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回天

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第一章


第一章

                     回天
 戦局は追い詰められていた。勝利は遠いものになっていた。
 多くの精鋭や軍艦、航空機を失い劣勢を覆すことすらできなくなっていた。その状況は誰もがわかっていたがそれをどうこうすることもできなくなってきていた。
 そのことは当然ながら海軍の首脳達もわかっていた。わかっていてもだった。
「だからこそです」
「ここは」
 今日もその首脳達のところに若手士官達が来て己の案を述べていた。彼等も必死だった。
「これの使用を許可します」
「何とぞ」
「何を馬鹿なことを言っておるか!」
 その海軍の提督は己の部屋の中で怒鳴った。端整で引き締まった古武士を思わせるその顔に怒張が浮き上がっていた。
「何故そんなものを実用化せねばならんのだ」
「全て勝利の為です」
「だからこそ」
 見れば二人の若い海軍士官が提督の前に立ち必死で述べていた。彼等も引く様子はない。
「これの研究の許可と実用化を」
「何とぞ」
「実用化してどうするのだ」
 提督は二人に問うた。先程は怒鳴ったが今は普段の冷静さを取り戻していた。
「死ぬつもりか?」
「無論」
 二人のうち大尉の階級章を着けている者が述べた。もう一人は中尉だ。
「最初からそのつもりです」
「我々は死なぞ怖れてはいません」
 彼等も迷うことなく言うのだった。その言葉には純粋さしかない。
「まずは我々が」
「そして奴等に大和魂を見せてやります」
「大和魂か」
 提督はそれを聞いてあらためて考える顔を彼等に見せた。そうして諭すように言うのだった。
「いいか」
「はい」
「戦うのはいいことだ。わしはそれは否定せん」
 彼も海軍の男だ。それは否定しはしない。
「だがだ。それでもだ」
「命を捨てるなと仰るのですか?」
 大尉が彼に言葉を返した。
「そうだ。粗末にするな」
「粗末に」
「命は一つしかない」
 あらためて二人に告げた。
「それを粗末にするな。いいな」
「粗末にするのではありません」
 だが二人はそれを聞かない。聞けなかったのだ。
「かけるのです」
「かけなければならない時に」
「あえて死ぬ、というのか」
 提督はそこまで聞いて呻くように言った。
「戦いにおいて」
「戦いにおいて死ぬのは当然ではありませんか」
「問題はその死に方なのではないですか?」
 二人はこう提督に問い返すのだった。彼等もまた必死であった。
「これは無駄死にではありません」
「敵を葬り去りそして」
「そして?」
「その心を見せる死です」
「敵に我等の」
「我等の、か」
 提督はそれを聞いてまた考える顔になった。腕を組んであらためて考える顔になる。
「そうです。我等皇国の者達の心を」
「それにより敵を怖気づけさせるのです。さすれば勝利は見えます」
「最早。そうしなければならないというのか」
 提督はそれを聞いて呻いた。呻かざるを得なかった。
「今は」
「残念ですが今の戦局は」
 二人は俯いて述べてきた。
「我が国にとっては」
「本来ならば我々もこうしたことは申しません」
 ましてや相手は提督だ。尉官が簡単に意見を述べられる筈もない。しかも提案していることは死を前提としている。損害を恐れないといってもそうした問題ですらなかった。
「しかしこのままでは日本は」
「敵に蹂躙されてしまいます。ですから」
「あえて死ぬというのだな」
「はい」
 二人は提督に対して答えた。
「我が国の為に」
「あえてこの命を」
「無駄に死ぬわけではないか」
 提督はそのことを思う。戦場で死ぬのは当然だ。しかしそれが無駄であってはならない。ましてやあえて死にに行くなぞ。しかし彼等はそれを無駄死にではないと主張する。彼も話を聞いているうちにそんな気になってきていた。何よりも彼等の強い心に感じるものがあった。
「そうです。だからこそ」
「開発、実用化をお許し下さい」
「今は何も言えぬ」
 しかし即断は避けた。こう二人に告げるだけだった。
「だが。考えてはおく」
「何とぞ」
「御願いします」
 二人はなおも引き下がらずに言う。それだけ必死であるということだった。
「考えておくから今は下がれ」
 しかし提督は今は二人を下がらせるだけであった。彼としても今は二人に冷静さを取り戻してもらいたいという考えがあったのだ。
「わかったな。よいな」
「・・・・・・はい」
「それでは」
 ここまで言われてようやく退くのであった。だが二人の考えは変わらなかった。木造の廊下を並んで歩きながら話をしていた。
「黒木大尉」
 中尉の階級の男が大尉の男に声をかけてきた。
「このままでは危ういのではないでしょうか」
「回天の開発と実用化だな」
「そうです。このままでは」
「わかっている」
 黒木と呼ばれたその男は彼の言葉に応えた。
「このままではな。確かにその通りだ」
「ではどうされますか?」
「他の方にもお話しよう」
 黒木はそう中尉に告げた。見れば彼の顔にも焦りがある。彼とても時間を無駄にはできなかったのだ。
 
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