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或る皇国将校の回想録

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北領戦役
  第十三話  意義のある誤ち 意義のなき正しさ

 
前書き
馬堂豊久 駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
     砲兵少佐であるが独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長。最後の後衛戦闘隊を直卒する

新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊大隊長代行。馬堂少佐に指揮権を託されて内地へと帰還する
  
杉谷少尉 理知的な鋭兵将校、後衛隊に志願する。
     
西田少尉 第一中隊長、新城の幼年学校時代の後輩 後衛隊に志願する

漆原少尉 生真面目な若手将校 馬堂少佐に反発していたが後衛隊に志願する。

権藤軍曹 側道方面防衛隊の砲術指揮官

増谷曹長 側道方面防衛隊の導術指揮官




シュヴェーリン・ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将
東方辺境領鎮定軍先遣隊司令官 本来は鎮定軍主力の第21東方辺境領猟兵師団の師団長

アルター・ハンス中佐 先遣隊司令部 参謀長


ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ
<帝国>東方辺境領姫にして東方辺境鎮定軍総司令官の陸軍元帥
26歳と年若い美姫であるが天狼会戦で大勝を得た。

アンドレイ・カミンスキィ 第三東方辺境胸甲騎兵聯隊の聯隊長である美男子の男爵大佐
             ユーリアの愛人にして練達の騎兵将校。
             追撃隊を抽出し、第十一大隊を追う。

ゴトフリート・ノルティング・フォン・バルクホルン
西方諸侯領騎士。騎兵将校に似合いのごつい外見の持ち主
精鋭部隊である第三東方辺境胸甲騎兵聯隊の中でも秀でた乗馬技術の持ち主だが新城によって俘虜となる。 

 
皇紀五百六十八年 二月二十四日 第十三刻小半刻前 街道より西方二里 森林内 
独立捜索剣虎兵第十一大隊 遅滞戦闘隊 大隊長 馬堂豊久


「杉谷少尉!現状報告を!!」
 声を掠れさせながらも中隊長となった馬堂豊久少佐は戦意を失っておらず、吠えたてた。
「火力を完全に喪失してしまいました。
剣虎兵達は頑張っておりますが、もう霧が晴れたら時間稼ぎもままなりません。」
 杉谷少尉が鋭剣を拭いながら云った。
「――よりによってこの俺が砲兵にも銃を持たせるなんてまさに末期も末期だな」
 煤と血で全身を汚した馬堂少佐は舌打ちをして呟いた。
 ――敗軍らしい竜頭蛇尾の戦だよ。ホント、竜頭蛇尾・・・か。
「そう言えば俺が指揮権を受け継ぐあの夜襲前に天龍に出会ったとか新城大尉が言っていたな――此処までどうにもならないのならいっそ龍神の加護でも祈るか?」
 それでも尚、唇は歪み、ふてぶてしく笑みを浮かべている。
「今までの博打の出目の良さにこの濃霧、寧ろ天の配剤をしかと受け止められたからで、これ以上を望むのは不遜でしょうな」
 確かに、杉谷少尉の言葉は事実であった。
 遅滞戦闘隊は20名近く戦死者を出し負傷者を含めるとほぼ戦闘力を喪失していたが敵はその倍以上の痛手を被っていた。
 だがそれでも敵は追撃戦で本隊を潰すには十分以上の戦力を保っており、二個大隊強の兵力で中隊の残骸を包囲している。
 側道陣地戦で渡河した一個大隊を半壊させたのでこれでほぼ全戦力を拘置できていると判断できた。
 ――流石に猫の数までは解らないだろうし、本隊の戦力を過大評価しているのだろう、実に都合が良い。
 半ば痙攣的な自棄であったが、諸兵科連合としての強みを一個中隊に集約した賭けは、なんとか勝ったようだ。
「此方の実情は厳しいからね。睨み合いは大歓迎だ」

「あちらさんも今まで付き合って下すったんだ、もう少しばかり気が長いままで居て欲しいですな」
 杉谷が腹をくくっているのを見てとった馬堂少佐は軽く背を叩いて、療兵達のとこへと向かっていった。

「冬野曹長は?」

「命に別状は有りません。ですが意識が戻るまでは暫くかかります。」
 療兵伍長が安堵の溜息をつきながら教えてくれた。
 冬野曹長はギリギリまで騎兵を引きつけ、散弾を叩き込んだ代償として敵の白兵戦によって負傷していた、生きていただけでも幸運である。
 ――生きて戻れたら希望に沿った選択をとれる様にしてあげなくてはいけないな。

拳銃の火皿に玉薬を注ぐ。
「漆原少尉、杉谷少尉、戦闘可能人数。」

「剣虎兵隊、戦闘可能人数 二十二名、猫五匹です。
西田小隊長が一個分隊に猫二匹を直率し、警戒位置に付いています」
  漆原も自己を再建したのか、かつての素直さと感じさせる口調で応えた。
 ――最低の戦場に適応し変化したのか。 ひょっとしたら俺なんかよりもっと優秀な――
 豊久の持病ともいえる分析癖が頭をもたげるが、戦場の現実はそれを許さず杉谷が矢継ぎ早に報告を行なった。
「鋭兵部隊、砲兵、軽傷者込みで戦闘可能人数、四十三名です。
ですが、矢弾も尽きかけておりますので、そろそろ騎兵相手に白兵戦を仕掛けねばなりますまい」

「ふむ、時間は十分稼げたし敵も消耗している、後もう少し持ち堪えれば、我々が――」

「大隊長殿!敵が集結しています!」
 西田少尉が駆け戻り、剣虎兵を集結させながら叫んだ。杉谷も施条銃を担いだ兵達を寄せ集め、向かっていく。
――いよいよ不味いな 膠着状態に焦れたか!
「打ち方用意!!」
 杉谷少尉の指揮の下で、鋭兵達は射撃を行い、敵を押し返えそうとする。
 ――後少し、後少し保たせなくては・・・
「少佐殿!敵の・・・」
 漆原が戻ってきた、そして――銃声が、響いた。


同日 正午  街道より約半里 林内
独立捜索剣虎兵第十一大隊 遅滞戦闘中隊 剣虎兵小隊 小隊長 西田少尉


 敵の騎兵は森林内では行動が制限され下馬した状態でしか戦闘ができない、
だからこそ馬堂少佐は本隊が追いつくまでは此処で誘引すること考えたのだ。
だが、そんな事は敵も承知している筈だった、それを理解していた西田は敵が射撃を受けるとあっさり後退するのを見て違和感を抱いた。
 ――おかしい。
西田がそう直感した瞬間、後方で銃声が響いた。
「しまった!総員後退!」

「・・・やってくれる。」
 騎兵銃を装備した小隊が徒歩で奇襲をかけたのであった。
馬堂少佐が五名程の兵を直率し応戦しているが数が違いすぎ、自らも鋭剣をふるい、白兵戦を行っている。
 捕虜のバルクホルン大尉は足を負傷しているからか静観している様だ。

「剣虎兵小隊!突撃ぃ!」
此方に気がつき逃げ出そうとするがそうはいかない。
隕鉄が咆哮し、飛び掛かった。

 ――即座に殲滅出来た。
 だが、漆原は背中に数発の銃弾を受けており、西田に続いて駆け寄った療兵は首を振る。

「大隊長殿、助かりません。急所は外れていますが
これでは苦しむだけです。」

「・・・」
馬堂少佐は目に哀切な光をよぎらせ、頷く。
 漆原が何かを呟く
「漆原?」
 馬堂少佐が耳をよせ、
「――――」
何を聞いたのか無表情に銃口を心臓の上に乗せた。
「違う、俺は・・・」
何事か呟き引金を引いた。

そして、何かを堪える為に瞑目する。
 寒風が吹くと、目が覚めたかのように頭を振り、馬堂少佐が絞り出す様に言った
「西田少尉、青旗を持って来てくれ。」


午後第一刻一尺 街道より西方二里 森林内
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久


「少佐殿・・・自分は・・・貴方の様に正しくは・・・」
彼の末期の言葉が耳に残る。
 ――違う、俺は正しく何か無い、弱者の理論を武器にして皆を言い包めただけだ。
 俺は誤っていないだけで正しい軍人ではない。
 寒風が――吹いた。思考が打ち切られ、豊久は自分の場違いな思考――新城の言う所の贅沢な思考に浸る自分に気づいた。
 ――駄目だ。奴の言っていた様に割り切らなくては。
 馬堂少佐は慌てて己を再編する、アルキメデスみたいな死にかたをするほど脳内象牙の塔に引きこもるつもりはない。
 ――今、必要なのは……取り敢えずあれをもう一回やられたら終わりだ、時間も稼ぎ、最早これ以上戦うことに意味はない。

「西田少尉。青旗を持ってきてくれ。」
 淡々とした口調でそう云うと大隊長は捕虜であるバルクホルン大尉の所に向かう。
「バルクホルン大尉殿」
「何だろうか? 少佐殿」
「我々の戦況はどうも戦況とよべるものではないと認めざるを得ません
つきましては――」
「解っています。少佐。どうやら立場が変わったようですね」
 勇壮な顔に笑みが浮かぶ。

「ええ。どうやら本来あるべき正しき立場に――部下達には通じないから言える事ですが」
 唇を捻じ曲げ、大隊長はそれに応える。
「お願いできますか?大尉
一つ最後に蛮族共の人質になっていただきたいのだが」

「ご一緒しましょう。少佐殿。私の凱旋の為に肩を貸していただきたい」
 涼しい顔で応答した騎士大尉に声を上げて笑うと馬堂少佐は勇壮な騎士に肩を貸して、青旗を掲げた権藤軍曹が引き連れて森を出るべく歩み出した。

 部隊から離れた辺りでバルクホルン大尉が諫める様に口を開いた。
「少佐殿、貴官は若い様だが先程の様な物言いは止めた方が良い。」
「申し訳ありません。どうも戦闘が終わると思うと気が緩んでしまった様で。」
 ――やはり誇り高く、公明な騎士なのだな。
自身に欠けた模範的な軍人貴族のそれに妬気を抱きながらも前へと歩む。
 破壊された砲と騎兵達の死体が境界をつくり、森が拓けた、それを超えると、途端に騎兵達の殺気立った視線が蛮族達へと突き刺さる。

 青旗とバルクホルン大尉を見て歓声と戸惑いが広がるのを見て、豊久は密かに冷や汗を流しながら安堵した。
 ――最後の命綱の効果は上々、か。いなかったら踏み潰されていたかもしれない。
「降伏の為の軍使を受け入れて頂きたい。」
前に出て来た士官に声をかける。

先程、刻時計を見たら宣言した時間をやや過ぎていた。
彼を包囲する兵の数を改めて見て、最後の仕事も果たせた確信に自然と少佐は頬を歪めた。
 その時、はじめて霧が晴れている事に漸く気がついた。
――やはり疲労している様だ。

「宜しい!軍使を受け入れる!」
 一際立派な将校が馬から降り立ったのを見ると、大隊長として馬堂少佐は、権藤軍曹に大尉を預けて前に進む。

「〈皇国〉陸軍独立捜索剣虎兵第十一大隊大隊長、馬堂豊久少佐です。」
「〈帝国〉陸軍第三東方辺境領胸甲騎兵連隊聯隊長 男爵大佐 アンドレイ・カミンスキィです。」

 ――凄い美男子だな、年は俺より少し上か? 帝国人は分かりづらい。

「大佐殿、私と私の部隊は〈大協約〉に基づいた降伏を行う用意があります。」
「貴官の決断に敬意を表します。少佐。
〈大協約〉に基づき貴官とその部隊の降伏を受諾します」
胸に手をあて宣誓する姿は彫刻かと思う程に様になっている。
「〈大協約〉の保証する捕虜の権利 その遵守に全力を尽くす事を皇帝ゲオルギィ三世陛下の忠臣にして藩屏たる〈帝国〉軍将校〈帝国〉貴族として誓約いたします。」
 ――貴族、か。 男爵で大佐、幾つなのだろう、この男は。

「貴官の勇気と道義に感謝します。カミンスキィ大佐」
 その言葉で儀式は終わりだ、と言いたいのかカミンスキィ大佐は兜を脱ぎ、親しげな表情をした。
「まさしく勇戦されましたね。少佐。」
 ――なんとまぁ、名演だな、宮野木の糞爺を思い出す。
 裏から滲む悪意を感じとって豊久は内心鼻を鳴らす。
「いえ、真に称賛されるのは兵達です。
常に彼らが砲火に身を晒し、馬を駆り剣牙虎と共に戦場を走ります」

「そう、正しく称賛されるべきは常に兵達です。
ですが兵は――猛獣は――腕の良い猛獣使いの下で初めて有益に働きます。」
 ――そっちが本題か?新兵科の事でも探るつもりか。
「猛獣。剣牙虎の事ですか」

「えぇ、そうでもあります。そして、貴方の部下達の事でもあります」
 ――何のつもりだ?

「何しろあの地、確か――マムロでしたか
其処にいた部隊は全滅するまで勇敢に戦い抜いたのですから」

「!!」
――馬鹿な!!降伏を許可した筈だ!!


「さぞかし勇敢だったのでしょうね。
生憎と私は先遣部隊としてナエガワで貴官の部隊と交戦していたのですが。
マムロで玉砕するまで戦いぬいた部隊が居たと聞きましたよ。」
豊久の顔をみて愉しげにカミンスキィは口角を吊り上げた。
その瞳には蒼白な顔をした敗北者が映っていた。
 ――笑みを見つめて硬直した顔面を戻す。
「確かに、ええ確かに、彼らは勇猛果敢でした。
名誉を持って散った事を誇りに思います。」
言葉を返し、敬礼をすると部隊の元へと歩く。

 ――畜生、俺は出来る限りの要素を塗り潰した筈だ、あの時そう確信した筈だ。
水軍との二重の手段での策は確かに成功した。だがこの事態は何だ?後悔しない為にここまでやったのだぞ?

 自身の策が正しく作動し、弾き出した結果が豊久を責め立てる。
――止めろ、大馬鹿者、お前は指揮官だ。部隊に戻り、嘲笑との戦争を行う必要がある。
自己憐憫などやっている暇はない。

顔を戻す努力をし、部隊へ戻った。
部隊の残存兵力は五十名にも満たなかった。猫は五匹しかいない。
 ――剣虎兵大隊、か。
本隊はまだ三百以上いた。それを撤退させたのだから格好がつかないのは当り前か。

冬野曹長も目を覚ましていたが、脳震盪を起こしたらしく、療兵曰く眩暈が酷く立たない方が良いらしい。
「西田少尉、杉谷少尉、我々は目的を完遂した。
これは少なくとも敗者としては最高の栄誉と言って良いだろう。
最後まで軍人としての見栄を張らなければならない。
特に武器を引き渡すまでは絶対に、だ」
皆、疲労の色が濃いながらも頷いた。

冬野曹長が負傷した為、最先任軍曹の権藤が砲兵らしい裂帛の号令を放ち装具の点検を行った。

そして冬野曹長達、重傷者を担がせる。
バルクホルン大尉は特に丁重に〈帝国〉軍に帰還する勇者として扱われる。
列の先頭に立った大隊長は無表情に歩む。
――嘲笑うか? 嘲笑いたければ嘲笑え。確かに俺達はお前達に勝ってはいない。
――だが俺達もお前達には敗けていない。
 
「第十一大隊、前進!」



この降伏交渉は〈皇国〉陸軍と〈帝国〉陸軍の間で北領において行われた最後の交渉であり。
書類上は、大協約に基づき帝国陸軍は北領においても降伏を全て受け入れた
と記されている。
 
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