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死刑

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第一章

                      死刑
 死刑制度は問題になり続けていた、肯定派と否定派でだ。
 とにかく否定派は死刑廃止を唱える、だがだった。
 それでもだ、肯定派も引かず死刑に関する論議は日本において深刻な政治問題の一つとなっていた。それでだった。
 衆議院議員の松中雄彦がだ、熟考の末に首相の宮田十蔵にこう言った。
「総理、ここは中間を取りますか」
「中間!?」
「はい、中間をです」
 それでいこうかというのだ。
「取りますか」
「死刑の中間とは何だね?」
 松中の言葉を聞いてだ、宮田は官邸の執務室の己の席で首を傾げさせて応えた。
「一体」
「はい、本人を死刑にしますと廃止論者が怒りますね」
「その都度な」
「例えどういった凶悪犯の処刑でも」
「しかし凶悪犯の処刑は」
「存続論者が言うね」
 肯定派は肯定派で、というのだ。
「当然として」
「はい、ですから」
「中間策をというのか」
「そうしましょう」
「その中間策とは何だね?」
 宮田はいぶかしむ声で松中に問い返した。
「死刑に中間なんてあるのかね」
「死刑にするかしないかというのですね」
「言うまでもないと思うが人は絞首刑にしたら死ぬんだよ」
 当然のことであるがだ、宮田はあえて松中に言った。
「中間も何もなく」
「死はこの世で絶対のことですからね」
「そう、これ以上はないまでにね」
「その通りです」
「わかっているじゃないか、だから死刑は極刑なんだ」
 俗にこう言われていることもだ、宮田は松中に言った。
「これ以上はないまでの」
「それで中間策とは」
「あるのかね、そんなことが」
「本人は死刑にしません」
 松中は宮田にここでこう言った。
「死刑囚本人は」
「本人はか」
「その代わりにクローンをです」
 宮田に対してだ、自分の案を話していくのだった。
「死刑にしていきましょう」
「そうか、クローンをか」
「そうです、本人は死刑になりませんが」
「死刑は執行される」
「これなら存続論者も廃止論者も納得出来るのではないでしょうか」
「ううむ、そうなるか」
 宮田は松中の話を聞いて深く考慮する顔で腕を組んだ。
 そしてだ、こう言うのだった。
「中々斬新なアイディアだ、それに」
「確かに死刑になっていますね」
「死刑囚がな」
「しかし本人は死刑になっていませんので」
「死刑とも言えないな」
「存続していて廃止もされています」
 クローンは死刑になるが本人は死刑にならないのでだ。
「これならどうでしょうか」
「一度法案として出してみるか」
 宮田はここまで聞いて自分の前に立っている松中の目を見て言った。
「君が」
「そうさせて頂いて宜しいでしょうか」
「議案としていいかも知れない、少なくともこのままではな」
「答えが出ませんね」
「最初から答えの出にくい話だとはわかっていたがね」
 この死刑に関する論議もだ、何しろ宗教観や哲学、倫理というものが複雑に関わってくるものだからである。
 宮田もそれはわかっている、だがそれでもなのだ。 
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