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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  五十二話 緋色の宵 中編

 ――――どうやらこの世の幸と不幸の天秤は常に平行に釣り合うようになっているらしい、と痛感する。

 さとり・こいし・幽香の件から始まった一連の騒動は半分以上は不幸であろう。
 その中での永琳や旧知との再会は殆どが幸であろう。

 輝夜を探す為に辿り着いた京の都に突如流星が降り注ぎ、街を破壊し火の海にしたかと思うと続けて妖怪の群れが怒涛の如く押し寄せ逃げ惑う住人達を蹂躙し始めたのだ。
 状況の把握も不十分なまま事態に介入した僕達は永琳の提案で二手に分かれた。こんな状況では分かれる方が危険だと言う僕の意見を聞かず永琳は一言「大丈夫よ」と口にして行ってしまった。
 まぁ僕なんかより彼女は頭も良く機転もきくから大丈夫だろう、と自分に言い聞かせ永琳とは反対方向に進路を取る。
 進路上の妖怪は出来うる限り排除してはいるが、住人達を救助する余裕は今の僕には無い。僕の目的はあくまで“輝夜の確保”なのだから。
 自力の尺を把握しているからこそ物事の割り切りは確りしないといけない。他者から見てその行動が冷酷・冷徹に映ったとしても――――本来の目的を見失わない様に。
 永琳の言った通り探知機の矢印は消えているのでこの周囲に輝夜がいる筈なのだ。
 人や妖怪の気配を探りながら進んでいた僕の目に映ったのは、黒天へと立ち上る豪火の赤い光に照らし出される座り込んだ二人の女性と一匹の鬼。
 直感的にその鬼の危険性を感じた僕は、鬼の背後に一気に近づくと右手に持つ刀を首筋目掛けて振り抜く――――が切っ先に僅かな感触だけを残し鬼は僕の斬撃を躱していた。

「……嫌だ嫌だ、完璧に不意を突いたと思ったんだけどな~。まさか躱されるなんてね」

 完全に捉えた、と思っていたのでついそんな情けない言葉を吐露してしまう。とりあえず女性達に声をかけようと思い視線を向けると――――そこに居たのは……

 永琳の言った言葉――――“長い黒髪の美人を見なかったか?って聞けばいいんじゃないかしら?見た目だけは目立つから”の意味を今漸く理解出来た。確かに美人で目立つ、美人は見慣れていると思っていたけどこれは凄い――――絶世とはこいうものなのだろう。
 でも呼び起された過去の彼女の幼い面影が重なり少し不思議な気分になる。変わっている筈なのに変わっていないな、なんて矛盾した感想だろう。
 自然と可笑しくなりこんな状況だというのに遂口元が緩んでしまう。とりあえず何か言葉を掛けないといけないと思い口を開くと、

「やぁ大丈夫かい?お姫様」

 なんて言葉を吐いていた、どうやら僕は自覚している以上に浮かれているのかもしれない。
 こんな状況で目的の輝夜に会えたのはまさに僥倖だろう。本当にこの世は嫌味なほどに平等だ。
 僕はそんな愚痴を心の中でぼやきながら輝夜から視線を動かし、少し離れた場所で僕に斬られた首筋を抑えながら殺気の籠った視線を向けている鬼へと向き直る。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 
 虚空が半身になって刀を構え視線を向ける先――――五m程の距離を取っている百鬼丸は虚空に斬られた首筋を抑えながら憤怒の表情を浮かべていたが、虚空の顔を確認した途端高笑いを始める。

「ハーハハハハハハァッ!!まさかこんな所で会うなんて奇遇だな!エェッ七枷虚空ッ!」

 先ほどとは打って変わり喜悦の表情で叫ぶ百鬼丸の言葉に、茫然としていた輝夜が反応する。

「…………七枷……虚……空…………嘘……本当……に?本物?生きてる?」

 状況に付いていけていない輝夜は自問自答なのか質問なのか分からない呟きを漏らし、

「混乱するだろうけど本物だったりするんだよね。その話は後にしようか、とりあえず――――」

 虚空は視線を動かさないまま輝夜にそう声をかけ、続けて目の前の存在に疑問をぶつけた。

「――――教えてほしいんだけど…………君――――誰?」

 虚空の口からその言葉が出た瞬間――――その場は静寂に包まれ、遠くから聞こえてくる人妖の叫び声と炎の熱で材木が爆ぜる音だけが響き渡る。
 喜悦の表情を浮かべていた百鬼丸は再び憤怒の顔を出し、噴火寸前と錯覚させる程の――――怒りを抑え込んだ声で、

「ッ!?……テメー……この俺を覚えていないってーのか!この百鬼丸様をよ!」

 周囲で燃え盛る炎にも負けないほどの激しい怒りを込めた眼光で虚空を射抜きながら、百鬼丸はそう叫んだ。

「……これはこれは――――なるほど君が百鬼丸……ハハッ何の因果なのかな~こんな場所で今回の騒動の主犯格に会うなんてね。――――それから僕は君の事を覚えていない、と言うか知らないよ。自慢じゃないけど記憶力は人並みだからどうでもいい事は忘れやすいんだ」

 虚空の言葉は相手を挑発している様に聞こえるが事実なのだ。数億にも及ぶ人生を歩んで来た虚空だが自身が言った通り記憶力は人並み、故に基本的に興味の薄い事柄は速攻で忘れるようになってしまっている。
 虚空の言葉を事実と受け止めたのか、はたまた挑発と受け止めたのかは分からないが百鬼丸は怒りで震えながら口を開く。

「……五十年前の熊襲との戦でテメーと須佐之男が倒した伊予阿波二名(いよあわふたな)(今の四国)の茨木 轍扇(いばらき てっせん)を覚えているか?」

「…………覚えてるよ、苦労したからね」

 五十年前に熊襲と組んだ妖怪集団の長にして鬼の茨木轍扇。
 『鋼と化す程度の能力』を持ち最後はたった一人で虚空と須佐之男を相手取ったのだ。実力もさる事ながら人格者でもあり虚空と須佐之男には彼との戦いは記憶に強く残っていた。

「俺はそいつの配下で四天王の一角だったんだよ!その時にテメーに苦渋を嘗めさせられてんだッ!」

 百鬼丸は虚空を指さしながらそう声を荒げるが、当の虚空は表情を変える事も無く、

「ごめんね思い出せないや」

 悪びれる事も無くそんな言葉を吐いた。その言葉に百鬼丸の顔には更に怒りが刻まれていく。

「とりあえず――――その五十年前の縁で今も熊襲に加担している訳?君の目的って頭領の仇討なのかな?」

 百鬼丸の心情など無視し、虚空はそんな風に疑問をぶつけるのだが、

「アァン?馬鹿かテメーは?あの野郎は弱いから死んだんだよ!そんな奴の仇なんて討って何の得があるってんだ?」

 虚空の言葉を聞いた瞬間、百鬼丸の表情から怒りが消え呆れ顔へと変わっていた。

「それから勘違いしてんじゃねーぞ、俺は熊襲の連中に手をかしてるんじゃない。俺の目的の為に利用してるだけだ!大和をぶっ潰した次はあの連中よッ!」

「なるほどなるほど……まぁ君の目的が何かは興味も無いけど――――ここで君を討てば今起きてる厄介事の半分が片付くんだよね。ついでに君の野望もご破算だ」

 刀の切っ先を突き出しながら虚空はヘラヘラと笑い百鬼丸にそう言い放つ。その言葉を聞いた百鬼丸は不敵な笑みを浮かべ、

「……確かにそうだな、あぁ~困ったな~俺様はこんな所で死ねないな~!」

 肩を竦めながらそう言い放った。

 対峙する二人はまるで雌雄を決するかの様な雰囲気を創り出し、互いの一挙手一投足に注視し相手の首筋に牙を突き立てる隙を探り合っている――――かの様に見えるが実際は違っていた。
 虚空と百鬼丸は互いに口にした言葉と心情は裏腹だった。
 百鬼丸は「死ねない」と言ってはいるがそんな不安など欠片も抱いておらず、目の前の相手が如何なる手を出して来ても迎え撃つ自信を持っている。
 逆に虚空は既に逃げの算段を始めていた。その理由は虚空の目的はあくまで『輝夜の身柄の確保』であるからだ。
 不意に遭遇した相手が撃つべき敵であったとしても、敵陣の真ん中と言ってもよい場所に加え相手の力量が不明瞭である以上、保護対象を危険に晒す愚は犯せない。
 百鬼丸の討伐より輝夜を連れて戦線離脱を選ぶ虚空の行動に落ち度は無く、至極当然とも言えた。――――唯一つだけの見落としを除いて……


 どのような生物も危険を感じれば『逃避行動』をとるのは当たり前である。草食獣が肉食獣から逃げるのと同じ事だ。
 だが実際は突然目の前に脅威が訪れた場合、殆どの生物は『逃避行動』を取れなくなる。
 例えば小鹿が森の中でいきなり虎に出会うとその場で棒立ちになる。突然の事で思考が麻痺し情報の混乱により筋肉が緊張による硬直を起こすからだそうだ。
 そのまま餌食になる場合もあるが、そのまま虎が立ち去りその姿が見えなくなって脅威が去ったと判断した瞬間に全速力で小鹿は逃げ出す事が出来るらしい。
 緊張が解け漸くそこで脳から『逃げろ』と情報が行き渡るからと考えれば、恐怖に当てられている間は思考が停止しているのと変わらないと言う事だろう。
 脅威が去ったと思える瞬間に止まっていた思考がまるで堰き止められていた水の様に一気に流れ荒れ狂う。



 この場にただ一人、百鬼丸という脅威により思考停止に陥り、虚空を“状況的に見て”救い手だと思う人物が居た。
 虚空も百鬼丸も茫然としている輝夜も意識の外に置いてしまっていた人物が――――突然虚空の足に縋り付きまるで堰を切ったかのように、

「ねぇ!お願いッ!お父様とお母様がまだ屋敷の中に居るのッ!助けてッ!助けてッ!!早くッ!燃えちゃうッ!燃えちゃうのッ!お願いッ!早く助けてよッ!!早くッ!早くッ!早くッ!お願いッ!!お願いよぉぉぉぉぉッ!!!」

 顔を涙でグシャグシャにして妹紅はしがみ付いた虚空に大声で懇願しながら激しく揺さぶった。

「ッ!ちょッ!」

 妹紅のその行動は虚空にとって予定外の事態であり――――そして最悪と言ってもいい程の悪手であった。
 状況を想定し行動する際に想定外な出来事が一つ起これば全ての行動が一歩ずつズレてくる。緊迫している状況ほどその一歩のズレは致命的な傷となり――――。

 妹紅に意識を割いてしまった瞬間、そのほんの僅かな時間――――虚空の周囲への警戒に穴が開き、その隙間に滑り込んでくる影が一つ。
 突如座り込んでいた輝夜の足元から黒い何かが湧き上がり、輝夜に纏わり付くとそのまま上空へと飛び上がる。

「ケ、ケヒ!ケヒヒヒヒヒッ!!モーラッタ!モーラッタ!間抜ケ!間抜ケ!ケヒ!ケヒヒヒッ!」

 それは何時かデュラハンの一件の時に現れた真っ黒い鬼の少女――――無有。
 彼女の行動は虚空にとって二つ目の想定外だった。
 想定外、と言うよりは単に虚空の落ち度と言った方がよいだろう。敵の行動が自身への攻撃と想定し過ぎていた為、輝夜達への反応が遅れてしまったのだ。
 一つのズレは後になればなるほど行動が後手後手に回ってしまうモノ。
 虚空の思考に『あの鬼は何故この状況で輝夜を攫ったのか?』と疑問が浮かぶのは当たり前なのだが、その行動は一番気を逸らしてはいけない相手から意識を外してしまうという最悪の行動でもあった。

「おいおい!俺を忘れるなんて悲しいじゃねーかよッ!!」

 上空に連れ去られた輝夜に視線を向けてしまっていた虚空に突如そんな言葉が降りかかる――――相当な近距離で。
 瞬時に声の出所に視線を向けた虚空の視界に映ったのは――――右腕を振りかぶり、今まさに攻撃を繰り出そうとしている百鬼丸の姿。
 それを見た虚空は回避行動を捨て、しがみ付いていた妹紅を力任せに薙ぎ払う。そんな事をすれば多少の怪我はするだろうが――――死ぬ確率を孕む一撃に比べれば安いモノだろう。
 防御に回せる僅かな時間を妹紅を引き剥がす行動に割いた虚空に碌な防御手段が取れるはずも無く――――百鬼丸が放った鉄槌の如き一撃は虚空の胸板を激しく打ち付け、虚空は放たれた矢の様に空気を裂きながら飛翔し近くの塀を破壊すると燃え盛る建物の中に消えていった。

 攻撃を放った百鬼丸は数秒虚空が消えていった場所を凝視すると口角を吊り上げ笑みを浮かべる。そして飛び上がると輝夜を抱え込んでいた無有の元まで移動し、

「中々良い戦利品が手に入ったな」

「ケ、ケヒ!ケヒヒヒ!コイツ(輝夜)アイツ(虚空)ノ縁者ミタイダヨ?ドウスル?ドウスル?ケヒ!ケヒヒヒ!」

 無有はそう言うと輝夜の頬を指で撫でるが輝夜は意識を失っているのか全く反応を示さない。

「決まってんだろ――――おい七枷虚空ッ!その程度じゃくたばってねーだろッ!」

 百鬼丸は眼下を見下ろし声を張り上げる。未だに姿は見えないが死んでいないと確信し、

「この嬢ちゃんは預かっておくぜッ!大和の方を片付けたら次はテメーだッ!楽しみにしてやがれッ!――――あぁ後置き土産をくれてやるよッ!」

 そう言うと百鬼丸は懐から巾着袋を取り出し中に入っていた赤い丸薬状のモノを口に一つ放り込み噛み砕いた。
 すると彼の露出している腕と胸板に銀色の幾何学模様が浮かび上がり、噴火した火山の如く妖気が爆発する。そして右手を開きながら天にかざすと――――。

 もしその時に空を見上げていた者が居れば目を疑っただろう。
 何せ天に上る黒煙の合間から見える夜空に紅い衣を纏った巨石が赤い軌跡を描きながら地上に――――京の都目掛けて降り注いできているのだから、しかも一つや二つでは無く数十という物量で。
 この現象こそ最初に京の都を火の海にした元凶だった。

「これが俺様の『流星を降らせる程度の能力』だッ!じゃぁまた会おうぜッ!アーハハハハハッ!!」

 黒煙と火炎の赤に染められる夜空に百鬼丸は笑い声を残しながら消えていき、それと入れ替わるように京の都に再び破壊の嵐が吹き荒れた。
  
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