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いる筈がない

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いる筈がない

                      いる筈がない
 二人の少年が砂浜を歩いていた。朝の砂浜はとても爽やかで気持ちがいい。そこを二人で歩いていた。
 そしてだ。歩きながらこんな話をしていた。白いその砂浜の上を歩いて同じく白く奇麗な波を見ながらだ。
「今この時間に泳いでる人なんていないだろ」
「いないか?」
「ここサーファーいないしさ。いないって」
 片方の黒髪の少年が言う。
「そんな人。朝になんかな」
「いないか」
「泳ぐのならあれだよ。朝御飯が終わってからだよ」
 それからだというのだ。
「それから泳ぐだろ。ちゃんと身体が動くようになってからな」
「そういうものかな」
「そういうものだよ。それじゃあな」
「うん、それじゃあ」
「俺達も一旦旅館に帰ろうぜ」
 こう片方の茶髪の少年に話した。
「それで御飯食べてからな」
「泳ぐか」
「そうしようぜ。しかし男二人ってのもな」
「味気ないよね」
「折角誘った二人は来ない」
 実は海に誘った女の子が二人いたのだ。しかしその二人には揃ってドタキャンされてしまった。彼等にとっては痛恨の出来事であった。
「どうなんだろうな」
「言っても仕方ないよ。まあ帰ってさ」
「食べて泳いで忘れるか」
「そうしよう」
 こう話して誰もいない朝の砂浜を後にしようとする。しかしここで。
 海の中から人魚が出て来た。最初はそう見えた。
「えっ!?」
「まさか!?」
 しかしそれは違っていた。人魚ではなく普通の人間だった。ただし外見がかなりいい。
 一人は黒いショートヘアでアーモンド型の目をしている。口がやや広く大きいが奇麗で知的な顔をしている。白いビキニから胸が弾けそうである。
 もう一人は茶色のロングヘアで奥二重のかなりはっきりとした顔をしている。胸はもう一人より大きくはないがスタイルは全体的にいい。こちらのピンクのビキニも眩しい。どちらも大学生の様で二人よりずっと年上である。
「いたって」
「人魚が」
「あら、言ってくれるわね」
「人魚だなんて」
 その二人の大人の女性は彼等の驚いた言葉を受けてくすりと笑って返してきた。
「生憎だけれど違うわよ」
「ただの女子大生よ」
「そうなんですか」
「朝から泳いでたんですね」
「ええ、そうなのよ」
「それが気持ちいいからね」
 だからだというのであった。
「だからだけれど」
「勿論これからも泳ぐわよ」
「そうなんですか」
「朝御飯食べてからも」
「そうだけれど。ねえ君達」
「今二人だけ?」
 向こうからにこりと笑って声をかけてきたのであった。
「よかったらね。私達朝御飯の後ですぐにここに戻るから」
「一緒にどうかしら」
「えっ、一緒にって」
「泳ぐってことですか!?」
 今聞いた言葉を思わず問い返した二人であった。二人にとってはまさに寝耳に水の話であった。どれだけ寝惚けていても完全に起きてしまうような言葉であった。
 少なくともこれは二人にとってはあまりにも刺激的であった。本当に少しばかり残っていた寝惚けが完全に吹き飛んでしまった。それはコーヒーを飲んだ時よりも効果があった。もう目が覚めて仕方がなかった。そして心臓の鼓動が高まっていくことさえ感じられた。もうこうなってはどうしようもない、自分で自分が抑えられなくなる、何か夢を見ているような気持ちになってそのうえでさらに期待までしてだ。それでどうしようもないまでに高まるその気持ちを自分達でもそれぞれ感じてである。たまらなくなってきていた。
「俺達と」
「つまりは」
「じゃあ誰が他にいるの?」
「君達だけよ」
 二人の人魚達はまた彼に言ってきた。それはまるで彼等の心の中を覗いているかのようである。もっとも年が上の彼女達にとってみればだ。こうしたことはもうわかっていてそれでやってきているのかも知れない。少なくともそうなっていてもおかしくはなかった。だとすれば確信犯であるがどちらにしても彼等がこの年上の麗しい人魚姫達に篭絡されようとしていることは明らかであった。これは二人でなくともそこに誰かがいればすぐにわかるような有様であった。彼等にはもうどうしようもなくなってしまっていた。心の高まりはそこまで高まっていたからである。
「だからね。いいわね」
「一緒に泳ぎましょう」
「嘘じゃないよな」
「そうだよな」
 二人は顔を見合わせて言い合う。お互いに頬をつねりそうになるがそれは止めた。幾ら何でもあまりにもベタな展開だと思ったからである。しかしそう思ったことは事実である。嘘だとしか思えなかった。完全に目が覚めてしまっているがそれでもである。そう思わざるを得ないような有様である。なお二人は今は鏡を見ていないので彼等は気付いていなかったがその顔は真っ赤になってしまっている。もう興奮してしまっていてどうにもならなくなっていたのである。心臓は先程よりもさらに高まりそれがもうどうしようもないまでになってしまっている。それが可能ならば心臓は胸から飛び出てしまっていたであろう。二人はそこまで高まっていたのである。
「こんな奇麗なお姉さん達と一緒なんてな」
「狐に化かされたみたいだよな」
「あら、奇麗だなんて」
「それに海に狐は出ないわよ。出るのはね」
「出るのは?」
「何ですか?」
 こう二人が問うとであった。返答は。
「人魚よ」
「海から出るのはね」
「人魚姫・・・・・・」
「しかも泡になって消えることはない」
 二人はここでまた話が信じられなくなった。やはり有り得ない展開にしか思えないからだ。しかしその人魚姫達はというとだった。まるで二人のことが完全にわかっているように。悪戯っぽく笑ってこう言ってきたのである。
「はい、お話はこれで終わりよ」
「御飯を食べたらすぐにここに来てね」
 二人に対して有無を言わせない口調だった。
「それで話は終わり」
「いいわね」
「は、はい」
「わかりました」
 こうしてお姉さん達の言葉に素直に従う二人だった。そうしてその日は昼だけでなく朝まで楽しい時間を過ごししかもそれがはじまりだった。全く以て有り得ない話だったがそれは夢ではなかった。現実であった。


いる筈がない   完


                2010・3・9 
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