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空の騎士達

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第四章


第四章

「幾ら何でもそんなことが」
 だがこれは実際にあった。ユーゴスラビアでは階級に応じてどれだけの人間を殺したのかを決めていたのだ。それを認めないと拷問が待っていたのだ。それが現実であった。ニュルンベルグ裁判の実態はそもそも法律的にあってはならない事後立法である。最初からが異常だったので当然の話でもあった。なおこのニュルンベルグ裁判を単なる戦争犯罪に適用したのが極東軍事裁判である。この裁判はおそらく人類史上稀に見る異常な裁判であろう。この二つの裁判は既に判決が決まっていたということも見逃せない。ヘンドリックの言葉は正しかったのだ。
「あるんだよ。実際に俺の同僚がそれでポリシェヴィキに殺された」
「もうか」
「そうさ。収容所の将校だったってだけでな。一千人殺したことになってな」
「何て話だ」
「けれどよ」
 ここでシュトラウスが口を開いた。
「それでも俺達は軍人だろ。やっぱり最後まで」
「ああ、戦うしかない」
 これはアルトマンにとっては容易に受け入れられることであった。
「それはな」
「明後日位だろうな」
 ここでハイトゥングが言った。
「明後日か」
「来るぜ、イワン共が空からよ」
 ヘンドリックはクールな声でアルトマンに応えた。
「いつもみたいに馬鹿みたいな数でな」
「数か」
「そうさ、数だ」
 シュトラウスは言う。
「イワンの数は伊達じゃねえだろ。またそれで来るぜ」
「芸のない奴等だな、全く」
 ブラウベルグはそれを聞いて言った。彼の言葉はシニカルなものになっていた。
「最初から最後までそれじゃねえか」
 それがソ連軍の戦い方であった。昨年のパグラチオン作戦では何と六倍の戦力で攻勢をかけドイツ軍の主力であった中央軍集団を崩壊させたのである。ソ連という国の力を発揮させた戦いであった。
「けれどそのせいで俺達はここまでやられた」
「まあな」 
 ブラウベルグもそれは認めるしかなかった。
「奴等は街を一つずつ消しながらこっちに来ている。ベルリンみたいにな」
「ベルリンと同じか」
 ハイトゥングはそれを聞いて暗い顔を見せてきた。
「あそこじゃとんでもないことになってるんだろうな」
「そうだろうな」
 ソ連軍の凶悪さを考えるとこれはすぐにわかることであった。東部戦線にいた彼等はソ連軍のその悪質さを骨身に滲みて知っていた。
「奴等のことだからな」
「それでだ」
 シュトラウスがまたヘンドリックに問うた。
「今戦線はどうなんだ?」
「わかると思うがね」
 その返事だけでわかるのが今の惨状である。
「陸軍ももう数がない。必死に一般市民を逃がしてるがな」
「そうか」
「西にな。結構逃げてるそうだぜ」
「頑張ってくれてるんだな」
「ああ。海軍の偉いさんも言ってるらしい」
「海軍!?」
 皆それを聞いて顔を顰めさせた。
「陸軍でも空軍でもなかいのか」
「そうさ。ええと、確か」
 ヘンドリックはここで記憶を辿った。それから述べた。
「デーニッツ海軍元帥だったな。あの人が言ってるらしい」
「誰だった?その人」
 シュトラウスはその名を聞いてもどうもピンとこなかった。自分のいる組織以外のことは人間は案外知らないものだ。だからこれは致し方のないことであった。
「さあ」
 アルトマンもブラウベルグも知らない。彼等も海軍のことは知らないのだ。陸軍のことはよく協同作戦をとるのである程度知ってはいたが。なおドイツは政治的な理由と思想的な理由で陸軍と空軍の関係は決していいものではなかった。これはナチスのナンバーツーであるゲーリングが率いる空軍が何かとヒトラーの覚えめでたかったのに対して伝統的なプロイセン軍の精神を持つ陸軍がその介入を嫌ったからである。陸軍は陸軍で名将知将を多く擁しておりヒトラーもその能力を認めていた。だがここでヒトラーが恐るべき政治家である理由はその陸軍と空軍をあえて対立させそれを自身の政権運営や戦略の進め方に利用したことである。ヒトラーという人物は軍事的には大いに問題のある人物であったが少なくとも政治家としては悪魔的に頭の切れる人物であり続けた。そのカリスマ性と比類なき統率力、常人のそれを遥かに凌駕する知性と記憶力もあり彼は英雄となったのである。やはり彼は恐るべき人物であったのだ。
「海軍長官だろ」
 ハイトゥングが言った。もうジョッキは空で別のジョッキに手をかけている。
「確か潜水艦艦隊の指揮官で」
「ああ、その通りさ」
 ヘンドリックは彼の問いにそう答えた。
「その人だ」
「その人が言ってるのか」
「総統にもそう言ってるらしい。それで総統もそれを認められてるそうだ」
「へえ」
 アルトマン達はそれを聞いて意外といった顔になった。
「凄い人みたいだな、また」
「別にその人は最初からナチスにいたわけじゃないんだろ?」
「それでもな。総統も元帥をかなり信頼されてるって話だ」
 ヘンドリックはアルトマンとシュトラウスにこう答えた。
「一人でも多く西に逃がすべきだってな。それで今陸軍は必死に戦ってるんだ」
「そうか、陸軍もか」
「だから俺達も出ることになるぜ」
 ヘンドリックは述べた。
「じきにな。それで」
「ああ、それで多分最後だろうな」
 アルトマンは暗い顔で述べた。
「もう燃料も弾薬もないしな」
「最後の全力出撃か」
「そうさ、用意はいいな」
 ヘンドリックはシュトラウスとハイトゥングに声をかけた。
「全力でいくことになるぜ」
「それが最後の大暴れか」
 ブラウベルグはその言葉を聞いて面白そうに述べた。
「ああ、そうだろうな」
「じゃあ精々派手に暴れてやるさ」
「そうだな、最後なら」
 ヘンドリックの言葉を聞いてブラウベルグは笑いアルトマンは覚悟を決めた。
「やってやる」
「一人でも多くな。西に逃がそう」
 シュトラウスも同じだった。意を決した顔を見せている。
「西にな」
「よし。じゃあ」
 ハイトゥングも酒を止めていた。そして応える。
「まずはこの二人を酒から醒ましてな」
「そうだな。おい」
 アルトマンが二人に声をかけた。
「起きろよ」
「こんなところで寝ていたら風邪ひくぞ」
 他の仲間達も二人の側に寄ってきた。そして二人に声をかけるのであった。
 
 
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