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イリス ~罪火に朽ちる花と虹~

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Interview2 1000年待った語り部 Ⅰ
  「夢なんかじゃなかった」

 筆者がルドガー・ウィル・クルスニク氏と出会ったのは、別件の取材の場であった。
 当時、筆者はクランスピア社のオフィスビルを中心に起きた大地震と、原因不明のビル腐食崩落の事件を追っていた。

 特筆するが、筆者はこの時点でクルスニク一族の存在やクランスピア社の裏側など全く知らなかった。
 ルドガー氏に取材を申し込んだ理由も、地震とビル腐食の起きた日がたまたまルドガー氏のクランスピア社入社試験の日と重なっていたからという、何とも当てずっぽうなものであった。

 真実から最も遠くにいた筆者だが、真実に最も近いルドガー氏に取材を申し込んだ縁で、後述する一連の事件について書き記すことになった。

 筆者はこれを真摯に受け止め、持てる知識と誠意の全てを込めて、当記事を著したいと思う。

 L・R・クルスニクテラー







 買い物帰り、ルドガーは50階建超高層ビルの威容を見上げた。首を痛めるまで傾けてようやく見える階が、内側から凄まじい衝撃を与えたように抉れている。

 ――昨夜、クランスピア社の高層フロアで発生した謎の爆発事故。正確な時刻は午前0時58分。現場は医療班が医術研究にもっぱら使用するエリアで、高価な機材がいくつも壊れ、被害額はざっと1億ガルドを超えるという。

(兄さん、ゆうべ大丈夫だったかな)

 深夜にユリウスにクランスピア本社から電話が入った。エージェント全員に緊急招集がかけられたとユリウスは言った。

 ルドガーは簡単な夜食を作ってユリウスの帰りを待っていたが、ユリウスが帰るより先に睡魔に負けて休んだ。――自分の試験も終わって間もないのに、と理に適わない罪悪感を覚えて。

(試験の時にあったこと……あれは夢だったのか?)

 この2ヶ月、何度したか分からない思案にふける。
 地下深くに封印されていると語った、銀髪翠眼の女。ニンゲンがただの燃料だったディストピア。

(いいや、夢じゃない、夢なんかじゃなかった。俺は覚えてる。あの人がかけてくれた言葉も、俺なんかを庇ってボロボロになるまでアイツラと戦ってくれたのも、あの哀しい姿も)

 悶々と考えていたルドガーの、背を、後ろからぽんっと叩く者があった。

 ルドガーは仰天して、ふり返りながら後ずさった。勢いで、抱えていた袋からパレンジが落ちた。

「わっ。驚かせてごめんなさい」

 ひまわり色のパフスリーブジャケット、キャスケット、それが真っ先に特徴として捉えられる少女。
 彼女は落ちたパレンジを拾い、ルドガーに差し出して笑った。

「ルドガー・ウィル・クルスニクさんですよね?」
「あ、ああ。そうだけど」
「わたし、レイア・ロランドっていいます。『デイリートリグラフ』の見習い記者です」
「記者?」

 少女は記者というよりは読者モデルを思わせた。
 まんまるな目はパロットグリーンの宝石をそのまま嵌めたようにキラキラしている。ルドガーの視線は自然と彼女の目の輝きに吸い込まれた。

「2ヶ月前にトリグラフで起きた大地震について、ルドガーさんが知ってることをお伺いしたいんです。今、お時間空いてますか?」

 大地震。多くの出来事が脳裏を奔る。――エージェント採用試験。地下訓練場。何百本という触手に拘束されていたイリス。人間がマナを吐くだけの物体に成り果てた世界。数多の精霊が「人間」に向けていた侮蔑――

「どうして俺に? 俺はクラン社の採用試験に落ちた部外者だし、地震がクラン社と関係あるとは限らないだろう?」
「ところがそうとも限らないんですよね」

 少女はメモ帳を繰る。

「まず震央はクランスピア社。震源はピンポイントに本社ビルの真下です。本社ビルより下には戦闘・特務エージェントのための訓練場がありますよね。地震発生の日、訓練場はエージェント枠の入社希望者のための実技試験会場に使われてたって裏が取れてます。ルドガーさんもこの日の受験生のお一人でしたよね?」

 淀みなく述べる少女に内心驚嘆した。ここまで調べているなら、自分などがいくら理屈をこね回そうがすっぱり説破されるに違いない。

「まあ、そうだけど。本当に俺があの地震と関係あるかなんて分からないよ? それでもいいなら取材ってやつ、受けるよ」
「もちろんですっ。ありがとうございます!」

 本心の底から、裏もなく、とても嬉しい――そんな清々しく爽やかな感情が伝わる、笑顔、だった。 
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