| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

回天

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第四章


第四章

男子やも我が事ならず朽ちぬとも留め置かまし大和魂

国を思い死ぬに死なれぬ益良雄が友々よびつ死してゆくらん

「俺のことまで」
「そうだ」
「死ぬその時に至るまで。ここまで思っていたんだ」
 皆黒木のその心に打たれたのだ。最後の最後まで帝国海軍の軍人であるということへの誇りを失わず天皇陛下と日本に忠誠を死んだのだ。そこには共に死んだ樋口大尉の遺書もあった。彼等は最後の最後まで立派な軍人として死んだのだ。この遺書が何よりの証であった。
「黒木大尉・・・・・・」
「仁科」
「俺達は無駄にしてはいけない」
 彼等はまだ泣きながらも仁科に声をかけてきた。その声には何の澱みも迷いもない。ただ純粋さと決意だけがある声であった。
「続こうじゃないか」
「大尉達に」
「ああ」
 仁科は彼等の言葉に頷いた。見れば彼も泣いていた。しかし涙をそのままにして応えていた。黒木の遺書には自分へ後事を託すと書いてある。彼はそれを喜んで受ける決意をしていた。だからこそ今はその涙をあえて拭かずに同志達に応えていたのである。
「何があってもな」
「この命、陛下と皇国に捧げる」
「俺もだ」
 彼等はあらためて誓い合う。
「黒木大尉と樋口大尉に続くぞ」
「靖国で会おう」
 靖国という名が出た。言うまでもなく靖国神社のことである。これまでの日本を守る戦いで散華した英霊達を祭る社だ。彼等は死すればそこで会おうと誓い合い戦場で果敢に戦ったのだ。それがこの時代であり過去の日本の戦いもそうであったのだ。
「そうだ、靖国には大尉殿達もおられる。だからこそ」
「回天を何としても完成させ」
「英霊となろうぞ」
 死ぬことを誓い合う。傍から見れば異様かも知れない。しかし彼等は正常であった。その心のまま回天の開発を進める。そして遂にその回天が完成し実戦部隊として配属されていった。死ぬ為の兵器が。今こうして完成され配備されたのである。
 昭和十九年十一月。戦局はいよいよ逼迫したものになり多くの戦士達が散華していっていた。レイテ沖における海戦では神風特攻隊が出撃しその若い命を散華させていた。回天の部隊も遂に実戦部隊として配備された。その中には言うまでもなく仁科の姿もあった。
「貴様の部隊は二十日に出撃だ」
「二十日ですか」
「そうだ」
 苦い思いを必死に噛み殺した司令官からの言葉だった。
「多くは言わん。わかったな」
「はい」
 司令官のその言葉に静かに頷く。
「それでは司令。今まで有り難うございました」
「うむ。何か言い残すことはあるか」
 司令は仁科にそれを問うた。簡素な司令室にいるのは二人だけだ。彼はあえて仁科をこの部屋に呼び話をしているのである。
「あったら聞くが」
「宜しいでしょうか」
「うむ。ならば言ってみろ」
 仁科の言葉に応えて頷いて述べる。
「それで。何なのだ」
「一つだけ心残りがあります」
 彼はそう司令に告げた。
「心残りか」
「はい。子孫を残せなかったこと」
 彼は言った。
「それだけがたった一つの心残りであります」
「そうか。それだけなのだな」
「はい。それだけが」
 彼はまた言うのだった。
「他は何もないのですが」
「わかった。ではその言葉受け取った」
 司令は頷いて仁科に対して述べた。
「それでは。行って来い」
「はい、見事敵を撃ち滅ぼしてみせます」
 敬礼をしてから厳かに述べた。
「護国の鬼となって」
「貴様等のこと、何があっても忘れぬ」
 司令は唇を噛み締めていた。その心の奥から湧き起こるものから必死に耐えながらの言葉だった。その耐えているものとの葛藤が彼を苦しめている。しかしそれに耐えながら彼は言うのだった。彼も辛い。しかしこれから散華する者達のことを想い何とかそれに耐えていたのだ。
「だから。行って来い」
「はい、それでは」
 また敬礼をして部屋を後にした。彼の出撃の時が迫っていた。
 十一月二十日、まずは共に出撃する三人と共に記念写真を撮った。海軍士官の礼服に身を包み日本刀と手にして四人並んでの撮影だった。共に出撃するのは福田中尉、渡辺少尉、佐藤少尉の三人である。彼を入れて合計四人の戦士達がいよいよ最後の戦場に向かうのだった。
「後のことは任せろ!」
「靖国で会おう!」
 同志達が最後の言葉を投げ掛ける。彼等も後に続く。しかし今は仁科達を見送るのであった。敬礼し潜水艦に乗り込む彼等に皆が礼服で帽子を振る。海軍の別れの挨拶であった。
「行くか」
「はい」
 皆仁科の言葉に頷いて潜水艦の中に入った。潜水艦は回天と彼等を乗せたまま出撃していく。仁科は最後に回天に乗り込む際に刀とある少女が回天の隊員達に贈った布団を入れた。最後にこの二つと共に死ぬつもりだったのだ。
「・・・・・・悔いはない」
 彼は回天の中に入りながら呟いた。その顔には一点の曇りもなくただ純粋さと清らかさだけがあった。
 彼も同志達もこの二十日に散華した。仁科もまた遺書が残っている。両親等にあてた遺書だ。そして彼もまた最後に辞世の句を残している。こうした歌だ。


 君が為只一筋の誠心に当たりて砕けぬ敵やはあるべき

 この歌のまま散華して果てた。その魂は靖国に入り今もある。
 彼等のことを知る者はもう少なくなってしまった。貶める愚か者達はまだいる。死者を、英霊を冒涜することに何の意識もない者達が。しかし彼等が何を想い何の為に戦い、何を護る為に散華したのか。それは知っておかなければならない。その為にこのことを書き残しておく。彼等のことは歴史に残されている。その歴史のことをここに記してこの話を終えることにする。彼等のことを一人でも多くの心ある人達に知ってもらう為に。


回天  完


                 2008・2・18
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧