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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
  七月二十七日:『狂信者』Ⅱ

 
前書き
拙作をお読み下さっている皆様、本年度は大変お世話になりました。来年度からも、どうか宜しくお願い致しますm(._.)m 

 
 デザインの上でのみ古めかしい、中身は最新式だろう全く揺れないエレベーターが停止していた。分度器型の回数表示、その針が止まっているのは右端。即ち、最上階。この第七学区のランドマークとされるホテルだ。
 世界中にまま有る、かの『大英女王帝国(グレート・ブリテン)』の首都『倫敦(ロンドン)』の最高級老舗ホテル『ザ・リッツ・ロンドン』の模倣だ。本物とは、品格も歴史も競べるべくもない。

 絢爛な玄関とは裏腹に、客室の並ぶ階は素朴だ。深夜と言うのもあるが、その辺りは日本人の感性に合わせているのだろう。仄暗い廊下を訥々と、スーツに外套を纏っているのでドレスコードはクリアしている嚆矢は歩く。
 ただ一人、チップを渡したドアボーイが『案内致します』と言ったのを断って。オールバックに撫で付けた亜麻色の髪を気怠げに撫でて。

 そもそも、迷う部屋数がない『最上階の一室(スイートルーム)』に、足を踏み入れた。

「邪魔するぜ……っと」

 何の迷いもなく、ドアノブを回して開く。それだけで金属のドアノブに接していたスタンガンは故障、手榴弾はピンは抜けたが信管が不発、ライフルの引鉄に繋がっていたワイヤーに至っては断線して用を為さなかった。

「大したモンだ、テメェを殺すにゃあ────先に可能性を殺さなきゃいけねぇ、って訳だ」
「別に、そこまでする必要はねぇさ。魔術にしろ能力にしろ、俺には過剰殺傷力(オーバーキル)さ」

 それを、真正面から笑った男が居る。対面のソファに座り、葉巻を吹かしながら瓶麦酒(ビンビール)を煽るサングラスの男性が。
 空洞の眼窩でどうやって知り得たのかは分からない。しかし、彼は……真っ直ぐに、此方を向いていて。

「────両手を上げて跪け、少しでも不審な動きをすれば……分かるよね?」
「はいはい……」

 後頭部に突き付けられた、冷ややかな感触。間違いない、銃口の感触。声の近さから、まず拳銃。そして女の声であるからには……導き出される結論は、あの娘。

「ようこそカインの末裔(ヴァンパイア)、ボク達のアジトに。良い度胸してんじゃんか、一人……いや、()()()()()で乗り込んでくるなんてさ」
《おい、嚆矢。この無礼者を斬れ、今直ぐに》

 ならば、逆らえない。『女に優しくする』のは彼の誓約(ゲッシュ)なのだから。背後に音もなく立った、襤褸切れのような黄衣を纏う娘にでも。
 辺りには、不穏な気配が充満している。まるで、息を詰めて此方の隙を窺っている『何か』が物陰に潜んでいるように。

 言われたように、両手を頭の後ろに回す。その膝裏を蹴り払われる。激痛ではあったが、衣服に忍ばせたショゴスのお陰でほぼノーダメージ。ただし、やはり勢いに膝は突かされた。これで、最早無抵抗だ。

「ふぅ、さてと。じゃあ、商談といこうか?」
「ちょっ……ボクは無視かよ!」
(わらわ)までも無視か!》
「ちょっと黙ってろ、セラ。後、銃は仕舞え。こいつぁ勘だが……暴発するだけだろうぜ」

 それを全て、無視して。葉巻を灰皿に押し付けたレイヴァンはどこか遠くに向けて合図を出す。背後の銃口が消えた事以外に嚆矢は知る由もないが、窓の彼方のビルの上。赤いライトシェードの真下から、バレットライフルにて嚆矢を捕捉していたティトゥス=クロウに向けて。
 前後からの強烈な殺気が消えた事で、僅かに落ち着きを取り戻す。後は、目の前の屈強な男を説得するだけ。

「来い、って言われたから訪ねたってのに。米国式の歓迎は手荒くていけねぇ」
「悪りぃな、真っ当な教育は受けた事がねぇからよ。で、『グラーキを討つ』とか言ってたが?」
「ああ、だから力を借りに来た。実際、倒せるかどうかとかも聞いとこうかと」

 刹那、辺りの空気が揺らめいた。丁度、『グラーキ』の名が出た瞬間に──『何か』が、逃げ惑うように。同じく、背後のセラも息を飲んだのが分かった。
 どうやら、狙いを付けた相手は中々の有名どころ(ビッグネーム)らしい。

「若いってのは良いねぇ。旧支配者(グレート・オールド・ワン)を殺す、か……」

 クッ、と喉奥で笑った男。その瓶麦酒を一気に煽りながら。ぐびり、ぐびりと二度、喉仏が上下した。
 それで飲み干したらしく、口を離せば『ぽん』と音が立つ。

「──旧支配者は死なねぇ。あれは、『そういう災害』だ。天災だと諦めた方がいい。地震とかハリケーンと同じさ、人間にはどうしようもない」
「そうかい。つまり、『人外なら出来る』って訳だろ? だったら勿体付けてないで、スマートに会話しようぜ」
「可愛くねぇ餓鬼だな、お前……」

 機先を制されて、幾分気分を害したらしいレイヴァンが空の瓶麦酒を転がす。因みに、テーブルの上にはズラリと空瓶が転がっている。
 そして、ソファのすぐ脇には明らかに後付けの簡易冷蔵庫。そこから新たな瓶を一本取り出し、親指だけで栓を飛ばした。

「曲がりなりにもありゃあ神だ、生半(なまなか)の人外じゃ無理だよ。そうだな、『顕現』させた実戦派の魔導師二人懸かりでギリ、ってトコか。次にどこぞの阿呆が呼び出すまでは()()()()()

 そして、更にもう一本を取り出して──此方に投げて寄越した。それを振動させぬように気を付けて受け取ると、栓を……面倒臭いので、ショゴスにかじらせた。

「殺せないが、封じられる訳だ。因みに、『顕現』って?」
「お前の背後に居座ってる(こんとん)の事さ。なあ、“悪心影(あくしんかげ)”────エキゾチックな嬢ちゃん?」
呵呵(かっか)────苦しゅうない。(わらわ)にもその硝子の酒を上納するがよいぞ」

 呼ばれたからか、姿を現した“悪心影”……市媛。レイヴァンの対面のソファに、どっかりと腰を下ろして。更に『脚で』もって、レイヴァンが空けたままでまだ呑んでいなかった瓶を掴み取る。
 刹那、背後から風が吹いた。そうとしか形容できない速さで、セラは市媛に肉薄する。

「────下がれ、下郎。誰の許しを得て拝謁するか、風王の眷族(ろーど=びやーきー)風情が」
「────それはこっちの台詞だ、魔王の代弁者(メッセンジャー)風情が……頭に乗ってんじゃねぇ!」

 脇差し『宗易正宗』と拳銃『コンテンダー・アンコール』を突き付け合う、和装の娘と洋装の娘。微塵も揺らがない濡羽烏の黒髪と、風の流れに揺蕩う翡翠めいた色味の銀髪。見下しながら見上げる紅い瞳と、睨み付けながら見下ろす白金の瞳。
 一触即発、正にそんな陳腐な表現がぴったりのスイートルーム。しかし、均衡とは崩れるもの。

「それで? まさかとは思うが……まだグラーキに挑む気か?」
「勿論。殺す、この世から消す」
「ソイツは無理だ。何故なら、『クトゥルフ神話』は他の神話とは違う。あれは『人間の集団妄想』で成り立ってるんだ。人が滅ぶか、忘れ去るまでは消えねぇよ」
「成る程ねぇ……」
「「…………」」

 そんな二人をそっちのけで、瓶麦酒を口にしながら会話しているレイヴァンと嚆矢。その様に、先に得物を納めたのは市媛。
 呆れたように、脇差しを鞘に戻して。代わり、何処からともなくは瓶詰めの金平糖(コンペイトウ)を取り出した。

「阿呆らしいのう……あちらはあちらで盛り上がっておるようじゃし。どうじゃ、呑むかえ?」
呑まねぇよっ(Fuck you)! てか、伯父貴(オジキ)! 敵と盛り上がんなよな!」

 以前、嚆矢にしたように金平糖を勧める。無論、脚で。なのでセラは気分を害したらしい。
 つかつかと、レイヴァンの方に行ってしまった。代わりとでも言うように。

『てけり・り。てけり・り』
「おう、くれてやろうぞ。ほれ。ふ~む、これが麦酒(えーる)という奴か」

 寄ってきたショゴスに餌付けする市媛。我関せず、とばかりに麦酒に舌鼓を打ちながら。
 それに、我関せずとばかりに。嚆矢はレイヴァンに最後の一言を。

「なら、力を貸してくれ。あんた程の魔導師なら、それが出来る筈だ」
「出来ねぇ、とは言わねぇが……俺らは慈善事業の『教会』じゃなくて、資本主義に基づく『協会』だ。見合う得がなきゃ、動かねぇ」

 それこそ、米国の真髄。資本主義そのもの。分かってはいたが、やはり一筋縄ではいかない。
 言い、テーブルの上にバシンと叩き付けた『モノ』。その、悍ましき瘴気を撒き散らす『一冊』は。

「“黒い雌鳥(ブラック・プレット)”──代価は、これでどうだ?」

 あの狂信者が有していた、写本ではあるが精度は折紙付きの魔書(グリモア)。同じ魔導師ならば、その価値は分かろう。使うもよし、売るもよし。

「冗句にしちゃあ、面白れぇ。たかだか写本一冊の為に、旧支配者を相手にしろってか」
「受ける訳ないだろ、そんな依頼! 一昨日来やがれ(Shit,idiot)!」

 それを一笑に伏して、レイヴァンはテーブル上に両足を投げ出す。“黒い雌鳥(ブラック・プレット)”を蹴り飛ばしながら。床に落ちた魔書はばさりと、羽ばたくように着地して見えた。

「あと、()()()。“グラーキ黙示録(グラーキ=アポカリプス)”も全て、此方のもの。それで手ェ打ってやる」
「そうだ、あと十三冊…………え、いや、ちょっ……伯父貴(オジキ)?」
「ああ、構わねぇ。こっちの目的は、あのクソッタレの神を殺す事だけだからな。魔導書なんざ好きにしろよ」
「よし、交渉成立だな。となりゃあ善は急げ。明日の夜、夜戦決行(Let’s Party)だ。合流場所は……ここの玄関(エントランス)二十時丁度(ふたまるまるまる)

 話は終わり、嚆矢は頭を下げて振り返り……そのまま、部屋を去る。市媛は、いつの間にかその背中に。燃え盛るような三つの瞳で、立ち尽くすセラを嘲笑いながら。

「じゃあ、グラーキは任せたぜ。何とかなんだろ、お前なら。俺はバカンスで忙しいからよ」
「…………」

 その娘の肩を叩いて、大欠伸をしながらレイヴァンはさっさとベッドルームに消える。最後には、ぽつねんとセラだけが残り。

マジで(Hooo)…………!」

 唐突な展開に、頭を抱えて踞る。それに今度こそ、辺りの『何か』が逃げ出した。

超ぉぉぉ(lyyy)…………!!」

 娘は大気を震わせながら、一気に立ち上がる。端正な美貌を歪めて、天井に向けて。

「────最っっっ悪ぅぅぅ(Shiiiiiiiiiiiiit)!!!」

 航空機の爆音と紛う程の絶叫を、虚空に轟かせながら。 
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