| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十五話 浸透



帝国暦 488年  8月 27日  ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  ヘルマン・フォン・リューネブルク



「昨日はよく眠れましたかな?」
「駄目です、来客が多くて寝るのが遅くなりました」
そうだろうな、明らかに寝不足気味の顔をしている。
「それは御気の毒です、人気者は御辛いですな」
「人気者になる気は無かったのですけどね。今日も押しかけて来そうなのでここに逃げて来ました」
そう言うとヴァレンシュタインは指揮官席にゆったりと腰を下ろした。

「邪魔では有りませんか?」
「いいえ」
「では話をしても?」
ヴァレンシュタインが軽く笑みを浮かべた。
「構いません。遮音力場を展開しましょう、その方が良いでしょう」
フェルナー少将もオフレッサーも居ない。これは俺の一人占めだな。

「予想通りでしたな」
「そうですね」
ヴァレンシュタイン提督が頷いた。昨夜、ローエングラム侯が将兵達に演説をした。門閥貴族の横暴を訴え平民達の権利を確保する為には権力が必要だと訴えていた。辺境星域において焦土作戦を執ったのもそのためであり個人的な野心や出世欲からではないと。内乱終結後は平民達の権利を大幅に拡大する、リヒテンラーデ公もその事は了承している。動揺する事無く指揮官を信じて戦えと……。

それを聞いた貴族達がガイエスブルク要塞内に有るヴァレンシュタインの部屋に押し掛けた。小賢しい言い訳でローエングラム侯の真実は傲慢で冷酷な野心家でしかないと言って。あの男に鉄槌を下してやりたいと言って。そう言った貴族達の目はヴァレンシュタインを熱い眼で見ていた。自分でやれ、人を頼るな、全く何を考えているのか。

「しかしリヒテンラーデ公の名前を出すとは思いませんでした」
「自分の名前だけでは将兵を説得出来ないと考えたのかもしれません。或いはそこまで追い詰められたか……」
「予想以上に将兵の動揺が激しいと?」
“可能性は有るでしょう”と言ってヴァレンシュタインが頷いた。

「リヒテンラーデ公もローエングラム侯に倒れられては困る、渋々でしょうが同意したのでしょうね。どのみち内乱が終ればローエングラム侯を排除して反故にするでしょうし」
「とは言っても貴族達は不満たらたらでしょうな。平民達の権利の確保など貴族達への抑圧でしかない」
「リヒテンラーデ公に力が有る間は黙っています。しかしちょっとでも弱みを見せれば……」
「さて、どうなるか……」

皇帝暗殺を知りながらその相手と手を結んだ。本来なら許される行為ではない。それをした以上不満を持つ人間がそれを知ればクーデターという形での排除も有り得るか。いや、それだけではないな。もうすぐ辺境星域でも大会戦が起きる筈だ、それで敗北すれば……。リヒテンラーデ公を支えるローエングラム侯に貴族達が不信を持てばオーディンでのクーデターは十分に有り得る……。

「リヒテンラーデ公側の貴族達がこちらに誼を通じようとして来る、有るとお考えですか?」
「有るでしょうね、ですが上手く行くかどうか、難しいと思いますよ」
クーデターを起こしても潰される可能性は高いか。期待はしていないということだ。だがローエングラム侯にとってオーディンが不安定というのは面白く無い筈だ。特に補給に不安が有る現状ではなおさらだろう。狙いはそちらか。少しずつ、少しずつだが追い詰めている。

「メックリンガー提督ですが例のチップ、そろそろ見ましたかな」
「見たでしょうね。驚いたと思いますよ」
微かにヴァレンシュタインが笑みを浮かべて頷いた。
「混乱するでしょうな」
「混乱します、そして誰かに相談する。そして少しずつ広まっていく」
そして少しずつローエングラム侯の足元が弛んでいく。気が付いた時には地崩れが起きているかもしれない。その時、ローエングラム侯は自分が孤立している事を知るだろう。

「貴族達は出撃するようですな、張り切っています」
「面白くなりますね、補給に不安のある正規軍も攻め寄せられたら戦わざるを得ない。オーディンで必死に補給を作っても間に合わない状況になるかもしれません」
「なるほど、彼らを補給物資の消費のために使いますか」
「勝てなくてもそのくらいは出来るでしょう、期待しています」

酷い言い方だ。思わず苦笑が漏れた。ヴァレンシュタインはニコリともしない。そうか、戦後の事を考えれば一石二鳥か。オーディンに毒を埋めるのもそれが理由か。貴族達を暴発させローエングラム侯の手で始末させる……。敵も味方も皆殺しだな。ローエングラム侯は自分が道具だと知ったら如何思うか……。自尊心の強い侯には耐えられまい。

「自由惑星同盟、いや反乱軍の事、お聞きになりましたか?」
「第十三艦隊がバーラト星域に達したという事なら聞いています」
情報はきちんと収集している様だ。
「どうなると思いますか、アルテミスの首飾りが有りますが」
ヴァレンシュタインが俺を見て微かに笑みを浮かべた。

「アルテミスの首飾りですか、ヤン提督が強攻すれば意味が有るかもしれません。しかし強攻するかな?」
「……」
「帝国の内乱は終結の気配さえ見えない。慌てて攻略する必要は無いでしょう。となれば持久戦でハイネセンを攻略するという手も有ります」
「なるほど」
包囲して補給を断つか、有り得るな。

「あちらの反乱は年内に終結しそうですな。こちらはどうなるやら」
「……」
ヴァレンシュタインを見たが何の反応も示さなかった。内乱は長期化する、そう思っているのか。或いは早期終結の目処が見えない、そう思っているのか……。疲れている様だな、少しゆっくり休んでもらった方が良いだろう。俺は陸戦隊の様子でも見に行くとするか……。



帝国暦 488年  9月 10日  レンテンベルク要塞 ウルリッヒ・ケスラー



「メックリンガー提督」
「……」
「メックリンガー提督」
「ああ、何かな、ケスラー提督」
二回呼ばれてようやく気が付いたようだ。もっとも二回も呼ばれたという事は分かっていないだろう。

「食欲が無いようだが大丈夫か? 全然手を付けていないが」
「大丈夫だ、ケスラー提督。ちょっとぼんやりしていた」
どうもおかしい。一緒に高級士官用の食堂に来たが料理を前にしてもぼんやりとスプーンでシチューを掻き回すだけだ。
「まあ状況が良くないからな、メックリンガー提督の気が塞ぐのも無理は無いか」
「そうだな」
メックリンガー提督が力なく微笑んだ。

状況は良くない、皇帝は奪われ補給物資も奪われた。ローエングラム侯がヴァレンシュタインに論破されて以来将兵の士気も低い。平民達の権利の保障を宣言したが何処まで信じてくれるか……。そして貴族連合は攻勢を強めつつある。こちらは補給物資に不安を抱え、将兵の士気の低さを憂いつつ迎撃に出ざるを得ない。

唯一の救いはブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯が仲間割れをしたらしいことだ。エルウィン・ヨーゼフ二世をブラウンシュバイク公が手に入れた事で反発したらしい。リッテンハイム侯は辺境星域の奪回を宣言して軍事行動を起こしている。

貴族連合軍は優勢になった事で綻びが見えてきた。寄せ集めの弱点が現れた、そういう事だろう。キルヒアイス提督率いる別働隊がリッテンハイム侯の艦隊を撃破すればかなり情勢を挽回出来る筈だ。皆が辺境星域で行われる会戦に熱い視線を送っている。……それにしても気になる、メックリンガー提督は何を悩んでいるのだ? 現状を憂いているだけでは無さそうだが……。

「ケスラー提督」
「何かな、メックリンガー提督」
「貴族連合軍は何故我々を反逆者にしないのかな。皇帝を擁しているのだから簡単だと思うのだが」
腑に落ちない、そんな表情だ。相変らずスプーンはシチューを掻き回している。

「おそらくはその方が有利だと考えているのではないかな」
「有利? 反逆者である事がか?」
「うむ。リヒテンラーデ公とローエングラム侯を反逆者にすればリヒテンラーデ公の周辺からは陛下を廃立して新たに別な方を皇帝にという話が出る可能性が有る」
“なるほど、廃立か”とメックリンガー提督が頷いた。

「お互いに皇帝を擁して非難し合うよりも反逆者でありつつもこちらを幼君を擁して権力を弄した君側の奸、そういう形にした方が利が有る、そう思ったのではないかな。例の一件でこちらを論破したという事も有る。陛下も居るのだ、反逆者のままでも余り実害は無い、そう考えた可能性は有ると思う」
今度は唸り声を上げた。

「実際皇帝が居ないという不都合を除けばこちらも不利益を被っていない。反逆者になったわけでもない。この状態では貴族達も皇帝を廃立しようとは言い辛いだろう。つまり我々は皇帝奪還のために苦労する事になる。そういう面でも貴族連合軍は有利だ」
「なるほど、強かな計算をする」
その通りだ、貴族連合軍は反乱当初の予想とは違い強かに計算して動いている。その分だけ手強い。

食事が終り部屋に戻る途中だった、メックリンガー提督が私を自分の部屋に誘った。気になったのは私を誘う彼の目に迷いと怯えのようなものが見えた事だ。誘った事を何処かで後悔している、何処かで私に誘いを断って欲しいと思っている。それだけ悩みは大きい、そしておそらくは私にも関係が有る……。

部屋に入るとメックリンガー提督が大きく息をした。心の準備、そんな感じだ。「ケスラー提督、見て欲しい物が有る」
「見て欲しい物?」
「ああ、そこに座ってくれ」
そう言うとメックリンガー提督がリモコンでTV電話の電源を入れた。彼の示した場所に座る。メックリンガー提督も傍に座った。映像が流れ始めた。人質の五人、ヴァレンシュタイン提督、オフレッサー、リューネブルク、スクルドの艦橋か。一体何が……。



「如何思った?」
見終わって呆然としているとメックリンガー提督が覗き込むように身を乗り出して訊ねてきた。如何? 如何と言われても……。考える時間が欲しい。
「メックリンガー提督はこれを何処で入手したのだ?」

「フェルナー少将から渡された。あの三人は知らない」
あの三人? リヒテンラーデ公達の事か。つまり極秘に渡された。
「そしてローエングラム侯とオーベルシュタイン総参謀長には知られるなとも言われた」
「……そうは言ってもローエングラム侯に報せぬわけには……」
メックリンガー提督が“分かっている”と言って頷いた。

「私も報せる必要があると思った。そしてその度に考えてしまうのだ。ローエングラム侯はこれを受け止められるだろうかと……。夜には明日こそはと思い朝が来れば果たしてと考えてしまう。毎日それの繰り返しだ」
「……それで報せられなかったか」

メックリンガー提督が力無く頷いた。表情が苦い、おそらくは私も同様だろう。確かに報せたらどうなるか……。グリューネワルト伯爵夫人が大逆罪を犯した、それも自分達を守るために、……想像が付かない。彼が食事も摂れないほど悩む筈だ、私が同じ立場でも悩むだろう。

「これが捏造なら良いのだが……、ケスラー提督は如何思う?」
「いや、事実だろう。辻褄は合う」
「そうか、そうだろうな」
メックリンガー提督が溜息を吐いた。捏造であればどれほど楽か。

「この映像を見ると以前から貴族達はローエングラム侯を排除したいと思っていたようだ。辺境星域での焦土作戦はそんな貴族達に格好の口実を与えてしまった。反乱軍も大敗した以上ローエングラム侯を排除するのに遠慮は要らない。皇帝陛下崩御さえなければ侯は貴族達によって排除されていた筈だ。殺されたかどうかは分からないが失脚は間違いなかったと思う」
メックリンガー提督が頷いた。

「だが皇帝フリードリヒ四世が死んだ事で全てが変わってしまった。排斥の動きは表に出る前に消えてしまった。だから我々は何も気付かなかった。だがローエングラム侯排斥の動きを知っていれば余りにもタイミングが良過ぎる事に気付いたはずだ、それにその後の流れは我々に余りにも都合良く運び過ぎた……」
「オーベルシュタイン総参謀長か……」
「そうだ、彼がシナリオを考えたのだと思う」

皇帝崩御を知った時、皆が唖然とする中で的確に今後の展開を読んだのはオーベルシュタイン総参謀長だった。そして方針を立てたのもオーベルシュタイン総参謀長だった。偶然ではない、必然だったのだ、彼が全てを演出した。辺境星域での焦土作戦、そして皇帝暗殺から今回の内乱は一つのシナリオなのだ。バラバラに起きたのではない……。

「ヴァレンシュタイン艦隊を攻撃しろと言ったのは……」
「口封じだろうな、全てを闇に葬るつもりだった」
「恐ろしい男だ」
メックリンガー提督が溜息を吐いた。
「そうだな、恐ろしい男だ。オーベルシュタイン総参謀長も、そしてヴァレンシュタイン提督も」
「ヴァレンシュタイン提督も?」
メックリンガー提督が驚いた様に聞き返してきた。
「そうだ、ヴァレンシュタイン提督もだ」
「……」

「オーベルシュタイン総参謀長がシナリオを書いた事をヴァレンシュタイン提督は早い時点で気付いたのだと思う。皇帝を暗殺したのは伯爵夫人でその裏に総参謀長が居ると。しかし彼はそれを表沙汰にはしなかった。おかしいとは思わないか?」
「確かにそうだ。何故だ?」
メックリンガー提督が眉根を寄せた。

「リヒテンラーデ公が握り潰す、そう思ったのだ。だから知らぬ振りをしてこちらを油断させた」
「……」
「その上でオーディンを襲った。我々は向こうの狙いを補給物資と皇帝の身柄だと思った。リヒテンラーデ公やグリューネワルト伯爵夫人はあくまで人質だと……」

メックリンガー提督が呻いた。こちらも呻きたい気分だ。もし事実を知っていれば如何したか? オーベルシュタイン同様攻撃を進言しただろう。ヴァレンシュタイン提督がマールバッハでこちらと相対したのはローエングラム侯が暗殺に関わっていない、暗殺はオーベルシュタインの独断だと判断していたからだ。そしてそれを確かめた。だからこの映像をメックリンガー提督に渡した。こちらを混乱させるためだ。

「むしろ狙いは真相を語らせる事か」
「そうだ。最初から狙いはそれだった。だからマールバッハでの会談で焦土作戦の事を持ち出したのだ。伯爵夫人達を人質にとれば侯が卑怯だと非難するのは分かっていた。それを逆手にとって論破した」
またメックリンガー提督が呻いた。両手はきつく握りしめられている。

「ローエングラム侯は平民の権利を守るためには已むを得ない事だったと将兵に弁解した……」
「だがその焦土作戦がきっかけで皇帝暗殺、そして今回の内乱が起きた。リヒテンラーデ公が忘恩を罵られているがそれはローエングラム侯も同じだ。侯も陛下の御引立てが無ければ二十歳で帝国元帥にはなれなかった。この映像が公になればどちらも権力の保持と野心から行動した、恥知らずの忘恩の徒と言われても仕方がない。平民の権利を守るため等と言っても誰も信じるまいな」

メックリンガー提督が首を横に振った。
「如何すれば良いのだ」
「……ローエングラム侯に話さなければなるまい」
「……やはりそうなるか」
「皆で話そう」
「皆? ロイエンタール提督達もか?」
驚いたようにメックリンガー提督が問い掛けてきた。

「彼らの将来にも関わる、侯に話す前に知らせておいた方が良いだろう。それに皆で話した方が侯も落ち着いて聞いてくれる筈だ」
「なるほど、そうかもしれん」
感情的になられても皆で説得する。二人よりも五人の方が効果は大きいだろう。或いは五人で話せば良い案が出る可能性も有る、もっともそんなものが有ればだが……。





 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧