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マフラー

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マフラー

                 マフラー  
 秋穂は学校の帰り道の小路を歩いていた。春の小春日和には桜が咲き誇る小路である。今は花は咲いておらず冬の冷たい空気の中葉の無い木々が寒そうに立ち並んでいる。まだ二時にもなっていないのに風は冷たい。
 風が吹く。小路の側にある公園から運ばれて来た木枯らしが足下で舞い飛ぶ。関東よりましとはいえ関西の冬も寒い。
 秋穂はこの小路が好きだった。大学に入学して以来この路を歩いて学校へ行き来している。
 長野秋穂は大学に入ってまだ一年も経っていない。この間同窓会に出たばかりである。会に出た時中学で同じクラスだった男の子に大人びたと言われた。
 実際に見て秋穂は大人びているわけではない。小柄である。背は150かろうじてあるといった程である。顔立ちも幼い。小柄なせいか中学生に間違えられた事もある。整ってはいるが綺麗というよりは可愛らしいといった感じである。髪は今時の女の子にしては珍しく黒のストレートである。ソバージュは嫌いではないがかける勇気は無い。
 体型も背や顔に合わせたのか胸にもウエストにも自信は無い。お尻も小さいと友人によく言われる。服装もそれに合わせてかロングスカートばかり穿いている。今日も白のブラウスにダークブルーのブレザーと丈の長いコート、赤のロングスカートといった出で立ちである。ソックスは白、靴もブラウンといたって地味である。よく色気が無いと言われる。だから成人式での言葉が不思議でならない。自分の何処が大人びているのだろう。不思議であった。
 寒い日であった。小路を歩く人は秋穂の他にはいない。友達は皆車か電車、若しくは自転車で帰っている。
 秋穂の家は学校から歩いていける距離にあった。家といっても居候である。姉夫婦の家に居候をして通っているのだ。
 秋保の姉である春美は秋穂とはかなり歳が離れている。三十四歳である。秋穂が物心ついた時には春美は既に結婚し妊娠していた。既に中学生の息子がいる。夫は真面目な会社員でソフト会社に勤めている。安定した幸福な家庭を持ち親の自慢の娘であった。老け込まない美人で背も高くプロポーションもいい。秋穂にとっては姉であると同時に夢のような存在であった。姉でありながら何処か他人めいたところがあった。
 実際秋穂は高校を卒業するまで姉の存在を間近に感じたことは無かった。姉は早くに独立し秋穂は両親に育てられた。姉夫婦の家は実家から電車ですぐの距離にあり姉は実家によく遊びに来ていた。だが秋穂はこの美しい女が自分の姉だとはなかなか信じられなかった。姉の方も自分の息子と歳が近いせいか妹といっても実感がわかなかった。親戚の子といった印象を拭えなかった。姉の子とはよく遊んだが小学校の4年位になるとクラスの女の子達と遊ぶ時間が多くなった。次第に甥との関係は遊ぶ間柄ではなく親戚としての付き合いになった。
 中学に入り部活と勉強に忙しく高校生になってもそれは変わらなかった。中学高校とずっとソフトボールをやっていた。ポジションはセカンドだった。関西だというのに珍しく中日ファンでデビュー当時の立浪が好きだから昔のように訳の分らない精神論を吹聴し無意味な暴力を振るう異常な教師もおらず明るく楽しくクラブ活動と学園生活を楽しんだ。
 大学は複数受験し三校合格したが教授の評判と家に近い事もあり今の大学にした。文学部国文学科である。合格して暫くした時実家に一人遊びに来ていた姉が言った。自分の家に住んだらどうかと。
 別段断る理由は無かった。通学はより便利になるし家へもすぐ帰られる。秋穂も両親も賛成した。
 こうして秋穂の大学生活は始まった。別段他の学生と変わることの無いキャンパスライフである。
 サークルはやはりソフトボールに入った。好きだったこともあるが慣れたスポーツで楽しみたかったのだ。ポジションは変わらなかった。ソフトボールの他にも映画研究会に入った。二つの掛け持ちだが別段忙しくはなかった。友達と遊ぶのにも本を読むのにも時間を割けた。両方とも好きでやるサークルなので好きな時に行けばそれで良かったのだ。
 友人達と話している時よく彼氏の話が出た。大学に入るまで、いや今でも秋穂には彼氏と呼べる様な男性はいない。秋穂が人気が無いという訳ではない。小柄で可愛らしい彼女は異性からの人気も高い。性格もソフトボールをしていたのに大人しく謙虚だった。穏やかであり性格的にも評判が高かった。
 問題はその性格である。次女で幼い頃から両親に可愛がられて育てられていた為か箱入り娘であり奥手だった。大人しく謙虚ということは反面自己主張に欠ける場合がある。秋穂の場合がそうであった。姉の春美が元気が良く何事にも積極的なのとは対照的であった。自分から異性に告白した事など無い。好きな人もいたが告白する事は出来なかった。断れでもしたらと、それが怖かったのだ。いつもこっそりと気付かれることなく見るだけであった。他の女友達からは信じられない程恋愛に関しては疎かった。
 プロポーションにも自信が無かった。自分の小ささが嫌だった。幼い頃から並ぶ時はいつも前の方だった。何時か背も伸びると思っていたが結局伸びなかった。ソフトでセカンドだったのもこの背が影響した。小柄で動きが速い事を買われたのである。
 バストやヒップが小さいのにもコンプレックスがあった。ブラを着けたのは同年代でも最後の方である。着替える時はいつもクラスメイトやチームメイトのスタイルが気になった。そしていつも自分の胸等を見る。心の中で溜息をつく日々だった。服装が地味で丈の長いものが多いのもそれを覆い隠す為だった。
 小柄な女性が好きな者も多い。そういった連中からは秋穂は理想の花だった。彼女に言い寄る男は絶えなかった。
 だが秋穂はその男達の申し出を断り続けた。自分に自信が無い為異性と付き合う事が怖かったのである。女友達も彼女の為に男の友人を紹介したり合コンを設定したりした。だが彼女は男の申し出には応えなかった。否、応えられなかった。交際する事が怖かった。自分の性格や背について何か言われるのではないか、それが気に懸かっていた。
 だからこそ姉がうらやましかった。いつも朗らかに笑い自分に明るく優しく接してくれる姉は彼女にとって姉というより自分の第二の母親、理想像であった。実際二人で外を歩くと歳の近い親娘と間違われたこともある。春美が老けているのではなく秋穂が幼いからだ。実際晴美は二十台後半といっても充分通用する容姿であったし服装もジーンズ等若々しいものが多い。だがやはり何処か所帯じみたところがあるのだろう。歳相応に見る人もいる。秋穂は完全にその幼い容姿のせいだった。それがまた嫌でしょうがなかった。
 だが姉を嫌う気にはならなかった。幼い頃から可愛がってくれて今も自分の子供と同じ位可愛がってくれる姉が大好きだった。秋穂は料理が好きだが色々とメニューを教えてくれる。パッチワークをすれば喜んで部屋に飾ってくれる。そんな姉を嫌いになれる筈はなかった。  
 ぼんやりと自分の小さい背や胸の事を考えながら帰路を進んでいた。風に吹かれた落ち葉が肩や髪にかかる。
 落ち葉を手で取り払いながら秋穂は歩いていた。二十分程歩いたであろうか。姉の家が見えてきた。
 ごくありふれた二階建ての家である。黒い屋根の他これといって特徴の無い家である。門を開け玄関の扉を開けた。
 「ただいま」
 靴を脱ぎながら帰った事を伝える。家の奥から姉の声がした。
 「お帰りなさい、今日は早いのね」
 高く張りのある声だった。可愛らしいと声まで言われる秋穂とは全く違う声だった。
 「講義は午前中だけだったしサークルも無いしね。たまにはこういう日もあるわ」
 「そうなの。今暇かしら」
 「うん、友達と遊ぶ予定もないし」
 アルバイトは今はしていない。お金が欲しくなったら学校が紹介する短期のアルバイトをやる。甘い両親のおかげでそれでも充分やっていける。
 「それだったら来て。秋穂にやって欲しい事があるの」
 「何?」
 コートをかけ家の中へ進んでいく。声は台所の方からした。
 「どうしたの、お姉ちゃん」
 台所に入って見てみると姉が何やら動いていた。秋穂が見たのは包丁で何かを切っている姉であった。
 薄い茶色の長い髪を束ねている。顔は細面で眉はしっかりとしている。唇は小さいが下がやや厚い。黒い瞳は二重である。女性としては結構高めの均整のとれた身体をしている。ブラウンのセーターに青いジーンズを履いている。その上から赤のエプロンを着けている。
 「何してるの?」
 「何って・・・料理に決まってるじゃない」
 春美は苦笑した。
 「それはわかるんだけど・・・何つくってるんだろうかなあって」
 まな板を見る。鶏肉らしい。四角く切っている。
 「鶏肉・・・?四角く切って・・・。カレー?」
 「ええ。チキンカレーよ」
 姉の得意料理の一つである。晴美は牛肉より鶏や魚の方が好きなのだ。
 「けれど早くない?まだ二時くらいよ」
 「今のうちに切ってヨーグルトに漬けておくのよ。そうしたら柔らかくなるから」
 これも晴美がよくやる方法だった。こうすれば鶏肉が柔らかくなり美味しくなるのだ。料理の本で勉強し身に着けたやり方だ。
 「ヨーグルト出してかき回して」
 「はあい」
 姉の言う通り冷蔵庫からヨーグルトを取り出す。それをボウルに入れかき回す。
 かき回し終えると晴美も丁度鶏肉を切り終えていた。ボウルの中へ鶏肉を入れよく浸す。
 「あとは・・・ジャガイモの皮剥いて」
 下に籠を置き包丁でジャガイモの皮を剥く。慣れた手つきだ。
 晴美は人参と玉葱の皮を剥いている。こちらも上手い。秋穂より手慣れた動きである。
 「お姉ちゃんいつも上手いね」
 「年季よ。何時か貴女も好きな人見つけて結婚したら嫌でも上手くなるわよ」
 人参の皮を剥きながら晴美が言った。
 「好きな人・・・かあ」
 「まあ何時かはね。貴女にも何時か出来るわよ」
 「・・・・・・うん」
 晴美も秋穂が奥手で自分に自信が無い事は分かっていた。だがそれでもあえて秋穂にそう言ったのだ。
 (こんな可愛い娘、わたしが男だったら放っておかないのに)
 そう思った事さえある。姉の目から見ても実に可愛い娘だと思っている。だから良い恋愛をして欲しいのだ。
 (けれどこれは本当に巡り会わせだからね。なるようにしかならないか)
 これ以上は言わなかった。二人は話題を変えドラマや新しく出た歌の話等に興じた。
  料理を終え秋穂は自分の部屋に入った。二階の六畳程の一室である。ベッドの他にテレビと勉強机、本棚、そしてステレオがある。あとクッションが数個程。
 「音楽でも聴こうかな」
 ジャンルは問わない。気に入った曲は何でも聴く。流行の曲も聴けば昔の曲も聴く。最近ではクラシックに凝っている。
 「何がいいかな。モーツァルトも悪くないし」
 元々友人に薦められて聴いたのが始まりだった。学校の授業で聴くよりずっといいと感じた。
 「シューベルトにしようかな。折角リュート集買ったし」
 色々迷っているとドアをノックする音がした。
 「はい」
 開けるとそこには一人の少年が立っていた。
 「健児君」
 秋穂の甥で春美の一人息子健児である。秋穂より五歳年下の十四歳、中二である。
 晴美が結婚してすぐ生まれた子である。あまりにも結婚からすぐ生まれたので今で言う出来ちゃった結婚じゃないのかと皆噂した。
 髪は黒い。父親の方の髪である。今時の中学生らしく普通に伸ばしている。
 顔立ちは何処か細い。細いが母親に似て整った顔立ちである。二重の黒い眼が印象的である。肌は白い。
 背は高い。同じ年代と比較してもかなり高い方であろう。175は越えている。その為小柄な秋穂だと見上げなければならない。
 白いセーターとクリーム色のスラックスを着ている。白系統でまとめた大人しい出で立ちである。
 「面白い漫画無い?僕が読むような」
 ぶっきらぼうに聞いてきた。高めの声である。
 「健児君が読むような?えーーーと・・・・・・」
 秋穂は部屋を探し始めた。
 「ちょっと待ってね」
 「うん」
 言われた通り健児は部屋の前で待っている。
 秋穂の漫画の趣味は実に女の子らしい。少女漫画ばかりである。少年向けの漫画は殆ど読んだ事が無い程である。だから健児の好みに合う漫画があるかどうかとても不安であった。とりあえず何冊か手に取り健児に見せた。
 「男の子の趣味はわからないから・・・ちょっと選んで。悪いけれど」
 「うん」
 健児は一冊一冊手に取ってぱらぱらと読んでみた。ふと一冊の漫画に目を止めた。それは中華風のファンタジーものであった。
 「これにするよ」
 「それでいいの?」
 「うん。面白かったらまた貸して欲しいんだけど」
 「いいわよ」
 秋穂は微笑んで答えた。 
 「ありがと。じゃ僕はこれで」
 健児は挨拶をして出て行った。隣の部屋のドアが閉まる音がする。
 「健児君ってあの漫画が好きだったんだ」
 少し意外だった。今まで健児が買う漫画といえば少年漫画ばかりだったのだ。格闘シーンや熱血ものばかりであった。男の子らしいと言えばそれまでだが。
 「そういえば健児君ってあのキャラクターに似てるかな」
 それはヒロインの恋人の少年であった。腕が立ち格好良く少し陰のある少女漫画にはよくあるタイプの少年であった。自分の甥とはいえかなり美化し過ぎと言えなくもない。実は秋穂の一番のお気に入りのキャラでもある。
 「まあ言い過ぎかな。誉め過ぎても駄目ね」
 くすっと微笑んで秋穂はクッションの上に座り漫画を手に取った。そして一冊ずつ読んでいった。
  翌日の朝秋穂は六時に目を覚ました。特に早起きというわけではないがどういう訳か目覚めてしまったのだ。
 「まだ六時か。けど二度寝するのも何だしなあ」
 パジャマを脱ぎ着替えた。ピンク系のブラウスを着えんじ色のスカートをはいた。やはりロングスカートである。
 「上に着るのは・・・これがいいわ」
 箪笥からベストを取り出した。赤いベストである。秋穂は赤が好きだった。
 着替え終わると下へ降りていった。トーストやミルクの匂いが食欲をそそる。
 「お早う」
 「あら、今日は早いのね」
 目玉焼きを焼きつつ晴美が言った。
 「わたしだって早く起きる時だってあるわよ」
 ほんの少し口を尖らせて言った。
 「今日の朝ご飯はパンね」
 「ええ、早く食べなさい」
 丁度トーストが焼けた。秋穂はトーストを二枚取ると皿に入れた。ホットミルクをコップに入れるとテーブルの上に置く。
 「はい、焼けたわよ」
 晴美が目玉焼きを皿に入れる。固く焼かれている。
 「あなたが好きなように固く焼いたわよ」
 「ありがと」
 テーブルに着く。両手を合わせいただきますの挨拶をする。
 「お早う、秋穂ちゃん」
 部屋の奥から声がした。晴美の夫理である。
 黒い髪を短めに切っている。一重瞼で眼鏡をかけている。縞模様のパジャマを着ている。背は晴美より少し高い程度である。小柄と言えば小柄になる。歳は晴美と同じ歳である。意外にも学生結婚である。大学を卒業した後ソフト会社に就職した。無難な仕事ぶりが認められこの前課長になった。真面目で堅実な人である。
 秋穂にも優しかった。妻と比べると地味で目立たないがそれでも夫として、父親としての責務は果たしている。こういう人こそ大切なのである。
 「お早うございます、お兄さん」
 トーストを千切ろうとしていた手を止め挨拶をする。理は笑顔で返しテーブルに着いた。
 「母さん、健児は?」
 「もうそろそろ起きて来る頃だと思うけど」 
 言う側から階段を下りる音がしてきた。
 「お早う」
 健児が下りて来た。髪は寝癖で乱れている。黒のタンクトップにトランクスという格好である。意外と筋肉質である。
 「あ・・・・・・」
 秋穂は顔を赤らめた。男の身体は充分に見た事は無い。この歳ではかなり遅れていると言われるが付き合った事も無いので仕方が無かった。
 「健児、服位着なさい」
 「いいじゃない、家族だけなんだから」
 「何言ってるの、女の子の前よ」
 「えっ・・・」
 言われて初めて気がついた。テーブルで秋穂が顔を赤らめていた。
 「御免、服着て来る」
 「早く着てらっしゃい、御飯冷めちゃうわよ」
 健児は駆けるように階段を上がっていった。
 暫くして健児が降りてきた。黒い学生服だった。
 「お早う、健児君」
 秋穂は改めて挨拶をした。
 「お、お早う秋穂さん」
 健児もそれに返した。何処かぎこちなかった。
 それから四人で朝食を食べた。食べ終わると理はスーツに着替え出社した。健児は朝の部活があるとかで早くに家を出た。
 「そういえば健児君って何部だったっけ」
 「バスケットボール部よ」
 晴美が答えた。
 「あれでもレギュラーなんですって」
 「へえ、そうなんだ」
 もう三年が引退して受験に専念している時である。不思議ではなかった。だがそれでもレギュラーというのは意外だった。
 「そういえば意外と筋肉質だったな」
 先程の最初に降りて来た時の事を思い出していた。
 「特に脚なんか」
 そこでぱっと我に返った。
 「やだ、わたし何考えてるんだろ」
 顔が真っ赤になる。慌てて首を横に振る。
 「どうしたの?秋穂」
 晴美が不思議そうな顔をする。
 「な、何でもないわ姉さん」
 何かを必死に隠しているように見える。それが晴美には妙に見えた。
 顔を洗い歯を磨いた後秋穂は暫く自分の部屋でテレビゲームをしていた。恋愛シュミレーションである。
 攻略本を見ながら漠然とゲームをしている。女の子が男の子に告白するゲームだ。
 「本見ないと判らないよね、こんなやり方」
 本をちらちらと見ている。秋穂が狙っているのは主人公の幼なじみの黒髪の少年だ。
 「この子攻略したら次はこの子にしよっと。」
 ふと本を見る。そこには主人公の従兄弟の少年がいた。
 「そういえば従姉弟だと結婚出来るのよね、あまり実感わかないけれど」
 秋穂はふと考えた。
 「親戚でも結婚出来るのよね。例えば」
 ふと健児の事が頭に浮かんだ。
 「な、何考えてるのよわたし」
 慌てて健児の事を頭から消した。
 「叔母と甥は結婚出来ないじゃない。それに相手は中学生よ、まだ子供じゃない」
 どういうわけか自分に語りかけているようだった。
 「・・・何か変だな。下着姿見ただけで」
 秋穂の父は娘の前では絶対にそんな姿にはならなかった。実の娘とはいえ女の子にそんな姿を見せるのは教育上良くないと考えたからである。
 「水着とかなら体育の水泳の時間にいっぱい見たけれど」
 水着とは違った印象を受けた。何処か艶めしく感じるのだ。
 「・・・学校行こっと。サークルに行って汗でもかけば変な気持ちも治まるだろうし」
 ゲームを終え秋穂は身支度を始めた。化粧はしない。唇荒れを防ぐリップクリーム位しか持っていない。カバンにテキスト等を入れ部屋を出た。
 今日は午前の講義の後映画研究に顔を出し午後はソフトに行った。サークルが終わった後シャワーを浴び着替えて帰路についた。もう夕方だった。
 「雪が降らなかったらいいけど」
 沈み暗くなっていく空を見ながら言った。空は厚い雲で覆われていた。
 秋穂は雪が好きではなかった。嫌いとまではいかないが好きにはなれなかった。冬よりも秋が好きなのだ。秋の小路に舞い落ちる紅や橙の葉が好きなのだ。
 子供の頃父親にせがんで毎年秋になると紅葉狩りに連れて行ってもらった。紅葉の山の中を歩き紅葉の葉を拾って自分の髪や服に飾ったりアルバムに入れたりするのが好きだった。今でもパッチワークに秋の葉をよくモチーフにする。
 秋の花も好きだ。彼岸花やモミジアオイ、そして秋桜。花畑に咲く花も好きだが野山や草原にひっそりと咲く花も秋穂は好きだった。
 どうしてそれ程秋が好きなのか解からなかった。自分の名前のせいだろうかとも考えたが結論は出なかった。とにかく秋の話ばかりするので親に他の季節のそれぞれの良さを教えられたこともある。
 春の桜が好きになった。そして菖蒲や菫も。夏はもう滅多に見られないが蛍や海が好きになった。青く何処までも続いているかの様な海が何時見ても美しかった。
 だが冬は花が少ない。蛍もいないし海は荒れている。あるとすれば雪だけである。
 別に寒いのは嫌いではない。だがこの殺風景が好きではないのだ。何も無くただ冷たい風が吹くだけである。
 「身体隠せる服を着られるのはいいんだけれど」
 シックで長く体型を隠せる服が好きな秋穂にとって冬の服は自分の為にあるようなものだった。だがそれとこれとは話は別だ。
 「冷たいしな。髪が濡れるし」
 長い髪に雪が触れるのは嫌だった。長い髪なので拭く手間が大変なのだ。
 結晶も別に綺麗とは思わなかった。刺繍にも使わない。
 「寒いし・・・早く帰ろうか」
 「秋穂さん、今帰るとこ?」
 後ろから声がした。知っている声である。
 「健児君」
 そこにいたのは健児だった。学生服の上にグレーのコートを着ている。
 「うん。健児君も?」
 「そうなんだよ、部活が遅くなってね」
 「ふうん、頑張ってるんだ」
 「えっ、別に頑張ってなんかいないよ」
 健児は顔を少し赤らめた。
 「うちの部はやってて楽しいしね。いい奴ばかりだし」
 「へえ、いいじゃない。やっぱり部活は楽しくなくちゃね」
 秋穂はにこりと笑って言った。
 「そうそう、楽しくやって勝つ。それが最高だってうちの先生も言ってた」
 「そうよねえ、ほんとに。ところで健児君ってレギュラーなんだって?」
 秋穂はふいに尋ねてきた。
 「えっ、ま、まあ一応そうだけど」
 「やるじゃない、健児君の学校って確かスポーツ強いのよね」
 「まあ強い方かな。うちも全国大会出た事あるし」
 照れくさそうに言った。
 「健児君って背も高いしね。このままいったらいい選手になれるよ」
 「そ、そうかなあ」
 「なれるよ、安心して」
 その時不意に風が吹いた。
 「きゃあっ!」
 秋穂は左手でスカートを押さえ、右手で帽子を押さえようとする。だが間に合わなかった。
 帽子は風に吹かれ飛んでいこうとする。だがその時健児が手を伸ばした。
 「あっ・・・」
 秋穂が見た時には健児は帽子を掴んでいた。見事なキャッチであった。
 「はい、秋穂さん」
 手に取った帽子を秋穂に手渡す。
 「あ、有り難う」
 差し出されたそれを両手で受け取ろうとする。その時手と手が少し触れ合った。
 「・・・・・・・・・」
 無言で顔が真っ赤になった。さっと帽子を受け取るとそそくさと被った。
 「どうしたの?秋穂さん」
 そんな秋穂の様子に健児はいぶかしんだ。
 「な、何でもないわ」
 そっぽを向きながら秋穂は言った。勤めて平静を装っているが内心かなり狼狽しているのは明らかだった。ただまだ中学生の健児にはそれが解からなかっただけである。
 すぐに二人は家へ着いた。晴美にただいまを告げると秋穂は自分の部屋へ入った。
 「ふう」
 カバンを置きコートと帽子をかけると秋穂はクッションの上に座り込んだ。
 「なんかわたし変だな」
 ポツリと洩らした。
 「朝のせいかな。けどそんなの関係無い筈だし」
 側に落ちていた別のクッションを手に取った。そしてそれを抱き締めた。
 「やだなあ、手を触れただけで赤くなるなんて昔の少女漫画だよ」
 抱き締めながら独り言を言う。
 「気のせいよね、気のせい。たまにはこんな事もあるわ」
 自分で自分に言い聞かせる。
 「大体健児君は甥じゃない。私は叔母さん」
 それで昔クラスメイトにからかわれていた事を思い出す。
 「叔母さんが子供を好きになる筈ないしね」
 頭ではそう解かっていた。だが心はそうはいかない。一時も止まらないメトロノームの様なものだった。秋穂の心は自分でも気付かないうちに揺れ動き止まる事が出来なくなっていた。
 数日は何も無かった。秋穂も朝のことや帽子のことを忘れ勉強やサークル、友達と遊ぶ事に熱中していた。
 健児もそうであった。中学生は大学生より忙しいものだ。部活に塾通いと秋穂とあまり顔を合わせることは無かった。
 秋は深まるのが早い。深まれば深まる程人の心を寂しいものにしていく。ある人は言った。人は秋に恋をするのだと。それは何故だろうか。寂しくなり人は自分を支えてくれる誰かを探すのであろうか。そして人は恋をする。寂しさを満たし乾いた心を潤す為に。
 冬になる。冬は寒く冷たい。人は自分の心も冷たくなってしまわないかと不安になる。その時に人は恋をしている事の素晴らしさを知るのではないだろうか。
 恋は人の心を暖かくする。例え雪が世を覆うとも心までは覆えない。世界が氷に支配されようとも人の心までは凍らせられないのだ。
 しかし身体は冷たくなる。その日秋穂は友人達と大学の中の喫茶店でお茶を飲みながら温まっていた。
 外では雪が降っている。こんこんと降り木々を、道を白く化粧していく。
 「あーーあ最悪、あたし今日車で来たのよ」
 同じ学部の百合が言った。背が高くプロポーションもいい。外見も派手で長い髪を金に染め紅い短いスカートに黒のストッキングを着ている。上はスカートと同じ色のブレザーでその上から白のコートを羽織っている。大人びた美人である。
 「けど今日は雪だって天気予報でも言ってたよ」
 秋穂が言った。いつも通り大人しい服装である。青の上着に緑のロンスカート、黒いコートである。
 「彼のところに泊まっててわからなかったのよ」
 百合はよく彼氏の家に泊まる。彼女は実家から通っているが彼氏はアパート住いだ。
 「テレビ位有るでしょ?」
 眼鏡をかけた真由美が言った。百合とは同じサークルで秋穂は百合を通じて彼女と知り合った。黒い髪を肩の高さで切り揃え黒いセーターと白いズボン、ダークブラウンのジャケットを着ている。三人の中では最も均整の取れた身体つきをしている。
 「有るけどね、あいつゲームばかりしてんのよ。天気予報なんか見たことないよ」
 「ああ、それは駄目ね」
 「まあそれ以外はいい奴なんだけどね。優しいし」
 「男はやっぱり優しいのが一番よね」
 「そうそう、いくら顔が良くても性格が悪いと駄目よね」
 真由美にも彼氏はいる。彼女と同じ学部の一年先輩である。二人はそれなりに恋愛経験がある。それを踏まえたうえでの話だから重みがある。
 「ふうん、そんなもんなんだ」
 秋穂は二人の話を聞くだけだった。男の人と付き合った事の無い彼女には入り込みようのない話だった。
 「そんなもんって常識じゃない」
 「今時男と付き合った事無いのって私達の中じゃ秋穂だけだよ」
 百合と真由美が言った。
 「由美子も忍も美智代も彼氏いるのよ」
 「まあ由美子は二股だけどね」
 「ふたまた・・・・・・」
 その言葉に秋穂は言葉を呑んだ。
 「秋穂にそんなの無理なのはわかってるけどね。彼氏いるといないとじゃ大違いよ」
 「そうよねえ、いつも私達が合コンとか連れて行ってんのに。あんた声掛けられても『うん』とか『はい』とかしか言わないもんねえ」
 真由美が溜息を僅かに混ぜながら言った。
 「無理はしなくてもいいけどね。これはほんとに縁なんだし。けど男に全く興味が無いってわけじゃないんでしょ?」
 「そ、それは勿論・・・」
 秋穂は小さくなって言った。
 「好きなタイプとかあるでしょ?優しい人が好きとか引っ張ってくれる人が好きとか」
 「秋穂なら引っ張ってくれる人かなあ」
 真由美が相槌を入れた。
 「年齢もあるけどね。年上、同じ歳、年下」
 「これは完全に人それぞれね」
 「とし、した・・・・・・」
 秋穂の脳裏にふとある少年の顔が浮かんだ。秋穂の顔が急に真っ赤になった。
 「・・・どうしたの?急に赤くなって」
 百合は少し驚いた。
 「な、何でもないわ」
 秋穂は必死に否定する。
 「誰か好きな人でもいるの?」
 真由美が尋ねた。
 「べ、別に」
 「じゃあいいけど。もしいたら思い切って告白しちゃいなよ。大丈夫、秋穂なら皆放っとかないって」
 「うん・・・・・・」
 この時秋穂は自分の気持ちに気付きはじめていた。
 数日後秋穂は部屋で掃除をしていた。クローゼットの部屋なので時々掃除をしないとゴミが目立つのだ。
 本棚も整理する。アルバムを手に取る。 
 「ちっちゃい時のアルバムね」
 ふと中を見てみる。そこには幼い頃の秋穂がいた。
 両親もまだ若い。晴美がまだ小さい秋穂を抱いている。
 「こうして見ると確かに親娘だな、わたしとお姉ちゃんって」
 健児もいる。赤ん坊であるが。 
 「健児君のもこんな時があったんだなあ」
 少し微笑ましかった。子供の頃はよく遊んだ。秋穂がお姉さん替わりだった。
 「わたしの好きな遊びにばかり付き合わせてたな、今思うと」
 秋穂は何をやるにしても女の子らしい遊びしかしなかった。ソフトボールにしても憧れていた先輩がやっていたのを見た事が始まりだった。身体を動かすにしても女の子らしいものばかり選んでいた。
 「健児君ってあの頃から男っぽい遊びが好きだったしね。いま思うと悪い事したなあ」
 アルバムをめくっていく。ふと一枚の写真が目に入った。
 「これって・・・・・・」
 まだ子供の秋穂が赤ん坊の健児を抱きかかえている写真である。寝ている健児に秋穂が頬を摺り寄せ笑っている。
 「何か私ってお姉ちゃんみたい」
 写真を見てぽつりと言った。
 「頬擦りなんかして。ここまで来るとお人形抱いてる子みたいね」
 ふと何気無く一言出た。
 「今こんな事出来たらなあ」
 自分の言った言葉の意味に気が付いた。アルバムを抱いて俯く。
 「何言ってんだろ、私」
 もう自分の心を偽る事が出来なかった。
 「どうして私、健児君の叔母さんだったんだろ」
 そう思うと自分がこの家の娘に生まれた事が恨めしかった。
 「他の娘だったら健児君に言えるのに」
 思っても仕方無い事は秋穂自身が一番良く解かっていた。だが思わずにはいられない。そしてその想いに胸が押し潰されそうになる。
 「どうしたらいいんだろ、私」
 秋穂は一人想い焦がれるだけであった。それを知るのも秋穂だけであった。
 秋穂はぼうっと考え事をする事が多くなった。講義やサークルの間も上の空でいる事がしばしばであり注意される事もあった。物思いに耽り一人でいる事が多くなった。
 「遂に好きな人でも出来たのかしら」
 「だったらいいけれど」
 友人達はそう囁き合った。だがそんな囁きも今の秋穂の耳には入らなかった。
 健児への想いは募るばかりであった。だがそれを健児に告白する事は出来ない。健児と顔を合わせる時に挨拶し話をするだけである。それが秋穂の心をより苦しめていた。
 やがて二月になりバレンタインデーが近付いてきた。義理チョコであるが秋穂もチョコレートを買う。
 「本命はいないの?」
 百合が尋ねるが答えられる筈がない。はぐらかすだけであった。
 「健児君にも買ってあげなくちゃね」
 夜の街を歩いていた。商店街はチョコレートと恋人の話で満たされている。
 「どれがいいかなあ」
 お菓子屋で良さそうなものを選ぶ。健児は甘い物が好きだった。
 「自分で作ろうかな。やっぱり」
 そうでなければ自分の気もすまなかった。好きな人には自分の想いを込めたものを与えたいものである。
 「だったら色々と要るわね。何買おうかしら」
 その時だった。店の外に健児がいた。
 「あ・・・・・・」
 学生服にコート姿である。部活の帰りだろうか。そして一人ではなかった。
 健児の傍らには女の子がいた。健児の学校の制服を着ている。同じスポーツバッグを持っている。バスケ部の娘らしい。
 髪は茶色で短い。ショートヘアである。背が高くすましたボーイッシュな娘であった。秋穂とは全く正反対な感じの娘であった。
 二人は腕を組んで談笑している。恋人同士であるのは一目瞭然だった。
 「・・・・・・・・・」
 二人は暗い道を二人で歩いていく。人ごみに入り消えていった。秋穂はそれを後ろから見る事しか出来なかった。
 秋穂は全てを悟った。自分の想いが片想いに過ぎなかったということを。いや、それは最初から解かっていた。悟ったのは自分の想いは健児の想いとは全く違っていたのだ。そして自分は健児に受け入れられる人ではなかったのだ。
 秋穂は俯いた。ぽろぽろと涙が零れる。涙は頬を伝い雫となって落ちる。雫となって落ちた涙はアスファルトに弾けそれを濡らしていく。夜の灯りに照らされたアスファルトの色がそこだけ変わる。
 秋穂は二人が歩いていった方とは逆の方へ足を向けた。そして一人そのまま歩いていった。
 秋穂が帰って来たのは真夜中であった。それに対し晴美は何も言わなかった。何かを察しあえて何も言わなかった。秋穂は部屋に戻りそのまま寝た。
 翌日昼頃まで秋穂は部屋から出なかった。一階のリビングに下りた時誰もいなかった。晴美も買い物へ出かけたらしくいなかった。
 テーブルには昼食が置かれていた。ホワイトシチューとローストチキンであった。テーブルの上には書き置きがあった。晴美の字だった。
 『昨日の夜の残り物で御免ね。これ食べて学校へ行きな』
 大きく活気のある字である。晴美の字は昔からこんな感じである。秋穂の字が細く小さいのとは対照的であった。
 「お姉ちゃん・・・・・・」
 秋穂はそんな晴美の暖かさが有り難かった。電子レンジで料理を温めると食べ着替えて学校へ向かった。いつものロングスカートとコートであった。
 学校の帰り秋穂は昨日のお菓子屋へ寄った。そして一つ豪勢なチョコレートを買った。
 次に毛糸を買った。そして家へ帰った。
 それから秋穂は何かを一生懸命編み始めた。周りの者が何を編んでいるのか聞くと微笑んで答えをはぐらかした。
  「はい、健児君。これあげるね」
 バレンタインデーになった。秋穂は健児にチョコレートをあげた。
 「ありがと。あ、これゴディバだね」
 「そうよ、高かったんだから」
 チョコレートを手渡して秋穂は微笑んだ。
 「ありがと、後で頂くよ」
 健児は見るからに嬉しそうだった。
 「あとね・・・これあげる」
 秋穂はあるものを差し出した。
 「あ・・・・・・・・・」
 それはマフラーだった。一枚の大きい純白のマフラーだった。
 「健児君マフラー持ってなかったでしょ。だからプレゼント」
 「僕に?何か悪いなあ」
 マフラーを手に取り健児は照れくさそうだ。
 「まだまだ寒いからね。これ首に巻いて学校へ行くといいよ」
 秋穂は健児を見上げて言った。その顔は甥に対する叔母の顔だった。
 「うん・・・・・・」
 健児はマフラーを首に巻いてみた。
 「良かった、似合うわよ」
 「そう?」
 健児の顔は真っ赤になった。
 「あの、秋穂さん」
 「何?」
 秋穂は優しく微笑んで問うた。
 「有り難う・・・・・・・・・」
 その言葉に秋穂は返した。
 「いいのよ、叔母さんなんだし。気にしないでよ」
 「うん・・・・・・・・・」
 健児は感謝の気持ちはあった。だがそれ以外の気持ちは無かった。秋穂にはそれが解かっていた。
 「じゃあね。今貸してる漫画、読み終わったら返してね」
 そう言って秋穂は部屋を出て行った。入口のところで振り向いた。
 「そうだ、これからは私の事叔母さんって呼んでね、秋穂おばさんって」
 「え・・・・・・」
 「名前で呼ぶのって変でしょ。だからね、叔母さんって」
 「いいの?」
 秋穂があまり歳が離れておらずまだ妙齢であった為そう呼んでいた。これは健児の気遣いでもあった。
 「いいのよ。これから、ね」
 「うん」
 健児は頷いた。秋穂はそれを見て微笑んだ。
 「じゃあね」
 「うん、あき・・・いや叔母さん」
 「うん。ふふっ」
 秋穂は悪戯っぽく笑って部屋を後にした。
 「これでいいのよね、これで」
 秋穂の初めての恋は終わった。その幕を自分で降ろした秋穂は部屋に戻った。
 冬は過ぎた。春になった。ある小春日和の休日だった。健児は部活、理は休日出勤で家にいるのは秋穂と晴美だけだった。
 「お姉ちゃん、ちょっといい?」
 秋穂が台所に入って来た。
 「何かしら」
 秋穂のはにかんだ笑いに晴美は少し首をかしげた。
 「お姉ちゃんに会って欲しい人がいるんだ」
 「?誰?」
 増々話がわからなくなった。自分に会って欲しい人とは。
 「その人・・・何処にいるの?」
 「それは・・・ちょっと来て」
 秋穂が案内したのは家の玄関だった。
 「・・・どうも」
 そこには一人の青年がいた。黒い髪に長身である。黒ジャケットに青ジーンズを着た結構格好良い青年である。
 「秋穂、この人は・・・?」
 「ボーイフレンドの原田君。大学の同級生なの」
 「はい・・・」
 やけにかしこまっている。それを見て晴美は妙に可笑しかった。そういえば理も自分の両親に初めて会った時はこんな感じだった。
 (良かった、健児の事はもう完全に吹っ切れたのね)
 晴美は秋穂を見て微笑んだ。だが秋穂はそれに気付いていない。
 (本当に子供なんだから)
 原田に向き直った。
 「原田君ね。秋穂の彼氏か」
 そう言って晴美は意地悪そうに笑った。
 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、そんなんじゃあ・・・・・・・・・」
 秋穂は顔を真っ赤にした。
 「いいのよ、隠さなくても。秋穂にもやっといい人が見つかったんだし」
 「だからそんなんじゃ・・・・・・」
 「言い繕っても駄目、私はあんたのお姉さんなのよ、何でもお見通しなんだから」
 「え、ええっ!?」
 秋穂は更に顔を赤らめた。
 「さあ上がって。丁度お昼が出来たのよ」
 「は、はい」
 秋穂とその彼氏原田を誘った。三人は玄関を上がりリビングへと歩いて行った。リビングに置いてある花の優しい香りが漂ってくる。
 
 マフラー   完

               2003・10・24 
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