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メカニック

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第三章


第三章

「最近アカだの何だのが出て来ているしな」
「ソ連はそれ以前だ」
 香川もまた森本と同じ顔になった。まるで親の敵を思うようにだ。
「あんな連中が平和勢力なものか」
「満州を見ていないのか」
 口々に言うのだった。二人で。
「狙っているぞ、我が国を」
「ああ」
 二人はそれを確信していた。何処までもソ連を憎み嫌っていた。彼等の中ではソ連は『平和勢力』なぞではない。そしてその見方は当たっていた。
「あいつ等を退ける為にも。わかるな」
「ああ、わかっている」
 また香川の言葉に頷く。
「盗むか。アメリカから」
「そうだ」
 それをあらためて言い合うのだった。それからも彼等の努力は続いた。そしてその結果。アメリカの工場について学んでいくうちにあることに気付いた。やはり大量生産のノウハウだけではなかったのだった。
 また深夜に今にも壊れそうな木の机に向かい合って座っている。そうして話をしている。上の電球がしばたいている中での話だ。虫も飛び交っているが気にはしない。
「アメリカはあれだ。製品に番号をつけている」
「番号をか」
「そうだ。それで品質を見分けられ易く、分類し易くしているんだ」
 香川はこう森本に語っていた。
「それでチェックもし易くしている」
「チェック!?」
 これもまた森本には聞き慣れない言葉であった。それを聞くと共に目をしばたかせた。
「部品のチェックか」
「その通りだ。品質管理というらしい」
「品質管理か」
「前に言ったな」
 今度は話を戻してきた。
「アメリカ軍の稼働率は我が軍よりもよかった」
「ああ、あの話か」
 それは覚えている。だから納得する顔で頷くのだった。
「ああ、それだ。それの秘密らしい」
「秘密か」
「アメリカ軍は製品をチェックしていたんだ」
 またそれを言う。
「そうして不備があれば換える。そして番号を付けてチェックし易くする」
「それだったのか」
「それだ。これを入れれば全然違うぞ」
 香川は言った。
「かなりな。どうだ」
「それの導入か」
「品質管理だ」
 今度は単語にして言い表した。
「それを入れると全然違う。俺はそう思う」
「よし。それならだ」
 そして森本もそれに頷いた。彼もそれを信じるのだった。
「それで行くか」
「今はこんな有様だがな」
 香川はここで今の日本のことを語った。敗戦の傷がまだ癒えてはいない。それによるダメージを思わずを得なかったのだ。
「絶対に。アメリカに勝つぞ」
「そうだ。絶対にな」
 二人の言葉が重なった。心も。
「今度こそな」
「アメリカに今度こそだな」
「ソ連も退けてやる」
 彼等も見ていた。その目はアメリカに対するのとはまた違っていた。まさに敵を見る目であった。憎しみも恨みも含んだ禍々しささえあるものだった。
「何があってもな」
「その為にだ」
 香川は自分と同じ目になっている森本に告げた。
「やるぞ。いいな」
「よし。日本はまた立ち上がる」
 森本もそれに応えて誓った。
「何があってもな」
「そうだな。負けてもそれで終わりじゃない」
「ああ。今度こそ勝つぞ、アメリカにな」
「世界に」
 戦後間もない頃の話であった。彼等をはじめとした技術者達の敗戦の無念とそれからの努力がどうなったのかはもう言うまでもない。敗戦が終わりではなかった。それもまた新しいはじまりであったのだ。新たな戦いの。そしてそれは今も続いているのである。人の営みとして。


メカニック   完


                2008・3・8
 
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