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実父

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第四章

「忘れたことはない」
「それでは」
「いや」
「いや、ですか」
「確かに今は機、しかしじゃ」
 それでもというのだ。
「わしは攻めぬ」
「そうされますか」
「同じ大坂方、石田殿に味方した身じゃ。だからじゃ」
「味方同士であるからこそ」
「わしは今は攻めぬ」
 決して、というのだ。
「寡兵であり傷ついておってもな」
「大殿の仇であろうとも」
「わしは攻めぬ、勇あるものはそうしたものをせぬという」
 そう思っているからこそ、というのだ。
「だからわしはせぬ」
「左様ですか」
「島津殿に人を送れ」
 こうも言う宗茂だった。
「昔のことは少しも気にかけておらぬ、九州までの道中は諸事心を合わせたいとな」
「味方としてですか」
「そうじゃ、確かに敵であったこともあったが」
「今は味方同士であるからこそ」
「そうしたいとな」
 人を送って伝えるのだった、その話を聞いてだ。
 当の義弘はだ、瞑目し唸って言った。
「そのお心確かに受け取った」
「それでは」
「立花殿に伝えて欲しい」
 こう使者に言うのだった。
「宜しく頼むとな」
「さすれば」
「そしてじゃ」
 義弘は使者にこうも言った。
「そのお心、決して忘れぬとな」
「そのお言葉もですか」
「立花殿にな」
 伝えて欲しいというのだ。
「是非な」
「ではそのことも」
「うむ、ではな」
 こうして義弘は使者を送った、そして使者を送り出した後でだ。
 彼は自身の家臣達にだ、こう言った。
「立花殿は武士であるな」
「はい、まさにまことの」
「見事な方です」
 家臣達も義弘に確かな声で答える。
「高橋紹運殿の子だけはありますな」
「あの御仁の」
「高橋殿は強かった」
 義弘が実際に戦ったのだ、だからこそ紹運の強さはわかっている。八百に満たない兵で五万の兵を迎え撃ち見事討ち死にした彼のことを。
「しかもまことの武士であられた」
「そしてそこ子宗茂殿も」
「然りですな」
「立花道雪殿の心も受け継がれてな」
 義父である彼のそれもというのだ。
「そのうえでな」
「あれだけの武士になられている」
「左様ですか」
「うむ、天下の武士じゃ」
 宗茂、彼こそはというのだ。
「この戦で終わる方ではないな」
「ですな、いずれまた」
「その武と心を天下に見せられるでしょう」
 かつて敵であった彼等の言葉だ、そしてだった。
 宗茂は己の領土に帰った、義弘に指一本触れることなく。だが彼は大坂方についたことで改易となってしまった。 
 そうして一介の浪人となったがだ、彼の武名を惜しんで様々な者が誘いをかけ遂にだった。
 家康、敵であった彼が五千石で迎え入れそれからだった。
 大名に戻した、そうしてこう言うのだった。
「あれだけの者、埋もれさせてはならぬ」
「ですな、あれ程の御仁」
「何があろうとも」
「天下の武士よ」
 こう周りの者に言うのだ。
「その武と心は今で収まらずな」
「後の世にもですか」
「残りますか」
「必ずな、立花宗茂の名は何時までも残る」
 こう言ってっだ、そしてだった。
 実際に立花宗茂の名は今も残っている、その武と心のことは。彼をそこまで育て見事な討ち死にを遂げた紹運、そして道雪のことも。


実父   完


                          2014・8・27 
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