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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第三章
  二十一話 雷帝の末裔

 
前書き
相変わらず遅くて申し訳ない……

年明け前に、二十一話 

 
ミッドチルダ旧ベルカ自治区 北部。
ミッドチルダ北部の中でも、特にむき出しの自然が残り、風に削られた岩場から沢の流れる山間まで、多くの自然を見せてくれる地区に、クラナとライノはやって来ていた。
特急のリニアトレインでも一時間近くかかってしまうこの土地にわざわざ赴いたのは一重に、今日はライノの知り合い……かつ一応クラナの知り合いであるとある人物に会う為である。

駆け寄ったややクラシカルなデザインの車の運転席が緩やかに開くと、中からフォーマルな格好をした長身の男性が顔を出した。この男性は、これから向かうとあるお家の執事であり、ライノとしては幼いころからの付き合いである友人でもある。
非常に自然な所作で、かつ完璧な礼をした男に対し、車に近寄りつつ片手を上げてライノが言った。

「よぉエドガー!相変わらず使いパシられてるみてーだな」
「ははは、いえ、滅相もございません。お久しぶりですね、ライノスティード」
笑顔で言った。

「おう。ったくお前の顔見るだけなら此処にくんのも悪くねーのによ」
「残念ながら、既にお待ちかねですよ」
「うへぇ」
なんとも微妙そうに顔をしかめたライノの後ろに、エドガーが苦笑する。と……

「おや……」
「……お久しぶりです」
ライノの後ろから顔を出したクラナが、ペコリと一つお辞儀をした。

「お久しぶりですクラナ様、このたびは復帰なさると言う事で。お嬢様も心底喜んでおられました」
「……どうも」
微笑みながら言うエドガーに苦笑するようにほんの少し笑ってクラナが答え、再び頭を下げる。そんなクラナにニッ、と笑って、ライノが言った。

「まぁ良いや。とりあえず行こうぜ、立ち話すんのもあれだろ」
「うん」
「えぇ、では……ご乗車下さいお客様」
言いながらエドガーは後部座席のドアを開く。ライノはそのまま慣れた様子で、クラナは何となく頬を掻きながら乗車した。

『ふおぉ、完璧な執事モーション、流石エドガーさんですねぇ』
『まぁ、プロだしね』
『イケメン執事が何時も隣にいるとか世の37.85%の女性が見たら羨みますね。間違いない』
『何そのやけに具体的な数字……』
『私の勘です!』
『数字が具体的でも前提が具体的じゃないから全然当てにならないね……』
アルは今日も平常運転である。

────

北部の中でもひときわ目立つ、海側の岩場に立つ邸宅。巨大なその家に住むのは、とあるお金持ちの家柄の家族であり、旧ベルカから続く古―い血筋を守る人々だ。その家に表札は無いが、住まう家族には当然性が有る。
彼等の性は「ダールグリュン」。今は血は薄くなりはしたものの、古代ベルカに置いて有数の武勇を誇った猛将であり、王として知られた一人。《雷帝》ダールグリュンの血を受け継ぐ者達の住まう家である。

「ふーう、相変わらず無意味にでけーな。もっと普通の家住んでもいいだろうによ」
「文化財の管理も含め、この家に住んでらっしゃいますから」
[と言うか来るたびに同じ事を仰いますね。学習能力が無いのですか?マスター]
「いやほら、お決まりと言うのがあってですねウォーロックさん」
ライノの言葉に説明したエドガーと、毒を吐くウォーロックに対してライノが焦ったように言う。そんな二人の後ろで、クラナは城を見上げてやや圧倒されていた

「…………(大きいなぁ)」
[元来貴族階級の方が使っていらした物らしいですからね]
別に初めて来たわけではないのだが、この手の家の大きさには毎度圧倒される物が有る。普通の一軒家に見慣れていると、こういう見慣れない物を見た時に感じる異様さはまたひとしおだ。とは言え、クラナの住んでいる高町家も、一般的に言えば十分に高級住宅の部類に入るのだが……

両開きの大きな扉を開くと、玄関フロアに入る事が出来る、広く大きな広間だが、魔法のお陰で空調設備は完備されており、温度としては丁度いいと言った所だ。

「さて、と」
「ようやくきましたのね、少しは時間通りに来ることを覚えたと思っていましたけど?ライノスティード」
「って、いきなり小言かよ!トレインの遅れは俺らの責任じゃねーだろ!」
「責任を他人に押し付けるようでは、人としての器が知れますわよ」
「あのなぁ……」
突然、正面の階段の上から柔らかなソプラノが響いた。何処か大人びた調子のその声は少し小言っぽくは有れど、その端々に優しさと親しみが込められていて、まるで弟を注意する姉の声のようでもある。
小さな溜息と共に、けれど何処か嬉しげに苦笑したライノが顔を上げた先、其処に、豪奢なブロンドの髪をなびかせた少女がいた。

「ったく、お前は変わりねーみたいだなヴィクター」
「えぇ、貴方こそ相変わらずのようね、ライノ」
彼女の名は、ヴィクトーリア・ダールグリュン。ライノの従姉であり、同時に幼馴染の女性だ。

────

「クラナさんも、お久しぶりですわね」
「……はい」
[ご無沙汰しております!ヴィクトーリアさん!!]
小さく頷いて答えるクラナに続き、アルが元気よく答える。クラナの態度にやや悲しそうな微笑でヴィクトーリアは頷くのを見て、クラナの正面に居たライノが言った。

「何だお前、トレーニングしてたのか?」
「あら、どうしてわかったのかしら?」
「髪がちょい濡れてるし、石鹸の匂いだ、シャワー浴びただろ」
[匂いに気付くとは……やはり変態ですか……]
「なんで其処で観察力が有るって事で済ましてくれないの!?」
「ふふ、成程、水気はちゃんと乾かしたつもりだったけれど」
小さく頷いて、ヴィクトーリアはウォーロックとライノの会話を面白がるように紅茶に手を付けた。

「えぇ、最近は帰ってからはずっとね。IMにもエントリーはしたし、今年も本戦優勝を狙うつもりで居るから。余念は無いの」
「まぁ前回も都市本戦決勝行く前に終わったもんなぁ……」
「う、うるさいわね、エドガーといい貴方といい……」
笑いながら言うライノに、ヴィクトーリアは先程までの余裕を崩してやや顔を朱くする。

「……それでも、三位ですよね。凄いですよ」
小さく笑って、クラナが言った。
彼の言う通り、ヴィクトーリア・ダールグリュンの最高戦績は去年、都市本戦の三位である。IMの参加回数は合計で5回。年齢は17歳で有る所か見ても、いずれは世界代表選出場も目されている実力者だ。
以前話したハリー・トライベッカを準々決勝で破っての三位入賞である点からも、彼女のレベルの高さがうかがえるだろう。
しかしそんな彼女はクラナの言葉に対して自嘲するように笑い、同時にクラナにやや同情的な視線を向けて言った。

「そんな事有りません。特に貴方からしたら、私なんてまだまだですわ」
「……そんなことは……」
首を横に振って苦笑するクラナに、けれどヴィクトーリアは優しげに微笑みかける。

「謙遜は、今は必要ありません、クラナ・ディリフス。[白翼(びゃくよく)]と呼ばれた貴方の戦いは、私やライノの心にしっかり焼き付いている。あの武は、私達の憧れの一つでもあるのだから」
「……ありがとう、ございます……でも俺は……戦う場から、逃げましたから……」
「それは……」
頷き、けれど何処か自らを責めるような言い方をするクラナに、ヴィクトーリアは自分が知る誰かを重ね見たような気がして、もう一言続けようとするが、言葉に詰まる。しかし……

「だから、今その舞台に戻る為に、此処にいるんだろ」
「……ライノ……」
ライノの言葉に、クラナは俯きがちだった視線を上げて彼を見る。その言葉に、ヴィクトーリアも微笑みながら言った。

「……そうでしたわね。それじゃあ、予定通り、と言う事でいいのかしら?」
「おう、頼む。ボッコボコにするつもりでな」
「……よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ」
ライノの言葉に、クラナが真剣な表情で頭を下げる。その言葉に、先程までよりやや挑戦的な笑みを浮かべて、ヴィクトーリアは頷いた。

「手加減は、しませんわよ?」

────

クラナ・ディリフスは、初出場にして、世界代表戦で二位まで勝ち上がった……まさに魔法戦技界の麒麟児であった。
その圧倒的な力を誇った彼にとって今、最も必要な練習は何か、其れをノーヴェとクラナが共に考えた時、初めに考え、かつ、結論として導きだされた答え。それは、「実戦経験によるカンの取り戻し」だった。

元来、クラナ・ディリフスと言う選手は、その基本戦術と能力だけで言えば、5年前の時点で既にかなりの高レベルの位置に居たと言ってよい。
魔力制御やその無色の魔力と言う弱み、経験の浅さから来る、格闘技術の荒削りさ。至らなさこそあったものの、其れを補って余りある加速魔法や吸収放射のアドバンテージと、何よりも彼には、非凡な天性の戦闘カンが有った。
その力を持って世界代表戦決勝に至るまでのことごとくの戦いを制した彼はいま、この四年間続けて来た弛まぬ基礎練習の反復によって、その魔力制御と、格闘技術の未熟さを克服しつつある。であれば、今から新しく戦術を立て直したりする事は、限られた時間の中で効率的とは言えない。
故に二人は、これ以上の基礎練習を多く行うよりも実戦形式の模擬戦闘による戦闘カンの取り戻しを図る事にしたのだ。過去、本当に圧倒的だったその才能を取り戻す事が出来れば、戦闘効率は格段に上がる。そう考えた故である。

その為の相手として第一段に選ばれたのが……


ダールグリュン家、地下模擬競技戦練習場

「以前から知りあっていたとは言え、クラナさんと模擬戦闘が出来るなんて、光栄ですわね」
「……いえ、こちらこそ……」
トレーニングウェアに着替えてそんな事を言うヴィクトーリアに小さく苦笑して、クラナは頭を下げた。

「おーい、瞬殺されんなよヴィクター!俺の研究にならねーからなー!」
「はぁ……全く、少しは静かに出来ないのかしら?」
「あはは……まぁ、昔からですし……」
「そうね……ホント、変わったものね……」
「?」
何処か懐かしむように言ったヴィクトーリアにクラナは首を傾げるが、彼女はすぐに気を取り直したようで、微笑んでクラナと向き合う。

「それでは……始めましょう。ブロイエ・トロンべ!」
言うと共に、彼女の周囲に白の強い黄色の魔力が満ちる。やがてそれは白雷へと変わり、彼女の身体を取り巻き……其れが収まった時、彼女は重厚な騎士鎧と、斧槍(ハルバード)を携えた、女騎士へと姿を変えていた。

「……アクセル・キャリバー」
[Set up]
クラナがペンライトを真上に放り投げると同時、彼の身体が歪む。やがて何時ものバリアジャケットに身を包んだ、クラナが姿を現す。
二人の立つ間に、エドガーがゆっくりと歩み出た。

「それでは審判は僭越ながら私が……ルール方式はIM公式戦と同様。LP(ライフポイント)10000点、クラッシュエミュレート有りの仕様戦技制限なしの実戦形式一本勝負。両者、宜しいですね?」
「はい」
「えぇ」
二人が頷いたのを確認すると、エドガーはゆっくりと離れる。
其れと同時、ヴィクトーリアとクラナの表情が一気に真剣身を帯び、ハルバードの矛先を向け、拳を構える。

「それでは……始めっ!!!」

『アルッ!』
[First gear unlock]
開始と同時、ブシッ!と言う音と共に、脚鋼の突起が横にずれるようにして煙を噴き出す。と同時に、ヴィクトーリアも動いた。

「六六式っ!」
「ッ!」
ハルバードを左肩に担ぐように振りあげると、一瞬その場でタメを作る。その一瞬で、斧部分に相当量の魔力が集まるのが、クラナにも分かった。それを……

飛雷刃(ひらいじん)!!」
「(ちょっ!?)」
[Acceleration]
「(くそっ!)」
高速で一閃。軌跡は雷の刃となって一気にその直線状を切り裂く。「一つ目」のギアの発動と同時に打ち出された其れは、反応が一歩遅れている状態では加速状態でも回避は辛い。しかしクラナの防御魔法は、加速魔法の発動と同時に発動する事がまだ難しい。結果として……

「っ!」
やや強引に上体を逸らして、上半身を狙って打ち出された其れをかわす。我々の世界で言う、「マトリクス避け」と言う奴だ。大きく体勢は崩れるが、この際仕方がない。

「はあぁっ……!」
「……!」
直後、ガシャンっ!と大きく踏み込む音がした。彼女のBJは騎士鎧型、魔力量の多さを利用して防御能力の高いBJを選択する事で、接近戦における懐の弱さをカバーする目的が有る。本物の甲冑であれば相当重いのだろうが、確かに機動力は落ちる物の、ヴィクトーリアの動きはそれを殆ど感じさせない速さでクラナに向け一直線に突撃してくる。間合いが詰まるならバック転気味のサマーソルトでも放ちたい所だが、ヴィクトーリアの武器は此方と比べ、リーチと重さの面で圧倒的なアドバンテージを持つ斧槍(ハルバード)だ。この体勢からの反撃は、明らかにリスクがリターンに勝る。

「ふっ!」
クラナは鍛えた腹筋と逸らしの勢いを利用して、ヴィクトーリアが距離を詰め切るよりも前に高速でバック宙返り。何とか彼女に向き直る。と同時に……

「八式!」
「……!」
[Second gear unlock]
既に振り下ろしの構えに移行したヴィクトーリアが穂先をクラナに向けて魔力を込めていた。

瞬落(しゅんらく)!」
[Acceleration]
「ふっ……!」
ガクン!と、一段階跳ね上がった思考によって高速の振り下ろしが速度を落とす。緩やかな速度で接近してくるハルバードを左の裏拳で受ける……と同時に左に逸らす。が、

「(重いっ……!?)」

クラナ DAMAGE 2300 LIFE 7700

逸らし切れずにBJ表面を斧の刃が削った。

「雷帝の一撃、甘く見ましたわね!」
「っ!(そのようですねっ!)」
心の中で悔しげに苦笑しながら、クラナはそれでも何とかその一撃を逸らし切った。其処から……

「フッ!」
「……っ!」
身体がハルバードの内側に入った事を利用して、ヴィクトーリアの顎を蹴りあげ、そのまま……

「ヴァルカン……!」
高速で動くその身体が、高速の回し蹴りから拳のラッシュを放つ。空中に浮いたヴィクトーリアの身体は、連続して15発近い数の衝撃を受け、最期に再びの回し蹴りで吹き飛ぶ。
が……

「どうしました?その程度ですの?」

ヴィクトーリア DAMAGE 1020 LIFE 8980

『堅いな……』
『はい。膨大な魔力量をBJに大量にまわしてらっしゃいます。完全鎧型であるのは、ポーズや雰囲気作りでは無いようですね』
『失礼だからそう言う事は言わないように』
『は~い』
『けど其れでいて攻撃もあの出力……』
『ご先祖様のお陰か、それとも個人の才能なのか、いずれにせよ驚くべき魔力量です。どうしますか?』
『…………』
思考を加速した世界の中で、一瞬だけクラナは考える。ヴィクトーリアの魔力量は、クラナの魔力量を量と言う意味で大きく上回っている。魔術師にとって、その利点は素直に一つの強みだと言ってよい。
また、その強みを生かすためにあえて機動力をある程度排除し、相手の攻撃を受けきる覚悟でそれ以上の破壊力を打ち込むために、防御と攻撃に極端に割り振った魔力配分の思い切りの良さと、その戦術を躊躇わず実行する度胸、精神力も、十分に称賛されるべき所だろう。まさしくして、トップファイターと呼ぶにふさわしい力の持ち主だ。
しかしだからと言って、此方に勝機が無い訳ではない。小回りとスピードなら此方が勝っているし、懐に入ればいくらかやりようはある。それに、相手が重装甲だと言うのなら……

『なら、“釘”かな』
『そう来ると思ってました!何時でもいけます!相棒!』
威勢良く答えるアルに小さく笑って、クラナは構えをとる。左の手は開いて掌を相手に向け、右は拳を作り腰だめに。左半身をやや前に。両拳を構えている普段とは、やや違う構えだ。

「……(これは……)」
「ふぅーーっ」
構えを変えたクラナを警戒しつつも隙を窺うヴィクトーリアは、クラナの構えの意図を探ろうと思考を回す。が……

[Third gear fourth gear unlock.]
「────!!」
「ッ!?」
ゾクッ!!と、全身を言いようのない威圧感が駆け抜けた。全身が総毛立ち、論理的な物とは違う、ただただ危険を訴える信号が、脳を直接刺激する。来る、とそう思った時には考えるより先にヴィクトーリアの身体は動いていた。
もしクラナが何かを仕掛けて来るとすれば、其れは間違いなくスピードを利用した攻撃だ。そしてクラナが本気のフルスピードを出したなら、それに対してヴィクトーリアが対抗する手段は殆ど無い。
故に、ヴィクトーリアがこの模擬戦に勝利するには、クラナにとにかく加速魔法を使わせない事が重要だった。それに対して最も確実だったのが、所謂“出がかりを潰す”戦術だったのだ。
実際に、その判断は正しい。出がかりを潰してそのまま乱戦に突入してしまえば、正面からの打ち合いで分が有るのは防御と攻撃力、双方で勝るヴィクトーリアの方だ。ただし……
競技選手である以上、彼等は常に、“次”を想定しなければならない。それらを常に、そう、常に考えているか、その差は……

「!?」
「…………」
ほんの一瞬の隙に、こういう時に、現れるのだ。

ジャッ、と小さな音を立てて、トロンベの刃が左に逸れる。反射的に、ヴィクトーリアは驚くほどの反応速度で身体ごと一気に槍を引き戻そうと動いた。斧槍を含む長物武器を使う者たちにとって、突き込みの際に懐に入られる事は最大の弱点であり、最も恐れるべき展開の一つである。当然、その展開に彼等は常に警戒を敷くし、それらを避けるために最大の努力を行うもの。
現にヴィクトーリアの引き戻しは、通常の格闘家で有ればそのまま踏み込む事は確実に困難なほどに、素早い反応であったと言える。だが……

[Acceleration]
「オォッ……!」
「く……!」
突如、クラナの身体がぶれた。ヴィクトーリア以上のスピードで彼女の懐に瞬き一つの間に踏み込むと、拳に力を込め……

「……ヴァルカン!!」
「ぅ……く……!!」

ヴィクトーリア DAMAGE 2600 LIFE 6380 ボディ蓄積ダメージ19%

先程以上の、凄まじいスピードでクラナの両腕が動き、ヴィクトーリアの腹部の拳の乱打が打ちこまれる。最早目視することすら難しいその動きによって打ち込まれた打撃は実に30発近く。ガードの間に合わないそれらは一気にヴィクトーリアの腹部に叩き込まれ、鎧がミシリときしみ彼女の表情が歪む、が……

「外式ッ!!」
「!?」
[これは……!いけません相ぼ……!]
打ち込まれながらも引き戻したトロンベの柄の端を、突然ヴィクトーリアが左手で掴んだ。瞬間、高速の拳打の反動で硬直したクラナの一瞬を逃すこと無く、その左手を一閃、振り抜く。

クラナ DAMAGE 4800 LIFE 2900 クラッシュエミュレート 上半身出血

「……!」
「天瞳・水月……!」
柄の一部が分離し、居合切りの要領で、見事な姿勢で振り抜かれる。当然、其れは唯のポーズでは無い。分離した柄の先には魔力光剣が伸びており、それがクラナのガードに回した両椀を切り裂いた。鮮血が舞い、今度はクラナの表情が歪む。これは無論魔法的な演出では有るのだが、実を言うとこの出血演出には試合に導入されているとあるシステムに寄り、徐々に対象の体力を奪う効果が有った。

[クラッシュエミュレートシステム]
これは、ある一定の攻撃やダメージに対して、「其れが実戦で有ったならどのような状態に陥るか」と言う過程の下、その攻撃に寄って起こりうる「負傷」を、魔法を利用した演出や痛み、行動制限などによって、疑似的に再現する戦闘シュミレーションシステムである。
元々は限りなく実戦に近い形式で行われる管理局内のシュミレーション訓練システムに採用された代物で、ある程度安全にかつハードな試合を再現することが出来る事から、現在ではBSAAの公式魔法戦競技会も採用しているシュミレーションシステムだ。当然ながら、IMの戦闘に置いても使用される。
そしてこのシステムにおける、“出血”状態の効果は、痛みと徐々に体力が減少すると言う物で、多量の出血となれば意識混濁すら起こりうる物である。

さて、大きく体力を削られた状態で、この状態異常は非常に辛い物が有るのは言うまでも無い。
ただ何よりも問題なのは、クラナがそれを“受けた”事だ。
四年前……以前のクラナであれば、防げた……否。かわせたであろうそれ……本来、このような近接における高速攻撃はクラナの十八番だが、現在のクラナは間違いなく見えていた筈の其れを避ける事が出来なかった。
それはクラナが無駄に力みながら拳を放ってしまったためであり、其れが身体の反動と硬直を伸ばしたため、そして何よりも、彼自身の反応が遅れたためだ。受けた攻撃を、クラッシュエミュレートにつなげてしまっている事から見ても、クラナの勘が鈍っている事は明らかだった。

時間を戻そう。

「……!」
『これで……!』
衝撃を受けて、クラナの身体が後方に吹っとばされる。大ダメージに加えて、出血のエミュレートである。この時点で、ヴィクトーリアはかなりの優位に立ったと言えた。このダメージを起点に、後は一気に倒し切る。そう考えて、ヴィクトーリアは構えを治そうとする。だが……

「……ア、ルッ!!」
[Roger! Acceleration!!]
「えっ!?」
体勢が崩れ切るよりも前に、クラナが咆えた。吹き飛び掛けていた身体を強引に引き戻すと、叩きつけるように地面踏みしめ、ボンっ!と音を立てて飛び出し開き掛けていたヴィクトーリアとの距離を再び一瞬で詰める。まだ体勢を治しかけていたばかりだったヴィクトーリアは、水月の振り切りの体勢から身体を戻せていない。つまり。正面のガードがガラ空きだ。

『防御が……!』
「双掌撃墜!!」
クラナの今度の攻撃は、連撃では無かった。
それは突撃からの、腰だめに構えた両手から繰り出される、突きだすような双拳の一撃である。

「パイルブロウ・ツイン!!」
「カッ……!」
「へぇ」
突き出した拳が再びヴィクトーリアの腹部を的確にとらえ、打ち抜く。と同時に凄まじい衝撃波が彼女の身体を突きぬけ……鎧の腹部が、粉々に砕け散った。
パイルブロウは、圧縮した魔力を拳が命中した瞬間に一方向に対して打ち出す事でアンチェインナックル等よりもより多彩な場面で相手の防御を打ち抜き、かつ拳の破壊力を届かせる事の出来る、装甲貫通を目的とした攻撃だ。
以前使ったインパクトブロウが拳で爆発を起こす技であるのなら、此方はさしずめ釘打ち機。一瞬しか魔力を物理的に行使できないクラナなりの工夫の一つでもあった。

さて、ヴィクトーリアのBJは確かに強力で堅固な防御である。しかし、だからと言って度重なる連撃の拳に、とどめとばかりに上乗せされた防御貫通攻撃に耐えられるほど強くは無い。

防御装甲を此処まで完璧に打ち抜かれてしまえば、当然攻撃の威力はそのまま彼女にとどく。結果……

ヴィクトーリア DAMAGE 8200 LIFE 0

かつてトップファイターで有った、……クラナ・ディリフスと言う少年の実力は、今となっては地に落ちて久しい。
練習を怠っていた訳ではない。毎日のようにして居た武術の訓練は確かに彼の基礎を寄り堅固な物にし、なのはすら認めるほどにその技術を向上させ、磨き上げた。
だが、同時に長く同じ年代の競技者との接触を断ち、よりシビアな試合から離れ続けた事は、過去の彼を勝たせ続けてくれていた、幼かった彼を世界の部隊まで押し上げてくれるほどの“力”だった彼の勘を確かに鈍らせ、錆つかせていた。それは、今回の試合で痛いほどに確認できた事だ。

……だが、今の彼にも残っている物はある。
困難な状況にも、追いつめられるような危機にも諦めずに立ち向かう。
彼が彼の周囲に居た人々から学んだ不屈の心と、生来の気合と根性もまた……その内の一つなのだ。

「勝負あり!勝者、クラナ・ディリフス!」

────

「……ありがとうございました」
「此方こそ。良い試合でしたわ。負けてしまったのは悔しいですけれど」
気絶したヴィクトーリアを介抱して少し。三人はトレーニングルームへと戻って来ていた。

「ま、お前もまだまだって事だよな」
「貴方に言われると無性に腹が立つのだけど?」
[まぁこのマスターにはウザ属性が標準装備ですので]
「あれぇ!?何時の間にか俺にすげぇ嫌な奴的な標準装備が!?」
いつものようにしれっと棘のある言葉を吐くウォーロックにライノが突っ込む。その様子に苦笑していると、アルが元気よく言った。

[しかし本当に参考になりました!とても建設的で助かりましたよ!ねっ?相棒!]
「あぁ……」
「此方としても、お役に立てたのなら幸いでした。お互い、得る物が有ったのは収穫ですわね」
「……はい」
コクリ。とクラナが頷き、ヴィクトーリアが微笑む。と、ライノがふと気が付いたように言った。

「さてと、お前、もう帰るんだっけ?」
「……うーん」
[学院からならともかく、やや中央から離れていますし、そろそろ帰り始めないと間に合いません。相棒]
少し悩むような様子を見せたクラナに、アルがたしなめるように言った。

「あら……残念ですわ。本当ならもう二、三本はお願いしたかったのですけど」
「その……出来れば、いずれまた……」
「えぇ。また何時でもお相手しますわ。その時はお互いベストな状態で」
「はい……!」
クラナの言いたい事を察したように微笑んだヴィクトーリアに、クラナは少しだけ、嬉しそうに目を輝かせた。

────

十数分後。

帰りもエドガーに車で駅まで送ってもらう事になったクラナは、玄関先でヴィクトーリアと、何故かライノに見送られていた。

「……ありがとうございました」
「えぇ。何れまた」
「はい」
車の中から顔をだして言うクラナに、ヴィクトーリアは優雅に微笑みながら言った。何と言うか、たたずまい一つ一つから気品が出ている。
と、彼女の隣に立つライノも片手を上げて笑う。

「んじゃ~な」
「あぁ『ってそう言えば自然過ぎてスルーしてたけど、ライノは残るの?』」
『ん?あぁ。俺はまぁ、今日は泊まりだ』
『……変な事すんなよ』
『しねぇよ!!どう考えたら此奴にそんな思考向くんだよ!?』
『美人じゃんヴィクトーリアさん』
『顔はな?長い事付き合ってみ~?どんな美人でも欠点が露出してだな……』
「……?ライノ、何か言ったかしら?」
「は!?何も!?(勘良すぎだろ!?)」
念話で話していたことを読みとったようにタイミング良くライノの方を向いたヴィクトーリアにライノが目を剥いた。げに恐ろしきは女の勘である。

「あ、そう言えば……クラナさん」
「?はい」
「貴方の練習相手になる人物と言うとは、他には見つかっているの?」
「えっと……」
[ヴィクトーリアさんの他には数名お願いしてる方が居らっしゃいますよ!まぁ、同じ大会の出場選手は流石に無理があるので、余り多くはありませんが]
「……です」
「そう、それなら……」
アルとクラナの答えを聞いて、ヴィクトーリアは少し悪戯っぽく笑う。やや楽しげな声を響かせて彼女は行った。

「今度、貴方に練習相手として紹介したい娘《こ》がいるので、今度連絡しても構わないかしら?」
「あ……その方が良いなら……是非」
「よかった」
練習相手を増やしてくれると言うのなら、願っても無い話だ。即座にコクリと頷くと、ヴィクトーリアは満足そうに言った。

「では、後日連絡しますわ。その時は是非、よろしくお願いしますわね」
「……?はい、此方こそ……」
ややヴィクトーリアの言い回しに違和感を感じつつも、クラナは頷いて了承した。
そうして、クラナの修行、一日目は終わった。

────

「さって、んじゃ俺もちっと練習するかぁ。シュミレーター借りて良いか?」
「えぇ。今日はお父様達は遅いし、好きにしていいわ」
「サーンクス」
「後で私も行くから。稽古にしましょう」
「えちょ、お前、あんだけやってまだやんのかよ?」
さらっと言ったヴィクトーリアに、驚いたようにライノが聞く。とヴィクトーリアはやや拗ねたように口を尖らせて答えた。

「煩いわね、余念が無いと言ったでしょう?」
「……ヴィクター、お前何気にさっきのすげー悔しかったろ」
「~~~っ!」
ニヤリと笑って言ったライノに、ヴィクトーリアは急激に赤面した。

「負けて悔しいのは当たり前でしょう!この悔しさは貴方にぶつけるんだから、覚悟しておきなさい!」
「ちょ!?なんで俺が!?」
「うるさいわよ!今日こそは勝たせてもらうわ!」
「おまえそれまた負けて無限ループパターン……」
「何 か 言 っ た か し ら ?」
「……イエナニモ」
半強制的にライノを黙らせ、ぷんすかと怒りながら前を歩いて行くヴィクトーリアに、ライノは苦笑しながら続く。

「(ったくあいも変わらず負けず嫌いっつーか……って、じゃなきゃ何度もIM出場何かしねーか。ま、つきあいますかね)」
言いながら玄関の階段を上がっていく中で、ライノは小さく先程の試合を思いだしていた。

「(……やっぱまだ生きてるんじゃねぇか)」
昔と比べれば、大分静かになってしまった彼の親友。だがその内には、まだ昔の彼の熱い魂が残っている。今日のあの反撃を見れば、其れが嫌応にも分かった。それはライノにとって、何よりも喜ぶべきことだ。そうでなくては……

「さぁて、こっちもガンガン上げて行くかぁ……!」
自然と口角が上がるのを自覚しつつ、ライノは訓練室を目指した。

────

リニアトレインの駅から降りて自宅へと向かう道すがら、クラナは小さく息を吐いた。

「……ふぅ」
[今日は良い経験が出来ましたねぇ!]
『うん。やっぱり上位選手はすごく良い練習相手になるね。課題もはっきり形になって見えて来たし、もっとガンガン詰めていかないとな。予選開始までには確実に仕上げたい』
やや興奮気味に念話で言ったクラナに、アルはやや嬉しそうに返す。

[おぉ、相棒、さては気持ちの方も盛り上がってきましたね?]
『そ、そうかな?そう言う自覚はない、けど……でも、うん、そうだな……今までよりも、少し目指す場所がはっきり見えた感じだ……ちょっと新鮮だな、この感じ』
無意識の内に、小さく拳を握りしめる。クラナの中に、久しく忘れていた真剣勝負の試合への闘志が、ふつふつとわき上がり始めていた。

[昔はがむしゃらに目指してましたからねぇ]
『あの頃は、上以外何にも見てなかったからね。それはそれで楽しかったけど、今はもう少し明確な物を目指したいな。まぁ強くなることその物が目的って意味では近いけど……』
[以前とではその方向性も異なりますからね。頑張りましょう!]
『うんっ』
アルの言葉にクラナは力強く返す。と……

[おや?あれは……]
「うん?……ん……」
ふと、道行く先に見覚えのある後ろ姿が見えた。背中辺りまでの明るい金色の髪に、自分と同じ学校の、初等科の生徒が着る制服。それに何より、傍らに浮かぶうすく桃色がかった色のウサギのぬいぐるみ……

「うぅ~……身体が重い……」
「(ぱたぱたぱた!)」
「…………」
[なんだかフラフラですねぇ]
言うまでも無く、クラナの妹こと、高町ヴィヴィオであった。なにやら彼女にしては珍しくフラフラと覇気のない足取りでたどたどしく、転ばないか此方がひやひやする。

『……ったく……』
何故にそのような状態なのかと言えば、まぁ、恐らくは今日からだったと言うIMの特訓の所為だろう。トレーニング初めの時と言うのは、大体身体が付いていかずに極度に疲れるのはお決まりのパターンである。

『あはは……何と言いますか、初々しいですねぇ……というか、どうやらそれだけではなさそうですよ』
『うん?』
『ヴィヴィオさんの右腕を見てください。リストバンドが付いてますよ?』
アルに言われてクラナがヴィヴィオの右手首を注視すると、確かに其処には白に朱いラインの入ったリストバンドが付いていた。其れを見て、クラナにもアルの言いたい事が分かる。そのリストバンドに見覚えが有ったのだ。

『え?あ……あれ、マリエルさんの……』
『魔力付加リストバンド、どうやらまだ健在だったようですねぇ』
『アレ疲れるんだよね……成程、そう言う事か』
どうやらただ自分の限界を考えずに練習したと言う訳ではないらしい。考えてみれば、ノーヴェ達も一緒なのだ。それも当然と言えよう。
そんな事を考えながら、クラナはヴィヴィオに気が付かれないように少し離れた位置を歩く。

『……あの、相棒、声を掛けてみませんか?』
『え?いや……良いよ。疲れてるみたいだし』
アルの一言に、クラナはやや歯切れ悪く答える。そんな彼の答えにもどかしそうにアルは言った。

『いえ、だからこそ相棒から声をかければヴィヴィオさんも喜ぶと思うのですが……』
『……変に緊張させちゃうだけだよ。止めておく』
『うむむ……』
そう言って、二人は歩く。が……ヴィヴィオがフラフラな為非常に彼女の歩むスピードが遅く、当然クラナの歩む速さも遅くなる。

「うぅ~……」
「(アタフタ!)」
『……あの、相棒?』
『うん?』
数分が経った頃、不意にアルがクラナに聞いた。割と不満げな声で。

『このまま後ろにつき続けるおつもりです?』
『え?なんか不味い?』
『言えまぁ見てくれがストーカーっぽい事を除けば特に問題は無いのですが……』
『す、ストーカーって』
アルの言葉にやや傷つく。クラナだが、今はそう言う話をしている訳ではない。

『ですが、相棒が今ヴィヴィオさんの後ろに居るのは、ヴィヴィオさんに気が付かれたくないから……と言うだけでは無いですよね?』
『う……』
図星を言い当てられてクラナは怯んだ。何の事は無い。後ろに付いてい居れば、いざという時にすぐに彼女の助けに入る事が出来るからこそ、クラナは回り道して追い越す等の手段をとること無く彼女の後ろにわざわざ気配を殺して立っているのだ。

『でしたら……やはり、声の一つ位は駆けてさし上げませんか?この夜道ですし、いくら格闘術を習っているとはいえ、ヴィヴィオさんにも心細さの一つ位はあるかと……』
「…………」
言われつつ、クラナは頭を掻く。なまじ恥ずかしいとか、何を話せばよいのか分からないと言った可愛げのある理由ならば良いのだが……何しろヴィヴィオがクラナの目の前で倒れたあの日から、彼等はまともに言葉一つ交わすことすらしていないのだ。と言うのもお互い相手にどう接すればいいのか、その距離自体を測りかねていると言う所で……正直、声をかけづらいと言うのが本音なのである。
というかそもそも合宿の前ですら、元々まともに会話が成り立っていた訳では無い訳で……

『……では、私が話すならば構いませんか?』
『え?』
『私がヴィヴィオさんとお話します。そうすれば相棒は話を振られたら軽く相槌を打っていただくと言うのはどうですか?』
『え、あ……うん……え……?』
矢や困ったように、クラナが曖昧に頷く。まぁ普段からヴィヴィオやなのはと話している回数はアルの方がよっぽど多いのだが……

[では、ヴィーヴィーオーさーん!!!]
『ちょっ!?』
「ふぇっ!?」
まだしっかりとした答えを返したわけではないのにいきなりスピーカー音声全開でヴィヴィオを呼んだアルにクラナが焦り、ヴィヴィオが飛び上がる。

『脅かしてどうすんだよ!てか近所迷惑だよ!ここ住宅街なんだぞ!?』
[あ、そうでした……]
「あ、お、お兄ちゃん……!」
『ったくもう……!』
無表情で念話では全力で突っ込むと言う何気に器用な真似をしつつ、クラナはせめてもとばかりに溜息を吐いた。
振り向きクラナの姿を見止めたヴィヴィオが頼りない足取りで此方に近付こうとするよりも前に、クラナは足早にヴィヴィオに近づく。
ヴィヴィオが歩く速さに合わせて、クラナは歩きだした。

[今お帰りですか?随分遅いですが]
「う、うん。ちょっと特訓してたんだ」
[おぉ~、ノーヴェさん組も大変そうですねぇ……そのリストバンドもその一環ですね?]
やや楽しげに言ったアルに、ヴィヴィオが瞠目した。

「えっ?う、うん。マリエルさんが作ってくれた魔力付加バンド……アル、デバイスってそう言うのも分かるの?」
[いえいえ。まぁ多少は分かりますが、それよりも私はそのリストバンドの前の使用者の方を知っていまして]
「……アル」
クラナがやや不服そうに諌めるが、どうやらヴィヴィオはその話に興味を持ってしまったらしかった。

「前の使用者さん……?」
[はい。丁度今のヴィヴィオさん達と同じくらいの歳の頃です。今ヴィヴィオさんの目の前に居らっしゃる方が]
「あっ……」
「…………はぁ」
軽く溜息をつきながら、クラナはヴィヴィオと視線を合わせる事無く歩く。

「そっ、かぁ……」
そんなクラナを少し微笑んでみてから、ヴィヴィオは嬉しそうに自分のリストバンドを軽く撫でた。
それから気を取り直したようにクラナを見ると、やや先程までよりも明るい声で聞いた。

「お兄ちゃんも、今日は練習してたの?」
「…………」
[そうですよ~、早速模擬試合でした!]
あくまでも、ヴィヴィオの問いに答えるのはアルだ。が、ヴィヴィオは楽しそうに続ける。

「わぁ、凄い……!アインハルトさんも今日模擬戦だったんだよ?ミカヤさんって人と!」
「(パタパタ!)」
疲弊した先程までの表情は何処へやら。興奮した様子で言った彼女に、クラナがぼそりと呟いた。

「……ミカヤ……」
[もしかすると、ミカヤ・シェベルさんですか?]
「?知ってる?」
[はい!既知と言う訳では有りませんが、とても有名な方ですね、なんといっても都市本戦で三位まで進んだ方ですし]
アインハルトの相手であると言うミカヤ・シェベルと言う女性は、天瞳流と言う、首都《クラナガン》の端に道場を構える《抜刀剣術》の流派の師範を若干18歳にして勤める女性だ。
既にIMにも七回ほど出場しているベテランで、最高戦績は一昨年の都市本戦三位。前回は残念ながら本戦上位への入賞を逃しているが、ミッドでは余りメジャーでは無い、鋭く、重い刀身を持つ「居合刀」を使ったその抜刀術の破壊力と一撃のスピードは他のファイターを圧倒するポテンシャルを誇り、彼女もまた、まぎれも無い上位選手(トップファイター)の一人である。

「お兄ちゃんは、今日誰と試合したの?」
[ふふふ……きっと驚かれますよ?何と、あの《雷帝》ヴィクトーリア・ダールグリュンさんです!]
「えぇぇぇ~~~~~!!!?」
「(ワタワタ!)」
『いや、なんでアルが自慢げなのさ……』
目を輝かせるヴィヴィオを横目に、クラナが呆れたように念話で言った。

[以前からライノさん繋がりで少し親交が有ったのですが、今回お願いした所快くOKしていただけまして!この先も色々な方と……特に、女子の部の方とは試合でのかち合いも無いので多く試合して行く予定ですから!相棒の新情報に乞うご期待です!]
「おぉ~~!」
「(パタパタ!)」
『何その宣伝文句みたいなの』
何だか勝手に盛り上がっている。と言うかアルは割と真面目にトーク系の仕事にでも転職を考えた方がいいのではないだろうか。彼女が人間なら今の仕事よりもよっぽど向いていると後押しする所だ。就職相談所にでもハローワークにでも行けばいい。
?どちらも同じ?こまけぇこたぁ良いのである。

「ねぇねぇ!!ヴィクトーリアさんって、どんな人?どんな戦技使うの?」
[そうですね~、まず……oh!?]
興奮した様子のヴィヴィオの質問に答えようとしたあるが、行き成りクラナにつつかれた。不意打ちのせいで変な声が上がる。

[あ、相棒~、なんですかぁ……]
「……アンフェア」
[えぇ?あ、あー……そうでした]
「あ……ご、ごめんなさい……」
クラナの一言で言いたい事を察したらしく、アルはやや沈み気味の声を出し、ヴィヴィオは申し訳なさそうに俯く。
ヴィヴィオも一応はIMの参加選手である。ヴィクトーリアも同じ大会に出ている以上、進み方次第ではヴィヴィオはヴィクトーリアと試合をする事もありうるのだ。対戦相手として自分で調べたり、本人が許可をしたのならともかく、何の断りも無く彼女の戦技についてヴィヴィオにばらすのはあまりフェアでは無い。
無論その程度の事でヴィクトーリアは気を悪くはしないだろうし(そもそもその程度で彼女が今のヴィヴィオに負ける等殆どあり得ない)ヴィヴィオ自身が調べれば済む事なので大したことでは無いのだが、あくまでも個々人のマナーの問題である。
クラナ的には、そう言う面でヴィヴィオにはフェアで合って欲しいと言うのもある。

クラナはヴィヴィオの言葉にコクリと一つ頷くと、そのまま黙って歩き続ける。ヴィヴィオはクラナの顔色を窺うように少し彼の顔を覗き込んだが、特に怒っている訳ではないらしい彼の表情を見て、安心したようにそのまま歩く。と……

「(あれ……?)」
ふと、気付いた。自分は練習開けと魔力リストバンドのお陰でフラフラ、歩みも遅いのに、どう言う訳かクラナに置いていかれずに歩けている。
以前だったら、あっという間に置いていかれていたのに……

「あ……」
小さく声を出して、理解する。もしかしたら唯の恥ずかしい思いこみなのかもしれない。あるいは、単なる気まぐれなのかもしれない。けれどそうだとしても、そう思えた事が何処か嬉しくで、重かった身体も、軽くなる気がして……


薄暗い住宅街の中を、並んで歩んでいく大小二つの後ろ姿は、幾年かぶりに二人を兄妹のように……否。兄妹らしく見せていた。



─新暦89年─
─第27回 インターミドル・チャンピオンシップ─
─全部門 参加申請締め切り終了─
 
 

 
後書き
はい、いかがでしたでしょうか?

と言う訳で今回は模擬試合、雷帝、ヴィクトーリア・ダールグリュンさんとの戦闘でしたw

ヴィクトーリアは、最近ではチビッ子達との関わり合いも多く、全体的に良きお姉さんキャラとして活躍されていますねwその優雅な振る舞いもあって、可愛い。と言うよりは“綺麗”と言う言葉が似合うキャラクターだと思いますw

まぁ、一部のキャラクターの前でその優雅が優雅(笑)に変貌し、綺麗も可愛いへと変貌するのもまた、彼女の魅力なのですがw

さて、戦闘シーン、いかがだったでしょうか?
ややテンポの悪い割に、少し長くし過ぎたかと反省中なのですが……

それと加えまして、今回でロr……オリジナルキャラクター募集の申し込みは締め切らせていただきます。
以降、当選者の方には順次メッセージを送らせていただきますが、当選された方もそうでない方も、沢山のユニークなキャラクターの応募、本当にありがとうございました!

当選後はそれらのキャラクターは読者の皆様の全ての分身と思っていただければ幸いです!


では、予告です。



アル「アルです!今回はいきなり本戦第3位のヴィクトーリアさんとの戦闘、強敵でしたが……勝ちましたーーーーーー!!!!」

ウォーロック「お見事ですアル。流石ですね」

ア「いえいえ!相棒ならばやってくれると確信しておりましたよ私は!!」

ウ「素直に自分のマスターを誇る事が出来るのは良い事です。全く、我がマスターのもう少し……」

ア「ライノさんも結構格好良いと思いますよ?」

ウ「いえ。あれは恰好を付けているだけですから。普段はそれはもうグダグダです」

ア「ありゃりゃ。さて、では次回!《世界最強の少女》です!って次は最強ですか!?」

ウ「大変ですね……是非お読みください」

 
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