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エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-

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第十五話/SIDE-V 若人は日々成長する

/Dorothel

 クレイン兄様がついに決起なさった。
 いつかやるかもしれない。そんなふうに漠然と思ってはいたわ。まさかあんなふうに、王に向けて直接宣言するとは思わなかったけど。

 数奇なお客様がいらしたから、数奇な運命に踏み込んだのかしら。

 ベッドの上ですやすや眠る「お客様」の一人を見ながら思う。
 この子はフェイリオ=マクスウェル。あの、精霊の主マクスウェル本人なんですって。
 こうして眠ってるこの子は、ガンダラ要塞で大怪我をして、わたしたちと同じ赤い血を流した。精霊といっても、同じように傷ついたりするのね。

 コンコン

 ベッドサイドから立って、部屋のドアを開ける。

「いらっしゃいませ、ヴィクトルさん」
「フェイリオは。眠っているのか?」
「ええ。いつも通りです」

 ヴィクトルさんを部屋に招き入れる。ヴィクトルさんは一直線に、フェイが眠るベッドまで行って、そこに腰を下ろした。
 仮面で表情は分かりにくいけれど、目を見れば分かる。この人がフェイに向ける感情の種類が。

「ヴィクトルさんはいつも眠ったフェイにしかお会いにならないのね」
「冷たい親だと思うかね?」

 皮肉と分かって返す苦笑は、どこか寂しさも垣間見えて。

「いえ……何か事情がおありでしょうから。親子というには歳も近いし、お買い物の時に真っ当な親子関係じゃなかった、とおっしゃっていたから」
「聞かれていたか」

 黒い手袋を嵌めた手が音もなくフェイの頬を撫でた。

「生き写しなんだ。死んだ妻に。毛色が違っていてさえそう感じる。もっと早く気づけていたらよかった」

 ヴィクトルさんはフェイの髪を取って口づける。ふれてはいけないものにふれるように、そっと、静かに、情熱的に。見てるこっちのほうが熱くなっちゃう。

「だがこの感情は父親としては間違っている。捩れた時間の中にいる私たちでも血の繋がりだけは覆らない。覆してはいけない。だからこうして、寝ている間だけ――」
「ヴィクトルさん……」

 このほんの僅かな逢瀬のために、この人はガンダラ要塞からカラハ・シャールまで帰って来る。
 そして、一方的な逢瀬を終わらせるのは、当然この人。

「もう行くよ。世話をかけてすまない、ドロッセル」
「次はフェイが起きてる時にいらして。きっとフェイも喜ぶわ」
「どうだか」

 何度言っても、同じ相槌で返されて。結局フェイが眠っている時にしか、ヴィクトルさんはこの部屋に踏み込まない。

 部屋を出て行ったヴィクトルさんを笑顔で見送って、ベッドをふり返る。

 ねえ、フェイ。あなたが慕う人は、あなたが知る以上にあなたを大切に想っているのよ?




/Victor

 ガンダラ要塞に戻れば、顔パスでクレインとローエンのいる部屋まで行くことができる。ローエンとは異なる意味で、「クレインの脇を固める人物」程度には兵たちに認識されているらしい。

 軍議室に使っている部屋をノックし、返事を待たずに中に入った。
 中ではローエンとクレインが、リリアルオーブを使って話し合っていた。

「お帰りなさい、ヴィクトルさん」
「お帰りなさい」
「ああ。――進軍ルートの相談か?」

 彼らの外部交渉のおかげで大分戦力も増えた。ここからは大規模な集団を動かすための精細な指示を打ち合わせておく必要がある。その段階に至ったのは、果たして喜ぶべきなのか。

「イバルはいないのか」
「……少々難しい話が続いてしまったもので」

 ああ。基本的にまっすぐゴーだからな、イバルは。彼らが話し合う戦略やら戦術やらに目を回して逃げたというとこか。

「元々イル・ファンは南北に要害を擁しています。一つが、我々が拠点とするガンダラ要塞です」

 ローエンが指差したリリアルオーブの一点が点滅する。

「ですがイル・ファン自体は決戦都市としては造られていません。街の内部まで突破されれば敗色は濃厚です。なので、戦時下は兵の大半がガンダラ要塞と海上の防衛に配置されるようになっています」

 地図上のガンダラ要塞と海上の数か所が点滅する。

「ラ・シュガルの新兵器開発でア・ジュール王は開戦の準備を進めています。ラ・シュガル軍としてもア・ジュールが攻めてくる前にこのガンダラ要塞を奪還しようと考えるでしょう。裏を返せば、ガンダラ要塞攻略のためにイル・ファンの軍勢がここに押し寄せた時こそ、我々にとって王都攻略の最大の好機」

 戦局図が動く。赤い駒と青い駒がぶつかり合う。その間に緑の駒がイル・ファンへ移動した。

「ここを主戦場にしてラ・シュガル国軍とア・ジュール軍がやり合う間に、王都へ攻め上るわけか。さすが〈指揮者(コンダクター)〉。大胆な調べだ」
「それほどでも」

 ローエンは仰々しい礼を取った。変わらないな、そのかくしゃくとした笑顔。

 クレインはというと、指を顎にやって考え込むようにリリアルオーブを見下ろしている。

「――侵攻のタイミングを合わせられるよう、あちらの王と密約を結ぶことは可能だろうか」

 あちらの王というと、ガイアスか。そういえば分史世界でもア・ジュール王時代のガイアスとは出会わなかった。

「国益になると思わせれば叶うかもしれん」
「その国益は富ですか? 権威ですか? 人ですか?」
「人、だな」

 〈ガイアス〉は民を導くのが王の使命だと捉えていた節があった。富や権威には執着していなかった。

「ならば革命が成り次第、ラ・シュガル国軍を投降か撤退させましょう。無駄な争いはそれで回避できる」

 ああ。それが現在ある材料でのベターな選択だ。

 本格的な開戦は近い。イル・ファンはもう目と鼻の先だ。決行前に私もやるべきことをしておくとしよう。





 要塞の哨戒塔へ上がる。いた。目当ての人物を発見。

「イバル」
「……お前か」

 何をふて腐れてるんだ。まさかローエンの戦略会議に付いて行けなかったから、ではあるまい。

「いつになったら発つんだ」
「発つとは?」
「イル・ファンへだ! ミラ様を救い出すのは俺たち共通の本懐だろう! なのにシャールの連中に付き合ってここで足踏みして! これでは千日経ってもミラ様をお救いするなどできないだろうが!」

 ……ここに他の兵士がいなくてよかったな、イバル。もしいたら口封じに捕縛術くらいはかけてやっていたところだ。

「そのミラの件で話があって来た。イバル。ニ・アケリアに戻るぞ。エリーゼに預けた〈カギ〉を返してもらいに行く」
「エリーゼ……あの人形娘か。そういえば出発前に何かを渡していたな」
「ああ。あれはミラを救い出すために不可欠の品なんだ。エリーゼ自身も戦力になる。そろそろ連れに行かないと、約束を破ってしまう。イバル、夜中にワイバーンを飛ばすことはできるか?」
「できるが……」
「ならその足で今夜にでもニ・アケリアに直行だ。旅支度をしておけ」

 イバルの表情がこれ以上ないくらい輝いた。きっとイバルの頭の中ではニ・アケリアからイル・ファンに直行なんだろう。
 悪いがそうは行かないんだ。カン・バルクでガイアスに謁見申請を出すとローエンたちに約束してしまってな。

 頭の隅を過ぎる、傷だらけのフェイリオを見つけた時の、恐怖。
 〈代役〉をいかに上手くこなすかに拘ったせいで、フェイリオはあれほど痛めつけられた。

 腹は括った。歴史が私が知るものと食い違おうが、最善と思える行動を選択する。





 ワイバーンで一晩かけて海を渡り、ア・ジュールのニ・アケリア村に着いた私たち――正確には私一人は、人生で久しぶりに驚くことに直面した。

「ヴィクトル! むかえに来てくれたんですか!?」
『わーい! 待ってたよー!』

 ぼすぼすっ。腹に飛び込む塊二つ。内一つが、若草色の瞳を輝かせて私を見上げてきた。

「エリーゼ……なのか?」
「はい!」
『他のダレに見えるんだコイツめー!』

 お……どろいた。しばらく離れただけでここまで様変わりするとは。

 服が常盤色になって、髪を一部上げたという外見的変化はもちろん、彼女の表情は健全な環境で育った12歳少女と比べても遜色ない。ニ・アケリアの何が彼女をこうも劇的に変えたんだ。

「強くなりなさいって言われましたから、わたし、がんばったんですよ。治癒術もいっぱい練習して、村の人たちのケガや病気を治したりできるようになったんです」
『エリー、アリガトいっぱい貰ったの!』
「それにマクスウェルさまの祠のお掃除をしたり、村のまわりをパトロールしたり!」

 ……そういうことか。親はおらねど子は育つというが、格言に誤りなし、だな。君を少し侮りすぎていたよ、エリーゼ。




/Ivar

 ほんの数か月前に村に来たばかりの人形娘が、ミラ様の社を掃き清めた? 村の平和を保っていた? 村人のケガや病気を治した?

「――ふざけるな」
「? イバル?」

 こてん、と人形娘は、ヌイグルミと同じ角度で小首を傾げた。

「何なんだ貴様は! 貴様がやったことのどれもそれも、俺が人生を費やして成し遂げて来たことではないか! ニ・アケリアを守るのもミラ様のお世話をするのも、俺こそが! すべき役目ではないか! それを貴様はさも〈巫子(おれ)〉のように振る舞って! この偽物が!」
『黙ってきーてれば何なんだよー!』

 ヌイグルミが人形娘の手から飛び出た。上等だ。顔を突き合わせる。

『イバルなんて、マクスウェルさまが捕まった時に何にもできなかったくせに! エリーはちがうぞ! これからヴィクトル君と一緒にマクスウェルさまを助けに行くんだ!』

 何だそれは! ミラ様をお救いするのは、マクスウェルの巫子たる俺の役目だぞ!?

『ぼくは知ってるぞ。ちゃんと村のみんなから聞いたんだからな。イバルはえばりんぼで、ハンセーしなくて、いっつもウルサイってマクスウェルさま言ってたって! イバルみたいなダメダメ巫子でもいいんなら、エリーのほうが巫子にフサワシイもんねーだ!』

 ………………駄目……巫子? おれ、が? ミラ様が俺をそんなふうに仰った?


「そこまで。イバル、子ども相手にムキになりすぎだ。エリーゼも。言っていいことと悪いことがある」
「い、今のはわたしじゃなくて、ティポですよ?」
()()()()()()()()()()。友達ならティポを黙らせなさい」
『ぼく、まちがったこと言ってないぞっ』
「――君たち」

 ぞっと、した。俺よりよっぽど冷徹な目で、この男は人形娘を見下ろしてる。

「正しければ何をしても許されると思うな」
「ぁ…あ……ぅ…ふ……ええ~~~~ん!!!!」

 子リスみたいに震えてたルタスがついに泣き出した。あ、新手の魔物か!? 何だこの声量はっ。

 村人の視線が痛い。ちょっと待て。泣かせたのは俺じゃなくてこの男のほうだぞ? 何で俺がそんな責められるような目で見られなければならないんだ。おい貴様、責任取って慰め――いないだと!?

「うぇっ、えっ、うあああん…!」
「~~っああもう泣くな! あの男に置いて行かれてもいいのか!」
「うっ……ふ、ぇ……~~~~っ」

 ルタスは何度も袖で涙を拭っている。それだけあの仮面男はルタスにとって大きな存在ということだ。
 あんなうさんくさい男のどこに、ここまで懐く要素があるんだか。奴が強いのも、揺るがないのも、何となくは知っているが。あれは絶対、目的のために手段を選ばないタイプだぞ?

「な、泣かないっ、から、泣いてないからっ」
『もう置いてかれるのはヤダよー!』

 ああ、くそ。泣きたいのは俺のほうだ。この娘をニ・アケリアに置いて行ったら、ますます俺の巫子としての立場が脅かされる。連れて行くしかないじゃないか。 
 

 
後書き
 タイトルの「若人」はエリーゼと、実はイバルもだったりします。このPTで子供は彼らだけですからね。彼らの「成長」にご期待ください。 
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