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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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薄明
  第14話 暗幕

「――今のところ、外交情勢は安定しており暫しの猶予はありそうですが切っ掛け一つでどう変わるか……難しい状態です。」
「ふむ……統一中華戦線、台湾が目の上のたん瘤だな。」

「ええ、大東亜連合と共栄圏構想を実現させるにも台湾がシーレーンの要所です。かの国をどうやって中韓から引き離すか、それが命題となりましょう。」
「其れを言うのなら韓国もそれに該当するのでは?ソ連からの守りの盾は必要なわけですし……」

 斑鳩嵩継の執務室にて顔を合わせる真壁と藤原女史。
 自らが政権を取るわけではないが、こういう事案は常に想定して情報収集と分析を密としなくてはならない。

 何故なら、不慮の事態によっては機能しなくなった内閣などの政治の空白を埋めるのも摂家を初めとした武家の使命であるからだ。

「いや、不要だろう。我が国の戦略ドクトリンは艦隊とミサイル・データリンクを複合活用した海戦防衛構造。
 陸で戦うよりも海で戦う方が良い、人海戦術を使ってくる相手の土俵で戦うのは愚行だ。―――どんな寝言を今度は聞かせてくれるのかは知らんが、乞食の戯事に付き合う義理も無い。」


 嘗ての日清・日露戦争によって併合した朝鮮半島を無用と断ち切る真壁。
 その理由は幾つかあった。
 先ず、第一次世界大戦前後と違い日本の海軍戦力が充実し、立地条件からソ連がその物量を先ず生かせない事、そして質に於いても完全有利に立っている事。

 そして満州にあると目されていた石油がBETAにより既に喪失しており今後の回復が起きうるか如何かも不明である事だ。無理にそちらに防衛線を作る益は薄い。
 こと現代戦争に於いて、地政学的戦争はあまり意味を成さない。―――ましてや反日思想が遥かな昔から強すぎる国だ。

 ソ連から守ってやる義理は薄い。


「恐らく、あの半島は朝鮮戦争を再現することになるだろうな―――鉄源ハイヴ、G元素を巡って……それまでにどうやってアメリカの支配から脱却するかだ。
 此の儘、オルタネイティブ4が成功し人類に光明見えようと、今度はG元素を巡って侵略された側と侵略する側に分かれた戦争となる。
 ――今のままでは、日本は侵略の先兵として使い捨てられるだけだ。」

「樺太は特にソ連と陸続き、アメリカの支配から脱却したとしても敵には回したくないですね……それに北樺太の油田も惜しい、それを守るためにソ連との共同戦線を展開している訳ですから。」
「しかし、そんなご都合よくはいくまい。日本はアメリカにとってはG元素が眠る大陸への橋頭堡だ。逆にソ連にとっては不凍港にしてアメリカからの盾として有用だ。
 ―――やはり、ここは自立出来るだけの物資・経済基盤を確立し中立に徹するべきだろう。そのためにはやはり大東亜共栄圏構想を実現させ、欧米を間引きさせた経済圏の確立を行うしかあるまい。」

 真壁助六郎の分析、G元素の最大の難点。それはハイヴの立地を巡って人類戦争が起きるという事であり、それは植民地支配時と同じく侵略戦争の多発を意味していた。
 せっかく前大戦で終わらせたはずの植民地時代がまたぶり返す。
 それは前大戦期より日米安保条約で戦力を限定されてきた日本には苦しい戦いとなることは必定であるということでもあった。

「そうなると新型戦術機の開発は急務……タイミング的にも閣下が薄明計画を押し通したのは丁度良かったという事ですわね。」
「まだまだ之からさ、予算を獲得し続けねばならないからね。あの陰鬱な連中を説き伏せねばならないかと思うと心が折れそうだよ。」

 藤原女史の言葉に大仰に額に手を当て頭を振る斑鳩嵩継。

「よく言う、そんな繊細な心など持ってはいないでしょう。訓練生時代には教官をさんざん弄り倒していたくせに。」
「卿は学生の戯れを国運を左右する政で例えるか、いっそ代わって欲しいな。」

「謹んで辞退させていただきます。あの手の輩と話しているとつい刀に手が伸びてしまいそうですので。」
「胆が太い上に気も短いな。―――そんなのでは嫁も貰えないぞ?」


「余計なお世話というものです。そういう閣下こそ忠亮公にも余計な世話を焼き過ぎです―――恭子様が怖いので止めて下さいホント。」

「はっはっはっは!!恭子のああいう怒った顔も凛としていて目の保養に成るだろ?」
「薔薇を見るどころか押し付けられている気分にしかなりません、棘が痛いんですよ棘が!!―――というか、閣下。私を身代わりにしてますよね?絶対。」

「触らぬ鬼に祟りなし、触っても身代わりを祟らせておけば問題も無し――と云う奴だよ。」
「それを言うなら触らぬ神に祟りなしです、後文はありません。というか最初から私を身代わりにする気満々じゃないですか!!!」

 嵩継の悪ふざけの全容が明るみに出たことで自分が割りをくっていた事に吼える真壁。
 気苦労気質が実に滲み出ている。

「あらあら、男同士の友情は美しいですわねぇ。」
「女史、君の眼は腐っている。眼科か脳神経外科に行ったらどうだ?」

 同僚の感想に即座に突っ込みを入れる。

「まぁ、真壁の尊い犠牲のおかげか、あの二人仲は中々良い感じらしいな。」

 主に目の前で哀悼の意を表され、真壁助六郎の心は燃え尽きようとしていた。

「忠亮公の方は親心が育っている感じでしたわ。――どう見ても朴念仁な御方ですし、致し方ないかもしれませんね。」
「それだけじゃない、閣下は彼奴に篁嬢との婚約を一切教えてない。」

「――――はい?」


 真壁助六郎の言葉にさすがの藤原も硬直した。

「閣下?」
「ふっ、時期を見計らっているのさ。」

「―――箝口令を強いてまで本人の耳に入らないようにしておいてですか?幾らなんでも職権乱用でしょうに。」

 斑鳩嵩継の言葉に内心、自分が楽しみたいからわざと教えてないだけだろうな、という嫌な確信を抱いて助六郎は皮肉の苦笑を織り交ぜて嘆息する。

「では、兄弟子である卿に聞くがアレが婚約したから素直に従えと言って聞くか?」
「相手にも因りますが……篁嬢相手では絶対に受け入れないでしょうね。―――あれで結構、正義感には篤い奴ですから。」

「あら、彼の経歴は私も見ましたがそのような人物には見受けられませんでしたが。」

 嵩継の問いに渋い表情で同意する真壁。
 本の一時ではあるが、忠亮は真壁助六郎の一門、真壁派一刀流に師事していたこともあるため面識もあり、何度か剣を打ち合った事もある―――師範代の一人が出来心で見せた奥義書を即座に理解し、再現させて見せたのには驚愕したが。

 対して藤原女史は大陸や、四国戦線での冷徹とも呼べるあらゆるモノ利用した戦績を見ての評価だった。
 助けられないと判断した味方は即座に、時には己の手で処断し。あえて四国にBETAを引き込むことで京都への圧力を逃がした事も知っている。

「女史は一側面しか見えてないな。
 ―――正義の行きつく先は大抵決まっている……一人を救えば十人、十人を救えば百人、百人を救えば…そうやってネズミ算式に助けなくてはならない人間は増えていく。しかし、万人を救えるほど人は万能ではないし、救っては成らない人間も当然存在する。
 己の意思で救う人間を選別するという責任は決して軽い物ではなく、それは力持つ者の責務だ。――だが、力を持ってしまってはいけない者が力を持った例は古今東西腐るほどにある。」

 無能だが権力という力を握ってしまった例、狂った思想を持つ権力者、際限のない我欲を持つ為政者……チャーチル、ヒトラー、スターリン、ヘンリー・スティムソン、ルーズベルト、フビライ・ハン、李承晩、例を挙げれば限が無い。

 そういった、力を得てしまった悪。すなわち邪悪を討つために、力あるものは相応しくないものが強者の頂点に立った時、その暴威に立ち向かう責任があるのだ。

 人類の恒久的世界平和、人道的な理想郷。そんな大言蒙昧な戯事は云わなくていい。
 ただ、次世代を……消えては生まれていく命と文化の連続性。
 次があるという最低限の希望と可能性を残さなくてはならないのだ―――かつての植民地支配や、元寇それに大東亜戦争でアメリカが日本占領後に行おうとした政策ではそれが皆無だったのだ……だから、戦わざる得なかったのだ。

「そういった邪悪を排除するために正義は強くなくてはならない、だが純然な正義は必ず悪に対し手段を択ばないといけないというハンデを常に背負っている―――かつての大東亜戦争における日本のようにな。
 奴はだから鬼となることを選んだのだろう、奴は己の正義故に剣鬼となった―――誰よりも、真剣で誠実で在ったからこそ。……私は少なくともそう思う。」

 故にどんな正義もまた、善悪の両面を持つのだ。
 この世のあらゆる力を持つものは穿き違えてはならないのだ、善と正義は同じものではない。

 多くの場合、他者を害する属性を持つ正義はその本質に於いて、寧ろ悪に近い性質を持っているのだ。

「―――真壁殿が他人についてそこまで語るとは正直、意外ですね。」
「……出来の悪い弟のように見えてしまうからな、そのせいかもしれん。」

「ふふふっ、彼は閣下の義弟でしょうに。」

 藤原女史は静かにほほ笑むのだった。


「さて、戯事は此処までにしておこう。今後のBETA・AH両戦局を見越しても新型機の開発は急務、特に他国も着実に第三世代機を実戦投入しその運用経験を蓄積し戦力を増強し、そのフィードバックによる従来機の近代化改修で戦力を増強している。
 追い付かれるのは時間の問題、そういう意味では今始めれたのは非常に都合がいい。―――千堂専務の中間報告によると概ね先進技術開発は順調らしい、半年もすればATRX(アトラックス)の方は組み上がるそうです……跳躍ユニット以外は。」
「跳躍ユニットは矢張り、今までにない試みが原因なのか?」

「ええ、我が国も多数の人工衛星を手掛けていますからそれなりに電磁推進のノウハウはありますが、星間航行用のヴァシミールエンジンを戦術機に搭載可能なほどに小型化・高効率化させるとなると生半可ではありません……一番の問題は粒子の磁場閉じ込めに必要な超伝導コイルです。
 超伝導状態の維持に必要なエネルギーが膨大すぎます、最低でも常温で超伝導特性が可能な素材が無ければ実現は不可能かと。」

「ふむ……素材開発は成果が出る時期を見極め難いからな。―――横浜を使うか?」

 真壁の報告を耳にした斑鳩はやや思案し、横浜の名を出す。
 すると藤原、真壁の両者のまゆに皺が寄った。

「ですが閣下、あの女狐め。協力を要請しても素直に応えましょうか?如何な対価を要求されるか分かったものではありません。」
「女史はえらく彼女を嫌うな、彼女は中々に可愛げのある人物だぞ。」

「あら、妬けてしまいますわ―――華山院様とも懇意にされているようで、閣下の好みが今一つ把握できなくて困りますわ。」
「可愛い女性なら誰だって好みさ。」

 深遠な微笑を湛えて答える斑鳩嵩継―――実際、女の敵と認定されてもおかしくない言葉である。
 だが、其れをしても他人を惹きつけさせるのは王者の風格か。

「……横浜には博士子飼いの特殊部隊がいる。損耗率の高い部隊だ、より高性能な機体を所望しているはず―――となれば、零式を引き合いに出せば可能かもしれません。」
「宜しいのですか?最新鋭機を国連部隊の供与するなど……」

「前例が無いわけではない、現にあの部隊は不知火を95年から運用している。―――機密漏洩に関しては、この日本のどこよりも厳重と云えるだろう。」

 横道にそれ始めた流れを矯正する真壁、武御雷を国連軍に供与するという提案を同時に出すと藤原女史が難色を示すが、彼は実績を以てそれを杞憂と断ずる。

「それと、愚弟に持たせた欧州への親書ですが。衛士再生強化計画の臨床データはどうにか得られそうです―――図らずとも、XFJ計画が欧州連合との歩調を合わせる結果になったのが追い風になったようです。」

「真壁、些事は任せる良きに計らえ――――責任は全て俺がとる。」
「御意に……!」


 
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