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MA芸能事務所

作者:高村
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偏に、彼に祝福を。
第二章
  九話 今年の熱さ

 
前書き
これで部「偏に、彼に祝福を。」は終了です。 

 
 翌日、私は彼女に会いに行かなかった。彼女も事務所に顔を出さなかった。私はプロデュース業に専念した。生憎、新人を捕まえる事はできなかった。


 更に翌日、私は彼女に会いに行かなかった。彼女も事務所に顔を出さなかった。その日も何人にも話しかけた。断られる度落ち込んだが、彼女との約束のため話しかけ続けた。


 その更に翌日、私は彼女に会いに行った。




 その日、事務所に電話があった。美香の父親からだ。
「もしもし、こちらDE芸能事務所です」
「美香の父親だが、達也君か?」
「そうです」
 この事務所に、彼から直接電話がかかってきたことは初めてだ。胸騒ぎがする。
「美香が、一人で気晴らしに小旅行をすると言って出かけてから三日目何だが、彼女が電話に出ないんだ。昨日の夜に掛けた時は、てっきりもう寝たのかと思ったが、今日もまだ出ないんだ。少し心配になってきてな。だが、行先をはぐらかされていて娘が今何処にいるかもわからない。それでな、君ならどこにいるか検討がつくんじゃないかと」
 いつも明るい彼女といえど、やはり家にいれば塞ぐのか。まだ体力もあるようだし、小旅行に行ったことは不思議ではない。ただ、場所となると残念ながら私に思い当たることはなかった。
「いえ、私も知りません。なにせ、小旅行のことも今日聞いたのですから」
「そうか。いや、娘が携帯をどこかに落としてしまっただけかもしれん。今日の夕方帰る事になっているからそれまで待ってみるよ」
「分かりました。それでは」
 電話を切った私は、何故か、嫌な予感がした。


 夕方、また美香の父親から電話が来た。
「まだ帰ってこないんだ。近場で以前、君たちと出かけた場所にでもいると思うんだ。何か適当な場所は思いつかないか?」
「何箇所か当たってみます。お父さんは、もしもがあった時のために近くの交番にでも行ってください」
 分かったと言葉を受け取って、私は電話を切った。何事かと尋ねてきたちひろさんに、美香が帰ってこないことを告げて、自身が探しに出ることも告げた。
「そう、取り越し苦労ならいいけど……一応私も探すわ」
「よろしくお願いします」
 私は事務所を出て急いで家に向かった。家に一度入り着替え、バイクの元に向かう。シート下の収納スペースを開けて、財布を入れようとした時、中に知らない手紙が入っていることに気がついた。私はそれを開いた。このタイミングでこれがあるということは、きっと意味がある。
『これを見つけたのは、夕方かな? 見つけた頃、私は皆で行った九十九里の旅館の側の山にいるんだ。ほら、ちょっと見つかりにくいところに景色がいい場所があったとこ。もしかしたら誰かに見つかっちゃって病院だかにいるかもしれないけど。
 話が逸れちゃって仕方がないから本題に。私は死を選びます。生きていれば、達也はきっと私の側にいる。それはとても嬉しい。けど、駄目。これからもプロデュースを続けて欲しいから。私にしてくれたみたいに色々な子に夢を見させてあげて欲しい。約束だったよね、プロデューサー続けるって。
 私は、幸せだった。二人と一緒に遊んで、バレリーナにはなれなかったけどアイドルという凄く楽しい職業に就けた。とても、短い間だったけど。だから何も後悔はないよ。これから苦痛と自己嫌悪で過ごすだろう数年より、他の女の子へ夢を繋ぐ行為をする。それが貴方に対する呪いだとしても。ただ、忘れないで。きっと、後のアイドルの誰かはきっと貴方を祝福する。
 最後に、この手紙を誰にも教えないで。私を、唯の事故死にして。誰にも打ち明けず素知らぬ振りを貫いて。私を自殺者ではなく、志半ばで不幸に至った女性にして。そうしたほうがきっと、後のアイドルには都合がいい』
 私はその手紙を読み終わると同時に、それをまたシート下に戻して九十九里に急いだ。手紙にある通りの場所に、冷たくなった彼女の遺体があった。彼女の側にはバッグに入る小さな三脚と、ウィスキーの小さなボトル。そうして小さな猫をモチーフにしたであろうキーホルダーが落ちていた。




「あぁ……」
 暑さで、眼が覚めた。暗く、ごーと云う音が聞こえている。其れに、何か重たいものが体に乗っている。汗をかいているせいで、その何かと触れ合っている素肌の部分が気持ちが悪い。
 体を動かそうとすると、酷い頭痛が襲ってきた。そのせいで、睡眠前の記憶が呼び戻された。そうだ、私は自殺を成し遂げたのだ。ならばここは地獄だろうか? 何て、酷く間抜けた事を一瞬考えた。本気で地獄なんて信じていないのだから、生きているという考えのほうがずっと建設的だ。だが、生憎寝た時は満天の星空の元だ。こんな暗くて暑い場所ではない。私は何とか体を起こそうとするが、力が入らないし、頭痛のせいでそれは叶わなかった。
「くそ、重い……」
 小さく声を漏らす。できることと言えば口を動かすこと程度なのだ。普段零さぬ独り言も出てしまう。
「ん?」
 何か聞こえた。それはか細くて掠れていて、酷く聞き取りづらかったが、何か怒っているような「ん?」だった。
 上に乗っかっていた何かが動く。それはぐわっと私の上半身から離れた。
「目が覚めたか」
 離れた事によって、それが何かわかった。麗さんだ。暗くて分かり難いが、肩が素肌であることに気づいた。働かぬ頭で、何でそんなことになっているのか気になって視線を下げると、これまた素肌の腹部が見えた。そこで、随分と眠気が吹っ飛んだ。
「麗さ―――」
「良かった」
 彼女は私にのしかかった。今度はそれに留まらず、寝転がったままの私に腕を回し、固く抱きしめた。そこで、私ははっきりと理解した。私は見つかったのだ。
 良かった。良かったと繰り返す彼女にただ抱きつかれたままの私は、何故かそこで、冷たくなった美香を見つけた時の事を思い出した。今触れ合う素肌の麗さんは、酷く熱い。
 彼女の肩を掴んで、私から引き離した。少し難儀したが、彼女は離れた。
「麗さん、俺は」
「今は」
 彼女は私の言葉を遮った。
「今は……何も言わなくていいさ」
 彼女は、目尻を手で拭った。そうして私から離れた。
「それよりほら、服を着て待とうじゃないか」
 聞いて初めて、私は下着を除いて服を着ていないことに気がついた。上半身を起こして周りを見るに、ここは私が乗ってきた軽自動車の中で、前の座席を倒して寝転がっていたようだ。周りを見た際、なるべく見ないようにしていたが、側で外を向いて座っている麗さんは、上はスポーツブラ、下はスパッツだった。
 私の背中で潰されていた衣服を二人で着終わった時、先ほどの彼女の言葉が頭を過ぎった。
「麗さん、そういえば、先ほどの待とうって」
「ああ、それはな」
 そこまで彼女が言った時、車の中を強い明かりが照らした。車のヘッドライトだ。それは道路脇のこの駐車場に入ってきた車のものだった。こんな時期の未明の、誰も止めることがないだろうこの駐車場に。
「何だ、私の台詞を取りおって……」
 苦笑する麗さんが向いている方向を見ると、まだ停止していない車から飛び降りてきただろう泰葉がこちらに駆け寄ってきていた。私は、ドアを開けて車から降りた。
 私は、その時どんな風に彼女を迎えるか酷く迷った。申し訳ない顔をすればいいだろうか。それとも、悲しそうな?
 結局彼女が私のもとに来る迄で決められなかった。彼女は私の元へ来ても勢い殺さず、私の胸へと飛び込んだ。その時、勢いを殺せず自身の車の方へ倒れかかる私はきっと、困ったような笑みを浮かべていることだろう。
 
 

 
後書き
決して上手い文章ではないですがこれにて「偏に、彼に祝福を。」終わりです。書き終わっていた部分もここまでです。
綾瀬穂乃香は在籍していないという設定ですが、今後もし続編を書くことがあるならば、彼女を主題にしてみたいです。 
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