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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
  27.Jury・Night:『Necromancer』Ⅱ

 ルーンにより生み出した水で目を洗いながら、緑の灰の海を渡る。最後に学ランの袖口で目を拭い、それを脱いでカッターシャツ姿に。袖を帯のように腰に巻き付けてきつく絞り、彼方にて未だに微睡む“屍毒の神(グラーキ)”を目指して。能力(スキル)魔術(オカルト)を酷使した所為で、脳味噌を握り締めるかのような酷い頭痛がある。それでも、足は止めない。
 些細な話だ、そんな事は。今は、ただ……あの醜悪に微睡む化け物を。悪意をもって描くのに失敗してもああはなるまい、生理的な嫌悪が先立つ悍ましき邪神が目を醒ますよりも早く斬り棄てる。それ以外に思うところは無い。

 醜い、実に醜い。たった数百メートル先に鎮座する、蛞蝓(ナメクジ)雲丹(ウニ)、八ツ目鰻《ヤツメウナギ》の合成体。ただ視界に納めるだけで吐き気が、嗚咽が、絶望が止まない。少しでも気を抜けば、思わず腰の得物で自刃してしまいそうな程に。それこそは、“旧き世の支配者(グレート=オールド=ワン)”。()()()()()()()()、“屍毒の(グラーキ)”の神たる存在としての()()()()()()が。
 気付け代わりの煙草、フィルターのみとなったそれを吐き捨てる。くるくると螺旋状に焔の軌跡を画いた後、緑の灰に呑まれる────よりも早く、ショゴスの乱杭歯に噛み潰された。貪欲な話である。今の今まで、目指す邪神の瘴気に震えて影に隠れていた癖に。

 それに僅かに笑んだ嚆矢は、代わりに長谷部に手を掛ける。鯉口を切り、臨戦態勢に。震える指先を握り締めて黙らせ、柄を潰すくらいの気概で。この空間を支える、幾つもの柱のは一つ。邪魔な一つを、躱して進む。
 敵対の意思を、明らかに。殺意と、戦意を籠めて────白刃を引き抜きながら。

『させないとも!』
「ッ…………!」

 刹那、背後に感じた瘴気。逆らわずに体を流せば、黒いメスを握る右腕が薙いだ。柱に突き刺さる事で動きを止めた酷く醜悪な、陰惨な右腕。下膨れのだらしない肥満体の腕、二メートル近い長さの怪物が。
 それを成したのは、先程通り抜けた柱の後ろからの存在。先程は誰も居なかった筈の、其所に居る者。

西之(にしの)……(みなと)!」
『フフ、ああ、昔はそう呼ばれていたね……だが、今は!』

 首の無い男は、白衣を振り乱しながら笑う。声を出す器官など無いと言うのに、耳障りな声を何処からか響かせながら。
 また、背後から繰り出された左腕。顔面を握り潰そうとでもするように、迫った掌。成る程、捕まれるだけでは済むまい。そこに覗くのは、口角を吊り上げた────血を流す、乱杭歯の()()()。あれが声の発信源か。

『“悪逆涜神(イゴーナロク)”────それが、今の名だ!』
「“悪逆涜神(イゴーナロク)”────?」
《『────痴れ者が(Fuuuuck)!》』

 その名を呟いた瞬間、“悪逆涜神(イゴーナロク)”の左腕を撃ち抜いた銃声と共に。“悪心影(あくしんかげ)”とセラから、同時に叱られた。と言うか、間違いなく罵倒された。
 その瞬間にはもう、背後に感じるモノが増えていた。“悪心影(あくしんかげ)”以外に、もう一つ。何か、酷く悪質なモノが。

『大人しく我が教団に加われば、蔵人と同じように彼女共々歓喜の内の死後(しょうがい)を約束したと言うのに……』
「誰が望ンだッてンだ、クソッタレがァ!」
『望んだではないか、その少女は! “幻想御手(レベルアッパー)”等と言う如何わしい物にまで手を出し、昏睡してまで!』

 背後に立ち、無造作に両手のメスを繰り出した怪物の気配。それを、しゃがんで回避する。そして立ち上がりながら、背後に一太刀を。

『その希求や良し! 今時の若者にしては実に素晴らしい! そう、力とは求めなければ手に入らない! 私に、命を甦らせる事に心血を注いだ私に“屍毒の神(グラーキ)”が微笑んだように、彼女には資格がある。故にこの私が“神なる力”の一部を与えようと言うのに……何故邪魔をする!』
「イカれてンじゃねェ────テメェこそ、与えられただけの力で粋がってンじゃねェよ!」
《チッ……敵、背面(うま)じゃ!》

 それも意味がない。愚鈍気な見た目とは正反対に、軽々と背後を取られる。そして襲いくる両腕のメス。それを明らかに出遅れ、前転で躱しながら斬り上げるように降り下ろす。

『しかし、これは好機である! 旧態依然と化した我が教団に刷新をもたらす、天啓であるのだ!』
「何────!」

 一太刀は、虚しく空を斬る。そして初めから其処に居たように。西之医師、否、“悪逆涜神(イゴーナロク)”は『前』に居た。そして、当たり前のようにメスを投擲する。辛うじて回避が間に合う、正確にはショゴスの防御のお陰だが。
 そんな嚆矢の背後にセラが立つ。苦々しげに、息を吐きながら。意識が無いと見える涙子を挟んで護るかのように。

『伯父貴が言った通りなら、“悪逆涜神(イゴーナロク)”は『壁の向こうから現れる権能(ちから)』を持つんだ! つまり視界の壁や思考の壁……()める意思がある限り、更にその背後を取られる!』
「……成る程、ね!」

 得心と共に、顔を向けていた方と反対の左側から“悪逆涜神(イゴーナロク)”がぶよぶよと不快な腕を突き出す。掴み、動きを封じようと────涎と泡を撒き散らす人間の口唇と、異様に長い舌の付いた掌を。触れれば即座に屍の仲間入り、間違いなく正気を失う様相で……涙子を狙って。

『後ろだ、カインの末裔(ヴァンパイア)!』
「チ────気持ち悪ィモン、突き出してンじゃねェ!」

 迎え、腕を絡めとり回転(まわ)す。合気を発露する。体重も百キロは軽く超えていそうなその怪物が、腕力と体重を乗せた威力を逆手に取られて宙を舞う。
 無論、見逃す訳の無い隙。即座に、長谷部を降り下ろし────

『流石に、あの鷹尾君を殺した腕前だ……まともに闘っては勝ち目はないか。しかし、それならばそれでヤりようもある!』
「野郎────!」

 声は、やはり背後から。回り込まれ、体勢も崩している状態ではメスを躱せず。
 駆け抜けた烈風纏う銃弾に、脂肪の塊の如き腕が弾けた。それにより辛くも、虎口を脱する。

糞が(shit)、あの伯父貴が梃子摺(てこず)った訳だ!』

 代わり、窮地に陥ったのはコンテンダーを放ったセラ。本体を貫くよりも早く、速く。肥え太った巨体が彼女の背後を取っていた。
 撃ち尽くした拳銃の弾倉を再装填(リロード)していたセラが、涙子を投げ出す。無論、嚆矢に向けて。

 過たず受け止め、代わりに────懐から取り出した、『南部式大型拳銃(グランパ・ナンブ)』を投擲する。やはりセラも過たず受け止め、背後の“悪逆涜神(イゴーナロク)”に向けて。

『貰った!』
「ッ!?」

 声は、嚆矢の背後から。同時に、頭が両手に抱え込まれた。即ち────

『『─────殺せ、奪え、犯せ! あらゆる“悪”は、人が。お前達が作り出したもの。故に、お前達にはあらゆる“悪”が可能だ!』』
「ア────ガ!」

 外部音声をシャットアウトしつつ二方向(サラウンド)から耳に、直接触れた口唇からの声が流し込まれる。精神を苛み、脳細胞を死滅させる恐慌の声が。
 正に衝撃だ。直接、脳味噌を殴打されたような。正気を保てる筈など、無くて。

『『今、お前の腕の中に収まっている者を見ろ……そう、それだ! まだ蕾ではあるが、間違いなく雌だ! お前の為の饗餐(きょうさん)だ、お前に貪られる為の生娘(いきえ)だ!』』
「ッ……ッ、俺の……為の?」

 色を喪った視界で見る。確かに、そうだ。セーラー服の娘、黒く艶やかな長髪の。まだ青いが、確かに……“雌”だ。もう、()()()()くらいには熟している。
 笑う。嗤う。自然と、口角が釣り上がる。きっと、誰が見ても醜悪な笑顔だろう。そう、自覚出来る程に。下卑た笑いで、彼女を……涙子を見詰めながら。美しい娘である、誰がそれを否定できるのか。後、五年もすれば誰に(はばか)りもあるまい。

「────釣れた釣れた!」
《────阿呆が、のう!》
『『な──────!??』』

 刹那、突き立つ刃が二つ。長刃の長谷部国重(はせべくにしげ)と、短刃の宗易正宗(そうえきまさむね)の二刃が。()()()()()()()()()()()()()貫かれて。

『が、ギィアァァァ! 何故だ、何故私の洗脳が通じない?!』
「たりめェだ、阿呆。男の口説き文句なんざ、聞く訳あるか。俺を口説きたきゃ、女に生まれ変わって出直してこい」

 のたうち回るように、耳朶に侵入して脳味噌を弄り回そうとしていた二つの舌が乱舞した。それから逃れ、傷痕をわざと無惨に切り開きながら。致命傷を与えるべく、嚆矢は“合撃(ガッシ)”を構える。
 正しく、最後の一撃の為に。最期の一撃の、()めに。

『きっ、()ッッッッ(サマ)ァァ!』
「あばよ────!」

 遮二無二繰り出された両腕は、背後から。しかし、種のバレたトリックなど児戯に等しい。ショゴスの観測により得た背後の位置を元に、“ヨグ=ソトースの時空掌握(ディス=ラプター)”にて空間転移する刃が“悪逆涜神(イゴーナロク)”を捉える。
 その剣撃は“添截乱截(テンセツランゲキ)”。柳生新影流の剣は、護謨(ゴム)じみた表皮とゲルじみた中身の二重構造を深々と斬り裂く。右八相に構えて、上段から相手を切り下げ、再び片手で切上げ、更に上段から片手で突く技を。腐った肉を斬り、饐えた血飛沫を感じながら。剣舞は、確かに獲物を斬り捨てた。 
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