| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二話 アルテナ星域の会戦

~スクルド:北欧神話に登場する運命の女神、ノルン達の一柱で三姉妹の三女。その名前は「税」「債務」「義務」または「未来」を意味する。スクルドは未来を司る女神でありワルキューレでもある。同じワルキューレのグズ、ロタと共に戦場に現れては戦いの決着に関与し、戦死者を選び取っているとされている。~



帝国暦 488年  4月 6日  ガイエスブルク要塞  アントン・フェルナー



「メルカッツ総司令官、遊撃の件、お許し頂き有難うございました」
「いや、卿の言う通り敵を混乱させるのであれば有効な手段だと思う。しかし気を付けて欲しい。敵は生半可な相手ではないからな、危険だと思ったら無理をせず素直に引く事だ」
「はっ、御言葉肝に銘じます」

エーリッヒとメルカッツ総司令官が穏やかに話している。エーリッヒは如何いうわけか年長者に可愛がられる傾向が有る。どうも年長者はエーリッヒの事を自分の息子とか孫とか、要するに庇護対象と感じてしまうらしい。ブラウンシュバイク公にも多少そういうところは有る。外見が良いからな、得しているよ。羨ましい事だ。

「メルカッツ総司令官の言う通りだ。卿は結構無茶をするからな、気を付けろよ」
ほらな、ブラウンシュバイク公が心配そうに言っている。
「大丈夫です、無茶はしません。出来る相手でも有りませんし」
「フェルナー、頼むぞ」
「はっ」
無理ですよ、公。こいつぐらい無茶をする奴は居ないんです。というよりこいつの無茶と俺達の無茶はレベルが違うのだと思う。いつも本人は平然としているから。

貴族連合軍の基本方針はガイエスブルクでローエングラム侯を待ち受けて一大決戦となった。そんな中でエーリッヒの艦隊二万隻は遊撃部隊として単独行動を許されている。敵を翻弄し混乱させ疲弊させるのが役割だ。自ら提案し志願したのだから何らかの思惑が有るのだろう。参謀長の俺にも内緒だ、後できっちりと話を聞かなければ。

「ところで例の件、如何なりましたか」
エーリッヒがブラウンシュバイク公に問い掛けると公が顔を顰めた。
「スパイの件か?」
「はい」
メルカッツ提督が“スパイ?”と言って公とエーリッヒを交互に見た。

「ヴァレンシュタインはローエングラム侯がこちらの動きを探るためにスパイを送り込んでくる筈だと言うのだ」
「なるほど、有りそうな事ですな」
「動きを探られるだけでも厄介ですが破壊工作、内部分裂、扇動などされてはたまりません。元々貴族連合軍は寄せ集めですから纏まりは悪い。内部から崩れてしまいます。早急に炙り出しが必要です」
エーリッヒの言葉にメルカッツ総司令官が大きく頷いた。

「リッテンハイム侯にも調査を頼んだがわしと侯の所に今年に入ってからそれぞれ十人程志願して来た男達が居る。妙な事に平民、下級貴族、そして我らの領地の人間ではない。普通ならローエングラム侯の所に行きそうなものだが」
「……ではその男達が」
総司令官が問い掛けると公が重々しく頷いた。

「多分。怪しいとすればその連中だろう。それぞれ監視を付けているが今の所目立った動きは無いとアンスバッハは報告している」
こっちはアンスバッハ少将、リッテンハイム侯の所はリヒャルト・ブラウラー大佐が調査している。二人とも慎重な男だ、まず間違いは無いと見て良い。連中はローエングラム侯が送り込んできたスパイだ。

アンスバッハ少将の役目には他の貴族達の動向確認も含まれている。言ってみれば貴族連合軍内部の防諜担当官だ。そしてシュトライト少将は諜報担当官。オーディン、そしてローエングラム侯の元帥府の中にこちらの協力者を配備、そこから情報を収集している。もっともローエングラム侯の元帥府は防諜が厳しいらしい。良質の情報はなかなか得られない。

このメルカッツ総司令官の執務室にリッテンハイム侯が居ないのも敵を欺く策の一つだ。ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯は協力体制にあるが表向きは対立しているように見せかけている。ローエングラム侯の目を欺くため、そして貴族達の目を欺くため。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、それぞれに不満を持つ者は必ずもう片方に近付くはずだ。その動向を押さえる。怖いのは貴族達が独自の勢力を作り動く事だ。何を仕出かすか分からない、それは阻止しなければならない。

「動きませんか、厄介ですね。このままではこちらも出撃出来ません。……シュターデン大将が出撃したがっています。許可しては如何でしょう。貴族達にローエングラム侯の力量を思い知らせるという意味でも悪くないと思いますが」
ブラウンシュバイク公とメルカッツ提督が目を剥いた。まじまじとエーリッヒを見ている。

「シュターデンを使ってスパイを炙り出すと言うのか」
「メルカッツ総司令官に競争意識を抱いているようです。総司令官もやり辛いでしょう、外へ出すのも一手だと思います。そうだろう、アントン」
「まあ、そうかもしれない」
「この通り、フェルナー少将も同意見です」

ブラウンシュバイク公とメルカッツ総司令官が今度は俺を見た。エーリッヒ、あんまり俺を巻き込んで欲しくないんだが……。御蔭で俺は卿に匹敵する悪謀の持ち主と陰で言われているらしい。アンスバッハ少将とシュトライト少将に言われて落ち込んだわ。あの二人、楽しそうに笑ってた。本当に性格が悪いのはあの二人だと思う。

「もしシュターデンが勝ったら如何する。増長するぞ」
「それは有り得ません。今の宇宙艦隊の司令官達はシュターデン大将を嫌っているんです。士官学校では詰まらない授業をしましたし卒業後は宇宙艦隊の司令部で碌でもない作戦を立てて苦労をさせられた。情け容赦なく叩き潰してくれますよ。一石二鳥、いや三鳥と言ったところです」

エーリッヒが指を折って利点を数えた。あーあ、二人が引き攣っている。卿はそういう事をやるから周りから怖がられるんだ。そして手離してはいけないと思われる。ブラウンシュバイク公爵家から逃げられなくなったのも卿自身に一因が有るんだぞ。恩返しとか言って働き過ぎたんだ。しかも本人は未だ足りないとか思っているし。

「確かに貴族達は兵力の多さに浮ついています。一度戦って負けるのも必要かもしれません」
「うーむ、……フェルナー、痛い目に遭ってこい、そういう事か」
まあ平たく言えばそういう事だ。貴族なんて望めば叶うと思っている馬鹿ばかりだ。多少は現実を見せる必要は有るだろう。

ブラウンシュバイク公が出撃に同意した。その場からリッテンハイム侯に連絡を入れ説明すると侯も出撃に同意した。リッテンハイム侯は要塞内にスパイが居る事がかなり不安らしい。家族に危害が加えられるのではないかと心配している。ブラウンシュバイク公も頷いていたから公も同じ不安を抱いていたのだろう。出撃を許可したのはそれも有るのかもしれない。

総司令官の執務室を出ると真っ直ぐにクレメンツ提督の部屋に向かった。部屋にはクレメンツ提督の他にファーレンハイト提督、リューネブルク中将の姿が有った。
「出撃が決まりましたかな」
「決まりました。シュターデン大将が出撃した三日後です」
俺がリューネブルク中将の問いに答えると三人が“本当か”というような表情をしたが“スパイの焙り出しです”と言うと一転して得心したように頷いた。

「シュターデン大将と協力するのかな」
「まさか、シュターデン大将は大物を釣り上げる餌ですよ、クレメンツ教官。それ以上じゃありません」
余りの言い草だと思ったのだろう、部屋に苦笑が満ちた。エーリッヒは時々クレメンツ中将の事を教官と呼ぶ。大体不本意な事が有った時だ。こういうところは分かり易いんだな。

「冗談で言っているんじゃありません。貴族連合軍の多くは練度も低ければ士気も低い烏合の衆です。とても肩を並べて戦うなんて事は出来ません。となればどれほど非情と罵られようと餌として利用するくらいしかないんです。幸い相手は武勲欲しさに食らい付いて来るはずです。そこを撃つ。割り切らないと彼らを救うために我々が大損害を出しかねません。そうなったらもう戦えませんよ」
苦笑は消えた。皆が苦い表情で頷いている。

「なるほどな、確かにそうだ。それで大物、というと?」
「戦略的な意味は有りませんが両軍最初の戦いです。勝って味方の士気を高めるという意味は有る。ローエングラム侯は信頼出来る指揮官を送り込むでしょう。彼が最も信頼するのはジークフリード・キルヒアイス、オスカー・フォン・ロイエンタール、ウォルフガング・ミッターマイヤーの三人です」

「キルヒアイス提督は辺境星域だ。となるとロイエンタール提督かミッターマイヤー提督が出て来るという事か」
ファーレンハイト提督が答えるとエーリッヒが頷いた。
「その可能性が高いと思います。上手く行けばそこを叩けるでしょう。成功すれば敵味方両軍に与える影響は大きい」

皆が頷いた。勇将ミッターマイヤー、名将ロイエンタールを敗北させれば味方の士気は否応なく上がるだろう。逆にローエングラム侯にとっては最も信頼出来る指揮官が出だしで躓いた事になる。かなりの計算違いの筈だ。その後の戦いにも少なからず影響は出ざるを得ない。それにしても良く考えている。だから遊撃を望んだのか……。

クレメンツ提督がファーレンハイト提督、リューネブルク中将と顔を見合わせ、そしてエーリッヒに視線を向けた。
「さっきまで三人で話していた。卿はこの日が来るのを待っていたのではないかと。貴族連合軍とローエングラム侯が戦う日が来るのを予測していたのではないかと。我々の勘違いか?」

エーリッヒが笑みを浮かべた。不思議な笑みだ、透明な感じで嬉しいのか悲しいのか良く分からない、柔らかい笑み……。
「この日が来ない事を願っていました。でもこの日が来るのも分かっていました。だからこの日のために準備をしました。内政を整え領民の離反を防ぐ、軍備を増強し精強ならしめる。悪足掻きですけどね」
「……」

「有難い事にリッテンハイム侯爵家は直ぐにブラウンシュバイク公爵家の真似をしてくれた、何かにつけて張り合いますからね。お蔭で両家の戦力は期待出来る。今では私はこの戦争を楽しんでいるのか、恐れているのかも分からなくなってきた。こんな日が来るとは思いませんでしたよ……」
相変らずエーリッヒは不思議な笑みを浮かべている。クレメンツ提督達も何も言えずに黙っていた。

「……エーリッヒ」
「大丈夫だ、アントン。大した事じゃ無い、死ぬまでに答えを出せば良い事だ。死ぬ時には納得して死ねるだろう、それで十分だ」
「……」
「卿も同じだ。私をブラウンシュバイク公爵家に引き入れた事が正しかったのかなんてくよくよ悩むんじゃない。死ぬまでに答えを出せば良いさ」
現実的なのだろうか、楽天的なのだろうか……。

「……死ぬまでにか、答えが出なかったら如何する?」
エーリッヒが笑い出した。
「最初から答えは無かったのさ」
「……」
「最初から答えが無いから答えは出ないんだ。簡単だろう? 悩んでいる暇は無いぞ、フェルナー参謀長。直ぐに出撃だ」
肩を叩かれた。良く分からなかった。だが確かに悩んでいる暇は無さそうだった。



帝国暦 488年  4月 19日  アルテナ星域   ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ  ウォルフガング・ミッターマイヤー



「他愛も無い敵ですな」
ディッケル参謀長が呆れた様な声を出した。全く同感だ、なんと他愛の無い敵なのか。スクリーンには機雷と我々に挟まれて次々と撃破されていく敵の別働隊の姿が映っていた。シュターデン、所詮は理屈倒れか、実戦はまるで駄目だな。

敢えて正面に六百万個の機雷を置いたのは何のためか、ローエングラム侯の本体が来ると情報を流したのは何のためか、まるで分かっていない。少し考えれば敵の挟撃を誘発し各個撃破するためと分かりそうなものではないか。それなのに見えない敵を相手に注文通りに艦隊を分散させるとは、余りにも拙さ過ぎる……。これなら何もせずに退いた方が未だましだ。

「閣下、この後は如何しますか。正面から敵の本隊を迎え撃ちますか?」
「いや、時計方向に進撃し後方から敵の本隊を攻撃する、その方が良いだろう」
ディッケル参謀長が頷いた。目の前に敵が居らず背後から襲われたとなればシュターデンは如何思うか。恐慌状態になるだろうな、少しは実戦の機微を知ると良い。もっとも次に生かせる機会が有るとも思えんが。

別働隊を壊滅させると最大戦速で艦隊を時計方向に移動させた。二時間程で敵本隊の最後尾が見えた。こちらには何も気付いていない。俺が前方に居るものだと疑ってもいない、愚かな……。一撃目で混乱、二撃目で恐慌、三撃目で遁走だ、後は逃げる敵を追撃して戦果を拡大すれば良い。逃げられるかな、シュターデン教官。

「速度そのまま。全艦砲撃用意!」
参謀長が復唱した。艦橋が昂揚している。皆が次の一瞬、“撃て”の命令を待っているのが分かった。右手を上げた。
「主砲斉射三連、撃て!」
右手を振り下ろす! 砲撃による光の束が一つ、二つ、三つと敵艦隊に打ち込まれその度に大きな光球の爆発が起きた。艦橋に大きな歓声が上がった。

「よし、追撃……」
「閣下!」
オペレータが悲鳴のような声を上げた。何だ? 顔が蒼褪めている、何が起きた?
「側面からエネルギー波、急速接近!」
馬鹿な! 側面! エネルギー波? 敵が居た? ベイオウルフに凄まじい衝撃が走った。



帝国暦 488年  4月 19日  アルテナ星域   ヴァレンシュタイン艦隊旗艦スクルド  アントン・フェルナー



「敵艦隊の進撃が止まりました!」
オペレータが声を上げると艦橋に歓声が上がった。
「敵艦隊を機雷源に押し付けるように包囲しろ、ワルキューレの発進を許可する。攻撃の手を緩めるな!」
俺の命令をオペレータ達が艦隊に命じている。艦橋は奇襲の成功に凄まじいほどの熱気に溢れた。火傷しそうな熱さだ。

「アントン、ワルキューレには例の指示は徹底しているのか?」
「大丈夫だ、敵の指揮艦クラスを集中して狙えと命じてある」
エーリッヒが指揮官席で頷いた。
「時間が無い、ミッターマイヤー艦隊が奇襲を受けたと知れば必ず増援が来る。おそらくはロイエンタール提督だろう。厄介な相手だ、彼が来る前にあの艦隊を叩き潰す。少しでも敵を混乱させてくれ」
冷静な声だった。いつもそうだ、どんなに勝っていても興奮する事、感情を動かす事は無い。兵達はそんなエーリッヒを何時の頃からか“ビスク・ドール”と陰で呼び出した。陶磁器のように冷たい、人形のように表情が変わらない。

「ベイオウルフ、被弾しています!」
オペレータが叫ぶような声で報告してきた。驚いて“間違いないか”と確認すると“間違いありません”と憤然とした口調で返してきた。嘘吐き呼ばわりしたわけじゃないぞ。時々オペレータにはこういうタイプの男が居る。しかし、ベイオウルフが被弾?

「ウォルフガング・ミッターマイヤー提督戦死。敵艦隊にそう通信をしてください」
エーリッヒの指示にオペレータが戸惑った様子を見せた。しかしエーリッヒが無言で彼を見詰めると慌てて通信をし始めた。
「信じますかな?」
リューネブルク中将が問い掛けるとエーリッヒが冷たい笑みを浮かべた。

「信じません、謀略だと思うでしょう。でも不安にはなります。中級指揮官、下級指揮官は現在の苦境を脱する前に部下達の不安を払拭しなければならない。さっきまで勝ち戦だったのに……、天国から地獄ですよ」
「……」
エーリッヒがクスクスと笑う。リューネブルク中将の顔が強張っている。俺も同様だろう、オペレータは蒼白だ。

「ミッターマイヤー提督が無事なら通信で姿を皆に見せる。声だけなら負傷だ、声も出ない様なら戦死か人事不省だろう。アントン、オペレータに最優先で確認させてくれ」
「分かった」
オペレータに指示を出すまでも無かった。俺がオペレータに視線を向けると“直ぐかかります”と言って彼は敵の通信を傍受し始めた……。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧