族連合軍に当たるべきだ。

「ミュラー提督」
「はっ」
「卿はオーディンに向かえ。キフォイザー星域で敗れた以上、オーディンで騒乱が起きる可能性が有る。後方支援の本拠地が混乱するのは望ましくない。またリヒテンラーデ公よりも艦隊の派遣を要請されている。卿の艦隊を派遣すればオーディンも落ち着くだろう。至急出立せよ」
「はっ」

命令には無かったが任務にはグリューネワルト伯爵夫人の護衛も入るのだろう。前線から外された、信用されていないという事だろうか。考えすぎか? グリューネワルト伯爵夫人の護衛を命じられたと考えれば信用されていないと言うのは気にし過ぎか……。

「これまでは卿らに戦闘を任せ私は後方に居た。だが今後は私も前線に出て戦う」
初めて会議室に驚きが生まれた。皆、顔を見合わせている。
「貴族連合軍は勝ち戦続きで士気が上がっているようだ。頻りに出撃してくると聞いている。せっかく来てくれるのだ、私自ら出向いて連中を心から歓迎してやろう」
ローエングラム侯が乾いた笑い声を上げた。虚無的で何処か寒々しい笑い声だった。



帝国暦 488年  9月 25日  オーディン  オイゲン・リヒター



「嫌な予感がする」
「まあそうだな、否定はしないよ、ブラッケ」
ブラッケは顔を顰めている、多分私も同様だろう。最近のオーディンは如何も落ち着きが無い。誰もが他人の顔色を窺っているようなところが有った。このポンメルンでも食事をしながら声を潜めるようなしぐさをする客が目立つ。御蔭でフリカッセを少しも美味しいと思えない。ここのフリカッセは絶品だと評判なのに。面白くない、ワインを一口飲んだ。

「如何する? 逃げるか?」
「……」
ブラッケが小声で話しかけてきた。
「騒ぎが起これば我々も危ない、いや一番危ういぞ」
「それはそうだが……、逃げて何処へ行く?」
「……ブラウンシュバイク、いやヴァレンシュタイン提督の所かな。彼なら我々を受け入れてくれる筈だ」
やっぱりそこか、というよりそこしかないというのが現実か……。

ローエングラム侯より依頼を受けて社会経済再建計画を作成した。つまり我々は政府、いやローエングラム侯よりの人間と周囲からは見られている。そしてこのオーディンでは親ローエングラムは少数派だ。その中でも国内改革派はさらに少数派といって良い。貴族達からは非好意的な視線を向けられている。リヒテンラーデ公派、ローエングラム侯派に関わらずだ。

「正直に言うぞ、リヒター。私はローエングラム侯もリヒテンラーデ公も信じてはいない。リヒテンラーデ公は元々改革が必要だとは思っていない。ローエングラム侯は人気取りのために社会経済再建計画を必要とした。彼が辺境でやった事を思えば分かる事だ。あの二人が社会経済再建計画を必要としたのはあくまで内乱を勝ち抜くためだ」
押し殺した、軽蔑したような口調だった。

「分かっているさ、そんな事は」
「なら……」
「落ち着け、ブラッケ、声が大きい。この内乱が何処へ落ち着くのか、まだ分からないんだ。貴族連合軍が予想に反して優勢で有る事は私も認める。だが勝敗が決まったわけでは無い、そうだろう?」
ブラッケが渋々頷いた。

「それにガイエスブルク要塞にどうやって行くつもりだ。下手をすればローエングラム侯の軍隊に問答無用で撃沈されかねん。我々は改革の火を消してはならないんだ。ヴァレンシュタイン提督に言われた事を忘れたのか」
「そんな事は無い」
声が弱い。“少しはフリカッセを味わえ”と言うとバツが悪そうに食べだした。

ブラッケはヴァレンシュタイン提督の所に行きたがっている。ブラッケにとって本心から自分達改革派の理解者だと思えるのは彼だけなのだ。ブラウンシュバイク公爵家の領地を開明的な統治に変えたのは彼だった。もちろん、それには我々も深く関わっている。

改革案を彼に求められた。その改革案を彼が手直ししてブラウンシュバイク公に提出した。我々が作成した物に比べれば改革の度合いはかなり低い。しかし百の成果を求めて拒絶されるよりも確実に得られる五十の成果を目指すべきだと言われた。五十の成果が出れば残り五十の成果を得るために説得する事は難しくは無いと。

力が有るなら押し付けられるが力が無ければ受け入れ易いように変えなければならない。ブラウンシュバイク公爵領の内政は段階的に改革された。税制、司法、福祉、医療、農業、商業……。領民達の権利が拡大し手厚く保護された。それに伴ってブラウンシュバイク公爵領の生産量が上がりそれを認めたブラウンシュバイク公が改革を推し進める事に同意した。

嬉しかった。改革が実施され成果が出るのを見るのは嬉しかった。このまま行けば……、何度もそう思った。だが内乱が起こった。内乱が起こる前、何か力になりたいと言うとヴァレンシュタイン提督は無用だと断った。貴方達の仕事は戦う事では無くこの帝国を改革する事だと。貴族連合軍が勝つ可能性は低い、自分達に関わるなと。貴族連合軍には改革派の席は無いとも言われた。

そしてこう言われた。~いずれローエングラム侯から協力の要請が来る。改革の火を消したくないならローエングラム侯に協力した方が良い。貴族連合軍が勝った場合には自分が貴方達の安全を請け負う。そうなれば貴族連合軍、ローエングラム侯、どちらが勝っても改革は続くだろう~。

その後、直ぐにローエングラム侯から呼び出しが有った。社会経済再建計画を作成せよとの事だった。ヴァレンシュタイン提督の助言に従って計画を作成したが心楽しい作業ではなかった。ヴァレンシュタイン提督と共に夜遅くまで討論した時を思い出す、あの時は本当に楽しかった。私だけじゃない、ブラッケもそしてヴァレンシュタイン提督も本当に楽しそうだった……。

「ヴァレンシュタイン提督は勝てるかな?」
ブラッケが縋るような表情をしている。勝って欲しい、そう思っているのだ。私もそれは同じだ。だが願望に囚われてはならない。
「分からんな、優位では有ると思うが……。一応宇宙船は用意してある。いざとなったら宇宙へ逃げよう」
「宇宙へ? それで何処へ行く」
「何処へも行かない。ローエングラム侯はオーディンの騒乱を放ってはおかないだろう。彼の軍隊が騒乱を鎮圧する筈だ。それまで退避すれば良い」
ブラッケが不得要領気味に頷いた。



帝国暦 488年  9月 30日  ガイエスブルク要塞  ヘルマン・フォン・リューネブルク



「ローエングラム侯は辺境星域の平定を諦めた様だな」
「妥当な判断だ。むしろ遅過ぎたくらいだね」
辺境星域平定の放棄、その結果これまで別働隊が平定した地域もローエングラム侯の支配下から抜け出している。もっとも貴族連合に与するのは僅かだ。大部分は様子を見ている。もう一撃何か起きれば雪崩を打って貴族連合を支持するだろう。

貴族達は喜び勇んで出撃している。赤毛の小僧をやっつけたから今度は金髪の小僧をやっつけようという事らしい。まあ上手く行くとは思えん、ヴァレンシュタインが言った様に物資の消耗くらいにしか役に立たんだろうと俺も見ている。もし何かの間違いで勝つ様なら辺境は動くかもしれない。

「ミッターマイヤー提督が破れた時点で辺境星域の平定を後回しにされたらこっちが負けていた。今頃はガイエスブルク要塞で枕を並べて討ち死にだった」
「そうだな」
ヴァレンシュタインとフェルナー少将の会話に深く頷いた。その通りだ、皆死んでいただろう。

「ローエングラム侯のミスか」
「そうだね、戦力の見積もりを誤ったと思う。或いは過信したかな、自分の能力を」
ヴァレンシュタインは小首を傾げている。

「クロプシュトック侯の反乱鎮圧は酷かったからな、それが頭に有ったのかもしれない」
「最初から全軍で来られていたら確実に負けていた。本隊の戦力にキルヒアイス、ルッツ、ワーレン、あの三人が加わったら悪夢だよ。だがローエングラム侯が戦力を分散してくれたおかげで勝つ事が出来た。勝った戦いは不意を突いたか多数を以って小数を撃ったかだ。キフォイザー星域の会戦は典型的な各個撃破だね」

「提督の見積もりでは二パーセントですからな、勝てる可能性は。油断もするでしょう」
チラッとヴァレンシュタインが俺を見た。
「確かに圧倒的にこちらが不利ですがだからと言って油断して良いという事にはならないと思いますよ」
「……」

「シミュレーションと実戦は違うんです、シミュレーションは何度でも対戦出来ます、やり直しが出来ますが実戦は一度しか機会は有りません。やり直しは出来ない。例え二パーセントの可能性でも先に勝ち札を引き寄せれば勝つ、油断は許されないんです。戦場では運の良さが大事と言われる事が有りますが根拠のない事じゃない。運の良い指揮官というのはそういう勝ち札を引き寄せる何かを持っているのでしょう」

“なるほどな”とオフレッサーが太い声で頷いた。確かに運の良い指揮官というのは居る。俺の目の前の男がそうだ。絶対負けると思ったこの内乱でも互角以上に戦っている。
「提督がそうですな」
「私? 私は違うな、運は良くない。性格は良いんだけど」

しれっとした口調にもう少しでコーヒーを吹き出しそうになった。多分冗談だろう。オフレッサー、口を拭え、髭がコーヒーで濡れているぞ。最近この男と良く話をするのだが食事をすると髭に料理の臭いが付くらしい。この間は魚料理だったが食後に髭を良く拭わなかったせいで魚の臭いがすると頻りに言っていた。

「ナイトハルトがオーディンに向かったらしい」
「有り難い話だ、彼と戦わずに済む。貴族達も一々相手を確認する必要が無くなってホッとしただろう。もっともこの時期にオーディンに行くのは運が良いとは言えないな」
また皆が笑い出した。フェルナー少将が“あいつ、運が悪いよな”というとヴァレンシュタインが“昔からね”と付け加えた。また笑った。

午後の一時、ヴァレンシュタインの部屋で過ごすのどかなお茶の時間を破ったのはクレメンツ提督だった。部屋に入ってくると“大変だ”と言った。表情が硬い。
「ローエングラム侯が前線に出ている。たちまち二個艦隊を撃破した。カルナップ男爵とヘルダー子爵の艦隊だがカルナップ男爵は戦死した」

シンとした。皆が顔を見合わせている。いくら貴族連合とはいえ僅かな期間で二個艦隊を撃破とは……。
「復讐の始まりか、やれやれだ。あれを斃さなければいけないのかと思うとウンザリするな……」
ヴァレンシュタインが溜息を吐いた。

「如何する、出撃するのか?」
オフレッサーの問い掛けにヴァレンシュタインが首を横に振った。
「それは駄目です。もう直ぐリッテンハイム侯とファーレンハイト提督が戻ってきます。オーディンで混乱が生じればレンテンベルク要塞からオーディンへと艦隊が動く。それに乗じてこちらはレンテンベルク要塞を攻略します。出撃している暇は有りません」

「いや、それなんだがな、メルカッツ総司令官がヴァレンシュタイン提督に出撃して貰いたいと言っている」
「はあ? 何の冗談です、それは」
ヴァレンシュタインが笑い出した。フェルナー少将も笑っている。だがクレメンツ提督はニコリともしない。

「総司令官閣下が卿を呼んでいるんだ」
「……冗談じゃないんですか」
「うむ、冗談ではない」
重々しくクレメンツ提督が頷くとヴァレンシュタインが大きく溜息を吐きフェルナー少将は天を仰いだ。“運が悪かったな”、オフレッサーがボソッと呟いた。性格が悪いぞ、オフレッサー。




 
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