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三つのプレゼントの恋

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3部分:第三章


第三章

2.銀のイヤリング
 銀のイヤリングを買った信吾は待ち合わせ場所へと向かう。そこに着くと同時に美智子もやって来た。ブラウンの厚いコートにくすんだ赤のマフラーを身に着けている。コートの下には黒いブーツが見える。黒く長い髪を下におろしている。まだ幼さの残るふっくらとした可愛い顔である。えくぼまである。そんな女の子であった。
「丁度だったのね」
「そうだね」
 ばったりと出会う形になってお互い少し戸惑いを見せ合っていた。
「グッドタイミングって言うべきかしら」
「だと思うよ」
 信吾はにこやかに笑ってそれに返した。
「遅れたらどうしようかと思ってたけれど」
「待たせたらどうしようかと心配してたのよ」
 信吾と美智子はそれぞれ違う理由から時間を心配していたのである。
「けれど丁度でよかったね」
「そうね。それでね」
 美智子が何かを言おうとする。だがそれより前に信吾は贈り物を美智子に差し出そうとした。
「あの」
「何?」
 その言葉に声を止める。そこですぐにまた言う。
「今日誕生日だったよね」
「ええ」
 美智子はにこりと笑ってそれに返す。
「それでさ」
「あっ」
 風が強くなった。美智子は思わず髪の毛を押さえてしまった。
「ちょっと風が」
「うん、かなり強いね」
「ここじゃお話も何だから」
 髪の毛を押さえて左目を閉じて言う。その仕草が実に女の子らしい。
「別のところでお話しない?」
「別のところ?」
「ええ。そうね」
 辺りを見回す。するとそこに百貨店が目に入った。
「あそこがいいかしら」
「百貨店かあ」
「?どうかしたの?」
「いや、別に」
 実は何もないがさっきまで商店街を歩き回っていたのでショッピングという気にはなれなかったのである。それもまたデートの一つだとわかっているが。
「嫌だったら他の場所にする?」
「いや、風が強いしさ」
 まずはそれから逃げるのが第一であった。風はさらに強くなってきていたのだ。
「まずはそこに入ろう」
「わかったじゃ。それじゃあ」
「うん」
 二人は頷き合ってその百貨店に入った。中に入るとすぐに温かい空気が二人を包んだのであった。
 明るく奇麗な店と着飾った客にお洒落な店員達が見える。二人は今一階の化粧品売り場にいたのである。丁度入ったところがそこだったのである。
「さてと」
 美智子はそこを見回して少し気取った動作になった。それが如何にも背伸びしている女の子といった感じで実に可愛らしく思えた。だがそれは信吾の勘違いだった。女は化けるのである。
「ねえ信吾君」
 信吾に顔を向けて声をかけてきた。
「何?」
「折角だからさ」
 彼に対して言う。
「今日のデートはここにしない?」
「ここで」
「ええ」
 にこりと笑って言葉をまた返してきた。
「特に決めてなかったんでしょ?」
「うん、まあ」
 実はそうなのだ。デートする前にプレゼントは考えていたがそこまでは考えていなかったのである。自分でも何処か抜けているとは思っている。
「だったらいいじゃない」
 美智子は言う。
「それで」
「じゃあここにするんだね」
 浩二はこう述べた。
「それでいい?」
「私はいいわよ」
 もう美智子の目は化粧品にいっているようである。どうにも気が早い。
「お金持ってるし」
「あら」
 これには拍子抜けした。
「そうなんだ」
「だってあれじゃない」
 くすりと笑って述べてきた。
「信吾君だけがお金払ったら不公平でしょ」
 意外とそういうところはしっかりしていた。かってはミツグ君という存在がいて当然という世の中だった時もあるそうだが今は、少なくとも美智子はそうではないようである。
「それにこれ私のだし」
「いいの、それで」
「いいのよ。そのかわりね」
「うん」
 応えながら何か嫌な予感もしていた。
「選ぶのに協力してくれないかしら」
「化粧品をだね」
「そうよ。まずはね」
 リップスティックを探しに向かった。
「色、何がいいかしら」
「そうだね。まずは」
 あまり化粧品のことには詳しくはないがそれでもそれなりに自分のセンスを生かして相談を行った。それで彼女と化粧品の話をし続けた。話をしているうちに何時の間にか夜になってしまっていた。
「何かあっという間だったね」
「そうね」
 二人は百貨店のイタリア料理店に入っていた。そこでスパゲティを食べながら話をしている。
 この店の色彩は白と赤、そして緑であった。言うまでもなくイタリアの国旗をイメージしている。どうもイタリア料理の店にはこうしたカラーリングの店が多いがこの店もまたそうであった。
 実は二人はこの店に何回か来たことがある。結構馴染みの店であるのだ。
 そこでパスタやピザを食べていた。二人が食べているのはナスとトマトのフェットチーネであった。それをフォークに絡めて食べているのである。
「何かさ」
 美智子はそのフェットチーネを食べながら信吾に声をかけてきた。
「このフェットチーネってあれよね」
「あれ?」
「そう。スパゲティとは全然違うわよね」
「確かにね」
 これには信吾も同意であった。
「何か食感がね」
「ほら、スパゲティってつるってしてるじゃない」
「うん」
「けれどこれは何か柔らかめで。噛めるって感じで」
「そうだよね。何かさ」
 ここで例えてきた。
「乾麺みたいな感じでね」
「そうね、そのままね」
 彼のその言葉に目を細めて笑みを作ってきた。
「そんな感じよね」
「そうだよね」
 信吾もそれに頷く。
「私だからこれ好きなのよ」
「そうなんだ」
「そうよ。だから時々自分で作ったりするのよ」
「ふうん」
 何か意外な言葉であった。だが少し考えれば美智子だって自分で何か作ったりはするだろう。信吾にしろ自分で何か作ったりもする。だから当然と言えば当然のことであった。
「このフェットチーネだってね」
「へえ」
「何か驚いた?」
「いや、それは」
「これでもパスタには結構自信があるのよ」
 これまた意外な言葉だった。
「和食だって作ったりするけれどね」
「和食もなの」
「料理以外と好きなのよ」
 美智子は言う。
「自分で作って食べるのがね」
「そうだったんだ」
「こうしてお外で食べるのもいいけれど」
「その時はやっぱりこれ?」
 そのフェットチーネを指差して尋ねる。
「パスタ?」
「それもいいわね。他のもあるけれど」
「やっぱりね」
 そんな話をしているうちにパスタやピザを食べ終えた。そしてデザートのプリンを食べている時に信吾はふと美智子が髪を掻き上げたのを見た。それで今だと思った。
「あのさ」
 そして話を切り出す。
「今日誕生日だったよね」
「ええ」
「それでさ」
 彼は言う。
「これ」
 紫の箱を取り出した。
「受け取ってくれないかな」
「何かしら、これ」
「よかったら見てみて」
「ええ」
 その手でそっと箱を受け取る。手元でその中をゆっくりと開けた。そこにあったのは銀のイヤリングであった。
「まあ」
 それを見て思わず声をあげた。
「奇麗ね」
「そうだろ。ちょっと選ぶのに苦労したんだ」
 苦笑いを浮かべて答える。
「けれど。どうかな」
「有り難う」
 幸運にも受け取ってくれたようである。その証拠に笑顔になっていた。
「私銀って好きなの」
「そうなんだ」
「しかも丸いのって。何か真珠みたい」
「確かにそうだね」
 美智子のその言葉に信吾も笑みになった。
「気に入ってもらえた?」
「勿論よ」
 その笑みは朗らかなままであった。
「本当にいいのよね、これもらって」
「うん」
 信吾もにこやかに笑って答えた。
「どうか貰ってよ」
「本当に有り難う。けれど」
「けれど?」
「何かこんなのもらって。悪いみたいね」
「いや、別に悪くはないよ」
 そんな美智子をフォローした。
「だってさ。僕が自分で買ったんだし」
 彼は言う。
「美智子ちゃんは全然悪くないよ」
「そうかしら」
「そうだよ。だから気にしないで」
「けれど」
 彼女はそれでも言う。
「何かお返ししたいわ」
「お返し」
「ええ。何か欲しいのある?」
 信吾の顔を見て尋ねてきた。
「よかったら言って」
「そうだね」
 といっても特に欲のない信吾である。実はこれといってない。
 だがここでふと思った。そしてそれを口にした。
「あのね」
「ええ」
「パスタじゃ駄目かな」
「パスタ!?」
「ほら、さっき言ってたじゃない」
 彼は言う。
「美智子ちゃんも自分でパスタ作ってるって。だからさ」
「それでいいの?」
「うん」
 彼はニコリと笑ってそれに答える。
「それが欲しいんだ。駄目かな」
「ううん、それでよかったら」
 美智子もにこりと笑ってそれに応える。
「パスタ、作らせてもらうね。それで食べて」
「わかったよ。じゃあお返しはそれで」
「ええ」
 こうして彼女からのお返しも決まってデートは笑顔で終わった。信吾は今度は美智子の心が詰まった温かいパスタを頂くことになったのであった。銀のイヤリングのお返しは温かい心であったのだ。


三つのプレゼントの恋   完



               2006・11・18


 
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