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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八話 一時の憩い



帝国暦 488年  5月 22日    シャンタウ星域 ミュラー艦隊旗艦 リューベック ナイトハルト・ミュラー



『おのれヴァレンシュタイン、またしても……、もう良い!』
スクリーンに映るローエングラム侯が宙を睨み据え吐き捨てた。リューベックの艦橋は縮み上がっている。おそらく総旗艦ブリュンヒルトも同様だろう。
「閣下」
『何だ!』
蒼氷色の険のある視線で見据えられた。正直怯みを覚えたがまだ用件を伝えていない。

「ヴァレンシュタイン提督よりケンプ提督達捕虜の扱いについて提案を受けています」
『提案だと?』
蒼氷色の険が益々強まった。スクリーン越しだから耐えられるがそうでなければ逃げ出していたかもしれない。

「はい、捕虜としてこちらで預かって欲しいと言っています。ガイエスブルク要塞にはそれだけの捕虜を収容するのは難しいそうです」
『勝手な事を』
ローエングラム侯が顔を顰めた。もう少し感情を抑えて貰えないものか、報告がし辛いというのは良い事とは言えない。

「それに貴族達が私的に暴力を振るう可能性が有ります。ヴァレンシュタイン提督はその辺りも懸念しているようです」
『……なるほど』
多少視線が落ち着いた。呼吸がし易くなった様な気がする。
「いささか身勝手な言い分であるとは思います。しかし将兵の事を考えれば受け入れるべきではないでしょうか」
ローエングラム侯が渋々といった感じで頷いた。

『良かろう、内乱が終結すれば反乱軍を相手に使えるのだ。休養を与えたと思う事にしよう』
投げやりだが納得はしている、ホッとした。
「有難うございます。それと万が一にも彼らを戦場に出す事はお止め頂きたいと思います。それをすれば次からは捕虜を取らない、皆殺しにする、ヴァレンシュタイン提督はそう言っていました」

『その心配は無用だ、約束は守る』
いささか心外、そんな口調だ。もう一つ頼まなければ……。総参謀長が居る、なんとも遣り辛いな。
「それともう一つ、ヴァレンシュタイン提督から要求が有ります」
『未だあるのか、欲深い奴だ』
口元が捩じれている。好感度ゼロ、無理もないな……。

「捕虜の引き渡し、そしてヴァレンシュタイン提督の艦隊が撤退するまで、向こうは二十四時間を想定しています。その二十四時間の間、帝国軍の軍事行動の停止、それを一時間以内にローエングラム侯に宣言して貰いたいと……」
『一時間以内?』

「ヴァレンシュタイン提督はローエングラム侯は信じるがオーベルシュタイン総参謀長は信じられない、陰で小細工されるのは御免だと言っております」
ローエングラム侯が忌々しそうな目でオーベルシュタイン総参謀長を睨んだ。しかし総参謀長は表情を変えない、確かに何を考えているか分からないところが有る。エーリッヒが不安に感じてもおかしくは無い。

『分かった、一時間以内に宣言する』
「よろしくお願いします。一時間を過ぎますと時間稼ぎをしていると判断して撤退するそうです」
『そんな事はしない』
益々不愉快そうな表情だ。でも悪いのは俺じゃない、エーリッヒと信用の無いオーベルシュタイン総参謀長だ。耐えるんだ、ナイトハルト。

「それと」
『未だ有るのか』
「旗艦スクルドの艦橋にオフレッサー上級大将の姿を確認しました」
ローエングラム侯がオーベルシュタイン総参謀長を睨んだ。不愉快の極み、だな。
『……ご苦労だった、ミュラー提督。宣言は必ずする、卿は捕虜を受け取りレンテンベルク要塞に帰投せよ』
冷え切った声だった。敬礼をする前に通信が切られた。リューベックの彼方此方から息を吐く音が聞こえた。



帝国暦 488年  5月 22日    シャンタウ星域 ミュラー艦隊旗艦 リューベック ドレウェンツ



「ナイトハルト、ローエングラム侯に上手く話してくれた事、感謝している。助かったよ」
「いい気なものだ、こっちは寿命が縮むような思いをしたよ」
ミュラー提督がぼやくとヴァレンシュタイン提督が軽く笑い声を上げた。和気藹々、そんな二人を艦橋のオペレータ達は困惑しながら見ている。

「今も寿命が縮むような思いをしているんじゃないか。私がここに居る事を総参謀長が知ったら如何思うかな?」
「知りたくもないね。卿は無茶ばかりする、私は振り回されてばかりだ」
またヴァレンシュタイン提督が笑い声を上げた。ミュラー提督を信じている、自分の身が危険だとは微塵も思わないらしい。

ローエングラム侯が広域通信で二十四時間の軍事行動の停止を宣言するとヴァレンシュタイン提督は直ぐに艦隊を我々の艦隊に接近させた。そして捕虜の移乗が始まると単身、リューベックに乗り込んできた。リューベックの乗組員は唖然、ヴァレンシュタイン提督は平然、ミュラー提督は溜息、そして今、二人は紅茶を飲んでいる。

「それで、何の用だ?」
「用が無ければ訪ねては行けなかったか? 私達は友達だろう?」
ミュラー提督が溜息を吐きヴァレンシュタイン提督が肩を竦めた。
「分かったよ、教えて欲しい事が有る。ミッターマイヤー提督の具合は如何かな。酷い怪我をしたと聞いているが……」
妙な感じだ、怪我をさせたのはヴァレンシュタイン提督なのだが……。

「命に別状は無い、怪我は酷いが半年もすれば軍務に復帰出来る筈だ」
「そうか、良かったよ、それは。フラウ・ミッターマイヤーも一安心だろう」
ヴァレンシュタイン提督が大きく息を吐いた。
「知っているのか?」
「いや、会った事は無い。だが仲の良い夫婦だと聞いている」
「……」
ミュラー提督が何かを言いかけて一口紅茶を飲んだ。

「内乱というのは……、嫌だね。知っている人間と殺し合わなければならない。おまけに如何いうわけか殺したくない人間ばかり敵になる」
「……そうだな、同感だ」
「ケンプ提督が早めに降伏してくれた事には感謝している。あの人は子供が二人いる、それにまだ小さい。ケンプ提督が戦死していたら……、悪夢だよ」
ヴァレンシュタイン提督が首を横に振っている。不思議な事だ、この人は勝っても喜んでいない。

「オフレッサー上級大将を見たが?」
「ああ、もう少しで貴族達に裏切り者として殺されるところだった。だが私が止めた、彼が裏切るなど有り得ないからね。オーベルシュタイン総参謀長殿も小細工をする……」
ヴァレンシュタイン提督が微かに笑みを浮かべた。間違いなく総参謀長を嘲笑している。

「……卿と行動を共にしているのか」
「借りを返すと意気込んでいるよ。如何いうわけか私の所にはそんな人間ばかり集まってしまった。戦争は勝つために行うはずなのに……、馬鹿げているな。もっとも私自身、ブラウンシュバイク公に借りを返すために戦っているのだから彼らを拒絶する事も出来ない、困ったものだ」
自嘲するかのようなヴァレンシュタイン提督の言葉にミュラー提督が視線を伏せた。切なそうな表情をしている。

「そんな顔をするな、ナイトハルト。こうなったのは卿の所為じゃない」
「……」
「あの時は仕方なかった。帝国軍三長官に睨まれた兵站統括の中尉を救えるのは大貴族しか居なかった。だから卿はアントンに話をした、私を救うためだ。そうだろう?」
ミュラー提督が“ああ”と小さく答えた。視線は伏せたままだ。

「ブラウンシュバイク公の庇護が無ければ私はとっくの昔に戦死している」
「……」
「卿は正しい選択をした。それは私が保証する、だから悩むな、後悔するな。ナイトハルト・ミュラーにはそんな顔は似合わない。私は卿に出会えた事を感謝しているよ、卿は私の大切な友人だ」
ミュラー提督がまた“ああ”と小さく答えた。提督は今にも泣き出しそうだ。艦橋のオペレータ達も皆顔を伏せている。

「誤解しないでくれよ、ナイトハルト。卿は私の大切な友人だ。しかし戦場では卿を殺す事を躊躇ったりはしない。機会を得れば無慈悲なほどに捻り潰すだろう。だから卿も私を殺す機会を得たら躊躇うな」
「分かっている」
「卿はローエングラム元帥府では十分な立場を築いていない、その事も忘れるなよ」
“分かった”と言ってミュラー提督が頷くとヴァレンシュタイン提督も頷いた。ヴァレンシュタイン提督は優しい眼でミュラー提督を見ている。何故この二人が戦う事になるのか、そう思った。

「エーリッヒ、勝てるのか?」
「……貴族連合には色々な意見の人がいるよ。絶対勝てると言う人間も居ればアントンのように二十パーセントくらいは勝算が有るという人間も居る」
「……卿はどう思うんだ?」
「私の見るところでは勝算は二パーセント、かな。ゼロじゃないだけましだ」
「……」

耳を疑った。私だけじゃない、艦橋の皆が驚いている。冗談かと思ったがヴァレンシュタイン提督は平静な表情で紅茶を飲んでいる。ミュラー提督は無言のままだ。その後、少しの間二人は他愛ない話をしていた。主に士官学校時代の話だ。何度も何度も笑い声が上がった。そしてヴァレンシュタイン提督は帰って行った。ヴァレンシュタイン提督もミュラー提督も特別に別れを惜しむような事はしなかった。また会える、そう思っているのだろうか。

「二パーセントか……」
「本気でしょうか? 冗談を言っているようには見えませんでしたが……」
ミュラー提督の呟きにオルラウ参謀長が問い掛けた。ミュラー提督が参謀長を見た、提督は深刻そうな表情をしている。

「私はエーリッヒ・ヴァレンシュタインという男を知っている。例え二パーセントでも可能性が有るなら、その可能性を手にするために死力を尽くすだろう。実際我々はとても優位に戦争を進めているとは言えない状況だ。厄介な男を敵に回してしまったよ……、この内乱は酷い戦いになりそうだ」
そう言うとミュラー提督は大きく息を吐いた。



帝国暦 488年  6月 10日    アルテナ星域  レンテンベルク要塞  ナイトハルト・ミュラー



「大丈夫かな、ケンプ提督は」
「キルヒアイス提督が居ればローエングラム侯に取り成してくれるだろうがオーベルシュタイン総参謀長ではな……、控えめに言っても期待は出来んだろう」
ケスラー提督とメックリンガー提督の会話に皆が頷いた。

アムリッツア会戦の後、大失敗をしてローエングラム侯に叱責されたビッテンフェルト提督をキルヒアイス提督が取り成した事は皆が知っている。オーベルシュタイン総参謀長が何もしなかった事も。ローエングラム侯に報告しているであろう、叱責を受けているであろうケンプ提督の事を考えると溜息が出そうになる。

「ミュラー提督、オフレッサーが生きているのは間違いないのか」
「間違いありません、スクリーン越しでは有りますが姿を見ました。ヴァレンシュタイン提督にも確認しています。オフレッサー上級大将はもう少しで裏切り者として殺されるところだったそうですがヴァレンシュタイン提督がそれを止めたそうです。それを恩に着て今では一緒に行動しているとか」
俺が答えるとビッテンフェルト提督が“フン”と鼻を鳴らした。

「だから俺は直ぐに殺すべきだと言ったのだ。奴一人の所為でまた数多の兵士が死ぬ事になるぞ!」
「同感だ、オフレッサーを貴族共に殺させる等と言っていたが……、役に立たん! 策士策に溺れるとはこの事だな」

ビッテンフェルト提督とロイエンタール提督が憤懣をぶちまけた。二人ともこのレンテンベルク要塞を攻略するために凄惨な地上戦を経験している。総参謀長に対する怒りは大きい。そうか、ローエングラム侯が総参謀長を厳しい眼で見たのはこの二人の進言を退けて策を実行した事も関係しているな。いわば総参謀長に顔を潰された、この二人に対して顔向けが出来ない、そういう事か。エーリッヒの奴、何処まで想定していた?

「向こうにはリューネブルク中将も居る。地上戦なら向こうが上だな」
「艦隊戦も怪しくなってきた。ミッターマイヤー提督に続いてケンプ提督も敗れた。思った以上に敵は手強い、手加減して欲しいものだ」
ケスラー提督とメックリンガー提督の言葉には自嘲の響きが有った。良くない状況だ、士気が下がっている。

七人居た指揮官が五人に減った。これ以上減るのは危険だ、単独で動くべきではない。しかし共同作戦を執ればそれだけ行動の自由度は減る、そして多方面での軍事行動も執れなくなる。それだけ戦局の推移は緩やかなものになるだろう。つまり内乱の長期化だ。しかしこれ以上の敗北は戦争そのものを失いかねない。

「敵は思った以上に連携が良い様です。単独で動くのは危険ではないでしょうか?」
「ミュラー提督の言う通りだな。単独で動くのは危険だ、二個艦隊で行動を共にするようにしたいが?」
ロイエンタール提督が提案すると他の三人が頷いた。さてこの場に居るのは五人、一人余るが……。

「ケスラー提督はメックリンガー提督と組んでくれ。俺はビッテンフェルト提督と組む」
ロイエンタール提督を除く三人の視線が俺に集中した。やはり信用されていない。残念に思う一方でエーリッヒ達と戦わずに済む事への安堵感が有った。

「ミュラー提督は予備になってくれ」
「予備、ですか」
「ああ、俺達の傍に居ていざという時には駆け付けて欲しい。敵の不意を突けるはずだ」
「それは構いませんが小官よりもビッテンフェルト提督の方が適任では有りませんか、ロイエンタール提督?」
俺が問い掛けるとビッテンフェルト提督、ケスラー提督、メックリンガー提督が頷いた。皆、俺と同意見らしい。一体ロイエンタール提督は何を考えているのか……。ロイエンタール提督が微かに笑みを浮かべた。

「そうだな、確かにビッテンフェルト提督の方が適任なのだが一人にすると何をするか分からんという困った癖が有ってな」
ロイエンタール提督の言葉にビッテンフェルト提督が“おい、どういう意味だ、酷いではないか”と抗議した。もっともケスラー、メックリンガー両提督は“なるほど”と頷いているしロイエンタール提督も気にする様子は無い。

「というわけで俺がビッテンフェルト提督の監視役にならざるを得ん。ミュラー提督には予備をお願いしたい」
「承知しました。必ず期待に添います」
「うむ、宜しく頼む」
やはり戦う事になるか。いや、俺が来る前に逃げるだろうな。直接戦う事は余りあるまい。そう思う事にしよう。溜息が出そうになって慌てて堪えた。



 
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