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豹頭王異伝

作者:fw187
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邂逅
  魂の共鳴

「考えてみりゃ無理も無ぇか、ほんの少し前まで車椅子から降りれなかったんだものな。
 ナリス様に元気を出して貰うにゃどうすりゃ良いかな、俺に何か出来る事は無ぇか?
 そういやぁ今夜に話す筈だったけどさ、俺は誰よりも多く海や陸の秘境って処へ行ったぜ。
 死の砂漠ノスフェラスにも行ったし、幽霊船を操る怪物クラーケンを見た事もあるんだ。
 また法螺話だと思って笑ってやがるな、本当に嘘じゃねぇんだって!
 タルーアンのヴァイキングや女戦士のニギディア、オルニウス号のカメロンも一緒だったんだ。

 死の都ゾルーディアへ潜り込んで不死身の化け物や、死の娘タニアをやっつけたりもしたよ!
 女だらけの村ヴァルハラで寝首を掻かれそうになって、命からがら逃げ出した事もあるけどな!!
 国盗りの軍資金を手に入れようってんで、氷雪の国ヨツンヘイムを護る怪物を出し抜いたりさ!
 千年生きてる氷雪の女王クリームヒルドから、見た事もねぇ財宝を貰ったりしたんだよ!!
 モンゴールで旗揚げする時の軍資金、ゴーラ王に成り上がる為の元手にしちまったけどな!
 嘘八百だと思うのも無理は無ぇけどさ、疑うんなら豹の大将に聞いてみりゃ解るだろうぜ!!」

 炎の破壊王と畏怖される魔戦士は懸命に、ナリスの気を引き立てようと喋り続けた。
 紅の傭兵ヴァラキアのイシュトヴァーン、赤い街道の盗賊と化す以前の面影が鮮やかに蘇る。
 カメロンの意を受け側近を務める元水夫長の副官マルコも、こんな海の兄弟を見た事は無い。
 イシュトヴァーンは無我夢中で喋り続け、結界に潜む魔道師達も何時しか話に魅了された。
 思いの外に流暢で聴衆を引き込む滑舌の良い語り口、講談師を髣髴とさせる冒険児の熱意。
 若く野心に満ち溢れ無鉄砲な若者の情熱が、ナリスの心に深く沁み入り徐々に染み渡った。

 暗黒大陸とも噂される南方の地、レムリア大陸の手前で繰り広げられた魔術と呪術の闘い。
 イリスの石を胸に秘め死の都ゾルーディア、地下迷宮の闇に姿を消した死の娘タニア。
 亡者を操る異次元の妖魔、北の怪物クラーケンを倒す力を秘めた銛を操る海の民。
 北方諸国タルーアン出身のヴァイキング達、氷雪の国と財宝の伝説を教えた恩人ニギディア。
 魔法の氷が創る棺に封じられ千年の時を超越、幻影を自在に操る氷雪の女王クリームヒルド。
 音痴と噂される彼は残念な事に、地獄の怪物ガルムも眠る吟遊詩人の歌は再現出来なかったが。
 3人の放浪者が繰り広げた冒険譚、氷雪の国と黒小人を巡る物語は夢想家の想像力を刺激した。

 怪異の数々は魔道師の念波に増幅され、夢想家の脳裏に立体的な映像と音響が鮮明に蘇った。
 尽きせぬ野心と好奇心の奔騰が夢想家の魂、心の琴線に触れ共鳴現象を励起。
 無限の可能性を秘めた豊穣な感情の源泉、《ワンダー・チャイルド》が蘇生する。
 宇宙生成の秘密を読み解く野望を胸に秘めた夢想家、闇雲に進化の可能性を探る選ばれし者。
 好奇心に満ちた闇色の瞳が無限に拡がる大宇宙、漆黒の闇を背景に瞬き輝く星々の光を再現。
 肉親に捨てられる恐怖に怯え、魂に刻印された傷を持つ者にしかわからぬ痛み。
 共通する心の深闇を抱える2人にしか成し得ない、深い共感と感情の相互作用が生じていた。

 ヴァレリウスも親の顔を知らず、心の傷を負った孤児。
 己が何者か確信の出来ぬ、妄執の底無し沼から未だに抜け出せぬ野心家。
 深い相互理解を有し感覚を共有するナリス、イシュトヴァーンの同類と言えなくはないが。
 強固な自己不信に裏打ちされた深甚な不安、盲目的な心の動きと深い心闇は次元を異にする。
 己の存在意義を確信出来ぬ闇の王子とゴーラの王、チチアの捨てられた赤子に共通する心の闇。
 魔道師である事に心の拠り処を得た彼とは明白な違い、隔絶の差が存在した。

 古代機械の主ではないと思い知らされ、燃え尽きたかと見えたナリスの心には。
 等質の心闇を秘めたイシュトヴァーンの熱情、ひたむきな想いこそが同じ指向性を有する。
 ヴァレリウスには到底、納得できるものではなかったが。
 意気消沈するナリスを、立ち直らせたもの。
 枯れかけたかと思える感情を蘇らせ、内的宇宙から現実へ回帰する力を与えた銀の鍵。
 心の奥底にまで深く響き他の誰よりも強く共鳴を生起させ、魂を蘇らせる奇蹟を為し得た秘訣。
 それは魂の友を本気で心配する中原の風雲児、イシュトヴァーンの心と感情の昂りであった。


(ナリス様、ケイロニア軍をゾンビーの群れが襲いました!
 グインも魔王子アモンの奇襲を受けましたが、ヒプノスの術を撃退された模様です!!)
 パロ最強の魔道師には、誠に不本意な成り行きではあったが。
 無粋な邪魔者と感じながらも瞳を輝かせて聞き入る魂の主、ナリスの脳裏に急報を送り込む。
 同じ種族に属する闇色の瞳が強い光を宿し、熱心に話し続ける風雲児の声を遮った。

「大変興味深い話を中断してすまないが、ケイロニア軍が魔道の奇襲を受けた。
 急いで部下に指示を出した方が良いが、ゾンビーを見た事はあるか?」
「魔道の奇襲?
 ゾンビーならサンガラの山中で、タルーの手下に化けてた奴等と出くわしたぜ!」

「化けていたという事は、死体が動いていた訳ではないのだね?」
「あぁ、見た目は普通の、えらい無口で生気の無い兵隊どもって感じだったよ」
「夜の闇の中で突然、動き出した死体に襲われてもゴーラ兵は大丈夫?
 魔道慣れしていない者達が、恐慌状態《パニック》に陥る心配は無い?」

 災厄の運び手は迫り来る危機を察知し、思わず腰を浮かせ表情を一変させた。
 危険の匂いを嗅いだ獣の如く、険しく鋭い視線を副官マルコと交換。
「海の兄弟が良く演る怪談の類なら笑い話で済むが、冗談じゃねぇな。
 こっちにも来んのか、ゾンビーってこたぁ手足を斬って動けなくすりゃ楽勝か?」

「逆効果だね、這い寄る死体を見て肝を潰さぬ者は滅多に居ないよ。
 切断された死体が動いて襲い掛かって来るのだ、冷静に対処しろと要求する方が間違っている。
 死人返しの術は実際の攻撃力は大して無い、幻術を併用し同士討ちを誘う心理攻撃に過ぎない。
 限り無く甦った醜悪な死体が蠢いている幻想《イメージ》を払拭すれば、実際は少数だと判る。
 火を起こして焼いてしまえば問題は無い、闇を払う効果もあるからね。
 済まないがパロの魔道師は伝令に出して手許に残っていない、ゴーラ兵に焼いて貰わないと」

「マルコ、篝火を盛大に焚かせろ、松明をありったけ用意するんだ!
 俺とお前が先頭に立って手本を見せてやりゃあ、皆も真似て後に続く。
 松明を小姓全員に持たせて、ゾンビー共を片っ端から燃やしちまえ!
 恐慌状態にならねぇ様にする、それで良いか、ナリス様?
 この天幕にゃ近寄らせやしねぇから、どっかにフケたりしないでくれよ!
 行くぞ、海の兄弟、ゾンビーなんぞ焼き尽くしてやるぜ!」
「はい、イシュト!」
 ヴァラキア出身の元水夫長は通説を裏切らず、海の主神ドライドンを崇拝する迷信深い船乗り。
 ゾンビーの類を嫌悪する性質ではあるが臆病者に非ず、黒魔道に敢然と立ち向かう意志を披露。
 超自然現象や怪奇現象の類と厭と言う程に遭遇、結果として場慣れした魔戦士に従い剣を取る。

「2手に分かれるぞ、当直の隊長は誰だ?」
 カメロンの信頼する海の兄弟は記憶を探り、誠実な騎士の面影を見出した。
「コー・エンです、ユラニア正規軍で騎士見習いをしていたとかで命令には忠実です。
 無茶はしませんし、信頼が置ける男だと思います」
「そいつは、ナリス様の護衛に残す。
 ゾンビーの事を教えてやってくれ、頼んだぜ!」
 ユラニア大公国は長年に渡り闇の司祭、グラチウスが牛耳る闇の王国であったのだが。
 ゴーラ皇帝の忠臣を標榜する簒奪者、アルセイスの支配者に仕えた騎士は魔道の心得を持たぬ。

「わかった、黒魔道相手に実戦経験を積むには良い機会だと思うよ。
 そなたが出るまでも無いかもしれないが、ゴーラ軍全体に動揺が波及すると収拾が困難だ。
 私も一緒に行きたい所だが、足手纏いになりかねないからね。
 大人しく、留守番をしているよ」
「ゾンビー共を蹴散らして戻って来たら、話の続きをしようぜ。
 話し足りない事が未だ、山の様にあるんだからさ!!」
「私もだよ、イシュトヴァーン」
 主従が脱兎の如く天幕から駆け出し、仰天する小姓達を怒鳴る声が響いた。 
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