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スパイの最期

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2部分:第二章


第二章

「独り言だ。そして私は何も覚えていない」
「覚えていないのですか」
「私も何を言ってもそれは残らないし君も残らない」
 あえてこう言うのだった。
「それでどうだ」
「では私も覚えません」
 すると秘書官もこう返してきたのだった。
「これからの言葉は」
「そうか」
「私も独り言を言いましょう」
 彼も大使と同じような言葉を出してきた。
「その独り言ですが」
「うむ」
「あまりにも人間味に欠けます」
 これが秘書官のその独り言だった。
「そして非道だと思います。独り言ですが」
「私は聞いていない」
 大使はそういうことにするのだった。
「だが。私も思う」
 彼もまたその独り言を言う。独り言なので秘書官は応えない。
「任務とはいえ。彼女のやることはな。賛成できない」
 彼等は納得していなかった。彼女のその冷たさに。だが彼女は作戦行動に入った。まずは科学者という偽の経歴によりある大学に入るのだった。
 その大学はごく普通の大学だった。理学部や工学部があるだけの。彼女はそこに入りごく普通のキャンバスにいる研究員となった。ここまでは普通だった。
 だがここで彼女は。一人の女性と接触した。それは彼女と同じ研究員だった。
「そう。マリーネ=ギューネワルトね」
「ええ、そうよ」
 マトリョーシカはにこりと笑ってその研究員に答えた。その研究員は赤い髪に緑の目を持つ美しい女だった。その赤い髪を長く伸ばし顔立ちはまるで人形の様に整っている。
「この大学の研究員としてね。来たのよ」
「そう。私はずっとここにいるけれど」
 その赤い髪の美女はこう言うのだった。
「ずっとね」
「というと大学生の時からここにいるのね」
「そうよ。ずっとね」
 また答える美女だった。二人は今無機質な研究室にいる。そこにはコンピューターや様々なデータが書かれた資料が山のようにある。その中で朗らかに話しているのだった。
「ここにいるのよ」
「そう。じゃあこの大学のことにも詳しいのね」
「それこそあれよ」
 研究員はまた答えるのだった。
「倉庫の奥まで知ってるわ」
「ふふふ、本当に何処までも知ってるのね」
「そうよ。それで私の名前はね」
 彼女は自分から名乗ってきたのだった。
「クリスタっていうのよ」
「クリスタね」
「そうよ。クリスタ=ハイドリット」
 それが自分の名前だというのである。
「覚えておいてね」
「わかったわ。じゃあクリスタ」
 彼女の名前を呼んでみせたのだった。親しげに。
「これから宜しくね」
「ええ」
 こうしてマトリョーシカはクリスタと友人になった。二人の交流は日に日に深まっていっているように見えた。マトリョーシカはほぼ毎日のようにクリスタと食事を共にしそのうえで明るい日々を過ごしていた。彼女は完全に研究員になりきっていた。
 その中で彼女はクリスタから聞いたのだった。あることを。
「そう。貴女の婚約者がそこにいるのね」
「ええ、そうよ」
 大学のキャンバスの中だった。二人で並んでベンチに座りそのうえで話していた。周りには木々や草があり大学の建物も見える。美しいキャンバスである。
「そこでね。務めているの」
「そう。原子力発電所でね」
 こう語るクリスタだった。
「働いているのよ」
「その人もこの大学の卒業者なのかしら」
「そうよヴァーグナー教授の助手でね」
 このことも話すクリスタだった。
「優秀だったので原子力発電所の方からスカウトが来て」
「それで今はそこにいるの」
「そういうことなの。もうすぐなのよ」
 また言うクリスタだった。穏やかな笑みと共に。
 
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