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金婚式

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第一章


第一章

                      金婚式
 老夫婦と言ってもよくなった。リチャード=オーコン卿と妻のメアリーはもう結婚して随分と経っていた。
「もうどれだけになるかな」
「五十年よ」
 微笑んで夫に告げるメアリーだった。その顔は年老いてはいるがそれでも非常に美しい。まさに美しいままで老いた、そんな顔であった。
「そうか、もうか」
「ええ。五十年です」
「長かったな」
 リチャードは妻のその言葉を聞いて穏やかに微笑んだ。安楽椅子に座り白い部屋の中で黒いズボンと赤いチョッキ、それに白いシャツを着てたたずむ彼の姿は実に余裕のあるものである。彼もまたその美男子のままで老いたといってもいい、そんな趣であった。
「いや、短かったかな」
「短かったっていうのかしら」
 妻が応えたのはそちらだった。
「やっぱり」
「五十年という歳月を考えたら」
 リチャードはその歳月についても述べた。
「長いんだろうがね」
「それでも感じるのは、なのね」
「短かったな」
 その五十年を振り返っての言葉だった。
「本当にな」
「そう言われてみればそうかしら」
 それにメアリーも頷いた。
「やっぱり」
「五十年。これで」
 また言うリチャードだった。
「金婚式か」
「そうだったわね」
 言われて気付いたという感じのメアリーだった。
「そういえばそうね。金婚式ね」
「そうだな。それでだけれど」
「二人でささやかなお祝いをしようかしら」
 こう考えるのだった。
「二人で。何か食べて」
「それじゃあローストビーフがいいな」
 リチャードは微笑んで妻に告げた。
「メアリーの焼いたな」
「それでいいの?」
「ああ、それで頼むよ」
 それを頼むのだった。
「それとあとは」
「ワインはシャンパンにしようかしら」
「そうだね。お祝いだしね」
 それでいいというのだった。
「ワインはそれで」
「それで他には」
「後はケーキを買って」
 次にはそれだった。確かにささやかな祝いであった。
「それで二人でささやかに祝おうか」
「静かにね」
「それでいい」
 静かに述べたリチャードだった。
「二人で祝ってそれで終わりで」
「そうよね。ただそれだけでね」
 こう言い合いささやかに祝うつもりの二人だった。しかしそれはたまたま二人の家に遊びに来ていた曾孫の一人が聞いた。彼はそれをすぐに兄弟や従兄弟達に話したのだった。
 男もいれば女もいる。しかし皆まだ子供達だ。一番上で十六といったところか。その彼等がその話を聞いて困った顔になっていた。
「えっ、二人だけで祝うって」
「それだけ?」
「それだけで終わらせるっていうの?」
「それだけでって」
「そうみたいなんだ」
 それを聞いた子が皆に話す。
「ひいお爺ちゃんもひいお婆ちゃんもね」
「寂しいな、それは」
「そうよね、やっぱり」
「それで終わりだなんて」
「ささやかだなんて」
「五十年なのに」
 彼等にとってはそれはもう想像もできないまでに長いものである。それこそ生まれる遥か前である。その長さを思ってそれで話すのだった。
 
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